当事者と社会の間にある「わかってもらえない」解消へ、一般社団法人日本心のバリアフリー協会

遺伝性疾患プラス編集部

「もし〇〇を伝えたら、周りの人に迷惑をかけるのではないか?」

そう思って、伝えたいことをぐっと飲み込んだ経験、皆さんはお持ちではないでしょうか。特に、さまざまな障がい・症状と向き合っておられる遺伝性疾患の当事者・ご家族の場合、それでも「伝えないといけない」場面が多くあると思います。例えば、ご自身の病気に関する、学校や職場、自治体などへの説明の場面です。必要な配慮に対して、わかって欲しいのに「わかってもらえない」と感じ、つらい思いをされた方もいらっしゃることと思います。

今回ご紹介するのは、一般社団法人日本心のバリアフリー協会です。代表理事の杉本梢さんは、ご自身も視覚障害がある当事者です。周囲に視覚障害について説明をしてもなかなか理解を得られず、不自由さを感じた経験も多くあったという杉本さん。身をもって「心のバリアフリー」の大切さを感じてきました。障害者雇用による大手企業での就労経験、特別支援学校の教員としてお子さんたちと向き合ってきた経験などを経て、現在の活動を行っています。当事者と社会の間にある「わかってもらえない」を解消するポイントは、どのようなところにあるのでしょうか?今回は、日々のコミュニケーションにおける工夫や障害者雇用における企業との向き合い方など、杉本さんに詳しくお話を伺いました。

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一般社団法人日本心のバリアフリー協会代表理事 杉本梢さん

障がいを抱えて働くことの大変さを痛感、理解を得るために知ってもらう機会を

活動を始めたきっかけを教えてください。

視覚障害を持って生まれ、過ごす中で感じてきたこと、特別支援学校の教員として子どもたちと関わる中で感じてきたことなど、さまざまな思いが自分の中で膨らんでいき、蓄積していったというのが活動を始めたきっかけです。教員を退職後、2018年に前身となる「Lululima branch(ルールリマブランチ)」を立ち上げました。

活動を始める後押しになったポイントは、大きく2つあります。1つ目は、障がいがあることで一番つらいのは人と人とのやり取りの中で自身の障がいへの理解が得られない時だと気付いたからです。点字ブロックがないところを歩かなくてはいけない大変さより、相手に障がいのこと説明をしても理解してもらえなかったり、サポートをしてもらえなかったり、といったことが真っ先に思い浮かびました。2つ目は、障がいがある子どもたちが学生を卒業する時、過ごしやすい社会であって欲しいと思ったからです。私自身が振り返ってみて一番つらかったのは、特別支援学校を卒業し社会に出た時でした。企業の障害者雇用枠で働きながら、障がいを抱えて働くことの大変さを痛感しました。多くの方々に病気や障がいがある当事者のことを知ってもらうことで理解を得られやすくなり、結果的に、これから社会へ出る子どもたちも私たち自身も過ごしやすい社会になるのではないかと考えました。

杉本さんが企業での就労で経験された中で、「一番つらかった」エピソードを教えていただけますか?

当時、企業の採用担当者は私の視覚障害のことを知っている一方で、一緒に働くメンバーには情報が十分に行き渡っていない状況でした。ある時、どうしても私の視力では対応できない業務をやらなくてはならない状況になったんです。私は、同僚の方に「自分には視覚障害があり、この業務は対応できません」とお伝えしました。すると、「眼鏡をかけている人は、社会にたくさんいます。そんな風に弱音を吐かず、頑張ってください」という言葉が返ってきたのです。こういったコミュニケーションの行き違いが重なり、私は退職を決意しました。

今の私は、「なぜ、このような状況が起こったのか」を冷静に考え、相手の立場を想像することができます。でも、当時の私にとってそれは難しく、つらい経験となりました。これは、決して珍しい事例ではありません。「視力が低い方」と「視力が矯正できずに視覚障害となっている方」の違いをご存じない方は、今でも多くいらっしゃいます。皆さん、決して悪気はありません。ただ、知る機会がないだけなのです。そして、このようなコミュニケーションの行き違いにより苦しむ当事者は多くいらっしゃいます。ですから、「知る機会」を少しでも増やしたい一心で、まずは「Lululima branch」として活動を始めました。

2024年1月に一般社団法人日本心のバリアフリー協会として再スタートしたのは、なぜですか?

