“遊びの力”でお子さんの治療を支援する「ホスピタル・プレイ・スペシャリスト」とは?

遺伝性疾患プラス編集部

病気や障がいがあるお子さんでは、日常的に病院での治療や検査が必要となる機会があります。その際に、「痛み」や「怖さ」を感じて泣いてしまうことも。そういった場面で、医療従事者と連携し、“遊びの力”でお子さんを支援する「ホスピタル・プレイ・スペシャリスト(以下、HPS)」をご存知でしょうか?HPSは、病院や療育施設などに入院しているお子さんや、病気や障がいがある在宅のお子さん向けに、全国で活動しています。

今回お話を伺ったのは、NPO法人日本ホスピタル・プレイ協会理事長・松平千佳さん。英国で出会ったHPSの素晴らしさに衝撃を受け、「日本にもHPSによる専門的支援を届けたい」いう思いで活動を開始。HPSを日本へ導入した、立役者でもあります。今回は、日本ホスピタル・プレイ協会やHPSの活動について、お話を伺いました。

また、今回のインタビューに先立ち、遺伝性疾患プラスではTwitterでアンケートを実施。その結果、特に、親御さんがお困りなのは「入院時」「在宅時」のお子さんの遊びだとうかがえました。そこでインタビューの後半では、松平さんに「入院時」「在宅時」の遊びのポイントもアドバイス頂きました。

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NPO法人日本ホスピタル・プレイ協会理事長 松平千佳さん

医療とお子さんをつなげるHPS、医療従事者と連携して支援

HPSとは、どのような職種ですか?

HPSは、遊び(ホスピタル・プレイ)を用いて小児医療チームの一員として働く、英国生まれの専門職です。医療環境をチャイルドフレンドリーなものにし、病気や障がいがあるお子さんが、医療との関わりを肯定的に捉えられるよう支援します。

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遊びを用いて小児医療チームの一員として働くHPS(日本ホスピタル・プレイ協会ご提供)

また、HPSは以下の10のミッションを掲げ、日本全国で活動しています。

  1. 医療にかかわるすべての子どもたちに対し、子どもの権利である「遊び」を届けること
  2. 遊びの持つ癒す力を用いて、医療とかかわる子どもの情緒を支えること
  3. 子どものセルフ・コントロール感が損なわれないよう、遊びを用いて治療に対する準備を行うこと
  4. 治療場面において子どもが感じる不安感や痛みを軽減できるよう、遊びを用いて支援すること
  5. 治療に対する誤解を無くし、医療に対する肯定感が持てるよう、術後や処置後の振り返りの遊びを支援すること
  6. プレイ・プログラムをつくり、個別に支援が必要な子どもたちを遊びで支えること
  7. きょうだいが取り残された気持ちにならないよう、きょうだいに対し治療に対する理解が深まるよう支援をおこなうこと
  8. 専門多職種チームの一員として、チームに貢献すること
  9. 医療とかかわり成長する子どもたちが、自己肯定感を維持し、他者とつながれるよう、将来を見通した遊びの支援をおこなうこと
  10. 医療とかかわる子どもたちの、子どもとしてのニーズと、遊びの価値を広く社会に伝えること
松平さんは、2006年に英国で初めてHPSと出会ったそうですが、その時のエピソードについて、教えてください。

HPSと初めて出会った時は、非常に強い衝撃を受けました。なぜなら、まず、英国の病院は、子どもが子どもらしくいられるよう整備された場だと感じたからです。プレイルームが充実していることはもちろん、お子さんたちはパジャマでなく普段着を着て遊んでいました。お子さんの泣き声も、あまり聞こえなかったですね。どのお子さんも、本当によく笑い、遊んでいる印象を受けました。

そして、医療従事者とHPSがフラットな関係性で連携し、お子さんへ支援を行っていたことも印象的でした。それは、お子さんが注射を受けるときなど、さまざまな場面で見られたんです。このような経験から、私は「日本にもHPSによる支援を」と考えるようになりました。

