「日々の生活でいっぱいいっぱいだから、ヘアカットなど見た目のことは後回しになりがち…」
「車いすを利用しているから、美容院には行きづらい」
それわかる!と思った方に、ぜひ知って頂きたい美容師がいます。
それが、「車いす専門美容師・Hoshioさん」。病気や障害などを理由に、美容院へ足を運びづらい方々を対象に、ご自宅や施設、病院などに訪問し、その場でヘアカットするスタイルで活動中です。もともとは、車いすユーザーを中心に活動していましたが、重度訪問介護従業者の資格を取得したことで、現在は寝たきりなど症状の重い方を含め、ヘアカットを手掛けています。
Hoshioさんがヘアカットの際に大切にしていることの1つが、お客様との丁寧なコミュニケーション。ヘアカット中はもちろん、終了後も、すぐに帰るのではなく、お客様との会話を楽しまれているのだそうです。
老舗の美容院で約10年スタイリストとしてご活躍後、どのようないきさつで今の活動を始めたのでしょうか?また、これまでに印象的だったお客様とのエピソードとは…?詳しく、お話を伺ってきました。
きっかけは友人のけが。手探りでのスタート
「車いす専門美容師」の活動を開始されたきっかけについて、教えてください。
友人が、ある事件に巻き込まれてけがをしたことをきっかけに、しばらく家に引きこもってしまったんです。そのとき、「友人が、また外に出ようと思えるように」という願いを込めて、ヘアカットしたことがきっかけでした。
友人は、家族とも数か月話していないような状況でしたが、ヘアカットしながらさまざまな話をし、カットが終わった頃には、表情の明るさを取り戻していたんです。とても喜んでくれた姿が、印象的でしたね。その頃は、老舗の美容院で10年ほど勤務し、美容師以外の職種にも挑戦していた時期でしたが、このことをきっかけにヘアカットの力を再認識しました。
その頃、ある方に「車いす専門の美容師、どうかな?」とお声がけ頂いたこともあり、活動開始を決意しました。「車いす専門」という美容師の方を他に見つけることできず、手探りでのスタートとなりました。2019年5月頃のことです。
活動を開始して、大変だったことはありますか?
最初は、なかなか車いすユーザーの方々とつながることができず、苦戦していました。それまで、車いすユーザーと関わったことがなかったためです。「きっと、これは喜んでくれる方々がたくさんいるぞ!」と意気込んで始めたものの、現実は、そう簡単にはうまくいきませんでした。
そこで、「とにかく、髪を切らせてくれる車いすユーザーを探そう!」と考え、さまざまな友人に「車いすの知り合いがいたら、紹介して欲しい」と頼んだり、時には、新宿や渋谷を歩き回って直接探してみたりもしました。それでも、なかなか出会うことができず、気付けば、1か月近くが経過。苦しい日々でしたが、声を上げ、発信し続けました。
そんな時、偶然、YouTuberとして活躍する車いすユーザーの方々を紹介して頂く機会があったんです。そこから、徐々に車いすユーザーの方々とのつながりができました。まだあまり実績のなかった僕の活動を、さまざまな車いすユーザーの方々が受け入れてくれたことが、本当にうれしかったです。
諦めかけていたことも、勇気を出して発信することで、力を貸してくれる人が現れることもあります。僕は、この経験も含めて、そう思います。だから、同じように「病気などを理由に、何かを諦めかけている方の力になりたい」という思いが強くなっていきました。
お客様とのコミュニケーションを大切にしたヘアカットを
車いすユーザーや患者さんへのヘアカットの際には、どのようなことに気をつけていらっしゃいますか?
まず、特にお客様の体勢は気を付けています。具体的には、「座位を保てるか?」「カット中の姿勢で、つらいところや痛むところがないか?」などを随時確認し、ご本人がリラックスできる姿勢や時間などを確認します。また、症状によっては体幹が弱い方もいらっしゃるので、髪をブローする際に、引っ張っても問題ない方向や力加減も確認しています。
その他、プッシュアップ(車いすの肘掛けにつかまり、お尻を浮かせること)の頻度も確認しますね。カット中、お客様が「自分が急に動いたら、困るだろうな…」と、僕に気を遣って我慢されないように、「いつでも、プッシュアップして大丈夫ですよ」といった声かけをしています。
僕の場合、仮に相手が逆立ちをしていても、体勢を戻した時にちゃんとヘアスタイルが形になるように考えて切ることができます。そのため、多少動いて頂いても問題ありません。
さまざまなお客様にご要望をお伺いし、教えて頂いたことをもとに、今のヘアカットのスタイルになりました。
実際にヘアカットした車いすユーザーからは、どのような声が届いていますか?
