医療的ケア児とご家族のお出かけ・旅行をサポート、一般社団法人Try Angle

遺伝性疾患プラス編集部

日常的に、人工呼吸器や胃ろうなどの使用やたんの吸引といった医療的ケアが必要な子どもたちを「医療的ケア児」と言います。医療的ケア児がいらっしゃるご家族は、日常生活のさまざまな場面でサポートが必要になります。例えば、お出かけや旅行もその一つです。しかし、外出先とのコミュニケーションの難しさなどさまざまな理由から、実行へのハードルが高いというお話を伺います。

そこで今回活動をご紹介するのは、一般社団法人Try Angleです。宿泊事業者と医療的ケア児の家族の双方を対象とした『医療的ケア児の旅行ガイドライン』を2020年3月に発行。「医療的ケア児家族が旅行をするにあたって必要な準備や確認しておくべきポイント」「宿泊事業者が宿泊を受け入れるにあたって準備や工夫しておくとよいポイント」などをわかりやすくまとめたものです。その他にも、「医療的ケア児者お出かけマップ」で医療的ケア児やご家族がこれまでお出かけしたスポットや宿泊経験のあるホテル・旅館などを紹介したり、旅行の検討を円滑に進めるためのシートを作成したりするなど、支援活動を行っています。Try Angle代表の須田麻佑子さんに、活動についてお話を伺いました。

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一般社団法人Try Angle代表 須田麻佑子さん

当事者・ご家族と宿泊事業者、それぞれが知っておくべき情報をわかりやすく紹介

医療的ケア児・ご家族向けの活動を始められたきっかけについて、教えてください。

前職のNPO法人で医療的ケア児向けの保育園の運営などを行っており、医療的ケア児やそのご家族のことを知りました。東京から金沢へ移住した後は、フルリモートワークでNPO法人の仕事を続けながら複業として金沢市に拠点を置き、一棟貸しの宿の運営を行っている観光事業者で働き始めたんです。この観光事業者ではシステム導入のサポートを行っており、その成果を発表するコンペで、在宅診療を行っている先生と知り合いました。その際、先生が在宅診療で診ている患者さんの中には医療的ケア児もおり、「なかなか旅行に行きづらい」という話を伺いました。また、「一棟貸しの宿はコンセントが多く、人目をあまりに気にしなくてよいから医療的ケア児やご家族が旅行する場所としてどうでしょうか?」と提案を頂いたのが、プロジェクトチームが立ち上がったきっかけです。

まずは、医療的ケア児とご家族が旅行するにあたって必要な情報をまとめた冊子をつくろうとなり、完成したのが『医療的ケア児の旅行ガイドライン』です。

『医療的ケア児の旅行ガイドライン』では、どのような内容が紹介されていますか?

医療的ケアのあるお子さんとそのご家族が旅行する際に知っておくとよい情報と、宿泊事業者が受け入れの際に知っておくとよい情報をそれぞれまとめています。予約、食事、入浴、排泄、就寝、外出・遊びといった旅行のシーン別で、情報交換しながら対話するツールとして役立てて頂ければと考えています。

また、宿泊事業者と医療的ケア児は普段なかなか接する機会がありません。ですので、同ガイドラインでは、医療的ケア児がどういったお子さんであるかについても解説しています。医療的ケア児が利用する「バギー」の特徴なども、写真つきでわかりやすく紹介しています。

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『医療的ケア児の旅行ガイドライン』プレスリリースより

その他、特徴のひとつとして、旅行のシーンごとに「宿泊事業者」と「医療的ケア児&ご家族」それぞれのチェックポイントを並列で記載しています。こんな風に、同ガイドラインでは同じ項目を両者の視点から確認することができます。

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『医療的ケア児の旅行ガイドライン』プレスリリースより

同ガイドラインは、2019年に石川県金沢市で実施した「医療的ケア児の旅行ガイドライン作成プロジェクトモニター宿泊会」での内容を元に執筆・編集を行ったものです。そのため、同ガイドラインでは、モニター宿泊会に参加した企業やご家族のお話も掲載しています。宿泊事業者側の宿泊受け入れの経験や、ご家族側の医療的ケア児を連れての旅行体験など、リアルな声を知ることができます。

ガイドラインの利用を通じて、どのような声が寄せられていますか?

当事者・ご家族、宿泊事業者の方々から、さまざまな声が届いています。

「宿泊業者視点でも描いてくださっていたのでホテルにこういうことを確認したらいいのかっていうのが分かりやすかったです!」
「医療的ケア時の旅行について、様々な視点でまとめられていたので、購入して良かったです。家族の視点が特に勉強になりました。」

また、医療や福祉関係の方々にもご利用頂いています。

「医療的ケアのあるご家族さんから旅行の相談を受けた時に活用できる冊子であると思いました。また受け入れ側の準備も書かれており、受け入れ側の仕事をするときにも役立つ内容でありとても良い本だと思います。」
「医ケア児の旅行するうえで注意点がつかみやすく、事前に計画する際にそれぞれの専門職がこの本を持っていると議論しやすくなります。」

これからも、さまざまな立場の方に手に取って頂き、ご活用頂ければと思います。ガイドラインはオンラインストアで販売しているので、興味を持たれた方はぜひご確認ください。

