どのような病気?
9p欠失症候群は、発達遅滞、特徴的な頭蓋骨の形状や顔立ち、心臓病、手足の異常、生殖器の異常など、体のさまざまな部分に症状が見られる遺伝性疾患です。
この病気では多くの場合、頭や顔立ちに特徴が見られます。乳児において、通常は脳の成長に合わせて頭蓋骨が癒合しますが、癒合が早期に起こること(頭蓋縫合早期癒合症)により、異常に狭くとがった三角頭蓋となります。また、後頭部が異常に平坦に見えることもあるとされます。顔立ちの特徴としては、目と目の間が広い(眼間開離)、つり上がった目(眼瞼裂斜上)、目頭部分を上まぶたが覆う(内眼角贅皮:ないがんかくぜいひ)、高いアーチ型をした眉毛などのほか、短い鼻、平らな鼻梁(びりょう、鼻筋のこと)、上向きの鼻(鼻孔)など顔の中央部分が平らとなる傾向や、人中(鼻と唇の間の皮膚にある溝)が長い、口や顎が小さい、耳の位置が低く、後ろの生え際の位置が低い、短く広い首なども見られることがあります。
乳児期に筋緊張の亢進や筋緊張低下が見られることがありますが、出生時の体重や身長などは正常とされます。次第に精神や身体活動に関わる発達が遅れ、軽度から中程度の知的障害が認められる場合もあります。性格は、愛情深く、友好的かつ社交的な人が多いとされています。
さらに、手足にもさまざまな形態異常が見られることがあります。指を形成する中間の骨が長く、手や足の指が異常に長くなる、指紋に異常がある、手のひらに見られる横一本のまっすぐなしわなどのほか、短く四角い爪の形なども見られることがあります。
また、約3分の1から2分の1程度の乳児で出生時に心室中隔欠損や肺動脈狭窄、動脈管開存症などの心臓や血管に生まれつきの構造的な疾患が見られると報告されています。重症な場合には、先天性心疾患が命に関わる場合もあります。
9p欠失症候群の一部で起こる症状として、性器の形態異常やヘルニアがあります。性器の形態異常は、男性では小さい陰茎や尿道下裂(尿道の開口部が陰茎の先ではなく下側にある)など、女性の場合大陰唇の形成不全などが報告されています。ヘルニアは、乳児期に鼠径(そけい)ヘルニア、臍(さい)ヘルニアなどが見られるとされます。鼠径ヘルニアは、通常、下腹部(鼠径部)にある腸が、足の付け根など筋肉の弱い部位から外側に出てしまう症状で、臍ヘルニアはへその部分にヘルニア(外側に出る)が起こります。
上記のような症状の他にも、てんかん発作、左右の乳首間隔が広い、脊柱側弯症などの脊椎の湾曲、口蓋裂、後鼻孔閉鎖など、さまざまな症状が報告されています。この病気を発症している人でこれらの症状のすべてが見られる訳ではなく、個人によって見られる症状や重症度はさまざまです。
9p欠失症候群で見られる症状 |
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高頻度に見られる症状 三角頭蓋、短頭症、眼間開離、眼瞼裂狭小(まぶたがあまり開かず上下まぶたの間隔が狭い)、平坦な頬、低い鼻梁、上向きの鼻孔、長い人中、無耳症、小耳症、対耳輪(耳介の軟骨によるひだの一部)の形態異常、耳介低位(低い位置の耳)、小顎症、高口蓋、後頭部毛髪線低位(後頭部の皮膚が下に伸びて生え際の位置が低い)、短い首、翼状頸(よくじょうけい、首の側面の皮膚に肩まで続くひだがある)、薄い爪、左右の乳首間隔が広い、皮膚紋理(ひふもんり、指紋のような皮膚の隆起のこと)の異常、母指の近位位置異常(手の親指の付け根が通常より手首側にある)、全般的発達遅滞、知的障害 |
良く見られる症状 小頭症、高いアーチ型をした眉毛、眉毛癒合(左右の眉毛がつながっている)、太い眉毛、内眼角贅皮、眼瞼裂斜上、短い鼻、幅の狭い口、歯列異常、性別が不明瞭な性器、停留精巣、尿道下裂、足根骨の異常、関節可動域の制限、脊柱側弯症、眼振(意思と関係なく眼球が動く)、斜視、筋緊張亢進、筋緊張低下、てんかん発作 |
しばしば見られる症状 口蓋裂、小眼球症、眼瞼裂斜下(下がった目)、小指側の多指症、単一の手掌屈曲線(手のひらにある横一直線のしわ)、頭蓋骨欠損、肋骨の異常、脊柱の異常、先天性横隔膜ヘルニア、ヘルニア、脳梁欠損症、後鼻孔閉鎖(鼻の奥が塞がっている)、外耳道閉鎖症(耳の穴が閉鎖もしくは非常に狭い)、心血管系の形態異常、腎盂尿管移行部の狭窄 |
9p欠失症候群はまれな疾患であり、その発症頻度や正確な患者数はわかっていません。これまでに文献などで100人以上が報告されています。
何の遺伝子が原因となるの?