「うれしい」「来てもらえて、ありがたい」といったお言葉を頂くことが多いです。また、僕は話を聞くことが好きなので、「たくさんお話しできて楽しかった!」という感想も多く頂きますね。
中には、ヘアカットをきっかけに、友人として接してくれる方もいらっしゃいます。例えば、このような声を頂いた時は本当にうれしかったです。
「いつも親身になって(自分に)あうスタイルを一緒に考えてくれます。髪が整うと、服も靴もと、自分からどんどんブラッシュアップしたくなるのは不思議ですね!自宅で施術を受けられる手軽さと、何よりその後のトークが楽しみで、思わずリピートしてしまう人は多いと思います。もちろん自分もその一人です。もっともっと活動を広げてほしいし、そのために協力できることはやるつもりです!大切な親友の一人として。」(男性・30代)
お客様のご家族から「一生忘れません」と感謝の声も
「車いす専門美容師」の活動の中で、特に印象的だった方とのエピソードについて教えてください。
病後、自宅療養をされていた女性のヘアカットをさせて頂いた時のお話です。このお客様は、もともとおしゃれが好きな方だったそうで、「最後に、入院中にケアできなかった髪を切って欲しい」と、ご家族からご依頼頂きました。
最初にお会いした時、お客様はベッドにいらっしゃいましたが、僕が来たことを喜んでくださって、わざわざベッドからいすへ移動してきてくださったほどでした。僕が髪をカットしたりブローしたりする中で、お客様はたくさんお話してくださり、とても楽しんでいるご様子でしたね。もちろん、完成したヘアスタイルも喜んでくださいました。
その様子を見て、お客様の娘さんは「いつも母は、ベッドで寝たままで全く話さずにぼーっとしているだけの日もあるのに」と、とても驚かれていました。そして、「今日のヘアカットを、とても楽しみにしていたんですよ。昨日の晩から、スキンケアを自分でしているほどでした」とお話ししてくださいました。
最後に、お客様と一緒に記念写真を撮影。そのお客様が、本当に楽しんでくださったのが僕にも伝わってきました。また、帰り際、ご家族から「今日のことは、一生忘れません。本当にありがとう」と言って頂いたことも、うれしかったですね。お客様はもちろん、支えているご家族にとっても明るく楽しい時間となるお手伝いができるよう、これからも活動していこうと心に誓いました。
「重度訪問介護従業者」の資格も。ヘルパーと美容師を両立
「重度訪問介護従業者」の資格※を取得された理由について、教えてください。
車いすユーザーだけに限らず、さまざまな障害や病気をお持ちの方のヘアカットにも対応できるようになりたいと思ったからです。
最初は、車いすユーザーを対象に活動していました。活動を通じて多くの方々にお会いするようになり、車いすユーザーと言っても、さまざまな障害や病気をお持ちの方がいると知ったんです。また、車いすを利用されていない方でも、病気やけが、内部障害(外見からはわかりづらい障害)をお持ちの方がいることも知りました。例えば、訪問時、ご家族やヘルパーさんがお客様の介助をしてくださって、自分がヘアカットさせて頂く状況もあります。ただ、もし自分しか対応できる者がいない場合を想定した時、知識や資格を持っているほうが、よりお客様の安全・安心につながると考えました。
無事に、「重度訪問介護従業者」の資格を取得した現在は、より介護を学びたいという思いから、美容師だけでなくヘルパーとしても活動しています。
※重度の肢体不自由者で、日常的にサポートを必要とする方に介護サービスを提供するための資格
美容師だけでなく、ヘルパーとしてもお仕事をされていらっしゃるんですね!
そうなんです。現在は、週に2、3日程度、ヘルパーとして現場に行っています。実際に現場でお仕事をさせて頂くと、学びが多いため、これからも続けたいと考えています。
ヘルパーの仕事を始めて、どういった気付きがありましたか?
「その方が、自分らしく生活できるようなサポートをする」という考え方が大切だということです。
ヘルパーの仕事を始める前までは、「僕が色々とやってあげないと!」という気持ちが大きかったんですね。だけど、頼まれていないことまで良かれと思ってやってしまうのは、逆効果の場合もあると知りました。その方にとっては「自分らしく生活できる」ということの実現が大切なので、本当にやってほしいと思われていることをサポートすることが大切なんだと、今は思っています。
そのため、美容師の仕事においても、考え方が少しずつ変わってきました。例えば、以前であれば「こうしたら、もっと髪型が良くなる!」と思うことも、お客様の意思を尊重することを何よりも心がけるようになりました。
寝たきりなどの状態であっても、ヘアカットして頂けるのでしょうか?
