遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)当事者の経験、子育てと治療を両立するために

遺伝性疾患プラス編集部

堤安紀子さん(女性/40歳/遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)患者さん)

堤安紀子さん(女性/40歳/遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)患者さん)

2021年秋、39歳の時に確定診断。

お子さんへの授乳中に乳房のしこりに気付き、診断につながる。

娘さん・息子さんの子育てと並行して、がん治療を受ける。

 

Instagramhttps://www.instagram.com/accolina.j_hboc/

乳がん、卵巣がん、膵臓がんなどのがんを発症しやすい、遺伝性乳がん卵巣がん(以下、HBOC)。遺伝的にがんになりやすい体質の1つであり、「がんを発症するかどうか」や「発症する年齢」は当事者ごとにさまざまです。

今回お話を伺ったのは、2021年秋、39歳の時にHBOCの確定診断を受けた堤安紀子さんです。お子さんへの授乳をきっかけに乳房のしこりに気付き、右乳房ステージ3c(トリプルネガティブタイプ)と判明。その後、遺伝カウンセリング、遺伝学的検査を受けてHBOCと診断されました。今回は、診断に至った経緯や治療のご経験、子育てと治療の両立に当たって感じられたことなどについて、お話を伺いました。

親族にがんの当事者が多く、乳がんの診断に「やっぱり」の気持ち

病院を受診したのは、どのようなきっかけからですか?

子どもに母乳をあげる時に、乳房のしこりに気付いたことがきっかけです。すぐにクリニックへ行ってエコー検査を受けた結果、「良性の可能性が高そうですが、3か月後にまた確認しましょう」と説明を受け、一旦様子を見ることになりました。

翌月の月経後、今度は脇の下が腫れて痛みを感じました。しかし、この時は病院へは行かず、様子を見ることにしました。当時、コロナ禍で子どもが家庭保育だった影響で、気軽に病院に行ける状況ではなかったためです。やがて痛みは落ち着いたのですが、引き続き、しこりが気になっていました。その次の月経の時、以前よりも大きく腫れて痛みを感じました。幸いにも帰省のタイミングと重なったので、母親に子どもを見てもらい、急いで地元の病院を受診しました。そこから詳しい検査を受けた結果、右乳房ステージ3c(トリプルネガティブタイプ)とわかったのです。

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「子どもに母乳をあげる時に、乳房のしこりに気付いた」と、堤さん
そこから、HBOCと診断を受けられた経緯について、教えてください。

以下の理由から、自分がHBOCの可能性があると先生より説明を受けました(※詳しい解説は、HBOC解説記事「どのように診断されるの?」をご覧ください)。

  • 45歳以下の年齢で診断されたこと
  • トリプルネガティブ乳がんであること
  • 乳がん、卵巣がん、膵臓がんの診断を受けた血縁者がいたこと

そこで、BRCA1遺伝子/BRCA2遺伝子の遺伝学的検査を受ける前に、まず遺伝カウンセリングを受けるようにと言われました。遺伝学的検査に関わる不安を解消するために、正しく情報を知ることが大切だというお話だったと思います。遺伝カウンセリングでの話を踏まえて、遺伝学的検査を受けるかどうかを決めるという流れでした。自分の場合は遺伝カウンセリングを受け、HBOCのことや遺伝の仕組みについても教えていただきました。そして、遺伝学的検査を受けることにし、HBOCと診断されました。検査後も改めて遺伝カウンセリングを受けました。

診断後の遺伝カウンセリングでは、どういったお話をされましたか?

HBOCの説明や治療方針、家族の健康管理に関わるお話が中心でした。HBOCの説明は、散発性(さんぱつせい)の乳がん(※遺伝性ではない乳がん)との違いも含めて、主治医の先生や認定遺伝カウンセラー(R)がわかりやすく説明してくれました。ただ、診断を受けるまで、自分は「遺伝性のがん」自体を知らず、遺伝に関わる言葉は難しく感じたことを覚えています。また、遺伝的にがんになりやすい体質だということで予防対策のお話もあり、「予防的切除」という選択肢があることも知りました。

その他、自分の場合は遺伝カウンセリングが保険適用となりますが、家族が検査を受ける場合は保険が適用にならない(自由診療となる)ことも説明を受けました(※詳しい解説は、HBOC解説記事「どのように診断されるの?」をご覧ください)。

遺伝性の乳がんと診断を受けた時、どのようなことを考えられましたか?

