難病の多くを占める遺伝性疾患、就学や就労の悩みと支援の現状

遺伝性疾患プラス編集部

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難病と遺伝性疾患の区別、あなたはついていますか?両者は同じではありません。では、具体的にどう違うのでしょうか?両方に該当する病気もあるのでしょうか?こうした疑問について、東京女子医科大学遺伝子医療センターゲノム診療科の齋藤加代子先生に、わかりやすく教えていただきました。また、遺伝性疾患を抱える患者さんの、就学や就労の悩みや、国の支援の現状などについても、解説していただきました。

東京女子医科大学遺伝子医療センターゲノム診療科 齋藤加代子先生

 

難病と遺伝性疾患との違いは何ですか?

難病は、厚生労働省によると、「治療が難しく、慢性的経過をたどり、本人や家族の経済的・身体的・精神的負担が大きい疾患」とされています。一般的なイメージでは「今のところ有効な治療法がない」のが難病です。そのため、「寝たきり」や「短命」というイメージを持つ人もいるかも知れませんが、それは難病の条件には当てはまりません。難病とうまくつきあいながら生活している方も、大勢います。

遺伝性疾患は、「治る、治らない」というよりは、「遺伝子、広く言うと”ゲノム”」が関わる病気を指します。ゲノムとは、約30億文字で刻まれている「その人の持つ全ての遺伝情報」のことです。ですので、1つの遺伝子が関わる病気から、高血圧、糖尿病、がんのように、複数の遺伝子に加え環境も関わってくるような病気まで、とても多くの病気が遺伝性疾患に含まれます。

そのため、難病と遺伝性疾患は、”病気のくくり方が違う”と言えます。しかし、この両方が重なる病気、つまり、「遺伝性の難病」が存在するのです。

「遺伝性の難病」も、たくさんの種類があるのでしょうか?

はい、たくさんあります。1つの遺伝子の変化で起こる「単一遺伝子疾患」と呼ばれる種類の遺伝性難病は、今のところ数千種類見つかっていますが、まだ遺伝子が見つかっていない難病もたくさんあります。米国のマクージック(Dr. Victor A. McKusick)という人が、今から60年くらい前に、MIMという、遺伝性疾患のカタログを作り、更新していました。このカタログは、現在、オンラインのOが頭にくっついて「OMIM」という名前になり、国際的な遺伝性疾患データベースとして、米国の研究機関によって公開されています。このサイトを見ると、病気の新しい原因遺伝子が続々と見つかり、登録されていることがわかります。

なぜ遺伝性の難病が多いのかというと、難病、つまり「今のところ有効な治療法がない」病気で、さらに「患者さんの数が少ない」病気は、ゲノムや遺伝子の一部が変化したことが原因で起こっているものが多いのです。逆に言うと、ゲノムそのものに変化が起こっている病気は治療法を見つけづらく、治療法が見つからなければ難病となるわけです。とはいえ、一部の遺伝性難病に対しては、核酸医薬や遺伝子治療などの「遺伝情報にアプローチする治療」が現実のものとなってきています。まだ大多数の遺伝性の病気に対しては、「ゲノムの変化は完全には治せない」という状況ですが、遺伝性の病気に対する医療は、確実に進歩しているのです。

1つの遺伝子に病気に関わる変異が複数ある場合、それぞれ別の病気ということになるのですか?

必ずしもそうとは言い切れません。例えば、「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」は、原因遺伝子のサイズがとても大きい分、人によって変異がある部分はさまざまです。しかし、どこに変異がある人も、症状が似ている状態であるため、いずれもデュシェンヌ型筋ジストロフィーと診断されます。逆に、ある遺伝子に生じた変異が、それぞれ全く別の症状を起こす場合もあります。例えばRET遺伝子は、巨大結腸症の原因遺伝子ですが、多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の原因遺伝子でもあります。このように、別々の診断名です。

病気の名前は、歴史的に、症状を組み合わせて付けられてきました。今、遺伝学的な解析が進んだことで原因がわかってくるようになり、「1つの病気に複数の遺伝子が関わる病気」も「1つの遺伝子だけが関わる病気」もあるということがわかってきました。また、1つの遺伝子が、全く違う病気の原因になることもあるとわかりました。つまり、遺伝学的な解析が進んだおかげで、病気と遺伝子の関係性は、全てが1:1とは限らないとわかってきたのです。

分子遺伝的な解析の進歩で、病気と遺伝子との関係性がわかるようになっただけでなく、病気の分類も細かくなりました。同じ病気でも、原因遺伝子が複数の場合、1型、2型などと区別するようになったのです。具体的な例を挙げると、先天性筋疾患のひとつである「ネマリンミオパチー」は、筋肉の組織を観察して「ネマリン小体」という赤紫色の構造体が見えた場合に、この病名で診断されます。遺伝学的な解析が行われるようになり、同じネマリンミオパチーでも、原因遺伝子がたくさんあるということがわかってきました。そこで現在は、ネマリンミオパチー1型、2型…と、区別されています。

先生は、遺伝性疾患の原因を、どのようなときに患者さんやご家族に伝えているのでしょうか?

