視覚障がいがある方で、思うようにメイクやファッションなどオシャレを楽しめなかったり、買い物の際に困ったり、といった経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。今回お話を伺ったのは、一般社団法人日本視覚障がい者美容協会(JBB)代表理事の佐藤優子さん。JBBは、「世界中、全ての人がオシャレや仕事を諦めない世界」をビジョンとして掲げ、視覚障がいがある方々のオシャレに関わるさまざまなシーンをサポートする団体です。コーディネートの知識を聞きながら楽しく身につけられる「音で読めるファッション雑誌」の発信、ビデオ通話を用いて視覚障がいがある方々の「目」となって買い物をサポートする「JBアイズ」、その他さまざまな企業とのコラボイベントによって、視覚障がいがある方のオシャレを支援しています。
これまで、ネイリストとして多くの視覚障がいがある方々のお話を直接伺ってきた佐藤さん。その中で気付いたのは、「視覚障がいがある方々は、社会に溶け込むための手段として、オシャレを必要としている」ということでした。JBBが立ち上がった経緯、現在のご活動とともに、佐藤さんの活動への想いを伺いました。
違和感なく社会に溶け込む手段としての「オシャレ」
ネイリストの佐藤さんが、なぜ視覚障がいがある方向けに活動を始めたのですか?
ネイリストとして働く中で、介護施設で高齢者の方々にマニキュアを塗るボランティアを行っていたことがきっかけでした。高齢者の多くの方は、年を重ねるにつれて老眼になったり、病気になったりして、目が不自由になるんですね。ボランティアを通じてお話を伺う中で、高齢者の方々は自分で爪を切ることに苦労されていることを知りました。例えば、誤って爪だけでなく指の部分まで切ってしまうといったことです。そういったお話を伺う中で、ふと思ったのが、高齢者に限らず「目が見えにくい方って、どうされているんだろう?」ということでした。
そこから「視覚障がいがある方々に、色とりどりのネイルを提供できたら…」という想いを持ったことが、今の活動へつながっています。
当時、視覚障がいがある方向けのネイルをやっている人はいましたか?
当時、日本ではいなかったと思いますね。私自身、活動しようと思ったものの、前例がなかったので、手探りの状態で活動を始めました。
また、身近に視覚障がいがある方がいたわけでもなく、白杖(はくじょう)という視覚障がいがある方が使う杖のことも知らなかったですし、盲導犬も実際に見たことなかった…という、全然知識のない状態からのスタートでした。
そこから、どのように視覚障がいがある方と関わられるようになったのですか?
日本盲人会連合(現在:社会福祉法人日本視覚障害者団体連合)のイベントが開催されると知り、思い切って参加してみたんです。
そこで、「視覚障がいがある方にネイルをしたいんです」とご相談したところ、やはり「前例がないので」という回答で…。ただ、そのことをきっかけに、視覚障がいがある女性の方にお話を伺う機会を頂けたんですね。実際に当事者の方々にお話を伺う中でわかったのは、皆さん「オシャレがしたい」と思っているということでした。また、その理由は「違和感なく社会に溶け込みたい」と思う気持ちからだとわかりました。
「違和感なく社会に溶け込む」ためのオシャレなんですね。
そうなんです。なぜかというと、当事者の方々は、周りに「自分が周りを見ることができないことで迷惑をかけないようにしたい」と思っていて、その前提として「視覚障がいを理由に、周りに気を遣わせないようにしたい」と常に考えているからなんです。
例えば、職場で働く時、周りはほとんどが視力に大きな問題がない人たちです。職場の女性の中で、もし自分だけネイルをしてない状況だったら…。「どこのネイルサロンへ行っている?」という会話になった時、当事者の方は話についていけず、周りが気を遣ってしまうかもしれません。
その他にも、視覚障がいがある方から、シーンにあわせた服装をするためにプロの目がほしいという声も上がっています。例えば、結婚式に参列する時、フォーマルな服を着て、靴も服にあったものを履いて、さらに、女性であればネイルをして、髪もアップにしますよね。場になじまない装いをしていたら、会場の他の方が気にするかもしれません。視覚障がいがある方の場合は、装いの全てを自分で確認することが難しいので、誰かの目を借りる必要があるんです。こんな風に、周りの方々を思う気持ちからも、オシャレが必要とされています。
私が、視覚障がいがある方向けのネイルを始めた時、周りの方からは「目が見えない人が、なぜネイルするの?」「自分で見えないのに、ネイルする意味あるの?」と、何度も聞かれました。今でも、聞かれることがあります。確かに、視覚障がいがある方のほとんどは自分の目ではネイルを見ることができません。だけど、皆さん「違和感なく社会に溶け込みたいから、ネイルをしたい」と思われているんです。
佐藤さんは、当事者と社会との間にあるギャップに気付いたのですね。
はい。実は、視覚障がいがある方々は、違和感なく社会に溶け込むための一つの手段として、オシャレをずっと必要としていたんです。だけど、今まではその需要に応えられるような仕組みがありませんでした。しかし、当事者の方々から直接お話を伺ったことで、こうした仕組みがなかったのは、「目が見えないなら、オシャレは必要ない」と、社会が勝手に決め付けていたからだったのだと気付かされたんです。
こうして私は、この活動をするのだと改めて決意することができました。
そこから、どのようにしてJBBの活動を始めたのですか?