HPS導入について、日本の医療従事者から届いた声や、ご自身のお考えを教えてください。

英国と日本での医療文化の違いもあり、日本へのHPS導入は簡単ではないと感じています。一方で、実際にホスピタル・プレイの良さを実感した日本の医療従事者からは、評価の声が届いています。HPSは、遊びを通してお子さんと関わるので、お子さんとコミュニケーションをとりやすくなるという声もあります。こういった声からも、HPSは、医療とお子さんをつなぐ役割を担っているのだと思いますね。

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HPSは、遊びを通してお子さんと関わるので、お子さんとコミュニケーションをとりやすくなるという声も。(日本ホスピタル・プレイ協会ご提供)

また、医療の現場では、お子さんの病気の部分がクローズアップされがちです。治療などを行う場ですから、当たり前のことですね。こういった背景から、HPSはお子さんへ「あなたは、かけがえのない存在です」とメッセージをお伝えしています。病気を持ちながら大きくなったお子さんたちは、「自分は、〇〇の病気なので」という認識が強くなる傾向があるので、お子さんが、自身に“病気であることの呪縛”をかけないようにしてもらうためです。このように、医療従事者とHPS、それぞれの役割を担いながらお子さんと接することが大切だと考えます。

全国に広がる「HPSによる支援」、在宅での支援はどなたでも相談可能

日本ホスピタル・プレイ協会の活動内容について、教えてください。

病院や療育施設などに入院しているお子さんや、病気や障がいがある在宅のお子さん向けに、遊びを届ける活動などを行っています。静岡県立大学短期大学部HPS養成講座を修了したHPSが、全国でホスピタル・プレイ活動をしています。

また、病気や障がいがある在宅のお子さんへの遊びの支援は、問い合わせフォームからどなたでもご相談可能です。基本的に無料で対応しており、交通費や遊びに必要な材料費などはご負担頂きます。HPSは全国にいますので、まずはご相談頂ければと思います。

HPSがいる医療施設は、どのように探したら良いですか?

お問い合わせ頂くのが、確実です。現在、2022年春以降に公式ウェブサイトでもご覧頂けるよう、準備を進めています。

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日本ホスピタル・プレイ協会ご提供(2022年1月現在)

お子さんにあわせた個別の支援、家族全体に関わる支援も

病院におけるお子さんの遊びと通常の遊び、最も異なるのはどのような点でしょうか?

異なる点は、病院におけるお子さんの遊びにはさまざまルールがあることです。しかし、お子さんが、いつも通り遊べることが大切なため、通常の遊びと異なる点がなるべく少ないように対応しています。お子さんにとって、「遊ぶこと」と「生きること」はイコールだと思いますので。

遊びでのルールは、例えば、アルコールで消毒可能な素材のおもちゃを使うといったものです。また、粘土遊びの時は「粘土は、友だちとシェアしない」、遊ぶ前・遊んだ後は「必ず手を洗う」といった声掛けも行います。その他、感染症を持っているお子さんと、思ってないお子さんがいる場合は、遊ぶ順番を工夫します。感染症を持っていないお子さんが先に遊び、全員がプレイルームを出てから、感染症を持つ子が遊ぶ、といった流れです。

このようにルールを設けることで、自由度の高い遊びを実現できるように工夫しています。自由度の高い遊びの中で、お子さんたち自身が選択する機会を持つことが成長につながると考えるからです。

遊びを用いて、お子さんの治療に向けての準備を行う「プレイ・プレパレーション」とは、どのような内容ですか?

プレパレーションとは、「準備」という意味です。お子さんだから「理解できない」、ではなく、お子さんだから「理解できるように伝え、治療の準備をすること」が大切です。そのために、遊びを用います。

例えば、採血の際に、注射が怖くて泣きだすお子さんがいらっしゃいますよね。その場合、今から行う採血は「なぜ行うのか(意図)」、だから「何をしてほしいのか(期待される行動)」をお子さんに理解してもらうことが大切です。ここで遊びを用いて伝えることで、医療に対する恐怖心を減らすことが期待されます。採血で用いる注射器の場合は、注射器を使って色水を吸い上げる遊びをすることで、注射器への恐怖心が和らぎます。こんな風に、さまざまな遊びを用いて、お子さんの治療への準備を行うのです。

治療場面でお子さんが不必要な痛みや恐怖を感じないよう、遊びで支援する「ディストラクション・セラピー」とは、どのような内容ですか?