ありがたいことに、「Lululima branch」の活動に対して、さまざまなところからお声をかけていただくようになったからです。中には行政側から声をかけていただく機会もあり、法人として幅広く活動していきたいと考えるようになりました。私の中でも「自分の人生をかけて活動したい」という気持ちがかたまったこともあり、一般社団法人として再スタートしました。

また、「心のバリアフリー」を団体名に入れたのは、「障がい」の枠にとらわれずに活動したいと考えたからです。Lululima branchの頃は、当事者の障がいを理解してもらうための活動が中心でした。ただ、活動を通じてさまざまな方々に出会う中で、理解を必要としているのは障がいに限らないと考えるようになりました。例えば、高齢者、お子さん、性別の悩みを抱えている方、妊娠・出産を控えるご家族など、周囲からの理解を必要とする方々が住みやすい社会は、私たち障がいがある当事者が住みやすい社会にもつながります。

障がいを含めたさまざまな当事者へのバリアを解消「心のバリアフリー」

「心のバリアフリー」の意味について、改めて教えてください。

「心のバリアフリー」は「障がい」に限定せず、さまざまな当事者への「バリア」を解消するための考え方です。私自身がバリアフリーを学問として学ぶ中で、「障がい理解を入口にした心のバリアフリー」の考えを広げたいと考えるようになったんです。「バリアフリー」という言葉をご存知の方は、きっと多いと思います。一方、「心のバリアフリー」という言葉をご存知の方はほとんどいらっしゃるのではないでしょうか。言葉を広めていきたいという思いも込めて、私たちの団体名に取り入れました。

現在の活動内容を教えてください。

一言で言うと、障がい理解を切り口に心のバリアフリーを広げる活動です。広げる手段は、イベントの開催、講演会でお話をする、SNSで発信する、執筆活動などです。活動で大事にしていることは、誰が聞いてもわかりやすくお伝えすること、当事者の経験談に加えて障害学・統計学・心理学などの根拠もあわせてお伝えすることです。また、就労支援を行う方々、また、障害者雇用に取り組む企業の方々への研修会も行っています。私自身が経験した就労での挫折も踏まえて、障害者雇用サポートをしています。

「障害者雇用サポート」は、どのような活動ですか?

大きく2つあります。1つ目は、障害者雇用を行う企業の「社内理解」をお手伝いする活動です。特に大切なのは、障害者雇用「後」です。「継続雇用」を難しく考えられている企業が多い印象を受けています。ですので、企業の研修会の中で講演させていただいたり、もしご要望があれば相談対応を行ったりして社内理解を深める支援をしています。

2つ目は、企業と障がいがある方をつなぐ、就労支援を行う皆さまへの支援活動です。支援員の皆さまに、当事者との接し方、当事者が就労するまでの支援のあり方、または企業への橋渡しといった部分のフォローアップについて、研修会などでお話をさせていただいています。

「障害者雇用の良さ」の“本当の意味”

継続雇用の難しさについて、詳しく教えてください。

結論から言うと、企業と当事者の対話不足が理由だと考えています。当事者は障害者雇用のことをよく知らない、そして、企業は障がいがある当事者のことをよく知らないことがほとんどです。このように、“よく知らない同士”の対話となるために、難易度が高くなるのです。

私自身もそうでしたが、障がいがある当事者は“実際の”障害者雇用を知る機会がありません。私は教員としても特別支援学校に関わっていましたが、教員自身もリアルな障害者雇用について知る機会がないのが現状です。ですから、生徒である子どもたちにもリアルな情報を伝えることができないのです。私が障害者雇用で働いていた時、このような背景から企業側に具体的な配慮を求めることができませんでした。「もしこれを伝えたら、自分の仕事が減るのではないか?」などと考え、我慢するのが当たり前だと思っていました。もし、当事者も企業も、“本当の意味”での障害者雇用の良さを知る機会があれば、対話が進みやすくなるのではないか?と考えています。

“本当の意味”での障害者雇用の良さとは、何ですか?

障害者を雇用することで、企業の生産性向上の可能性が高くなるということです。日本の企業は、人手不足を抱えています。それに伴い、働き方改革が求められていくでしょう。さまざまな立場の方が働きやすい会社であることは、雇用の安定につながります。

今後も、障がいがある方に限らず、海外の方、高齢者の方など、さまざまな方を雇用する流れが、加速していくと考えられています。もちろん、今、何も不自由を感じずに働くことができている方であっても、同じです。今後、病気や怪我をしたり、お子さんが生まれたり、ご家族の介護が必要になったりして、今と同じような働き方ができなくなる時がくるかもしれません。ですから、障がいがある方が働きやすく活躍できる職場をつくることは、結果的に、従業員の満足度を向上させ、企業の生産性を向上させる可能性が高くなると考えられます。

こういったことを、当事者側も企業側も、知る機会がなかなかありません。ですから、まずは知っていただき、その上で寄り添える部分を模索しながら対話を進めていって欲しいのです。ですから、まずは知る機会をつくるために、私たちは活動しています。

