病気や障がいに関わるコミュニケーションの困難さを改善、NPO法人IGB

遺伝性疾患プラス編集部

ご自身の病気に関わる症状や障がいについて、社会からの理解を得られず苦労された経験はありませんか?お子さんの通う学校、勤めている会社、など、さまざまな相手に対して説明の機会があると思います。一方で、「伝えているけど、なかなか伝わらない」「どこまで伝えていいのかわからない」など、コミュニケーションのシーンで悩まれた経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

今回、活動をご紹介するのは、NPO法人インフォメーションギャップバスター(Information Gap Buster:以下、IGB)です。IGBは、病気や障がいと向き合う当事者を含め、「誰もが暮らしやすい豊かなコミュニケーション社会を創ろう」をテーマに活動する当事者支援団体です。IGB理事長の伊藤芳浩さんは、生まれつき耳がほとんど聞こえない当事者です。当事者を取り巻く、社会側のさまざまな“バリア”を改善していくために活動を始められました。今回は、伊藤さんご自身のこれまでのご経験やIGBの活動についてお話を伺いました。

Igb 01社会側のさまざまな“バリア”を改善したい、2010年より活動開始

IGBを立ち上げられたきっかけについて、教えてください。

情報・コミュニケーションバリアがあるために、職場で孤立したり、活躍できなかったりするろう者・難聴者の問題を解決したいと思ったことがきっかけでした。

私自身は、大手総合電機メーカーでデジタルマーケティングに関わる仕事をしており、スムーズに仕事に取り組むことができています。ありがたいことに、私が入社した時点ですでに聴覚障害への理解や配慮が進んでいる状況でした。それは、同じ聴覚障害をもつ先輩方が、会社側に交渉を続けた結果です。一方で、情報・コミュニケーションバリアがあるために新しい仕事をもらえなかったり、同期と比較して昇進・昇格が遅れたりといったことを経験しました。また、多くのろう者・難聴者は、職場への定着率が悪いという話を伺ってきました。実際に当事者から、職場で聴覚障害への理解や配慮がないために退職や転職を余儀なくされている状況も聞いています。

このような社会側のさまざまな“バリア”を改善したいと考え、2010年にIGBを設立。2011年より、NPO法人として活動しています。

どのような方々がIGBの活動に参加されていますか?

現在の会員は約100名で、ろう者・難聴者とそのご家族や関係者が中心です。また、会社員、公務員、薬剤師、弁護士、手話通訳士、言語聴覚士など、さまざまな職業の方々がいらっしゃいます。

「電話リレーサービスの普及啓発活動」「病院で働く手話言語通訳者の全国実態調査」などの活動

現在の活動内容について、教えてください。

現在は、以下の3点が主な活動内容です。

  1. 電話リレーサービスを多くのろう者・難聴者に知ってもらい利用してもらう、また、聴者に知ってもらい正しく応対してもらうための普及啓発活動
  2. 手話による医療通訳の自己学習用DVDの発行、病院で働く手話言語通訳者の全国実態調査などの研究活動
  3. ろう者・難聴者の職場での差別・ハラスメントの事例収集と対策パンフレットの作成活動

その他、不定期で「講演会」「勉強会」などのイベントを開催しています。

「1.」の電話リレーサービスとは、何ですか?

電話リレーサービス」は、聴覚や発話に困難のある人と、聴者を電話でつなぐサービスです。オペレーターが「手話や文字」と「音声」を通訳することで、電話で即時・双方向につながることができます。緊急通報も可能で、24時間365日対応しています。

ろう者・難聴者は自分で電話をかけることが困難であり、これもまたバリアの1つです。日常生活では、急な電話対応が求められる場面がたくさんあります。例えば、「宅配便の再配達を本日中にしてほしい」といった場面です。その他にも、「家族が急病になったので、救急車を呼びたい」「交通事故に巻き込まれたので、警察に連絡したい」といった緊急を要する場面もあります。私たちの過去の調査によれば、ろう者・難聴者の電話が使えなくて困ることとして挙げられたのは、「緊急連絡ができない」(37%)、「リアルタイムで会話できない」(30%)、「電話しかないところに連絡できない」(21%)、「本人確認ができない」(11%)といった内容でした。また、IGBの会員向けに電話リレーサービスを使用して良かったことを調査した結果、「すぐ用事が終わった」「すぐ連絡できた」「今まで諦めていたことができた」という意見が多く寄せられました。

これは聴者側にも必要なサービスです。例えば、飲食店側からろう者・難聴者へ予約の確認をしたいときに電話でリアルタイムに確認することができます。このように、社会全体にとって必要なサービスであることを知っていただくために、普及活動を行っています。

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電話リレーサービスのイメージ(IGBご提供)
「2.」の「手話による医療通訳の自己学習用DVDの発行」とは何ですか?

「手話による医療通訳の自己学習用DVD」は、手話通訳者を対象とした、日本手話による医療通訳の学習教材DVDです。医療用語の説明を手話で行うことは難易度が高いので、「制作して頂き本当に感謝」といった声が寄せられています。YouTube動画で学習DVDのイメージをご紹介しています。その他、DVDの詳細は、コチラからご確認ください。

NPO法人インフォメーションギャップバスター公式YouTubeチャンネル

「2.」の「病院で働く手話言語通訳者の全国実態調査」では、どのようなことが明らかになりましたか?

