生まれつきの甲状腺の形や機能の異常により低身長や知的障害などが引き起こされる
慶應義塾大学を中心とした研究グループは、先天性甲状腺機能低下症の日本人患者さんを対象にゲノム解析を行い、15番染色体の「非コード」ゲノム異常が疾患発症に関わることを明らかにしたと発表しました。
先天性甲状腺機能低下症は、生まれつき甲状腺の形や機能に異常が生じ甲状腺ホルモン合成量が不足することによって、低身長や知的障害などが引き起こされる先天性疾患。世界では出生2,000〜3,000人に1人の頻度で見られるとされています。
研究グループは、日本人の先天性甲状腺機能低下症患者さん989人を対象に遺伝学的研究を行い、そのうちの214人(22%)では、ゲノムDNAの中でタンパク質構造の設計図となっている部分(コード領域)を調べる、標準的な遺伝子解析で診断が確定されました。その一方、およそ80%は未診断のままで、その中でも親子で発症している親子例の100人では、診断を確定できたのはわずか6%だけでした。
ゲノムDNAは、上記のようなタンパク質の情報を担うコード領域と、タンパク質の構造情報部分ではない非コード領域に大別されます。非コード領域はヒトゲノム全体の98%以上を占めますが、これまで機能がほとんどないと考えられてきました。そのため、2024年現在、患者さんの診療で行われる遺伝子検査において非コード領域は調べられていません。
研究グループは、原因不明の先天性甲状腺機能低下症の家系に対して非コード領域を含む全ゲノムDNAを対象とした解析を行い、ゲノム異常が存在する候補領域を特定する研究を実施しました。
時間経過により腺腫様甲状腺腫へと変化する症例があると示唆
研究ではまず、先天性甲状腺機能低下症の原因不明の大家系(5世代13人の患者さんが含まれる)を対象に解析を行い、疾患を引き起こすゲノム異常が存在する候補領域として15番染色体上の約300万塩基対の領域を絞り込みました。そして、この大家系と小規模な原因不明の10家系で候補領域の全ゲノム解析を実施し、8家系に共通するゲノム異常を非コード領域に特定しました。特定されたゲノム異常について989人の患者さん全体で調べたところ14%に観察され、家族歴のある患者さんではその割合は42%に増加し、さらに親子例では75%となっていました。
研究グループは、ゲノム異常を持つ(多くは小児の)患者さんの両親を調査しました。その結果、親子例として先天性甲状腺機能低下症として治療中である場合に加え、腺腫様甲状腺腫と呼ばれる甲状腺疾患が高頻度に見られることがわかりました。このことから、小児期には先天性甲状腺機能低下症で発症し、時間経過とともに腺腫様甲状腺腫へと変化する場合があることを示唆しています。
次に、今回明らかになった非コードゲノム異常について、東北メディカル・メガバンク機構のコホート調査参加者(主に東北地方在住の一般住民)3万8,722人について調べたところ、そのうち3人に認められることがわかりました。そこで、それらの人の凍結保存されていた血液試料を調べたところ、全ての試料でサイログロブリン(甲状腺ホルモンのもととなるタンパク質)の濃度が高く、腺腫様甲状腺腫かその前状態であると推測されました。
以上の結果より、この非コードゲノム異常による甲状腺疾患(先天性甲状腺機能低下症もしくは腺腫様甲状腺腫)の日本における頻度は約1万2,000人に1人であると推測され、日本だけで約1万人の患者さんが存在することが想定され、非コードゲノム異常による遺伝性疾患として知られる中で最も高頻度なものであると示唆されました。
研究グループは、今後、この非コードゲノム異常がどのような分子メカニズムで甲状腺の形状や働きに影響を与えるのか、また患者さんが長期的にどのような臨床経過をたどるかなどを明らかにする研究を計画している、と述べています。(遺伝性疾患プラス編集部)