病気により手にハンディキャップがあると、料理に対して「やってみたいけど、うまくできるか心配」「以前と同じようにできなかったら…」など、楽しい気持ちよりも不安な気持ちが大きくなってしまうという方もいらっしゃるかもしれません。そこで今回は、作業療法士として多くの患者さんたちと日々向き合っている横浜市リハビリテーション事業団の藪崎さや子さんに、手にハンディキャップがある方向けの料理のコツについて、詳しくお話を伺ってきました。
患者さんもご家族も料理を楽しめるようになる“ちょっとした工夫”や、料理をきっかけに前向きな気持ちを取り戻した患者さんのお話などをご紹介。後半では、片手で簡単にできる料理のレシピも…!ぜひ、最後までお読みになってみてくださいね。
ポイントは材料の「固定」、患者さんごとに必要な対応はさまざま
「手」にハンディキャップのある患者さんは、料理の際どのようなことに困られていますか?
患者さんの症状や状態にもよりますが、多くの場合、材料を上手に「固定」できないことでお困りになるケースが多いように感じます。
例えば、里芋や長芋といった芋類は「ぬるぬるしている」ため安定せず、固定をするのに苦労しますよね。また、「やわらかい」「かたい」材料であっても同様です。やわらかい豆腐を扱う場合は、崩さないように優しい力で触らないといけませんし、かたいかぼちゃを扱う場合は、逆に強い力が必要になります。しかし、手を使いにくくなっている方では、ちょうど良い加減で材料を固定することが難しいことが多いのです。
そのため、上手に「固定」できるようになれば、料理のしやすさは向上すると思います。
材料を上手に固定できず、苦労される患者さんが多いんですね。
そうなんです。ただ、大前提として、病気によってそれぞれ特性があり、同じ病気でも患者さんの状態は異なります。また、脳卒中の後遺症を抱える患者さんですと、症状はからだの「片側」のみという場合もありますが、遺伝性疾患患者さんですと、からだの「両側」でやりにくさが現れている場合も多いと思います。つまり、どのように対応すべきかの具体的な内容については、患者さんごとに異なるのです。
そのため、私たち作業療法士が患者さんと接する場合には、患者さんがお困りの作業の原因は筋力にあるのか、関節部分にあるのかなどを確認させていただきながら、「この動作については、こんな工夫ができますよ」という風に、個別にお伝えしているんです。
進行性の病気の患者さんの場合、とくに気を付けるべきことはありますか?
進行性といってもいろいろあり、病気によって気を付けるポイントはさまざまです。
例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者さんの場合、気を付けなければいけないのが、疲労です。疲労が溜まることで症状が悪化することがあるからです。そのため、料理をする場合には「頑張りすぎないこと」が大切です。例えば、料理をする際には、座っての作業や、下ごしらえは誰かにお願いして患者さんは最後の仕上げ工程を中心に作業する、などがおすすめですよ。
ただ、中には「どうしても、下ごしらえからやりたい」と希望される患者さんもいらっしゃいますよね。その場合は、かぼちゃのようなかたい野菜は電子レンジで温めてやわらかくしてから切るなど、疲れない工夫をしましょう。また、最近、コンビニやスーパーで、すでにカット済みの加工野菜を気軽に購入できるようになりましたよね。「下ごしらえ、誰かにお願いしづらいな…」という方であれば、そういった加工野菜を利用するのもひとつの工夫だと思います。
続いて、パーキンソン病患者さんでは、進行の度合いや、お薬が効いている・効いていないなどで、対応が異なります。とくに、お薬が効いている時期の患者さんや、症状があまり出ていない患者さんの場合は、割と好きなようにやっていただけると思います。ただ、お薬のかねあいでからだが動きづらくなっている時期は、なるべく無理のない状態で作業していただくことをおすすめします。
また、手の震えの症状が現れている患者さんの場合は、包丁を扱うときにけがをしない配慮が必要になります。火の近くで作業する場合には、やけどをしないように気を付けることも大切ですよ。
みんなで楽しむために大切なのは「疲れない工夫」
患者さんが料理をする際に、ご家族など支援する側が気を付けるべきことはどのようなことですか?