「当事者の自分も障がいを理解していなかった」講演会参加者の声

当事者が「心のバリアフリー」を知る機会として講演会の活動があると思います。今後のご予定について、教えてください。

これまで、130回以上の講演会・研修会での発信を行ってきました。有料開催で行ってきたのですが、クラウドファンディングを行い、皆さんに無料でご参加いただける講演会を実施することになりました。10月に大阪、11月に東京、11月・12月に札幌、12月に熊本会場で開催します。詳細は、協会の公式ホームページのお知らせ「心のバリアフリー日本公演の詳細」の投稿をご確認ください(お申込みはコチラから)。

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無料で参加できる講演会も開始
実際に講演会に参加した方からは、どういった声が寄せられていますか?

お話を聞いていただいた当事者からは、大きく2つの声が寄せられています。1つ目は、「自分が考えていたことを上手く言語化してもらえたことで、すっきりした」というもの。2つ目は「当事者の自分も、障がいについて理解していなかった部分があったと気付かされた。他者の障がいについても理解していきたい」という声です。

よく、健常者の方から「障がいがある人だから、全ての障がいについて理解しているでしょう」という声をいただくことがあります。しかし、必ずしもそうとは限りません。もちろん、自身の障がいについては、経験の中で理解されている方は多いと思います。しかし、それ以外の障がいについてはよく知らないという方も多いのではないでしょうか。また、「自分の障がいを相手に伝えることに対して、抵抗がある」と考えられている方が多いと感じています。「心のバリアフリー」について知っていただくという意味では、障がいがある方もない方も、基本的には同じようにお伝えさせていただいています。

私自身、障がいがある当事者ですが、心のバリアフリーの理解が深まったことで障がいの受容が進み、生きやすくなったと感じています。ですので、一般の方に限らず、当事者の方が心のバリアフリーを理解することも大切だと考えています。

「心のバリアフリー」を進めるために、さまざまな境遇の人がいると知る

杉本様ご自身が、特に「心のバリアフリーが必要」と感じた場面について教えてください。

特に、最近考えることが多いのはSNS発信に対する声です。私は、障がいがある当事者に関わる発信を日々行っており、さまざまな声が寄せられます。寄せられる声が勉強になる一方で、「当事者を傷つける」と思う内容も多く寄らせられているのが現状です。私自身は「知る機会がない中で、人によって理解に差が生まれるのは仕方ない」と考えられますが、当事者によってはこのような声に傷ついて生きづらさを感じる方もいらっしゃるだろうと思います。コメントした方は、きっと「そんなつもりでは言っていない」という言い分をお持ちだと思うので、なかなか難しい問題です。さまざまな障がいがあり、当事者一人ひとりで必要とする支援が違うことなどを知っていただく機会が必要だと痛感しています。

一方、私一人の力では限りがあるのも事実です。そのため、今後は皆さんと一緒にどのように行動していくかを考えていくことが課題だと考えています。現在は会員制をとっていませんが、今後は皆さんが集まれるような場づくりも行いたいと考えています。一緒に活動してくださる方々の声を集めて、もっと大きな力にしていけたらうれしいですね。

当事者・ご家族が「心のバリアフリー」を進めるためにできることはありますか?

すぐできることは、「社会にはさまざまな立場の方がいらっしゃることに気付くこと」だと思います。例えば、以前の私であれば、自身の持つ視覚障害を中心に考えており、「視覚障害のことを、もっとわかってほしい」と思っていました。一方で、視覚障害以外の障がいをお持ちの方、足の不自由な高齢者など、自分の経験していない立場の方のことはよく知りませんでした。ですから、まずは知ることから始めてみましょう。そして、もし目の前に、障がいに限らずさまざまな課題と向き合っている当事者がいたら「自分はどのように声をかけたら良いのだろう?」と考えてみてください。相手の心を想像することで、自身の心が少し柔らかくなるような気がします。

大切なことは、「自分が知らないことは当事者に聞いてみること」、そして、同じように「自分が知ってもらいたいことは自分から周囲に伝えていくこと」だと思います。この視点を持てたことで、私の場合は以前よりも生きやすくなりました。

「自分から周囲に伝えていくこと」は相手のためにもなる

杉本さんは、どのようにして「自分から周囲に伝えていくことが大切」と気付いていったのでしょうか?