まず、2018年に、視覚障がいがある方のための出張型ネイルサロン「Nail Le Braille(ネイルルブライユ)」を起業しました。
視覚障がいがある方にネイルをしながらお話を伺う中で「必要なのはネイルだけではない」と実感したんです。メイク、服のコーディネート、ヘアアレンジ…全てが必要とされていると知りました。例えば、花柄のワンピースを買う時、「花柄」だけでも、大きい花柄なのか、小さい花柄なのか、といった違いや、そもそも年相応の花柄なのか、など、さまざまな情報があります。視力に問題がない方であれば、視覚から入ってくる情報でその辺りも感覚的に選択できると思いますが、視覚障がいがある方にはそれができません。そういった部分も丁寧にサポートできる仕組みが必要だと感じました。
そういった背景もあり、視覚障がいがある方のオシャレをトータルでサポートするために、2019年にJBBを立ち上げました。NPO法人日本ネイリスト協会が開催するイベントに視覚障がいがある方を招待しようというお話を頂き、それにあわせて法人化することになったんです。
「音で読めるファッション雑誌」など多岐にわたる活動
JBBの主な活動について、教えてください。
イベントですと、先日開催された、資生堂とのコラボメイクイベントのような当事者向けイベント、「マルシェ」というお買い物イベントも開催しています。コロナ禍の影響で、現在「マルシェ」はオンラインでの開催が中心となっています。
買い物サポートですと、「JBアイズ」という活動があります。これは、ビデオ通話で、JBBの女性スタッフが、視覚障がいがある方々の「目」となって、リアルタイムで買い物をサポートさせて頂く活動です。化粧品、服の組み合わせの確認はもちろん、男性には聞きにくい生理用品などのパッケージの読み上げなど、さまざまな視覚的支援を行っています。こちらは、JBB会員向けの無料サービスです。
情報発信系ですと、SNSの他、音声プラットフォームVoicy(ボイシー)で「音で読めるファッション雑誌」を配信し、視覚障がいがある方にとって情報が得にくいファッション雑誌の情報を、声でお届けしています。雑誌の表紙を読み上げ、表紙のモデルになっている女優やタレントさんについて解説したり、コーディネートをいくつか紹介したりしています。視覚障がいがある方もイメージしやすい言葉を選んでお伝えしているのが、特徴です。
Voicy「音で読めるファッション雑誌」での情報発信には、どのような声が寄せられていますか?
「こんな配信を待っていました!」という声が、多く寄せられています。全盲の方はもちろん、弱視の方からも声が届きます。というのも、弱視の方は拡大読書器という補助機器を使って、ファッション雑誌を読んでいるのですが、拡大で見ると、全身のコーディネートがわかりにくいそうなんですね。服のコーディネートの知識を持っていないと、買い物の際に受け身になりがちです。例えば、店員さんから勧められた服をそのまま買うしかできない、マネキンが着ている服を丸ごと買うことしかできない、といったことです。
その点、この「音で読めるファッション雑誌」を聞いて頂くことで、コーディネートに関する知識も楽しく身につけることができます。知った情報をもとに、楽しくお買い物をして頂けたらと思いますね。
JBB会員はどういった制度ですか?
大きく、正会員と一般会員に分かれます。正会員は、マルシェに出店できる権利があります。視覚障がいがある方で、自分のお店を持ち、販売活動をしている方向けに、宣伝をお手伝いしたいという意図があります。マルシェに出店することで、多くのお客さんに知って頂くことができますし、将来的に経済的な自立につながればと考えています。
一般会員は、JBBのマナー講座など、さまざまなイベントに会員価格で参加頂けたり、優先的なご招待があったりします。また、先ほどご紹介したJBアイズを無料でご利用頂けます。
オシャレをきっかけに、コミュニケーションが円滑になる可能性も
オシャレによる前向きな変化には、どういったものがあるのでしょうか?
