白書「日本における希少疾患の課題」を武田薬品が刊行、製薬企業の立場から課題解決に挑む「そのココロ」は?~濱村美砂子氏インタビュー

遺伝性疾患プラス編集部

POINT

    武田薬品工業株式会社は2020年12月、希少疾患の患者さんの課題を分析し、解決の糸口を考察した白書「日本における希少疾患の課題~希少疾患患者を支えるエコシステムの共創に向けて~」を刊行しました(白書PDFデータはコチラ)。同白書は、国内外の専門家の意見や文献調査をもとに、同社が知見を有するデータを交えて作成されたもので、疾患を発症してから医療機関で正しい診断を受け、治療を進めていく中で患者さんが直面するさまざまな課題に関する要因の分析や、改善に向けての提言が含まれています。

    遺伝性疾患は希少疾患の約8割を占めるため、遺伝性疾患の患者さんやご家族の多くは、この白書に記された「解決すべき課題」に直面しています。こうした課題の解決に向け、この白書は具体的にどのような役割を担っていくのでしょうか?武田薬品工業株式会社レアディジーズビジネスユニットヘッドの濱村美砂子氏に、白書に込めた想いから課題解決に向けた現在の状況などまで、さまざまなお話を伺いました。

    ※事業や企業の枠を超えてステークホルダー同士が連携・共存し大きなベネフィットを目指す仕組み

    白書「日本における希少疾患の課題」について

    白書を刊行するに至った経緯を教えてください

    弊社の希少疾患の部門は、2019年にシャイアー社との統合がきっかけで立ち上がりました。このとき希少疾患に初めて携わることになった私は、まず実際に日本の希少疾患の患者さんがどういう悩みを持っておられるのか、どういう課題の中で生活をしておられるのか、調べてみようと考えました。いろいろ調べていく中で、いくつもの希少疾患において、患者さんが確定診断に至るまでに5~7年を超えるような状況が起きているということを知り、衝撃を受けるとともに、「こういう状態が続いてはいけない」と、強く思いました。じっとしていられなくなり、患者さんの診断に至るまでの苦労に対し何か自分たちに出来ることはないかと考えていたときに、「希少疾患は、疾患ごとの解説やプロフェッショナルが存在したとしても、全体像をテーマとして一つにまとめた資料はない」ということに気付いたのです。実際、まとまった資料がないため、私たち自身、調べるのにとても苦労していました。そこで、いろいろな立場の方々が発信した情報を、私たちの手で一つにまとめた資料にしようと考え、白書の刊行に至りました。この白書が出来ることで、少なくとも今よりは多くの人々の関心が希少疾患に集まり、引いては希少疾患について議論をするきっかけが増えれば、と考えたのです。

    「希少疾患について考えなくてはいけない」と感じている人は、世の中に大勢いるはずです。でも、例えば真っ白い紙を突然一枚渡されて、「希少疾患のイメージを描いてください」と言われても、ほとんどの人が、うまくイメージできないのではないでしょうか。しかしこの白書があることで、自分にできること、自分の立場ならできること、などに気付くきっかけが得られ、そこから多方面にわたり議論が始まっていくことが期待できると考えたのです。この白書は、まだまだ完璧なものではありません。しかし、そうした議論の題材になるだけでも、大きな意味があると考え、白書の刊行に至りました。

    白書公開から1年経ちましたが、どのような反響が得られていますか?

    自分の想定の範囲を超えて反響があったと思っています。製薬企業を超えて、ヘルスケア参入のIT企業やメディアなどから共感の声が届き、「一緒に課題解決に取り組んでいきたい」というお声がけも頂けるようになってきました。意外なところでは、小さいお子さん向けの学習教材を製作している会社から、「子どもたちに希少疾患のことをもっと知ってもらうために、うちの教材がお役に立てないか」といった提案を頂きました。また、学校教育に携わる方からも、「希少疾患について教育現場に知ってもらうことは重要と感じたので、ぜひ一緒に取り組ませて欲しい」というお声を頂きました。

    このように、いろいろな立場の方々の接点になれているという実感があり、これは大きな効果として感触が得られています。そして、少しずつではありますが、いろいろな形でエコシステムの輪が確実に広がっていっており、「全員がつながっている」という実感もあります。

    遺伝性疾患の患者さんやご家族に、この白書をどのように活用して頂きたいですか?

