病気や障害を理由に、「オシャレを自由に楽しめない」と感じたご経験はありませんか?車いすを利用されている方の場合、「着やすさ、脱ぎやすさ重視で」「車いすに長時間座るので、服にしわがつく」といったさまざまな理由から、自分の好きな服を自由に着ることが難しいという状況の方もおられるかもしれません。
そんな方にぜひ知っていただきたい洋服ブランドが、『bottom’all』(ボトモール)。「障害者でも健常者でも関係なく着られる」をテーマに、日本障がい者ファッション協会がプロデュースしています。
そして、「『福祉×オシャレ』で世の中を変える」を人生のミッションとして掲げているのが、日本障がい者ファッション協会代表の平林景さん。世の中にある、障害や病気に対する偏見を変えるために、『bottom’all』をはじめとした、新しいオシャレの可能性を提案されています。
『bottom’all』はどのようにして生まれたブランドなのでしょうか?また、今後の展望は…?平林さんの想いを含め、詳しくお話を伺いました。
「オシャレは封印した」という車いす利用者の声から生まれた『bottom’all』
『bottom’all』をプロデュースされるようになったきっかけを教えてください。
2019年10月頃、「パリコレクション(以下、パリコレ)では、車いすの方がランウェイしたことがない」という話を知人から聞いたことがきっかけでした。当時から、「福祉で世の中を変えたい」という気持ちが強かったため、パリコレで車いすの方がランウェイしたら、世の中の障害に対するイメージや見方、潜在的な偏見を覆すことができるきっかけになるのではないかと考えたんです。だから、パリコレで車いすの方のランウェイ実現を目指そうと考え、翌月の2019年11月には、日本障がい者ファッション協会を立ち上げました。
その後、ある車いすの方から伺ったお話が、『bottom’all』のアイディアへとつながっていきました。その方は、お年を召していますが、若い頃はオシャレを楽しんでいた方でした。でも、年を重ねて車いすを利用するようになったことで、徐々にオシャレする気持ちを「封印」されたそうなんです。その要因として、オシャレをあきらめざるを得ない状況がありました。例えば、「試着室に入ろうと思っても、車いすでは入れない所が多い」「仮に試着室に入れたとしても、自分一人では試着できない」といった状況です。
その方は、「オシャレしたいっていう自分の欲求を満たすために、誰かの手を煩わせないといけないのが心苦しくなってきたんだ」とおっしゃっていました。だから、「オシャレしたい気持ちは封印したんだ」と…。
その話を聞いた時、僕の中には違和感が残りました。というのも、もし“誰でも自由に着ることができる”服があれば、この方は、こんな悲しい感情を抱かずに済んだのではないか?と思ったからです。車いすを利用しているとか利用していないとか、障害があるとか無いとか…そういったさまざまなことにとらわれず、誰もが自由に、簡単に着ることができる服があれば良いのではないかと考えたんです。これが、『bottom’all』構想のきっかけとなりました。
車いすユーザーの方の言葉がきっかけだったんですね。誰もが自由に着ることができる服は、なかなかない状況なのでしょうか?
「障害者のための服」といったようなものは、あります。ただ、それが「カッコイイ服か?」と聞かれた場合、僕の中には疑問が残ったんです。「健常者も着たいと心から言えるような服か?」と聞かれると、「悩むものが多い」というのが僕の素直な感想でした。だから、障害の有無に関わらず、障害者も健常者も含めて、皆が心から着たくなるような服をつくろうと考えたんです。
「それって、実際にどういう服なんだろう?」と考え、そこからは、大学の先生や学生さんと一緒にディスカッション重ねていきました。そして、学生さんから出てきたアイディアが「巻きスカート」だったんですね。巻きスカートであれば、誰でも着やすいのではないかと。一方で、「全員にアクセスできる」ということを考えたときに、「巻きスカートは、男性もはけるのか?」という課題が残りました。男性の場合、スカートに対して抵抗を感じられる方が多いのではないかと考えたのです。
そこで、「呼び方を改めよう」となり、「全員がアクセスできる巻きスカート。ボトムとオールでボトモール(bottom’all)はどうだろう?」となったんです。『bottom’all』は、その名の通り、誰もがはくことができるボトムなんです。
車いすを利用している・していない…それぞれの世界が“クロス”するときの可能性
続いて、「fressimo(フレッシモ)」は、どのような服なのでしょうか?
