どのような病気?
鎌状赤血球症は、赤血球が体全体に酸素を運ぶ機能に重要な「ヘモグロビン」というタンパク質に異常がある、遺伝性疾患です。ヒトのヘモグロビンは、「αグロビン」と「βグロビン」と呼ばれるタンパク質がそれぞれ2つ、計4つがサブユニットとして合わさった構造をしています。それぞれのサブユニットには、「ヘム」と呼ばれる、鉄を含む分子が結合しているため、ヘモグロビンは1つあたり4つのヘムを持っています。1つのヘムは1分子の酸素を運べるため、ヘモグロビンは1つあたり4分子の酸素を運ぶことができます。
鎌状赤血球症では、βグロビンの遺伝子に異常があることで、ヘモグロビン同士が作用して、硬い棒状の構造を取るようになります。正常な赤血球は、真ん中がへこんだ円盤状なのですが、鎌状赤血球症ではヘモグロビンの構造変化に伴い、赤血球の形は三日月状または鎌状になります。
円盤状の正常な赤血球は、柔軟性があり、体の隅々の細い血管まで酸素を届けることができます。しかし、鎌状の赤血球は円盤状に比べて柔軟性がなく、形を変えにくいため、血管内を移動するときに破裂しやすくなります。通常の赤血球の寿命は90〜120日あるのですが、鎌状赤血球は10〜20日しかもちません。そのため、新しい赤血球を作って補充するのが間に合わず、赤血球が不足した状態になります。これが、鎌状赤血球症により貧血が起こる仕組みです。貧血になると、体中に十分な酸素が送れなくなり、倦怠感を感じることがあります。
鎌状赤血球は、破裂しやすいだけでなく、血管壁に付着することもあります。これにより、血液の流れが滞ったり、せき止められて閉塞したりする場合があります。すると、閉塞したところより先の組織に酸素が運ばれなくなります。これは、疼痛発作の原因となり、さらに臓器の損傷などの重篤な後遺症につながります。また、成人期には脾臓が萎縮して機能が低下し、それに伴い感染症を起こしやすくなります。その他、鎌状赤血球症でみられる症状のほとんどは、病気の合併症に関連しています。
鎌状赤血球症は、生後1年以内、一般に生後5か月頃に病気の兆候が現れ始めます。鎌状赤血球症の初期症状は、人によって異なりますが、「手足の痛みを伴う腫れ」「貧血による倦怠感または不快感」「皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)」などです。
また、症状は、「急性症状」と「慢性症状」とに分けられています。急性症状は、「血流障害に伴う手足の激しい疼痛」「急激な臓器内血液貯留(特に脾臓)」「中枢神経発作(脳梗塞、増殖性網膜症)」「感染症」「持続性勃起」などです。慢性症状は、「発育遅延」「腎機能障害」「無血管性骨壊死」「消化器症状」「下腿潰瘍」などです。
鎌状赤血球症でみられる症状 |
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100%でみられる症状 慢性溶血性貧血 |
99%~80%でみられる症状 頻繁に感染症を起こす |
79%~30%でみられる症状 脾臓の異常、虚血性の骨壊死、胸痛、鉄欠乏性貧血、白血球の増加、骨髄炎(骨の感染症)、骨粗しょう症、色素胆石、網状赤血球の増加、血小板の増加 |
29%~5%でみられる症状 神経系の異常、胆汁うっ滞、血清クレアチニンの上昇、低酸素血症、乳酸デヒドロゲナーゼ値の上昇、ヘモグロビンF濃度の上昇、非抱合高ビリルビン血症 |
4%~1%でみられる症状 平均赤血球容積の増加、小赤血球性貧血 |
割合は示されていないがみられる症状 腹痛(胃痛)、心肥大、胆石症、血尿、溶血性貧血、肝腫大、高血圧、赤血球の鎌状化傾向の増加、黄疸、持続勃起症、再発性細菌感染症、腎不全、非炎症性網膜疾患、脾腫、脳卒中 |
米国国立衛生研究所(NIH)によると、鎌状赤血球症は、米国ではほとんどがアフリカ系米国人で発症しています。アフリカ系米国人の赤ちゃんの約13人に1人が鎌状赤血球の遺伝子を持っており、黒人全体では365人に1人程度が鎌状赤血球症で生まれてくるとされています。また、鎌状赤血球症は、ヒスパニック、南ヨーロッパ、中東、アジア(インド出身の一部)の人々でもみられるとされています。鎌状赤血球症は、本来、日本ではみられませんが、国際化に伴い、日本に滞在している外国人を中心に、国内でもみられ始めてきています。
一方、鎌状赤血球症以外でも、ヘモグロビンが質的に異常となる病気はあり、それらを総称して「異常ヘモグロビン症」といいます。(ヘモグロビンが量的に異常になる病気は「サラセミア」と呼ばれます)。現在知られている異常ヘモグロビン症は、日本では210種以上、世界的には800種類以上あり、異常ヘモグロビン症の患者さんは日本人の約3,000人に1人の割合で存在します。
先ほど、βグロビンの遺伝子に異常があると鎌状赤血球症になると説明しましたが、ヒトが2つセットで持っているβグロビンの遺伝子の片方だけに異常がある「ヘテロ接合体」の場合、日常生活では無症状ですが、著しい低酸素状態でのみ症状が認められます。βグロビンの遺伝子の2つともに異常がある「ホモ接合体」では、感染症、肺塞栓、脳梗塞、重要臓器の梗塞、腎不全などの合併症により命を落とすケースもあります。しかし、現在、ホモ接合体患者さんの予後は改善しており、平均生存期間は60歳前後となっています。
鎌状赤血球症は、小児慢性特定疾病の対象疾患です。
何の遺伝子が原因となるの?