全ての細胞に存在する染色体には、1番から22番の番号がついた常染色体、XとYと呼ばれる性染色体があります。そしてそれぞれの染色体に、短腕(p)と長腕(q)と呼ばれる部分があります。
9p欠失症候群は、9番染色体のpで表される短腕の一部が何らかの理由で欠失することが原因となって発症する疾患です。欠失する部分の大きさや位置は、それぞれの人で異なります。染色体が欠失した部分に存在する遺伝子が、この病気の症状や重症度などの個人差と関連していると考えられています。例えば、9p22.3と呼ばれる領域に存在するFREM1遺伝子は、この病気で見られる早期の頭蓋骨の癒合や三角頭蓋に関連していると考えられており、9p24.3領域に存在するDMRT1遺伝子は、性器の異常と関連しているのではないかとも考えられています。しかし、この病気のそれぞれの症状と遺伝子の欠失がどのように関連しているかについて、まだ詳細はわかっていません。
9p欠失症候群の多くは孤発例で、子どもが生まれる過程において偶発的に起きた欠失が原因で発症するとされ、家族には同じような病歴や遺伝的な原因はありません。
親から子への遺伝が関係する場合として、親がもつ染色体の欠失を受け継ぐ場合(親はこの病気を発症していない場合もあります)や、染色体の「転座」と呼ばれる現象が挙げられます。転座とは、異なる2本の染色体の一部が切断され、切断された断片が入れ替わってもう一方の染色体に結合してしまうことです。染色体が入れ替わっていても全ての遺伝子が揃っている場合には病気の症状は見られません(均衡型転座)が、その親から子どもが生まれる時に遺伝情報の過不足が生じる場合(不均衡型転座)があり、不足した遺伝子領域が9p欠失症候群の欠失領域と一致した場合に、この病気を発症する原因となることがあります。
どのように診断されるの?
9p欠失症候群の診断基準はまだ確立されていません。
米国希少疾病協議会(NORD)の情報によれば、この疾患は、関連する症状について出生後にさまざまな専門的な検査を行い、染色体分析などの遺伝学的検査を行うことにより診断されます。妊娠中の出生前診断によって、この病気が明らかになることもあります。
どのような治療が行われるの?
9p欠失症候群の根本的な治療法は確立されていないため、それぞれの症状に応じた対症療法が行われます。「NORD」には、以下のように記載されています。
9p欠失症候群のような疾患の管理は、小児科医、外科医、心臓専門医、整形外科医など、さまざまな分野の専門家が協力して治療を行う必要があります。先天性心疾患が見られる場合には、特定の薬による治療だけでなく、外科的介入(手術など)が必要になることもあります。鼠径ヘルニア、頭蓋骨癒合症、性器の異常、臍ヘルニアなども症状や重症度などにより外科的な治療が行われる場合もあります。
この病気で見られる後鼻孔閉鎖症は、呼吸、摂食、嚥下障害につながる場合があるため、気道や栄養を確保するために気管切開や胃管栄養などの処置が行われることがあります。
てんかん発作が見られる場合には抗てんかん薬の投与が行われるほか、発達などの症状には、必要に応じて特別な補習教育、言語療法、理学療法などが重要となります。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本で9p欠失症候群の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。
※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。
患者会について
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。
海外の9p欠失症候群の患者支援団体で、ホームページを公開しているところは、以下です。
参考サイト
- Genetic and Rare Diseases Information Center
- NORD
- Rare Chromosome Disorder Support Group -Unique, 「9p deletions」
- Online Mendelian Inheritance in Man(R) (OMIM(R))
- orphanet
- Sams EI, et al., From karyotypes to precision genomics in 9p deletion and duplication syndromes., Biochem J.