『fressimo』は、『bottom’all』から出ている別の作品で、車いすに長時間乗ってもしわになりにくい丈の短いフォーマルなジャケットです。名前に込められているのは「フリー(自由)の最上級」という意味なんですよ。音楽で用いる、ピアニッシモ(とても弱く)、フォルティッシモ(とても強く)といった言葉になぞらえてつくった言葉です。
実は、『fressimo』も、車いす利用者の男性のお話をきっかけに形となった服なんです。男性のスーツのジャケットって、後ろの丈が長くつくられているんですね。そのため、ジャケットを着て車いすに長時間座っていると、ジャケットの後ろがシワシワになってしまうそうなんです。
車いすの男性がおっしゃっていたのは、「後ろの丈が短いジャケットがあったらいいんだけど、メンズは売ってないんだよ」というお話。そこで、つくったのが『fressimo』なんです。
また、「『fressimo』にあうボトムスって何だろう?」と考えたときに、「『bottom’all』だな」とピンときました。丈の短いジャケットにはパンツより、『bottom’all』をあわせたほうがかっこよく見えるんですね。足が、すらっと長く見える印象なんです。
常にユーザーの声から、服づくりをされているんですね。
そうですね、直接声を聞くということは大切にしています。なぜなら、普段、車いすに乗っていない自分が車いすを利用している方々の声を聞くことで、新しい気付きが得られるということはもちろん、それ以上に「実際に、自分がその立場だったら?」と考えたときに出てくるアイディアが“無限大”だと思うからです。
「もしも…自分があの人だったら、どうすればもっとワクワクできるだろう?」と、目線を変えて、自分の世界を出て、徹底的に想像するんです。それぞれの世界がクロスする場所は必ず存在します。
私たち日本障がい者ファッション協会では、このような「X-Style(クロススタイル)」という概念を大切にしています。この概念には、「想像から創造へ」という思いを込めています。車いすを利用している・利用していないといった、それぞれの立場の人が互いの立場のことをわかったとき、そこには無限の可能性を生み出す力が生まれると思います。『bottom’all』も、X-Styleという概念の一部なんです。
車いすだからこそ、かっこよくなるファッションもあるはず
『bottom’all』を実際に試着された方からは、どのような声が寄せられていますか?
「はきやすい」「楽」「カッコイイ」といった前向きな声ですね。誰もが「着たい」と思う服を目指しているので、このような声を頂き、嬉しく思っています。
『bottom’all』は、現在、どこで購入できますか?
いま、ご購入いただくための準備を進めている段階です。早ければ今春から、具体的な情報をお届けできる予定で、最初は限定数での販売になるかと思います。皆さんにお知らせできる段階になったら、公式サイトやSNSなどで情報を発信しますので、そちらをご覧いただけたらうれしいです。
現在、障害者就労支援施設で、『bottom’all』をつくっていただく計画を進めています。というのも、日本障がい者ファッション協会は、利益を求めている団体ではありません。そのため、『bottom’all』を通じて、つくる側の障害者の方々へもお金がまわっていく仕組みを目指しています。購入する側にとっても、『bottom’all』を買ったお金の一部がどこへ支払われているかが明確になることって大切だと思うんですね。純粋にかっこいいと思って買う人、障害者の方々への応援の気持ちも含めて買う人など、さまざまな思いで購入頂けたら、うれしいです。
『bottom’all』を通じて、障害や病気を抱える方々にどのようなメッセージを届けたいと考えられていますか?