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『医療的ケア児の旅行ガイドライン』プレスリリースより

「スポーツ観戦編」の作成など、幅広い支援

現在の活動について、教えてください。

『医療的ケア児の旅行ガイドライン』が完成し、「これから、金沢で旅行の受け入れを進めよう」と思っていた矢先に、新型コロナウイルスの流行が始まりました。観光事業者も経営が厳しく、また、医療的ケア児やご家族も外出を控える中、表立って活動することがなかなか難しい時期を過ごしました。

ただ、コロナ禍でもできることを考え、観光事業者の方を対象にしたオンラインセミナーを開催したり、東京2020オリンピック・パラリンピック開催に向けて、「医療的ケア児の旅行ガイドライン スポーツ観戦編」を発行したりしました。

スポーツ観戦編では、医療的ケア児やそのご家族がスポーツ観戦を楽しむために参考になる情報はもちろん、大会主催者側が運営方法を考える材料もお届けする内容になっています。スポーツ観戦編の詳細は、コチラの記事からご覧ください。

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「医療的ケア児の旅行ガイドライン スポーツ観戦編」より

現在は、観光事業者向けの研修事業を恒常的にできるようにしたり、他県から金沢をはじめとした石川県の観光に関するご相談に乗ったりしながら、新規事業の準備をしています。

「旅行検討シート」「宿泊時コミュニケーションシート」は、どういった背景で作成されましたか?

医療的ケア児やご家族から寄せられるお悩みを伺う中で、「当事者が旅行の計画を立てる際に、もっと情報を整理しやすくできたら…」と考え、作成しました。当事者のお悩みはさまざまですが、例えば、以下のようなお話を伺います。

  • 行きたい場所への移動は?福祉タクシーなどは利用できる?
  • 宿泊先で、入浴介助のヘルパーは依頼できる?/ヘルパーは宿泊せずに入浴することは可能?

「行きたいところにどうやって行くか」に焦点を当てて頭の中を整理するツールとして、「旅行検討シート」を、予約を取る前に宿泊先と情報共有・相談するツールとして「宿泊時コミュニケーションシート」を作成しました。こういったツールを使って頂くことで、よりスムーズに旅行の準備を進めて頂ければと考えています。「旅行検討シート」「宿泊時コミュニケーションシート」はこちらからダウンロードして頂けます。

医療的ケア児のお子さんの心の動きを大切に、これからもサポートを

コロナ禍の今、医療的ケア児のご家族のお出かけ・旅行ではどのような工夫ができるでしょうか?

コロナ禍になり、以前にも増してご家族側は感染症へのリスクを気にされているかと思います。一方で、観光事業者側も、感染症対策として「空間に余裕を持たせる」「非接触のための工夫を施す」などさまざまな取り組みを行っています。ですので、お出かけする際には、そうした情報を事前に確認しておくことで、旅行への安心感が増すのでないでしょうか。

また、旅行の楽しみの一つに現地での食事があります。飲食店での感染を避けたい場合には、旅行先でテイクアウトやデリバリーのサービスを活用するのも一つの選択肢です。

その他、県民割などを活用した近距離旅行(マイクロツーリズム)をされる方も増えています。「宿泊の経験がない」「遠出は心配」という方は、まずは、いざとなったら家に帰れる近距離での旅行から試してみてはいかがでしょうか。日頃住み慣れた家を離れる経験は、災害時にも役立つ経験になるかと思います。

遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。

慣れない旅行先での出来事に、きっと、ハラハラしたりドキドキしたりすることもあるかと思います。それでも、旅行先でしかできない経験や、旅行したからこそわかることがたくさんあると思います。これまでTry Angleで関わってきた医療的ケア児のご家族からは、「最初の一歩を踏み出すことが難しかった」という声を伺ってきました。でも、その最初の一歩を踏み出した後は、皆さんどんどん前に進んでいらっしゃる印象を受けます。

コロナ禍の今、お出かけや旅行を控えようと考える機会も増えていることでしょう。ですので、遠くまで行かずとも、普段と違う景色を見に行ったり、日常では体験できないことをしたりという機会を大切にしてもらえたら嬉しいですね。旅行を支援させて頂いたご家族が、医療的ケア児のお子さんの喜ばれている姿を目にし、「旅行できて良かった」と嬉しそうにお話してくださった時の姿がとても印象に残っています。こんな風に医療的ケア児のお子さんの心の動きを大切にし、そして、これからも心の成長をサポート出来たらと考えています。

今後は、まずTry Angleが拠点を置く金沢や石川県に医療的ケア児者の方に来て頂けるよう、観光事業者の方と協力して取り組んでいく予定です。Try Angleでは、旅行に関わるご相談にも対応しています。出来る限りの対策と楽しむ心を持って、ぜひ最初の一歩を踏み出して頂ければと思います。ご相談は、お問い合わせフォームよりお待ちしています。


宿泊事業者と医療的ケア児の家族、双方を対象とした『医療的ケア児の旅行ガイドライン』。同ガイドラインが、Try Angleがテーマとして掲げる「障害や病気の有無にかかわらず、誰もが安心して旅行を楽しめる社会」へ一歩ずつ近づいていくきっかけとなると感じました。

旅行が難しい場合は、まず、近い距離でのお出かけから始めてみるなど、無理のない範囲で皆さんも行動してみてはいかがでしょうか?(遺伝性疾患プラス編集部)

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