相分離における核内輸送受容体の関与を検証
奈良県立医科大学を中心とした研究グループは、細胞内の「生物学的相分離(以下、相分離)」と呼ばれる現象を制御する細胞の機能が破綻する機序を解明し、この成果が神経変性疾患の病態解明や治療法の開発につながる可能性があることを報告しました。
相分離は筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患の発症につながる可能性があると注目されていました。細胞の内部は核やミトコンドリア、小胞体、リボソームなどの部位に分かれており、多くの場合は膜により内と外が隔てられています。そうした中で、核小体などの一部の部位は膜を持たずに水と油が分かれるように区画化されています。これは核酸やタンパク質などの生体高分子が集まって相互作用することで作られており、相分離と呼ばれます。
相分離した区画の中には、タンパク質を作るために機能するメッセンジャーRNAの安定化などに重要な役割を果たす「RNA結合タンパク質」が多く存在します。RNA結合タンパクは、数種類の決まったアミノ酸だけで構成される「LCドメイン」という部位を持ち、相分離するものが多いと知られます。
これまでにFUSやTDP43と呼ばれるRNA結合タンパク質のLCドメインには、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患を引き起こす遺伝子変異が確認されていました。こうした研究結果から、RNA結合タンパク質が深く関与している相分離と神経変性疾患との間に関連があると推測されていました。
細胞内では「Kapβ2(Karyopherinβ2)」など核内輸送受容体と呼ばれるタンパク質が相分離の制御を担うと報告されていました。こうした核内輸送受容体は、細胞内の核と細胞質の間でRNA結合タンパク質などの輸送を行う機能があります。
このたび研究グループは、「C9orf72遺伝子異常」を有している筋萎縮性側索硬化症および前頭側頭型認知症(ALS/FTD)において核内輸送受容体と相分離制御の破綻との間に関連がないか解析しました。最近、この遺伝子異常がある場合に細胞内で生じる「毒性ペプチド」が核内輸送受容体に結合して核と細胞質の間の物質輸送を阻害すると報告されており、研究グループはC9orf72遺伝子異常のあるALS/FTDで生じる毒性ペプチドがKapβ2など相分離を制御する因子に影響を及ぼす可能性を検討したのです。
毒性ペプチドが核内輸送受容体に結合
こうして判明したのは、毒性ペプチドが核内輸送受容体に結合することで、相分離の制御機能を阻害していることです。
研究グループはC9orf72遺伝子異常に存在するDNAの異常な繰り返し配列から作られる5種類の毒性ペプチドがKapβ2の相分離制御の機能に及ぼす影響を解析しました。ここから、アルギニンを多く含む毒性ペプチドがKapβ2の相分離制御の機能を阻害すると確認しました。その上で、研究グループは毒性ペプチドとKapβ2の結合についても確認し、相互作用の場所を解析した結果として、FUSなどのRNA結合タンパク質を核内に輸送する際に認識される「核移行シグナル(NLS)」の結合部位を毒性ペプチドも標的部位としていることを確認しました。これまでの報告からKapβ2はRNA結合タンパク質のNLSを認識して結合して輸送するとわかっています。毒性ペプチドの存在によってこうした正常な結合が阻害され、RNA結合タンパク質の輸送に異常が生じるために相分離の制御が破綻する機序が考えられました。
研究グループでは解析を踏まえて相分離制御の破綻の機序を明らかにした今回の研究結果が、今後の神経変性疾患の病態解明や治療法の開発につながる可能性があると説明しています。(遺伝性疾患プラス編集部、協力:ステラ・メディックス)