言葉を選ばずに言えば、「障害は、武器になる」というメッセージをお届けしたいです。なぜなら、車いすだからこそ、かっこよくなるファッションもあるはずだと思うからです。
「強み」と「弱み」は、表裏一体です。その特徴を、本人や周りがどう受け止めるかの違いだと、僕は思います。『bottom’all』を通じて、そういったことをお伝えしていけたらうれしいですね。
パリコレで「マイノリティ」と「マジョリティ」を逆転させたい
2021年秋のパリコレ出場を目指す理由について、教えてください。
「もし、車いすが当たり前の世の中だったら…」という問いをきっかけに、「障害って何だろう?」と多くの方々に考えて頂きたいからです。そのため、パリコレのテーマは、「if(=もし)」で進めています。もし、車いすが当たり前の世の中だったら、どんなデザインがこの世に生まれていたのか?という観点で製作を進めています。
また、パリコレでのランウェイをきっかけに、世の中の「マイノリティ(社会的少数派)」と「マジョリティ(社会的多数派)」を逆転できたらと思っています。それは、車いす利用者がマイノリティであるために、今はまだ解決されていない課題があると感じているからです。
例えば、車いすを利用している人は、車いすに乗っていると足元が寒く感じるそうなんですね。もし、車いすが当たり前の世の中だったら、きっとこの課題は解決されているのではないでしょうか。
時代を変えるのは、「皆で」
世の中の偏見を変えていくために、日頃から平林さんが実践されていることはありますか?
まずは、身近にある偏見を少しずつ変えたいと考え、行動しています。例えば、「男性がスカートをはく」ということに対する偏見がありますよね。それに対しては、自分が『bottom’all』をはいて日々SNSなどで発信することで、男性がスカートをはくことが世の中の当たり前になればいいなと考えています。
実際に、『bottom’all』をはいて街中を歩いていると、怪訝な目で見てくる方もいます。そういう方にも、「男性のスカートって、今一番かっこいいかも!」と見ていただけるようになったら嬉しいですね。
僕は、「『福祉×オシャレ』で世の中を変える」ことが自分の人生のミッションだと考えています。そのため、まずはこういった身近な偏見を変えることが、世の中を変えていくことにつながると思っています。
平林さんご自身が「見方が変わってきたな」と感じたエピソードはありますか?
先日、久しぶりにズボンをはいて友人と会ったら「パンツは違和感しかないから…今度からはちゃんとスカートで」と、言われました(笑)。自分が『bottom’all』をはいて発信し続けることで、周りの目も「男性がスカートをはくこと」に対して、慣れてくるのかなと感じましたね。
最後に、車いすユーザーなど患者さんへメッセージをお願いできますか?
病気や障害を持っているからこそ、あなたにしか伝えられない言葉があると思います。当事者の言葉には「世の中を変える力」があると、僕は思います。だから、皆さんにはどんどん発信していってほしいですね。
また、障害に対する世の中の偏見のようなものは、僕たちの世代で終わらせないといけないと考えています。この感覚は、次の世代へ持って行ってはいけないと思うからです。次の世代の方々のためにも、この問題には、ここでケリをつけないといけないと、強く思うんです。
それを、皆でやりませんか?
時代を変えるのは、僕ではありません。皆さんです。だから、皆さんの力が必要です。皆で、変えていきましょう。
車いす利用者の声をきっかけにつくられた洋服ブランド『bottom’all』。世の中にある、病気や障害に対する「偏見」を変えていくため、この洋服には、平林さんのさまざまな想いが詰め込まれていると感じました。また、今回の取材を通じて、病気や障害を抱える人たちを取り巻く偏見を、「絶対に変える」という平林さんの強い意志を感じました。
『bottom’all』は、早ければ今春にも販売について発表があるそうです。今秋開催予定のパリコレクションなどを通じて、今後の活動のさらなる発展に期待が寄せられます。
車いすを利用している人も、そうでない人も、皆が『bottom’all』をオシャレに着こなしている未来が、すぐそこまで来ているのかもしれません。(遺伝性疾患プラス編集部)