はい、もちろんですよ!寝たきりの状態であれば、ご家族、もしくは入所されている施設の職員が近くにいらっしゃると思います。そういった周りの方々の手を借りながら、ヘアカットさせて頂きます。以前、終末期医療の施設に伺った際には、寝返りをする、後頭部を切るといった際に、お客様の頭を持ち上げる対応を、担当の看護師さんに手伝って頂きながらヘアカットしました。
僕は、まだ寝たきりのお客様への対応の経験数は多いとは言えないかもしれません。だけど、ご依頼頂いた際には、周りの方々の力もお借りしながら対応します。また、ヘルパーとしても、現場に出て経験を積んでいますので、安心してご依頼頂けたらうれしいですね。
新型コロナウイルス感染が拡大していますが、活動で気を付けていることはありますか?
以前より、感染対策を十分に行って活動していましたので、特に、大きく変わったことはないです。ただ、以前よりも消毒を念入りに行う、マスクを着用する、などは徹底して行っています。そのため、安心してご依頼頂けたらと思います。
現在の訪問対象地域について、教えてください。
基本的に、ご依頼頂ければ全国どこへでも行くスタンスです。過去には、九州にお住まいの方のヘアカット経験もありました。ただ、交通費などの問題や、新型コロナウイルスの感染拡大などの影響もあり、現在の主な活動範囲は、東京都内、埼玉県、神奈川県など、関東近郊です。
ヘアカットをきっかけに、お客様の挑戦を後押し
今後の目標や挑戦してみたいことについて、教えてください。
全国に、車いすユーザー、病気や障害などをお持ちの患者さんたち専門の美容師チームをつくりたいです。
新型コロナウイルスの感染拡大など、さまざまな問題から、僕が対応できるエリアは関東近郊となっているのが現状です。だけど、この取り組みを全国の方々にお届けしていくのが僕の目標なんです。全国で、ヘアカットを希望されているお客様のご自宅へ訪問し、ヘアカットできるような環境を整えたいですね。そのために、同じ志を持った仲間と出会い、チームを作りたいと考えています。
「車いす専門美容師」の活動を通じて、患者さんや車いすユーザーにどのようなメッセージを伝えたいですか?
ヘアカットをきっかけに、お客様の挑戦を後押しできたらうれしいです。
きっと皆さん、やってみたいことやチャレンジしてみたいことがあると思うんです。だけど、症状を理由にそれをあきらめている方もいらっしゃるかもしれません。そんな皆さんを応援できる立場でありたいと思いますし、これからも皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
最後に、車いすユーザーや患者さんにメッセージをお願いいたします。
「ぜひ、皆さんの力を貸してください!」
まだまだ、今の僕には知らないことが多くあります。そのため、皆さんのご経験や感じていることを教えて頂きたいです。
僕は、この活動を始めるまで、車いすユーザーや、障害や病気をお持ちの方に対して「弱く、助けを必要としている人」というイメージを持っていました。でも、実際に皆さんとお会いする中で、その認識が偏ったものであると知りました。強く、たくましく生きている方々も多くいらっしゃるということを、僕は知らなかったんです。
そして、皆さんと一緒に、病気や障害に対する偏見や差別のない社会をつくっていけたらうれしいです。だから、まだまだ力不足な僕に、力を貸してください。もちろん、ヘアカットのご依頼もお待ちしております!
ご友人との出来事をきっかけに、車いすユーザーや、病気・障害を持つ患者さんへのヘアカットを始めたHoshioさん。「お客様の安全・安心につなげたい」という思いで、重度訪問介護従業者の資格を取得し、現在は美容師だけでなくヘルパーとしても活躍されています。
取材でお話を伺う中で、Hoshioさんは、相手を包み込むような優しさを兼ね備えていらっしゃる方だと感じました。ヘアカット中に、お客様が安心して、楽しくお話されている姿が目に浮かぶようでした。
これは余談ですが…実は、美容師を目指したきっかけが「当時片思いしていた女性が、美容師だったから」という情熱的な一面もお持ちのHoshioさん。気になる方は、メールアドレス(hoshisean@gmail.com)へ、連絡してみてはいかがでしょうか?(遺伝性疾患プラス編集部)