障がいや病気を理由に、好きな服を着られなかった経験はありませんか?その人の症状や障がいによって、着やすい服のニーズはさまざま。だから、「この服いいな」と思っても、なかなか好きな服を選べないという方もいらっしゃると思います。
そんな状況を変えるべく、一人ひとりの当事者のニーズに合わせた服のお直しオンラインサービスが立ち上がりました。それが、今回ご紹介する『キヤスク』です。「着たい服を着る日常を、すべての人に」をテーマに、さまざまな服のお直しを提供しています。今回は、『キヤスク』を運営する株式会社コワードローブ代表・前田哲平さんに、『キヤスク』立ち上げまでのお話や、サービスに込められた思いなど、お話を伺いました。
3年間で800人以上の当事者にヒアリング、会社員から独立へ
『キヤスク』を立ち上げたきっかけについて、教えてください。
私は、『キヤスク』を立ち上げる以前、ユニクロを運営する株式会社ファーストリテイリングに在籍していました。その頃の2018年から約3年間、障がいや病気を抱える800人以上の方々にヒアリングを行ったことが、『キヤスク』立ち上げのきっかけです。このヒアリング活動を通じて、障がいや病気を持つ方々の服に関するさまざまな工夫や悩みを知りました。
そもそも、ヒアリング活動を始めたきっかけは、聴覚障がいを持つ会社の同僚の話です。「障がいを持つ方の多くが、服についてさまざまな悩みを抱えている」と聞きました。僕はそれまで、障がいや病気を持つ方が身近にいなかったこともあり、当事者の皆さんが具体的にどういった悩みを抱えているのか想像できなかったんですね。服に関わる課題については正しく知りたいと思い、直接お話を伺うことを決めました。
ヒアリング活動を通じて、どういった課題が明らかになりましたか?
ヒアリング活動を通じてわかったことは、障がいや病気の種類に関係なく、皆さん共通して「服選びでの選択肢が少ない」という悩みを持っていることです。
障がいや病気を持たない方であれば、洋服を選ぶ時、まずは自分の好みに合わせて服選びが始まることが多いと思います。一方、障がいや病気を持つ方では、まず「着やすいか」という視点で見て、そこで残った服の中から自分の好みに合うかの視点で服を選んでいることがわかりました。その結果、障がいや病気を持つ方では服の選択肢が少ない状況になっていたのです。
当時は会社員だったので、いずれは、会社での商品開発を通じて課題解決をしたいという思いがありました。結果的に、2020年9月にユニクロが販売した「前開きインナー」商品開発プロジェクトを主導したり、店舗で障がいを持つ方や高齢者がより買物しやすい環境改善に取り組むプロジェクトを立ち上げたりもしました。
その後、「独立して事業に専念する」と決意されたのはなぜですか?
会社での商品開発を目指していたわけですが、「それでは、本質的な課題の解決にはならないのでは?」と考えたためです。会社での商品開発を進めることで、確かに、当事者の方々の服の選択肢は増えます。だけど、もし、その服が好みに合わなかったら、皆さんが抱える悩みに対して、決定的な打開策につながらないのではないかと感じました。僕は、あくまでもその人が「着たい」と思える服の選択肢を提供したいと考えたんです。
だから、新たな商品開発ではなく、みんなと同じように、世の中にある、あらゆる服の中から自分の好みの服を選んでもらうことを目指すことにしました。そして、ご自身で選んだ頂いた服を、一人ひとりの状態に合わせて着やすくお直しをする。そうすることで、皆さんが心から「着たい」と思う服を着ることができる社会になるのではないかと考えたんです。
また、お直しをするのであれば、一つのブランドの服に限定せず、世の中のあらゆるブランドの服に対して対応できる体制を築きたい、とも考えました。そのために、会社員ではなく独立することを決意したんです。大好きな会社だったので、正直、辞めることに対してはとても悩みました。だけど、挑戦しないことで後悔はしたくなかったですし、挑戦する以上はライフワークとして取り組みたいという思いもありました。結果的に、退職して独立・起業する道を選んだというわけです。
クラウドファンディングを通じて、お直しをする“キャスト”との出会いも
事業化へ向けてクラウドファンディングを実施した際、印象的な出来事はありましたか?
