全身の骨格筋に治療薬を届ける方法に課題
京都大学iPS細胞研究所の研究グループは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのゲノム編集治療を行う酵素を筋骨格筋全体に運搬するための技術を開発したことを発表しました。また、この技術を用いて、病気を再現したモデルマウスのゲノム編集治療にも成功しました。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋肉内のジストロフィンタンパク質が欠損することで発症する難病です。ジストロフィンタンパク質の設計図となるジストロフィン遺伝子の変異が原因であるため、遺伝子変異を正常に回復させる方法の「ゲノム編集」が新たな治療手段として考えられています。つまり、ゲノム編集によってデュシェンヌ型筋ジストロフィーで起きている遺伝子変異を人工的に正常な配列に戻せば病気を治療できると考えられています。
ゲノム編集では多くの場合、CRISPR-Cas9(クリスパーキャス9)と呼ばれる酵素が用いられます。デュシェンヌ型筋ジストロフィーのゲノム編集を行うには、この酵素を筋肉組織に幅広く届ける必要があります。そのために、AAVベクターと呼ばれる、ウイルス由来のシステムが使えることが知られています。ただし、AAVベクターは体内の免疫機能によって排除されやすいため何度も投与できず、全身に酵素を届けるのが難しいと考えられました。そこで研究グループは新しい方法として脂質ナノ粒子(LNP)と呼ばれる物質に着目し、ゲノム編集酵素を全身に届ける方法の開発を検討しました。
複数回投与可能で効果の持続期間も1年に及ぶ
研究グループはマウスを用いてどのような組成のLNPであれば骨格筋にCRISPR-Cas9を届けられるのかを研究し、適するLNPを見つけ出しました。こうして見つけた組成のLNPを人工的に合成して、マウスへの投与によって骨格筋にCRISPR-Cas9を届けられることを確認しました。
さらに、研究グループは、ヒトの筋ジストロフィーを再現したモデルマウスを作製し、LNPと組み合わせた治療用のゲノム編集酵素(LNP-CRISPR)を投与しました。これはジストロフィン遺伝子に作用するものです。すると、ジストロフィンタンパク質の回復効果が12か月にわたって継続することが確認できました。
しかも、LNP-CRISPRは、複数回投与しても、体内の免疫機能によって排除されずに、酵素を骨格筋に届けられることも確認できました。血流を介した投与によって広範囲の骨格筋に酵素を届けられることも確認できました。研究グループは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのゲノム編集療法の開発にとって重要なステップであると説明しています。(遺伝性疾患プラス編集部、協力:ステラ・メディックス)