ディストラクション・セラピーは、プレイ・プレパレーションとセットで行います。例えば、ギプスカットの際、専用のカッターやはさみを用いるので怖がるお子さんもいます。こうしたときに、お子さんの恐怖心を和らげるために遊びを用います。

支援する時のポイントは、そのお子さんが好きな遊びを用いることです。好きな遊びを用いることで、ギプスカットしている部分にあまり注意が向かなくなるからです。お子さんごとに個別の対応を行うことが大切です。

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ポイントは、そのお子さんが好きな遊びを用いること(日本ホスピタル・プレイ協会ご提供)
お子さんのきょうだいへの遊びの支援では、どのようなことをおこないますか?

在宅での支援の際には、病気や障がいがあるお子さんだけでなく、きょうだいも一緒に遊べるように工夫しています。また、きょうだいにも「あなたは大切な存在」とお伝えすることが大切です。きょうだいの場合、どうしても取り残されているような気持ちになりがちです。皆さん、多くの葛藤を抱えている印象を受けます。

病気や障がいを持つお子さんのいるご家族では、当事者に関わらず、皆さん、さまざまな思いを抱えています。ですから、病気の有無に関わらず、一人ひとりと向き合い、個人に焦点を当てる支援を行います。結果的に、家族全体が幸せになって欲しいとの思いで支援しています。

入院時は「できる工夫」、在宅時は「感覚を刺激する遊び」を意識

親御さんが、お子さんの入院時、気軽に取り入れられる「遊び」はありますか?

入院時の遊びのポイントは、2つあります。1つ目は、できないことに対して、できる工夫はないか?という視点を持つことです。入院生活ではさまざまな制限がありますので、普段と同じように遊ぶことは難しいと思います。だからこそ、ぜひ「できる工夫」を考えて頂きたいのです。

例えば、お子さんが「サッカーをやりたい!」と言ったとします。病院でのサッカーは、現実的ではないですよね。でも、“指でプレイする”サッカーだったら、病室でもできると思いませんか?指を足に見立てて、お子さんとサッカーするんです。また、お子さんが「ケーキを作りたい!」と言った場合も、「病院ではできないよ」でなくて、「ケーキを作る“ごっこ遊び”をしよう」と提案できるかもしれません。

2つ目は、「誰かのために」という視点を遊びに取り入れることです。なぜなら、入院時には「誰かのために行動する」機会が減るからです。「誰かの役に立ちたい」という思いは、成長にもつながります。しかし、入院生活では、基本的に安静を求められますので、なかなかそういった機会はありません。

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入院時、「誰かのために」という視点を遊びに取り入れることも大切(写真はイメージ)

ですから、「退院した時に、おばあちゃんにあげるプレゼントを作ろう」「お家で待っている弟のために、おもちゃを作ろう」などと声かけし、遊びに「誰かのために」という視点を取り入れましょう。可能であれば、粘土やお絵描きなど、自由度の高い遊びがおすすめです。例えば、粘土は遊び方が自由ですが、塗り絵はある程度遊び方が決まってきますよね。こんな風に、自由度の高さで遊びを選んでみてください。

在宅時の「遊び」は、いかがでしょうか?