例えば、家族が発症した病気と同じ病気が自分にも発症した、といったようなケースのときに「遺伝カウンセリング」を行い、遺伝性疾患の原因について、患者さんやそのご家族に説明します。遺伝学的検査で、原因遺伝子がはっきりわかるような病気の場合には、検査についても説明します。

具体的には、病気の仕組み、遺伝学的検査、自分が病気を受け継ぐ可能性、生まれてくる赤ちゃんが病気を受け継ぐ可能性などを、医学的根拠に基づいて説明し、一般論ではなく、自分のこととして理解していただいています。

病気を遺伝的に受け継ぐ可能性があると知ったときに、混乱してしまう人も多いのではないでしょうか?

説明を一方通行で行うと、説明された側は非常に悩んでしまうでしょう。これは、本人にとってマイナスでしかありません。医療は、受けた人が傷ついたり、マイナスなことがあったりしてはなりません。ですので、遺伝カウンセリングでは、一方通行的な情報提供はしていません。

相談に来た人や、おなかの赤ちゃんなどにとって、最善の方法を「一緒に考え」ながら、最終的に相談者が、最善の選択肢を「自分の考えで選べる」ようになる、そのための力や知識をつけてもらうために、サポートや説明を行うのが、遺伝カウンセリングです。そういう意味で、心のケアだけでなく、医学的知識、情報提供は、非常に重要です。だからといって、相手の気持ちを無視して一方通行で話すようなことは決してありません。受診する前よりプラスに向かってもらうためには、心理的サポート、行政、福祉サービスの知識、自分が大変な状況になったときの解決方法・手段など、幅広い情報を、納得しながら得てもらうことが非常に重要です。

「遺伝カウンセリングでは一方通行な説明はしません」(齋藤先生)

 

遺伝性難病の治療に対し、日本にはどのような助成制度がありますか?

まず、日本の一番良いところは、「国民皆保険」だと思います。原則的に国民全員が健康保険に加入することになっているので、いざ発病したときに、経済的負担が少なくて済む仕組みになっています。それから、乳児や小児を守るために、自治体が子どもたちの医療費を無償化していますよね。こうした仕組みにより、遺伝性の病気に限らず、国民全体が、発病したときに守られる体制が着々と整ってきていると感じています。さらに、高齢者に対する介護保険や年金、障害を受けた時の年金など、十分かどうかは議論があるものの、社会的な保障のベースが日本はとても整っていると思います。

遺伝性難病に関わるところでは、指定難病制度や、身体障害者手帳などが挙げられます。病気やけがで、障害を持って生きていく人は、いろいろな障壁に対してサポートが必要です。こうした状況に対して、日本は、少ない負担で医療を受けられるようにしたり、建物をバリアフリーにして外出できるようにしたりと、まだ完璧ではないものの、ベーシックな部分は整備され始めていると思います。

遺伝性難病の治療薬が非常に高額な場合もあると思いますが、そのような状況について、先生はどうお考えですか?

指定難病では、自己負担分も助成でカバーされますが、そうではない遺伝性難病の場合、保険適用の薬でも、自己負担が非常に高額で、経済的に苦しんでいる方も大勢いるのが現状です。効果的な薬が開発されて、せっかく医学として治療が進歩したのに、経済的な問題で効く薬を効く対象に与えられないという状態は、どうにかして解決すべきです。これは大きな問題で、企業と国が考えるべき課題だと思っています。

遺伝性疾患の患者さんが抱える、就学や就労の悩みにはどのようなものがありますか?