相手に「わかってもらえない」という状況を、繰り返し経験していったことは大きかったと思います。私は、小学2年生までは、視覚障害があるとわからずに過ごしていました。ですので、「よくわからないけど、みんなと同じようにできないことがある」と感じることがあったんです。その後、小学3年生の時に視覚障害を理由に、通常学級から特別支援学校に転校しました。こういった環境の変化を経験する中で、中学生の頃には「自分から伝えないと、相手には伝わらない」と子ども心に理解したのだと思います。相手に「わかってもらえない」という状況は、大変つらいです。でも、つらいから伝えることをやめると、そこで終わってしまいます。あきらめずに、こちらから伝え続けることが大事なのだと学びました。

「自分から周囲に伝えていくこと」を難しく感じる当事者へアドバイスをお願いします。

障がいや病気をどのように考えて、対話をしていったらいいか、きっと悩まれますよね。ぜひ知っていただきたいのは、「伝えることは相手のためにもなる」ということです。というのも、伝えないことでむしろ周りにストレスを与える可能性があるということが、ある研究結果からわかっているんです。例えば、障がいがある方が、ご自身の障がいや症状、必要な配慮を周りに伝えられなかった場合、当事者ご自身にストレスがかかることは想像できると思います。一方で、知らされなかった側の周囲の方は「自分はどうしたらいい?」「何かやれることないかな?でも聞いていいのかな?」と考えるかもしれないですよね。でも、結局どう行動していいのかわからず、ストレスがかかっていることがあるのだそうです。だからこそ、「伝えることは相手のためにもなる」と知っていただきたいのです。

杉本さんご自身は、「伝えることは相手のためにもなる」と感じた経験はありますか?

ありますよ。実は私、白杖を持てなかった時期があったんです。白杖を持つことは、自身が視覚障害を持っていることを自ら周囲に公表しているということでもあります。周りの目線が気になって「白杖を持ちたくない」と思っていました。そんな私が白杖を持てるようになった理由は、「私が白杖を持つことで周囲が助かる」と気付けたからなんです。私が白杖を持たずに歩く場合、誰かに意図せずぶつかる可能性があったり、最悪、事故に遭う可能性があったりします。一方、私が白杖を持って歩く場合、周りの人には何も言わなくても「視覚障害がある」とわかってもらえます。つまり、周りの人は「この人にぶつからないように注意して歩こう」などと、見ただけで理解できるということです。

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白杖を持てなかった時期を経て、白杖を持てるようになった(写真はイメージ)

私の場合は「自分のために」では難しかったのですが、「周りの人のために」にという視点を得たことで白杖を持てるようになりました。病気や障がいをお持ちの方のお話で「周りの人に迷惑をかけるのではないかと思って、(自分が必要とする配慮を)うまく言えない…」と伺う機会が多いと感じています。自分にとって必要であることはもちろんですが、実は、周りの人のためにもなるという視点をぜひ持っていただきたいですね。だから、「〇〇して欲しいです」と示す、伝える、といったアクションを当事者側からしていくことが大切なのだと思います。

相手を知ろうとする/自分のことを伝えようとすることを諦めないで

遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。

私は、視覚障害を「自分の一部分でしかない」と考えています。「個性」ではなく、あくまでも自分という人間の一部分という考え方ですですが、このように考えられるようになるまでには、たくさんの時間が必要でした。先ほど述べたように、なかなか白杖を持てなかった時期もあります。だから、もし皆さんがご自身の障がいや病気を受容するのに時間がかかっているのだとしたら、それは当たり前のことで、全く悪いことではないとお伝えしたいです。

繰り返しになりますが、社会には、障がいの有無に関わらず、さまざまな境遇の方がいらっしゃいます。皆さんのお話を伺う中で、共通していると感じるのは「対話が大事」ということです。他者の心を読み取れる超能力を持っていない限り、相手の考えを正確に理解することはできません。だから、相手を知ろうとすること、自分のことを伝えようとすることを諦めないでください。特に、ご自身の周りの皆さんに対しては、発信し続けることを決して諦めないでくださいね。


杉本さんご自身もまた視覚障害がある当事者として、周囲に伝える場面と向き合ってこられました。そして、相手に対して「わかってもらえない」と感じることが特につらかったからこそ、心のバリアフリーを広める活動を続けています。

また、会社員時代に「もしこれを伝えたら、自分の仕事が減るのではないか?」と考えるなど、杉本さんご自身も、周囲へ上手く伝えられずに苦しんだ経験をお持ちです。さらに、周囲の目が気になり白杖を持てなかった時期もあったとのこと。そのような経験を持つ杉本さんだからこそ、当事者はもちろん、企業や一般の方にも伝えられるのかもしれません。心のバリアフリーに興味を持たれた方は、公式ウェブサイトや杉本さんのSNSの情報をぜひチェックしてみてください。(遺伝性疾患プラス編集部)

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