大切なことは、患者さんだけでなくご家族も、疲れないようにすることだと思います。そのために、「時間を決めて作業すること」をおすすめします。理想は、1時間もしくは30分以内で全ての作業を終えられる内容にすることです。適宜、休憩時間を入れる、立ちっぱなしでなくあえて座る時間を設ける、といった工夫もおすすめです。せっかく、楽しく料理したのに、長時間の作業により患者さんやご家族まで疲れてしまった…なんてことになったら、大変ですから。料理を1時間以内に収めるために、理想は、ある程度下ごしらえが済んだものを「仕上げる」段階で患者さんに入っていただくことですね。
料理は、作る過程はもちろん、出来上がった料理を目で見るのも楽しいですし、さらに実際に食べて「美味しい!」と感じながら楽しむことができる、良い作品づくりだと思うんです。だけど、気を付けないと、患者さんもご家族もついついエネルギーを使いすぎてしまうので、そこは注意していただきたいポイントです。
ご家族側も、疲れないように工夫することが大切なんですね。その他に、患者さんやご家族が疲れないように工夫できることはどのようなことでしょうか?
「病気を発症する前と同じことを、頑張ってしなくてもいいんですよ」ということを、まず、お伝えしたいですね。上手に、力を抜くポイントを見つける工夫が大切だと思います。時には、誰かの力を借りることも必要です。
例えば、下ごしらえから全てを患者さんやご家族側で行う必要はないと思うんですよね。ALS患者さんの例でもお話した加工野菜も、おすすめです。また、下ごしらえも、ご家族でなくヘルパーさんなどにお願いできる方はお願いしてもいいかもしれません。全てを患者さんやご家族だけで頑張りすぎるのではなく、こんな風に、頼れるものには積極的に頼って欲しいと思うんです。
私がこのようなお話をするのには、自分の経験も影響しています。実は、私も以前、ヘルパーさんの力を借りて仕事と家事を両立していた時期がありました。同居していた母が難病を患っていたため、自分が働き続けるためには、積極的に誰かの力を借りないとやっていけなかったからです。
自分も経験したことなので、「他人には頼りづらい」「家のことをお願いするのは、ちょっと気が引ける…」という気持ちは、もちろんわかります。やっぱり、他人がお家にいるというだけで、気を遣ってしまいますからね。だけど、一番つらいのは、患者さんもご家族も頑張り過ぎて疲れてしまうことだと私は思うんです。だから、適度に「力を抜く」工夫は必要だと、できるだけ多くのご家族にお伝えしたいです。
料理が「前向きな気持ち」を取り戻すきっかけになることも
「手」にハンディキャップのある患者さんが料理をすることには、どのようなメリットがありますか?
一番は、いろいろな感覚を味わえることだと思います。手にさまざまな“栄養”を与えているようなイメージ、と私は感じています。やわらかい物、かたい物、温かい物、冷たい物を手で触り、感じるだけでも意味があるのではないでしょうか?
出来上がったときの達成感もいいですよね。難しい作業なだけに、料理が完成したときの感激も大きいのかもしれません。
藪崎さんが関わられた患者さんで、料理をきっかけに変化された例について教えてください。
料理教室など大勢で料理を行う場面で、周りの方々からの影響を受けて変化されている方が多いように感じます。誰かと一緒に1つのもの作り上げて、一緒に食べるという過程が大切なのだと感じています。
私が関わっている脳卒中の後遺症を抱える患者さんの中には、「こんなからだになってしまった…」と、病気をきっかけに落ち込んでいる方もいらっしゃいます。中には、今の自分の姿を誰かに見られたくないから「家の近くは、絶対に歩きたくない」「電車やバスに乗りたくない」と考えられている方もいらっしゃるくらいです。
でも、料理教室などを通じて、みんなと料理していく中で、徐々に前向きさを取り戻されるケースは多いと感じています。例えば、以前よりも、口数が増えたり、「外に出かけよう」という気持ちになったりした方々もいらっしゃいます。教室で作った料理をお家でも作り、「自分の料理を家族にも食べてもらったんだよ」と、楽しそうに話されている方もいらっしゃいました。
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、以前よりも誰かと一緒に料理をしてご飯を食べて…ということが簡単にできなくなってきましたよね。私たちの施設でも、以前は、料理に限らず、運動、絵や陶芸、料理など、さまざまな患者さん向けの教室を行っていましたが、今は活動を中止しています。
オンラインでの料理教室の開催など、今はいろいろな手段を模索している段階です。これから、可能な限り活動を再開できたら嬉しいですね。
まず、使いこなすべきは「滑り止め」
これだけは揃えておきたい基本の料理道具を一つあげるとしたら、何でしょうか?
「滑り止め」は、1つあると便利ですよ。先にも述べていますが、多くの患者さんでは、上手に固定できないことでお困りになるケースが多いので、滑り止めを用いることで材料を簡単に固定できるようになります。
今は、100円ショップなどで安く購入可能な場合も多いので、ぜひ探してみていただければと思います。
食材を固定するポイントについて、詳しく教えていただけますか?