鎌状赤血球症の原因遺伝子は、11番染色体の11p15.4という位置に存在する「HBB遺伝子」です。この遺伝子は、ヘモグロビンを構成する「β-グロビン」というタンパク質の設計図となる遺伝子です。β-グロビンのはたらきは、上述の通りです。
鎌状赤血球症では、βグロビン遺伝子配列の変異により、アミノ酸配列で6番目のグルタミン酸がバリンに置換されたβグロビンタンパク質が作られるようになっているとわかっています。
鎌状赤血球症は、常染色体劣性(潜性)遺伝形式で、親から子へ遺伝します。人間が2本1セットで持っているHBB遺伝子のうち、両親がともに1本ずつこの遺伝子変異を有していた場合(日常生活で発症はしない「ヘテロ接合体」であった場合)、子どもは4分の1の確率で2本とも変異を有して鎌状赤血球症のホモ接合体になります。また、2分の1の確率で1本変異を有する「ヘテロ接合体」となり、4分の1の確率で変異した遺伝子を持たず生まれます。
日本人にもみられ、多くの種類がある異常ヘモグロビン症は、そのほとんどが遺伝性疾患です。鎌状赤血球症の原因となる変異をもつHBB遺伝子と、その他の異常ヘモグロビン症の原因遺伝子、またはサラセミアの原因遺伝子を併せ持つ場合、鎌状赤血球症のホモ接合体に匹敵する症状が現れることがあります。この場合、広義の「鎌状赤血球症」として扱われます。
どのように診断されるの?
日本小児血液・がん学会による診断の手引きには、「鎌状赤血球症の診断方法」として以下が記載されており、これらの症状や所見から、鎌状赤血球症の診断が行われます。
診断に有用な症状
- 貧血:パルボウイルスB19感染や葉酸欠乏、鉄欠乏などで貧血が増悪することがある(無形成発作)。ときに脾臓に大量の血液が突然貯留され、循環不全を起こす(血液貯溜発作)
- 骨髄の虚血、梗塞によって激痛が生じる(疼痛発作)。痛みは乳幼児では四肢に起こりやすく、成人になるに従い体幹部(脊椎、骨盤、肋骨)に起こる
- 成長障害
- 胆石
- 脾腫、脾機能低下
- 易感染性(感染を起こしやすい)
- 家族歴(アフリカ系の家族歴)
診断に有用な検査所見
- 貧血(正球性正色素性)
- 溶血所見(網状赤血球の増加、間接型ビリルビン上昇、LDH上昇、ハプトグロビン低下)
- 末梢血塗抹標本で鎌状赤血球、標的赤血球などが確認される
- 電気泳動という手法により硬い棒状構造のヘモグロビン(ヘモグロビンS)の存在が確認される
- Sickling試験(鎌状化試験):低酸素または脱酸素下で赤血球が鎌状に変化することが確認される
- HBB遺伝子の遺伝子検査結果
米国では現在、すべての州で鎌状赤血球症の新生児スクリーニング検査が行われているため、早期に発見し、早期に治療開始できるようになってきています。
どのような治療が行われるの?
鎌状赤血球症に対する、現在唯一の根治療法として、骨髄移植または造血幹細胞移植があります。しかし、これらの移植は副作用などのリスクも高いため、通常、重度の鎌状赤血球症の子どもに対して行われています。
多くの場合、症状を和らげ、合併症を減らし、寿命を延ばすための「支持療法」が行われます。例えば、感染症の予防や治療には、抗菌薬が用いられます。また、感染症予防のために、小児期に予防接種が行われます。疼痛に対しては、鎮痛薬が用いられます。血管が閉塞して起きた疼痛発作には、静注輸液が行われることもあります。重度の貧血や、その他の深刻な合併症が起きた場合に、輸血が行われることがあります。葉酸が欠乏している場合には、葉酸の補充が行われます。
いくつかの鎌状赤血球症合併症を軽減または予防する目的で、ヒドロキシウレア(ヒドロキシ尿素)という薬が用いられることがあります。この薬は、血中の胎児ヘモグロビン(HbF)量を増やす作用がある薬ですが、全ての人に適しているわけではありません。また、妊娠中には使えません。
2019年に米国では、血管閉塞による疼痛発作の減少を目的とした鎌状赤血球症の治療薬「クリザンリズマブ」(製品名:Adakveo)が承認されました。この薬は、抗Pセレクチン抗体というもので、血液細胞同士がくっついて閉塞しているところに働く薬です。
その他、海外では鎌状赤血球症に対する遺伝子治療・細胞療法の治験が多数実施されています。
どこで検査や治療が受けられるの?
患者会について
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。
米国の鎌状赤血球症の患者支援団体(財団)で、ホームページを公開しているところは、以下です。