まず、自分が乳がんと診断を受けたことについては「やっぱり」という気持ちでした。親族にがんの当事者が多かったためです。次に考えたのは、息子と娘のことです。同じく、HBOCの原因となる病的バリアントを持つ可能性がある親族のことも考えました。

忙しい日々、インターネットによる情報収集では「情報源」に注意を

診断を受けた当時、HBOCについてどのように情報収集していましたか?

治療と子育てで忙しかったため、インターネットによる情報収集が中心でした。そのため、情報源には注意を払って情報収集しました。例えば、国立がん研究センターが運営するウェブサイトなど、公的機関が発信する正しい情報を確認するといったことです。誤った情報に触れて不安な気持ちになったり、科学的根拠に基づかない民間療法などに自身の注意を向けたりしないようするため、注意しました。

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「公的機関が発信する正しい情報を確認するよう気を付けていた」と、堤さん(写真はイメージ)

情報源に慎重になった理由は、自分が妊娠中、誤った情報に触れて不安になった経験があるからです。妊娠にまつわる情報は、インターネットやSNSで検索するとたくさん出てきます。中には誤った情報も多くあり、「気を付けないと危ないな」と感じていました。誤った情報であっても、あたかも本当のことのように書いてあるので、判断が難しい場合もあります。そのため、医療情報は、どのような機関が発信している情報かを見極めることが大切だと感じています。

※「病気の情報収集」については、コチラの記事もあわせてご覧ください。

治療と子育てで忙しい日々、気持ちが追いつかないことも

これまで受けた治療、今後受ける予定の治療内容について教えてください。

術前化学療法、乳房摘出手術、放射線治療を受けました。手術では、遺伝カウンセリングで説明のあった「予防的切除」も一緒に行うことを選択し、両乳房を全摘しています。手術後、現在は乳房の再建を考えています。また、卵巣については、2023年の夏前に予防的切除を予定しています。

予防的切除も含め、治療選択はどのように決められましたか?

自分の場合は、割と早くに決断したと思います。遺伝カウンセリングで、手術による治療と予防切除の説明を受けた時に、「予防切除も一緒に選択する」と考えていました。一方、頭では決めたつもりでしたが、振り返れば正直、その時気持ちは追いついていませんでした。乳房は、私にとって"母親の象徴"だったためです。子どもたちを抱きしめる時に伝わる乳房の柔らかさは、父親には無い母親特有のものだと思います。私自身、母親に抱きしめてもらった幼い頃の感触を覚えていますし…。その乳房を切除するということについて、頭では必要だと理解していても、なかなか気持ちが追いつきませんでした。治療と育児の両立が想像以上に大変で、自身の気持ちと向き合う時間が十分にとれていなかったことも影響していたと思います。手術日が近づいてくるにつれ、「乳房を失うんだ」と具体的にイメージが湧いてくると、涙が止まらなくなったこともありました。

しかし、さまざまな人たちに力をもらい、徐々に事実と向き合えるようになっていきました。特に、HBOCであることを公表している海外の女優さんの存在は大きかったです。彼女もまた、予防切除を選択したと知っていたので、その事実に勇気をもらいました。

治療と子育ての両立について、特にどういったことが大変だと感じられました?

術前化学療法の頃が、特に大変でした。治療の副作用で自身の体調が優れない時と、子どもたちが体調を崩すタイミングが重なることがあって…。「自分が病院に行く時、子どもたちの面倒を誰にお願いしたらいいか?」といった調整に、常に追われていました。当時、一時的に実家へ拠点を移し、家族のサポートを受けながらがん治療を進めていたのですが、それでも大変なことは多かったです。また、病児保育も利用していましたが、予約が取れる・取れないといった問題や、預ける前に小児科を受診しないといけないこともありました。その他、コロナ禍の影響で、余計に必要な調整が増えていた印象です。そもそも子どもたちが病気をもらってくるのは、私の治療のために保育園に通っていることも影響していました。そんな状況に自分を責めるなど、治療以外でもまるで地獄のような日々でした。