この調査は、筑波技術大学とIGBが連携して実施した、2020年度調査事業です。ろう者・難聴者が医療施設を受診する際に、コミュニケーションをサポートする役割を担っているのが、病院で働く手話言語通訳者です。一方で、医療施設が主体的に手話言語通訳者を雇用する取組みは、なかなか広がっていないのが現状です。

調査の結果、手話言語通訳者を配置している病院は全国で42病院でした(掲載許可をいただいた38病院の病院リストはコチラから)。また、病院内手話言語通訳者において、養成・研修面と制度・体制面の両方にニーズと課題があることが明らかになっています。今後は、調査結果で明らかになったニーズや課題に対して議論を行い、改善に向けた取り組みが期待されます。結果の詳細は、公式ウェブサイトのページからご確認ください。

「3.」の対策パンフレットは、いつ公開予定ですか?

2024年以降に、一般公開する予定で進めています。現在、ろう者・難聴者の職場での差別・ハラスメントの事例に関するアンケートを収集しています。詳細は、公式ウェブサイトで発信しますので、ぜひチェックしていただければと思います。

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ハラスメント対策パンフレットは、アンケート収集後に公開予定(写真はイメージ)
「講演会」「勉強会」では、どのような内容を扱っていますか?

2023年は、「Web防災講演会」を開催しました。過去の水害をテーマに、長野県聴覚障がい者情報センター職員の方に講演していただきました。ご自身の被災経験を語ってくださり、当事者が自分でできることや今後の課題などを知る良い機会になりました。

その他、Vma plus株式会社の山崎浩一氏と株式会社MAI JAPANの平岩祐太氏を講師としてお招きし、会員向けに「メタバース勉強会」を開催。医療やメタバース(仮想空間)などとの関わりについて学びました。講師のお2人は、メタバース聴覚障害者コミュニティ「みみトモ。ランド」を運営されている高野恵利那さん(看護師・難聴)に、紹介していただきました。参加者からは、「メタバースは発展途上にありながら、可能性がかなり大きいことを理解しました」「内容を聞くまではまだ実感が湧きませんでしたが、具体的なロードマップが示されたことで、より身近な取り組みだと思いました」といった感想が寄せられました。私たちの活動の中でも今後、ろう者・難聴者が十分に活用できるメタバースについてのアイデア出しなどを検討していきたいと考えています。

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勉強会の様子(IGBご提供)

心のバリアフリー解消や、マイノリティへの理解増進なども進めていく

「コミュニケーションバリアフリー」が実現した場合、当事者・ご家族にとってどのようなメリットがありますか?

当事者は、情報にアクセスしやすくなり、コミュニケーションしやすくなるため、生活の質(QOL)の向上が期待されます。

例えば、私自身は耳がほとんど聞こえないため、日常生活では、コロナ禍でマスクをした人やオンラインミーティングでカメラオフ(顔を出さない)の方と会話する時などに、コミュニケーションバリアを感じています。こういったバリアが解消されることで、情報を得るための苦労が少なくなります。必要な情報がスムーズに得られるようになるので、情報格差の解消が期待されます。コミュニケーションバリアフリーが広がることにより、当事者の社会進出の機会が増え、活躍領域が広がるでしょう。それによって、当事者のご家族の負担も減ると考えられます。

「コミュニケーションバリアフリー」の実現に向け、今後どのような活動を予定していますか?

コミュニケーションバリアフリー実現の前提として、心のバリアフリーの解消も必要だと考えています。そのために、マイノリティ(少数者)に対する理解増進、思い込みの排除を目的とした人権教育や「アンコンシャス・バイアス(自分自身は気付いていないものの見方やとらえ方の歪みや偏り)」や「マイクロアグレッション(無意識の偏見や差別によって、悪意なく誰かを傷つけること)」といった概念について、啓発活動を進めていきます。

また、今後は、2022年成立した障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法の第三条三「障害者が取得する情報について、可能な限り、障害者でない者が取得する情報と同一の内容の情報を障害者でない者と同一の時点において取得することができるようにすること。」がすべての国民に求められてきます。弊団体でも、本法の確実な適用を推進してまいります。

視力・聴力に障害をお持ちの当事者がバリアを感じずにコミュニケーションするためには、具体的にどのような環境整備が必要でしょうか?

可能な限り、音声・手話・字幕の3点セットを用意することが大切かと思います。ICTテクノロジー(例:音声認識アプリ)の活用だけでは限界があると感じているので、人によるサポート(手話通訳、文字通訳、読み上げなど)もあわせて用意する必要があると考えます。

社会からの関心を得て理解を広げていくことで、バリア解消へ

遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。

遺伝性疾患も1つのマイノリティだと思いますので、私たち、ろう者・難聴者と同じように、生活の中で、いろいろなバリアにぶつかっていることでしょう。特に、心のバリアフリーの面で、遺伝性疾患に対する誤解や偏見はたくさんあると思います。社会からの関心を得て理解を広げていくことで、少しずつバリアの解消につながっていくと思います。具体的な方法については、書籍「マイノリティ・マーケティング」にまとめていますので、興味がある方は是非ともご一読いただければと思います。


社会側にあるバリアを改善するため、さまざまな支援活動を行うIGB。当事者を含めた全ての人々にとって必要な「電話リレーサービス」の普及啓発活動、「病院で働く手話言語通訳者」の課題を明らかにした全国実態調査など、その活動は多岐に渡ります。また、「講演会」や「勉強会」では、多様なテーマを扱っており、活動に参加する方々の勉強熱心な姿勢がうかがえました。今後も、職場でのハラスメント対策パンフレットなどを通じて、さまざまな情報を発信予定とのことです。詳細は、ぜひ公式ウェブサイトをご覧ください。(遺伝性疾患プラス編集部)

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伊藤芳浩さん

伊藤芳浩さん

NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長


Twitter:https://twitter.com/ItouYoshihiro

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