どのような病気?
PACS1症候群は、知的障害、発達遅滞、言語障害、特徴的な顔立ち、行動上の問題などのさまざまな症状が見られる遺伝性疾患です。
この病気における発達遅滞や知的障害はほとんどすべての人に見られ、知的障害は通常軽度から中程度です。筋緊張低下は約3分の1程度の人で見られますが、成長とともに改善します。多くの場合、話すことに問題が生じ、運動能力よりも大きな影響があります。言語の発達は、2~3歳から数語程度は話すことができる人や、全く話せない人など程度はさまざまです。会話はできなくても、手話やカード、アプリなどを使ってコミュニケーションができるケースも報告されています。歩行障害については、全体の6割程度の人は歩行可能で、歩行開始は2歳から4歳くらいとなります。歩くのが遅く不安定な歩き方になり、何度も転倒する場合もあります。まれに、幼児期後半から何度も転倒するなどして徐々に歩行能力が低下し、車椅子が必要になる場合もあります。
PACS1症候群の顔立ちは、太くて高いアーチ型をした眉毛、長いまつ毛、左右の間隔が広い目(両眼隔離)、さがった目尻(眼瞼裂斜下・がんけんれつしゃか)、丸い鼻先、口角の下がった広い口、薄い上唇、平らな人中(唇上部の溝)、間隔の広い歯、低い位置にありひだや溝が少ない耳などを特徴とします。
顔立ちだけでなく、心臓、脳などのその他の器官や臓器においても形態に異常が起こる可能性があり、男性の場合、停留精巣が起こる可能性もあります。先天性心臓異常として、心房中隔欠損症や心室中隔欠損症などが見られ、両方が見られる場合もあります。他にも大動脈二尖弁、大動脈弁と肺動脈弁の形成不全、肺動脈の拡張、動脈管開存、卵円孔開存などが見られることもあります。
その他のPACS1症候群の症状として、摂食困難があります。幼少期から固形の食べ物を食べることが難しく、噛まずに飲みこむなどしてしまうため柔らかい食品しか食べられない場合があります。成長し、大人になっても改善しないこともあり、場合によっては必要なカロリーを摂取するために胃瘻チューブでの栄養管理が必要になることもあります。食道への胃酸の逆流(胃食道逆流)が見られる場合もあります。
この病気の人は、どの年代においても友好的な気質を持っていることが多いとされます。強迫性障害、不安症状、注意欠如・多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラム症、自傷行為、癇癪(かんしゃく)などの行動上の問題が見られることもあります。
その他、便秘、低身長、小頭症、てんかん発作、目の組織の一部を欠損するコロボーマなどの目の異常なども見られます。
PACS1症候群で見られる症状 |
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高頻度に見られる症状 異常な顔の形、言語発達の遅れ、全般的発達遅滞、知的障害、異常な癇癪 |
良く見られる症状 高いアーチ状の眉、長いまつ毛、両眼隔離、両側性の眼瞼下垂、眼瞼裂斜下、団子鼻、低い位置にある耳、立ち耳、異常な脳の形態、停留精巣、乳児の筋緊張低下、便秘、成長障害、経口摂取嫌悪(口に入れた時に嫌がる)、てんかん発作 |
しばしば見られる症状 小頭症、前頭部の生え際の位置が低い、眉毛癒合(左右の眉毛がつながっている)、大耳症、平らな人中、上唇が薄い、大きな口、漏斗胸、左右の乳首間隔が広い、脊柱側弯症、幅の広い親指、第5指(小指)の斜指症、細い指、手のひらのしわが横一本となる、口角が下がる、扁平足、小脳萎縮、小脳形成不全、小脳虫部の部分的欠損、コロボーマ、前歯の2つの歯の隙間が増加、心房中隔欠損、心室中隔欠損症、大動脈二尖弁、動脈管開存、卵円孔開存、胃食道逆流症、経鼻の胃管栄養、透明中隔腔、腎臓の形態異常、臍(さい)ヘルニア、鼠径ヘルニア、血清補体C3レベルの低下、ジェラスティック発作(感情を伴わない笑いが生じる発作)、不安定な歩行、言語発達の欠如、構音障害、自閉症的行動 |
PACS1症候群の発症頻度や患者さんの正確な数はわかっていません。これまでに、少なくとも30人の患者さんが報告されています。
何の遺伝子が原因となるの?
