どのような病気?
ATR-X症候群(X連鎖αサラセミア・精神遅滞症候群)は、男性にのみ見られ、特徴的な顔立ち、低身長、知的障害を含む精神運動発達遅滞、αサラセミアと呼ばれる赤血球の異常など体の多くの部分にさまざまな症状が現れる遺伝性疾患です。
この病気の顔立ちや見た目の特徴としては、小頭症、低身長、眼間開離(目と目の間が広い)、小さい三角形の鼻、テント状に三角になった上唇、下唇が厚くめくれあがる、年齢とともに粗な顔立ち(顔の細かい構造がはっきりとしない)が進行するなどがあります。前髪がなであげたように上を向く、耳介の変形、歯並びの悪さ(歯と歯の間隔が開く)などが見られる場合もあります。
精神運動発達遅滞に関しては、言葉の発達が特に遅れ、数語以上話せるようにならない場合もあります。子どもの多くは筋肉の緊張が弱く(筋緊張低下)、座ったり、歩いたりする運動能力も遅れます。患者さんによっては全く言葉を話すことも、1人で歩くこともできない場合もあります。
また、この病気の人の多くは、αサラセミアと呼ばれる軽度の血液の異常が血液検査で見つかります。サラセミアとは、赤血球の中にあるヘモグロビンの構造が変わってしまうことにより、血液が酸素を運びにくくなってしまう病気です。まれに、赤血球の不足により貧血がみられることもありますが、ATR-X症候群では多くの場合深刻な症状は見られません。
その他の症状として、外性器の異常、消化管の異常、骨格の異常、独特の行動や姿勢の異常などがあります。消化管の異常では、胃食道逆流症、嘔吐、便秘などが見られ、行動や姿勢の異常としては、自分の口に手を入れ嘔吐しようとする、斜め上を見上げる、手のひらを上に向けて顎を突き上げる、首をしめる仕草を好む、視線を合わせようとしないなどの行動が見られる場合もあります。
ATR-X症候群で見られる症状 |
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高頻度に見られる症状 小頭症、泉門(せんもん、新生児の頭蓋骨の隙間)の異常、顔の異常、平坦な顔、眼間開離、男性器の異常、性別が不明瞭な性器、男性の内部生殖器が外性器と一致しない、停留精巣、嚥下障害、胃食道逆流症、知的障害、行動異常、重度の全般的発達遅滞 |
良く見られる症状 眼角開離、内眼角贅皮(目頭部分を覆う上まぶた)、顔面中部後退(顔の中央がくぼんだように見える)、平らな鼻筋、上向きの鼻孔、上唇がテント状、上唇が突き出し逆U字型になる、下唇が厚い、下唇が裏返った状態、巨舌、陰茎の形成不全、内反足、低身長、筋緊張低下、ヘモグロビンの異常、てんかん発作、自閉症 |
しばしば見られる症状 歯列の異常、短指症、小指の湾曲、脳梁欠損症、皮質性小脳萎縮症、近視、失明、視神経萎縮、感音性難聴、先天性巨大結腸、腸捻転、屈曲拘縮(関節が曲がった状態で固まってしまう)、関節硬直、痙性対まひ、腎臓の異常、水腎症、貧血、吐き気と嘔吐、便秘、乳児期の摂食障害、感染性脳炎、再発性尿路感染症、動きの異常、自傷行為、うつ |
ATR-X症候群の世界における発症頻度は明らかになっていません。難病情報センターによれば、国内では、出生男児の5万8,000~7万3,000人に1人の発症頻度であると推定されており、世界では約200家系が、日本ではこれまでに約100人の患者さんが確認されています。
何の遺伝子が原因となるの?
ATR-X症候群は、X染色体のXq21.1と呼ばれる領域に存在するATRX遺伝子の変異によって引き起こされます。
ATRX遺伝子は、ATRXタンパク質の設計図となる遺伝子です。ATRXタンパク質は、クロマチンリモデリングと呼ばれる重要な過程を通して他の遺伝子の働きを調節する役割があります。クロマチンとは長いDNAの分子がタンパク質によって巻き取られた構造体で、クロマチンリモデリングはDNAが巻かれている一部分がほどかれることによってその周辺のDNA領域にある遺伝子の働きを調節する仕組みです。
ATRXタンパク質が調節する遺伝子の中には、正常なヘモグロビンの生成に重要なHBA1およびHBA2遺伝子が含まれています。ATRX遺伝子の変異により、これらの遺伝子の活性が低下することでαサラセミアが引き起こされます。その他の調節される遺伝子ははっきりとわかっていませんが発達遅延や特徴的な顔の特徴などに関わる遺伝子などが含まれると考えられます。
ATR-X症候群はX連鎖劣性(潜性)遺伝形式で遺伝します。男性(XY)の場合は、X染色体を一つしか持たないため、変異のある遺伝子のコピーを一つ受け継ぐことで発症します。また、男性がこの変異を持つ場合には、息子には変異が受け継がれませんが、娘はその変異のあるX染色体を受け継ぎます。女性(XX)の場合は2本の染色体のうちもう一方の正常な遺伝子が機能を補完するためにほとんどが発症しませんが保因者となります。女性がこの変異を持つ場合には50%の確率でその原因遺伝子が存在するX染色体を娘または息子に受け継がせることになります。
どのように診断されるの?
ATR-X症候群の診断基準として、1)男性、2)重度精神運動発達遅滞がある、3)特徴的な顔立ち(顔面中心部の低形成、鼻孔が上向き、厚い下口唇、鼻根部が平低、三角口、すき間の空いた門歯、小頭、耳介低位)が見られる、の3つ全てを満たし、遺伝学的検査でATRX遺伝子に変異が認められた場合に診断が確定となります。
ATRX遺伝子に変異が見つかっていない場合でも、1)~3)の全てを満たし、αサラセミアの検査(Brilliant Cresyl Blue染色)でHbHの封入体をもつ赤血球の存在(陽性率は約80%)を認めること、また染色体異常症や先天性代謝疾患のほか重度精神運動発達遅滞を示すような脆弱X症候群やアンジェルマン症候群などの似た症状を示す別な疾患ではないと鑑別診断されること、を満たした場合にもこの病気の可能性が高いと診断されます。
どのような治療が行われるの?
この病気において根本的な治療法はまだ開発されていないため、症状に応じた対症療法が中心になります。精神運動発達遅滞に対しては、理学療法や言語療法などのほか生活全般の支援が必要となります。停留精巣、胃食道逆流などの消化器系の異常、先天性心疾患などに対しては手術が行われることもあります。てんかんには抗てんかん薬の投与が行われます。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本でATR-X症候群の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。
※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。
患者会について
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。
米国のATR-X症候群の患者支援団体(財団)で、ホームページを公開しているところは、以下です。