「滑り止め」のほかに、くぎで固定する方法も簡単にできますよ。くぎ付きのまな板を利用し、くぎ部分に食材を刺すことで固定が可能です。
その他、にんじんやじゃがいもといった丸くて転がりやすい野菜の場合は、一度切って、平らな部分をまな板側に置くことで、簡単に安定させることができます。このような、ちょっとした工夫で、料理を切る作業がぐっとやりやすくなると思いますよ。
食材を切るとき、皮をむくときのポイントはありますか?
食材を切るときは、力を入れすぎないことがポイントです。手を使いづらい方の場合、肩から強い力を入れて頑張って切ろうとしている方が多くいらっしゃるんですね。だけど、そんなに大きな力を入れなくても切れるということを、まずは体験して知っていただく機会があるといいでしょう。
続いて、食材の皮をむくとき、とくに初心者の方の場合は、包丁でなく「ピーラー」をご使用になることをおすすめします。
「包丁で皮をむく」という作業は、さまざまな手の機能を必要とするので、難易度が上がります。その点、ピーラーは包丁と比べると必要となる手の機能が少ないので使いやすいと思います。いま、シリコン素材などを用いた滑りにくいピーラーも販売されているので、ぜひご自身の手にあうピーラーを探してみてくださいね。
また、筋力が落ちている患者さんの場合は、ピーラーの重さにも注意です。重すぎるピーラーは扱いにくいと思いますので、可能な限り、軽いピーラーを使われると良いと思います。
加熱調理するときのポイントはありますか?
炒める料理よりも、お鍋などで煮る料理のほうがおすすめです。煮る料理の場合、材料や調味料を入れた後は、ある程度放っておくことができるので、料理初心者の方にもおすすめなんです。
みなさんが意外と苦戦されるのは、炒める料理だと思います。火に近く、油がはねることでやけどをする危険があるので、注意が必要です。料理に慣れている方の場合、「フライパンをしっかりゆらしながら、炒めたい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。だけど、実はフライパンを置いた状態で炒めるのでも十分に火が通るんですよ。その場合、火加減を弱くして、長めに炒めることがポイントなので、ぜひやってみてくださいね。
片付けをするときのポイントはありますか?
可能な限り、洗わなくても良い工夫をすることが大切です。
例えば、まな板を使う順番には気を付けましょう。最初から最後まで、まな板を洗わなくて良い順番で料理をしていくことをおすすめします。野菜を先に切り、お肉やお魚は最後、という具合に進めていくと良いでしょう。あとは、使い捨てのまな板シートなどを使用して、その都度捨てるという工夫もできると思います。
全てが完璧でなくても大丈夫。無理せず、料理を楽しんでみて
最後に、これから料理を楽しみたい!と考えている遺伝性疾患患者さんやそのご家族へメッセージをお願い致します。
全てを完璧にやろうとせず、ぜひ、疲れないための工夫をしてみてください。加工済みの野菜を使って見たり、ときに誰かに頼ってみたりするなどして、無理せず料理を楽しんでもらえたらうれしいです。
また、料理初心者の方であれば、最初は誰かと一緒に作業することをおすすめします。ご家族やお友だちなど、誰かと一緒に料理して、出来上がったご飯を食べることができたら、きっと楽しめるのではないでしょうか。
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大もあり、大人数での料理や食事はなかなか難しいですよね。そんなときは、SNSなどを通じて、手にハンディキャップのある患者さんとつながることもおすすめです。同じように、手にハンディキャップのある仲間の姿を通じて、「自分にも、こんなことができるかも」と、前向きな気持ちになってもらえたらうれしいですね。
料理初心者の患者さん向け、片手で簡単!おすすめレシピ
ご自身の経験も踏まえて、「頼れるものには、積極的に頼って欲しい」とお話してくださった藪崎さん。今回、お仕事終わりに取材のお時間をつくってくださったのですが、お疲れの様子を全く見せず、「一人でも多くの患者さんに、有益な情報をお届けできたら…」と、常に患者さんの立場に立って、お話ししてくださいました。
新型コロナウイルスの影響で、今も窮屈な思いをされている患者さんがいらっしゃるかもしれません。だけど、そんな今だからこそ、お家での料理時間が、普段の生活を少し明るくする1つの手段となったらうれしく思います。まずは、患者さんもご家族も疲れない程度に、簡単な料理から始めてみるのはいかがでしょうか?(遺伝性疾患プラス編集部)