    「希少疾患の患者さんたちを取り巻く環境を改善していきたい」という同じ志をもつ、さまざまな立場の人たちが強みや特性を持ち合い動き始めていることで、既にエコシステムの輪が広がりつつある、ということを感じながら、この白書を読んで頂ければと思っています。希少疾患の当事者やご家族だけに努力を強いるという考え方ではなく、エコシステムの構築により、環境を改善し、さらには社会的な価値観なども変えていこうと、みんな真剣に考えており、動き始めています。難しい内容もあるかも知れませんが、検査と発病、診断、治療、支援など、今、海外に比べて日本がどういう状況にあるのか、そうした状況に対してどのような動きが始まっているのかを知ることで、将来に希望があることを、ぜひ感じ取って頂ければと思っています。

    この白書の内容は、まだこれからブラッシュアップしていく必要があります。白書を作る過程で、希少疾患の当事者の方々から実際にいろいろお話を伺いましたが、完成後も内容について話し合う機会を持っています。ぜひ、白書を読んだ患者さんやご家族の方々からも、「ここは違うと思う」「他にもこんな課題がある」などの声をお寄せ頂ければと思います。こうした皆さんのお声をもとに白書の内容を更新していき、その内容を含めて日本のみんなで考えていくきっかけになっていければと思っています。

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    「白書が、希少疾患について日本のみんなで考えていくきっかけになればと思っています」(武田薬品工業株式会社 レアディジーズビジネスユニットヘッド 医学博士・MBA 濱村美砂子さん)
    濱村さんご自身は、この白書に対し、どのような想いを持たれていますか?

    白書を通じて希少疾患の当事者の苦悩(検査と発病、診断、治療、支援)を少しでも多くの方に理解して頂ければ、と思っています。

    製薬企業は、厚生労働省や医療機関を通じて患者さんに貢献することが通常で、患者さんや社会に対して、直接的に提言をする機会が過去にはあまりありませんでした。今回の白書は、これまでの常識であった枠を超えて、「私たちはこういう意思をもった企業です」ということを、希少疾患の当事者の方々に直接お伝えし得るものとして、可能性を感じています。

    白書をきっかけとして、患者さんを含めた多くの方々とつながり、そのステークホルダー全員が主役として活躍することで、独りよがりになったり、偏りが生じたりしない形で課題解決に向かっていかれれば、と考えています。皆で力を持ち合って動かしていくエコシステムは、ひとたび回り始めたら、そう簡単に止まらない、とても強いシステムになるだろうとイメージしています。

    製薬企業の立場から課題解決に挑む

    課題解決に向け、製薬企業としてどのような点に重点を置いたアクションを考えておられますか?

    製薬企業は、革新的な薬剤を少しでも早く患者さんに届けていくことが中心的な責務であるため、「検査と発病・診断・治療・支援」というペイシェントジャーニーの中で、特に治療に意識が行きがちです。しかし、希少疾患領域では、長い間診断がつかないなど、患者さんに薬が届くまでに長い道のりがあることが課題の1つとして挙げられます。また、確定診断に至ってからも患者さんには多くの困難があることが具体的に把握できるようになってきました。

    この状況を改善するために、治療薬を届けることにとどまらず、ペイシェントジャーニー全体を見渡して、一貫したヘルスケアとして、希少疾患の患者さんが早期に診断され、適切な治療と支援を受けられる環境づくりに貢献していくことが重要と考えています。こうして、世の中が良い方向に変わったということを実感してもらえるようになったら、そのときに初めて製薬企業としての真の役割を担えたということになると思っています。白書は、それを実現させるために必要な力を多方面から呼び集めるようなものとしていきたいと思っています。

