特定の遺伝子変異はアルツハイマー病と似た症状の引き金に
慶應義塾大学は、家族性の前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration、以下FTLD)の患者さんの協力を得てiPS細胞を作製し、その病態メカニズムの一端を解明しました。
FTLDは、老年期に脳の前頭葉や側頭葉の神経細胞死によって起こる認知症のひとつ。アルツハイマー病では記憶障害が主であるのに対し、FTLDは人格の変化や行動異常などが引き起こされることが特徴といわれています。いずれの認知症でも、「タウ」と呼ばれるタンパク質の異常蓄積が、病気の発症と関連があると考えられていますが、詳細な発症メカニズムは不明です。
家族性のFTLDの場合、タウタンパク質と関連のあるMAPT遺伝子の変異によって脳の神経細胞死が起こり、FTLDを発症します。MAPT遺伝子の変異にはさまざまな種類があり、その中でも「タウR406W」という変異がある場合には、アルツハイマー病によく似た症状を示すことが知られています。
タウタンパク質の異常やミトコンドリアの輸送異常が病態と関連
研究では、MAPT遺伝子の片側のみに「タウR406W」という変異を持つ患者さんの細胞を使って、iPS細胞(ヘテロ変異型)を作製。比較検討するため、変異を持たない人(健常人)のiPS細胞、ヘテロ変異型患者由来の変異をゲノム編集技術により修正したiPS細胞、両方の遺伝子に変異を持つiPS細胞も作成しました。これらのiPS細胞から、脳に類似した組織をそれぞれ作成し、その神経細胞の異常について詳しく分析をしました。
結果、神経細胞のタウタンパク質の異常や、細胞内の小器官ミトコンドリアの輸送異常が、タウR406W変異を持つFTLDの病態の一端になっていると考えられることがわかりました。ミトコンドリアは全身の細胞の中にあり、エネルギーを産生します。ミトコンドリアのはたらきが低下すると、細胞の活動が低下します。「研究成果によって、タウタンパク質が原因となる病気の治療薬や病気の進行を抑える薬の開発に役立つことが期待されます」と、研究グループは述べています。(遺伝性疾患プラス編集部)