無事に手術が成功した後は、入浴で苦労しました。術後、子どもたちの入浴を私の母親にお願いしたくても、子どもたちが自分と入りたがることがあって。ただ当時、自分は術後なので、シャワーを浴びるだけにしていました。だから、一緒に湯船につかることはできないですし、お風呂場で子どもたちを持ち上げることも一苦労な状況だったんです。「もし、傷口が開いたら…」と心配だったこともあり、恐る恐る子どもたちを入浴させていました。

コロナ禍に関わらず、通院時に子どもを見てくれたり、入浴を支援してくれたりするサポートが充実してくれると良いと思います。

病気やご家族のことを発信、お子さんにあわせた伝え方も

Instagramを通じて、ご自身の病気やご家族のことについて発信するようになったきっかけを教えてください。

がん治療と育児の“あるある”を発信したいと思ったからです。同じように治療を受けながら子育てとも向き合っている方々へ、また、これから同じような状況になる方々へ向けても情報をお届けしたいと考えました。今では、Instagramを通じてさまざまなフォロワーさんとつながることができ、大切な場になっています。

自分の場合は、周りの友人に病気のことを伝えていないので、気持ちを吐き出す場ができて本当に良かったです。フォロワーさんとのつながりに励まされたり、勇気をもらったりすることが多くて、大変な中でも前向きになるきっかけをもらっています。皆さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

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「SNSではフォロワーさんとのつながりに励まされたり、勇気をもらったりすることが多い」と、堤さん
お子さんへは、ご自身の病気についてどのようにお話されていますか?

「ママの胸に、病気ができちゃったんだよ」という風に伝えています。年齢的に、「乳がん」という言葉の理解も難しいと思うので、あえて、このような情報に留めています。遺伝に関わることも、まだ伝えていません。タイミングを見ながら、伝えていくつもりです。

病気については、子どもたちが理解できる範囲で正直に伝えています。例えば、「病気を治さないと、ママは長く生きられないかもしれないよ」「治療して、ママの体から病気はなくなったよ。だけど、これからまた新しく病気ができちゃうかもしれないんだよ」といった風に、伝え方には気を付けています。

病気の詳細を伝えるタイミングについては、どのように考えていますか?

今後、子どもの学校でがん教育の授業があった時や、自分の検査に一緒についてきてもらった時などを考えています。タイミングを見ながら、病気の詳細を子どもたちに伝えていきたいですね。

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「タイミングを見ながら、病気の詳細を子どもたちに伝えていきたい」と、堤さん

不安がなくなることはないから、日々の喜びや楽しみを大切に

最後に、遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。

今、目の前にある喜びや楽しみを決して見逃さず、生きていきましょう。病気と向き合って生きていく中で、なかなか受け入れられないこともあると思います。私自身、HBOCという病気を受け止めてはいますが、全てを受け入れられてはいません。

また、私の場合は、治療と予防的切除を選択したことで両方の乳房を失いました。がんへのなりやすさが低減されたことは大きな前進でしたが、不安が完全になくなったわけではありません。これからの自分の健康不安はもちろん、子どもたちの将来の健康に対しても不安がなくなることはないです。そんな現実に、心が潰れそうになることもあります。だからこそ、日々の喜びや楽しみを大切にして、生きていきたいと考えています。

今後、ますますの医療の進歩を期待し、希望を持ち続けながら生きています。


HBOCの診断を受け、がん治療と子育ての両立の大変さについて「まるで地獄のような日々」と表現されていた、堤さん。そんな中でも、遺伝カウンセリングを利用したり、病気の情報収集では「公的機関が発信する正しい情報」を確認したりするなど、工夫されていた姿が印象的でした。

また、取材中、ご家族やお子さんたちへの思いを何度も話してくださいました。2022年の年末、治療がひと段落したタイミングで「治療を支えてくれた人たちに感謝を伝える会」を開催。言葉にしきれないほどの「ありがとう」を、皆さんに改めて伝えられたそうです。

治療と子育ての両立は、つらく大変なことも多いと思います。もし、皆さんが同じようなことで悩まれた時には、堤さんのご経験をぜひ思い出してみてください。(遺伝性疾患プラス編集部)

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