    ※患者さんが疾患や症状を認識し、正しい診断を受け、各方面からの支援を受けながら治療を進めていく道筋

    課題解決に向けて動き出したと感じられるプロジェクトなどがあれば教えてください。

    大きなプロジェクトの1つとして、「遺伝性血管性浮腫(HAE)診断コンソーシアム(DISCOVERY)」が挙げられます。コンソーシアムは2021年5月、適切な早期診断および診断率の向上を目標に、医療従事者、学会、患者団体、製薬企業などにより立ち上がりました。弊社も立ち上げに協力し、会員として参画しています。診断率が低いことが課題となっている希少疾患の一つである遺伝性血管性浮腫(HAE)の「診断率を上げる」という目標に向かい活動を行っています。中でも、デジタルのパワーを取り入れているというところが新しい取り組みで、電子カルテプラットフォームに関わる会社など、複数のIT企業が参入することとなりました。そして、電子カルテ等の医療データをAI分析する等の複数の活動が推進されています。

    コンソーシアム以外の弊社の取り組みとしては、QLifeさんを含むデジタルプラットフォーム系企業とのコラボにより、患者さんが「速やかに専門医にかかり診断に至る」ための導線を作ろうとしています。中にはすでにこの取り組みをきっかけにHAEの診断につながった事例が複数あります。

    また、親から子へ病気が受け継がれる確率が高い遺伝性の希少疾患などは、家族歴を確認していくところが重要になりますが、これは一つの製薬会社だけの力では成し得ません。そこで、いろいろな方の力を借りて、患者さんのご家族やご親戚でまだ診断されていない方に対して必要な検査の情報をサポートするようなプロジェクトも始動しています。

    診断後や治療中のサポートについても、弊社の治療薬を使用している方が安心して治療を続けたり、自分らしい毎日を送ったりしていくために必要とされる支援を、電話やウェブ面談ツールで提供する患者サポートプログラム「TOMO」を開始しました。ここには、ご家族でもなく、支援者でもなく、他の誰かに聞いて欲しい、といった内容の相談も寄せられています。こうした、コミュニケーションを通じた課題解決も始まりました。

    さらに、学校の教師や養護教諭など、教育に携わる方々への啓発活動も開始しました。希少疾患の大半は遺伝性疾患であるため、小児期から発症している未診断の方が多いためです。希少疾患は、社会的偏見も大きな課題で、それを少しでも解決するために、学校教育などによって国民に希少疾患について理解してもらうことは重要と考えています。

    課題解決のエコシステム創造に向け、希少疾患に関わるさまざまな立場の人々がどのような形で一丸となるのが理想的でしょうか?

    まずは「希少疾患の患者さんが暮らしやすいエコシステムを整えていこう」という、同じ志を持つことが必要不可欠です。その中で、それぞれの立場の方が得意分野のキープレイヤーとして協働し、それが一丸となった結果がエコシステムになるのだと思います。このエコシステム創造は、前例がない取り組みのため、当初は周りから理解を得ることが難しく時間を要することもありました。しかし、白書が思いがけない方々も含めた多くの人たちの接点となり、確実に協力者が増えてきています。

    ここから先、まだまだ越えなければならないハードルがいくつも待っていると思います。しかし、ここまでを振り返ると、白書をきっかけに、「自分たちが何かやらなければ」といった気持ちを持っていたそれぞれの立場の方が、「一緒にやろう」と声を掛け合い、そして既に動き始めています。

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    「一人ひとりが同じ志を持って協働することで、エコシステムは、既に動き始めています」(濱村氏)
    課題解決に向け、遺伝性疾患プラスにはどのようなことを期待されますか?

    記事やニュースを通じて、より多くの人々に希少疾患のことを考えるきっかけを広めてもらえれば、大変心強いです。多くの課題の中でも、特に社会的偏見は、大きなハードルだと思っています。ですので、ぜひ、希少疾患に対するアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を取り除くことにつながるような記事を掲載し、メディアとしてさらにエコシステムに貢献して頂ければと思っています。約7,000の希少疾患のうち約8割は遺伝性疾患。今後もお互いの強みを生かし合い、エコシステムを実現していきましょう!


    希少疾患を取り巻く課題解決に向け、さまざまな立場の人たちが「自分に出来ること」を見つけ、そして実行することで動き出す「エコシステム」。私たちも、ぜひその力を合わせる一員として、何が出来るか考え、そして実行し、大きなエコシステムを動かして行きましょう!(遺伝性疾患プラス編集部)

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