まず、想像以上に反響が大きく、本当にうれしかったです。多くの方々に応援頂き目標金額を達成できたことはもちろん、自分でも予想していなかったうれしい出来事がありました。それは、お直しをする“キャスト”との出会いです。
『キヤスク』は、「服のお直しを依頼する方々」と「お直しする“キャスト”と呼ばれるメンバー」をつなぐサービスです。クラウドファンディングを開始した当初は、このキャストの方々をどのように募集するかなど、まだ詳細が決まっていない状態でした。しかし、クラウドファンディングを見てキャストに手を挙げてくれた方々がいたんです。その背景は、「自分の子どもが障がいを持っており、服の選択肢が少なくて困った経験から、独学で服のお直しを学んだ」という主婦の方から、「このように困っている人がいるのを今まで知らなかったが、自分の技術で何かお役に立ちたい」というプロの縫製士の方まで、さまざまです。一人ひとりお話しさせて頂いた結果、現在のキャストは12人体制となりました。皆さん、全国各地にお住まいで、フルリモートでお直しの対応をお願いしています。
また、クラウドファンディングを通じて寄せられた皆さまの声から、「必要なサービスだ」と、改めて確信しましたし、何度も勇気を頂きました。応援頂いた皆さんには、本当に感謝しています。
クラウドファンディングを通じて、改めて必要なサービスだと確信されたんですね。
そうですね。僕自身は、当事者から直接お話を伺っていたので、必要なサービスだということはもちろん理解していました。ただ、周りの人からは、半信半疑な声が寄せられていたことも事実です。例えば、会社を辞める時に「会社を辞めてまで、やることなの?」と心配してくれた人もいたくらいです。そういったこともあり、クラウドファンディングを始める前は、どのくらい反応があるのか少し心配な気持ちもありました。
だから、クラウドファンディングを通じて多くの声に触れたことで、気持ちが強いものになったと思います。今では、『キヤスク』を始めることを決意して、本当に良かったと思っています。
『キヤスク』サービスのご紹介
『キヤスク』で“手の届く”料金設定が可能となった仕組みについて、教えてください。
一番の理由は、店舗を持たずにオンラインでのサービスにしていることだと思います。先ほども触れたように、『キヤスク』のキャストはフルリモートでお直しを対応しています。そのため、オンラインでのサービス提供が可能になりました。
また、技術料を低く抑えていることも理由の一つだと思います。背景として、一般的なお直しのお店では、最高水準の技術を持ったプロの方々が対応されており、プロの技術料も値段に反映されています。一方、『キヤスク』では最低限必要な技術でお直しを提供させて頂いています。『キヤスク』が目指すのは、お客さまが日常生活の中で着る服を着やすい服に変えることだからです。
技術料を低く抑えている背景には、キャストの方々の働きやすさを重視していることも関係しています。『キヤスク』のお直しメニューは40種類以上※ありますが、特定のお直しを専門で行い、キャストとして活躍頂くことができます。例えば、前開きのお直しを専門でやって頂いているキャストもいます。
キャストの中には、障がいや病気を持つお子さんがいる方や、日中は別のお仕事をされている方などもいます。そのため、負担がかからないように、働きやすい環境を整備できるよう心がけています。
サービス開始後、利用者からはどういった声が届いていますか?
さまざまな声を頂いています。例えば、「今までは、我慢して、大変な思いをしながら子どもに服を着せていた。でも、お直しをしてもらったら本当に楽になった!」「実際にお直しをやってもらって、感動しました!」など、お客さまから喜びの声が届いた時はとてもうれしいです。
特に印象的だったのは、お子さんを持つあるお母さんからの声です。『キヤスク』でお直しさせてもらった服が家に届いた時、お子さんが「前よりも、さらにかっこよくなった!」と、喜んでくださったそうなんです。『キヤスク』のキャストは皆、どのお直しにも真心を込めて対応しています。そういった部分が、お直しを通じてお客さまへ届いた時は本当にうれしく思います。
『キヤスク』の今後の目標を教えてください。
まずは、より多くの方々に『キヤスク』を知って頂けるように、これからも活動を続けていきたいです。
また、地域のニーズに対応しながら、お直しの受付の場を広げることも行っていきたいですね。例えば、病院、特別支援学校を通じて、お直しの受付をできるようにしたいと考えています。病院で着るリハビリ用の服や学生服のお直しなども、気軽に注文頂けるようにしていきたいです。地域ごとにニーズもさまざまだと思いますので、地域に合わせてスムーズに受付できるような仕組みをつくっていけたらと考えています。
最後に、大きな目標としては、社会と当事者の方々をつなぐ架け橋となるような活動をしていくことです。『キヤスク』の活動を多くの方々に知って頂くことで、例えば、企業の方が今よりも体の不自由な方のお困りごとに気づき、そこから新しい商品開発につながるかもしれません。この活動を通じて、社会と当事者の方々をつなぐ役割を担っていきたいですね。
まずは相談だけでも大丈夫。気軽に連絡してみよう
障がいや病気を理由に「服の自由」を諦めている方々へ、メッセージをお願いいたします。
今「着やすい」という理由だけで、服を着ていたり、お子さんに着せていたりする方々の日常を変えていきたいです。服のお直しを通じて、皆さんがもっと自由に、着たい服を着られる日常をつくりたいです。障がいや病気と向き合う日常の中で、着る服の自由を諦めていらっしゃる方は多いかもしれません。だけど、皆さんがこれ以上諦めなくても大丈夫なように、少しでも力になりたいと考え、キヤスクは活動しています。
だから、まずは、ぜひ『キヤスク』を知ってほしいですし、使って頂きたいです。皆さんに使いたいと思ってもらえるように、僕も頑張ります。まだまだ始まったばかりのサービスなので、今の時点では、皆さんのお悩みを全て解決できる完璧なサービスではないかもしれません。だけど、そんな時は「何かできることはないか?」と、一緒に考えさせてもらいたいなと思います。ですから、まずは相談だけでも大丈夫です。気軽にご連絡頂けたらうれしいです。
これからも、どうすれば皆さんが好きなお気に入りの服を着やすくなるかを、一緒に、真剣に考えていきます。皆さんが心から着たいと思える服を着られる日常を、もう諦めなくて済むように。僕も頑張りますので、ぜひよろしくお願いします!
「着たい服を着る日常を、すべての人に」。3年間で800人以上の当事者と真摯に向き合ってきた前田さんだからこそ、この言葉に辿り着いたのではないかと思いました。もし、「お気に入りだけど、着るのが大変だから…」と、しまったままの服をお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひ『キヤスク』を思い出してみてもらえたらと思います。「着やすい服だから着る」ではなくて、「着たい服だから着る」日常が、少しずつ現実に近づいていくかもしれません。(遺伝性疾患プラス編集部)