就学に関しては、「どのような障害を持っている人も学ぶ権利があり、学ぶ場が提供される」という体制が、整ってきています。一方で、障害をもつ子どもともたない子どもの学校が分かれているため、一緒に勉強する機会がないことがほとんどです。このことについて悩んでいる子どもたちもいます。

例えば、脊髄性筋萎縮症(SMA)という遺伝性難病は、運動機能に障害がありますが、知的な障害はありません。しかし、運動障害をもつ子どもも、知的障害をもつ子どもも、同じ「障害をもつ子どもたちのクラス」で学ぶために、持っている能力を発揮するチャンスが生かせない、といった悩みが寄せられます。具体的には、「コンピュータープログラミングができるのに、高度な数学を学校で学ぶ機会が得られない」などといったものもあります。

「人間は多様である」ということが、子どものうちから当たり前に思える社会であることが望ましいのですが、今は、障害をもつ・もたないで学校が分けられていることにより、理解をしあえる機会が減っているような気がします。個別の多様性に対応できる体制を整えるというのは、とても大変なことだと思います。教員が足りないことも大きな問題でしょう。しかし、一人ひとりの優れた部分を伸ばす教育の実現は、日本の将来にとって、大変重要です。もっと多様な人たちが混ざりあえる社会に向けて、ぜひ国で議論して欲しいと思っています。

それから、建物や道路のバリアフリー問題も、多くの患者さんが抱える悩みです。車いすの方が「手に職をつけたいと思い、専門学校や職業訓練校を検討したが、学校にエレベーターがなく、バリアフリーではなかったため諦めた」「近くの学校へ通うには歩道橋を渡らなくてはならないため、遠くの学校へ行かざるを得ない」などの話をよく聞きます。各学校にエレベーターが設置されれば解決されることがたくさんあるのに、と思うことがしょっちゅうあるのです。例えば、先ほど話した数学の得意なSMA患者さんも、エレベーターさえあれば、電動車いすで一人で教室まで行き、数学の授業を受ける機会も得られるのに、と思ったりするわけです。

就労に関しては、日本ダウン症協会の協力を得て、厚生労働省の研究班でアンケート調査をしたことがあります。ダウン症協会のメンバーは5,000人くらいいるため、大勢の人がアンケートに答えてくれました。その結果、「働く場が得られても、収入がとても低い」という悩みが浮き彫りになりました。その日の収入が、お昼ごはん代だけでなくなってしまうような人も多かったのです。

「働く場がある」だけではなく、「社会に出て働くということの喜びを得る」といった意味での、本当の就労の体制は、まだ十分ではないと感じています。また、今の日本の仕組みでは、収入を得る活動をしている間はヘルパーさんを頼むことができません。これも病気の人たちにとっての大きな悩みであり、重要な問題です。せっかく働く能力があるのに、スイッチを押してくれる人がいないために、その能力を発揮する機会を失っている。このようなことは、解決されるべき課題です。

「患者さんが自分の治療を積極的に相談する時代になってきました」(齋藤先生)

 

就学や就労以外で、患者さんやご家族から先生に多く寄せられる悩みや相談にはどのようなものがありますか?

遺伝カウンセリングでは、やはり「自分の病気が子どもに遺伝するのか」「親の病気に自分もなってしまうのか」といった悩みが多く寄せられますね。私はSMAの患者さんを多く診療していますが、SMA患者さんからは、治療に関する相談が多く寄せられます。SMAでは、核酸医薬という、遺伝子のはたらき方に作用する、新しい治療が始まりました。こうした新しい治療のことや、実際の治療効果について聞かれることが、最近は多くなってきましたね。患者さん自身が、自分の治療法や効果について、きちんと理解したい、また、新しい治療があれば受けてみたいと積極的に考える、そういう時代になってきたのだと思っています。

 


 

遺伝性疾患が数千もあるということには大変驚きました。また、症状から病名がつき、原因遺伝子や、その遺伝子の変化している部分などがわかるようになったことで、かつては「遺伝だから治せない」と思っていた病気も、核酸医薬や遺伝子治療で、治せる可能性が出てきたということもわかりました。さらに、遺伝性疾患の患者さんの多くが、バリアフリーや収入のことで悩んでおり、まだ十分な教育・就労の機会が得られていないということもわかりました。

話し方がとても穏やかで優しく、笑顔がとてもチャーミングな齋藤先生。そんな優しい雰囲気の中で、答えていただいた内容一つひとつに、力強さを感じました。特に、「遺伝カウンセリングでは、一方通行の説明はしない」と力強くおっしゃったところに、信頼と安心を覚えました。(遺伝性疾患プラス編集部)

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齋藤加代子先生

齋藤加代子先生

東京女子医科大学医学部卒業。同大医学部名誉教授・特任教授。医学博士。東京女子医科大学小児科学教室の助教、専任講師、准教授、教授を経て、2004年より現職。日本遺伝カウンセリング学会前理事長。日本人類遺伝学会前理事。文部科学省科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会委員。臨床遺伝専門医(指導責任医)。小児科専門医、小児神経専門医。難病指定医。