お家では、「感覚を刺激する」遊びを取り入れて頂きたいです。なぜなら、入院生活が長いお子さんでは、五感を刺激される機会が減るからです。また、治療や検査を通じて、感覚の中でも特に「痛い」「怖い」思いをされる機会が多くなります。そういった背景があるので、お子さんの五感を刺激する遊びを積極的に取り入れることが大切になります。取り入れやすい遊びは、例えば、粘土、水、砂遊びなどです。自然を感じられるような遊びが、おすすめです。

また、「入院した分を取り戻すために、退院後は勉強させよう」という親御さんのお話も、よく伺います。その場合はぜひ、退院後1か月ほどは、思う存分お子さんを遊ばせてあげてみてください。なぜかというと、お子さんたちは「遊ばないと、勉強に集中できない」場合が多く見られるからです。遊びと勉強は対抗するもの、というイメージがあるかもしれません。ただ、退院後、お家に戻られてからはぜひ、遊ぶ時間の確保も考えて頂ければと思います。

お子さんを一番理解しているのは親御さん。ご自身の気持ちのケアも大切に

病気や障がいがあるお子さんと向き合う日々の中で、精神的に追い詰められることもあるというご家族の声も伺います。ご家族の気持ちのケアでは、どういったことに気を付けたら良いでしょうか?

HPSの支援の中では、ご家族への支援も欠かせません。気持ちのケアについては、大きく3つのポイントがあります。

1.ご自身のための時間をつくる

HPSが支援する際など、ご家族には「お茶など飲んでいてくださいね」とお伝えし、一息つく時間を取って頂きます。常に病気のお子さんと向き合う日々の中で、そういったご自身のための時間を確保することは大切ですよね。イギリスの病院では、親御さんが集って休むための「ペアレンツルーム」という部屋があるほどです。親御さん同士でお茶を飲みながら話すことが、気分転換になるのかもしれません。

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時には、ご自身のための時間をつくることも大切(写真はイメージ)

2.お子さんや、自分自身への見方を変える

ご家族は、常に「病気と闘わなければ」という気持ちで頭がいっぱいになり、気付かぬうちに、お子さんの「病気」の部分がクローズアップされます。中には、お子さんの病気が「自分のせいだ」と考え、ご自身を責めている親御さんもいらっしゃいます。遺伝性疾患であれば、なおさらです。しかし、それ以上に認識して頂きたいことは、「お子さんはかけがえのない存在」ということです。そして、ご家族も同じようにかけがえのない存在です。HPSが関わることで、そういった見方を変えるお手伝いもしていきます。

3.未来を見る

遊びの支援を通じて、ご家族はお子さんに対して「こんなことも、できるようになったんだ」と発見でき、違った見方を得ることできます。毎日、目の前の出来事と向き合うことで精一杯だと思いますが、ぜひ、お子さんの「未来」へ目を向ける時間も、取って頂けたらと思います。

日々、遺伝性疾患の小児患者さんと向き合う親御さんへメッセージをお願い致します。

本当に、毎日ご苦労が多いと思います。ただ、これだけはお伝えしたいのが、お子さんのことを一番わかっているのは皆さんだということです。医師でもなく、看護師でもなく、皆さんです。ですので、お子さんを一番理解している親御さんが、お子さんの一番の味方でいて欲しいですね。

そして、お子さんたちをたくさん遊ばせてあげてください。お子さんたちは、遊ぶことでどんどん自立していきます。遊びを通じて、楽しく、豊かに生きられるように、成長を促してあげて欲しいです。そして、そういった遊びの環境を、HPSが一緒に整えていけたらと思います。


遊びを用いてお子さんの治療を支援する、HPS。一人ひとりのお子さんと向き合うHPSの活動は、そのきょうだい、親御さんなど、ご家族全体にとって大切な支援なのだと感じました。今後も、全国のHPSの活躍が期待されます。

また、松平さんから遺伝性疾患プラスの読者へ、「入院時」「在宅時」の遊びのアドバイスや、メッセージも頂きました。日々、病気や障がいがあるお子さんと向き合うご家族にとって、今回の記事が、お子さんの遊びに関するヒントとなればと思います。(遺伝性疾患プラス編集部)

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松平千佳さん

松平千佳さん

NPO法人ホスピタル・プレイ協会理事長

静岡県立大学短期大学部社会福祉学科准教授

 

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