身だしなみを整えることで、声をかけられる機会が多くなったという声をよく伺います。オシャレを通じて身だしなみが整うことで、例えば困っている様子に気付いたときに、周りの方も「大丈夫ですか?」と、声をかけやすくなるのではないでしょうか。
声をかけやすくなるのは、顔見知りの方でも同じです。例えば、視覚障がいがあるママさんの場合、“ママ友”とのお付き合いがありますよね。ネイルをすることで「ネイルかわいいね」と、ママ友から声をかけてもらえる機会が増えたという人もいました。
相手から声をかけられる機会が増えるのは、うれしいですね。
そうですね。うれしいのはもちろん、視覚障がいがある方の場合、相手から声をかけてもらえることが助かるのだそうです。というのも、何か頼みたいことがあったとしても、周りに誰がいるのか見えなかったり、近くに人がいるかわからなかったりするんですね。ですから、視覚障がいがある方が自分から声をかけることは、決して簡単なことではないのです。
そういった背景があり、オシャレを通じて声をかけられる機会が増え、喜ばれる方が多いのだと思います。コミュニケーションを円滑に進める一つの手段として、オシャレの可能性は大きいと実感しています。
企業を巻き込んだ仕組みづくりも
コロナ禍で、視覚障がいがある方を取り巻く環境には、どのような変化がありましたか?
視覚障がいがある方は、買い物で苦労する場面が増えています。新型コロナウイルスの影響で社会は「非接触」中心へ進んでいますが、視覚障がいがある方にとって、買い物では接触が必要なシーンが多いためです。
例えば、最近、セルフレジを導入するお店が増えました。もし、そのお店がさらに無人だったら…。視覚障がいがある人は、そのお店で買い物することが難しいでしょう。ですが、そこに誰か一人でもいてくれたり、セルフレジが音声サポートつきだったりすれば、視覚障がいがある人も買い物ができるかもしれません。「JBアイズ」による遠隔サポートも、そういった解決策の一つですね。
こんな風に、視覚障がいがある人では一見対応が難しいかもしれないことも、仕組みによって解決できる社会を皆さんと一緒に作っていきたいと考えています。
仕組みづくりについて、さまざまな企業と一緒に取り組まれているんですよね。
はい。例えば、ユニクロ銀座店で、アテンドサービスを導入して頂きました。これは、視覚障がいがある方から「お店の人がどこにいるか、わからない」という声を頂いたことがきっかけでした。お店で買い物をしている時、どこに商品が置いてあるかわからない場面ってありますよね。「お店の人に聞きたい」と思っても、視覚障がいがある方は、なかなかすぐに見つけられません。ですから、お店の人にすぐに聞ける環境はとても大切なんです。
導入して頂いたアテンドサービスは、予約制で、店舗の最寄り駅にユニクロ銀座店の店員さんが直接迎えに行き、店舗までお連れし、一緒に買い物をしてくれるサービスです。これによって、今までは、ガイドヘルパー※を事前に予約して買い物に行かないといけなかった方も、1人で買い物に行けるようになりました。「1人で買い物に行ける」というのは視覚障がいがある方にとって大きな変化なので、「とても助かる」という声が届いています。また、自治体によって詳細は異なりますが、ガイドヘルパーにお願いできる時間には上限があるので、そういったことを気にされる方にとってもアテンドサービスは喜ばれています。
※視覚障がいがある方の移動をサポートする人
一緒につくろう、生活しやすい社会の仕組み
視覚障がいを持つ遺伝性疾患プラス読者へメッセージをお願いします。
きっと、今も日常生活の中で不便に感じられていることが多くあると思います。それは、コロナ禍によって加速しているかもしれません。
ですが、やり方や仕組みが変わることで、簡単にできるようになることもあると感じています。ですから、「できない」と決めつけずに、ぜひ、私たちと一緒に皆さんが生活しやすくなる仕組みを考えて頂きたいと願っています。そのために、JBBは立ち上がりました。視覚障がいがある方も生きやすい世の中にするために、一緒に仕組みをつくっていきましょう。
常に、視覚障がいがある方々の声に耳を傾け、そして、困りごとを解決する仕組みをつくってきた佐藤さん。「目が見えないなら、オシャレは必要ない」と決めつけるのではなく、当事者の方々が何を求めているのかを丁寧にひろいあげてきたことが、多くの視覚障がいがある方々にJBBの活動が受け入れられている一つの理由なのではないでしょうか。
そして、新型コロナウイルスの感染拡大により、視覚障がいがある方々はさらに大変な想いをされているのかもしれません。ですが、そういった苦難な状況の中でも「できない」と決めつけずに、「できる」ための仕組みを模索し続けるJBBの活動は、これからも続いていきます。(遺伝性疾患プラス編集部)