PACS1症候群は、11番染色体の11q13.1-q13.2と呼ばれる領域に存在するPACS1遺伝子の変異によって引き起こされます。この遺伝子は、PACS1(phosphofurin acidic cluster sorting protein1)と呼ばれるタンパク質の設計図として働きます。
PACS1タンパク質は、ゴルジ体と呼ばれる細胞内小器官で働きます。ゴルジ体は細胞の中で多くのタンパク質を生成・加工し、それぞれのタンパク質や分子が必要な場所に輸送する役割を持っています。PACS1はトランスゴルジ網と呼ばれるゴルジ体の中にある複雑な構造をした網目の膜の中に存在し、タンパク質や分子を分類して細胞内外の場所に送り届けるために働きます。また、PACS1は、胎児の脳が発達する時期に最も活性が高くなることが知られています。
PACS1症候群では、ほとんどの場合においてPACS1遺伝子上の「607C>T」と呼ばれる同じ遺伝子変異によって引き起こされます。この変異によって、特定のタンパク質の輸送や分子の輸送を行う機能が損なわれ、細胞内でタンパク質が異常に蓄積するとともに、必要な場所に届けられないと言った異常が引き起こされると考えられます。しかし、これらの輸送の異常とPACS1症候群のそれぞれの症状との関連や病気が引き起こされる詳細なメカニズムはまだわかっていません。
PACS1症候群は、ほとんどの場合、親からの遺伝ではなく新しく発生した変異が原因となる孤発例として発症します。
この病気が遺伝する場合、常染色体優性(顕性)遺伝形式で遺伝します。この遺伝形式では、親がこの病気である場合に子どもがこの病気を発症する可能性は50%です。
どのように診断されるの?
PACS1症候群は非常にまれな病気であり、まだ確立した診断基準が設けられていません。
米国のワシントン大学を中心としたスタッフが運営している遺伝性疾患情報サイト「GeneReviews」によれば、この病気を示唆するような所見として以下の7つの症状があること、
1)軽度から中程度の発達遅滞や知的障害
2)筋緊張低下
3)摂食困難
4)てんかん発作
5)行動的特徴(例 自閉症スペクトラム障害、癇癪、攻撃性)、あらゆる年齢で全体的にフレンドリーな気質
6)特徴的な顔立ち(例 両眼隔離、眼瞼裂斜下、球根状の丸い鼻先、低い位置にありひだや溝が少ない耳、平らな人中、口角の下がった広い口、薄い上唇、間隔の開いた歯)
7)先天性心臓異常(例 心房中隔欠損、腹側中隔欠損、動脈管開存症)
また、遺伝学検査でPACS1遺伝子に特定の変異が見られることでこの病気の診断が確定されると記載されています。
どのような治療が行われるの?
PACS1症候群の根本的な治療法はまだありません。そのため、それぞれの症状に合わせた対症療法が行われます。食事(摂食困難)に対する問題、便秘、てんかん、行動上の問題、心臓の異常、腎臓の異常、視力の問題などについては、それぞれの症状ごとに標準的な治療が行われます。
成長や発達については、特別な学校教育や言語療法といった医療的ケアと社会的ケアの両方が必要になります。栄養状態や発達の状態、てんかん、行動上の問題のほか、心臓や腎臓などの状態を常に定期的な検査などで見守る必要があります。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本でPACS1症候群の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。
※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。
患者会について
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。
参考サイト
- MedlinePlus
- Genetic and Rare Diseases Information Center
- Online Mendelian Inheritance in Man(R) (OMIM(R))
- GeneReviews
- orphanet