近年、目覚ましい医療の進展とともに、遺伝性疾患に対する新しい検査や治療法の開発も進み、実際の診療現場で使われるようになりました。選択肢が増え、また、価値観の多様化などにより、かえって患者さんが悩むこともあるようです。
そこで、遺伝性疾患の患者さんやその周囲の方が医療者とのコミュニケーションをよりスムーズに行うために大切な要素としてヘルスリテラシー・共同意思決定(Shared decision making;SDM)・遺伝カウンセリングをピックアップ。聖マリアンナ医科大学病院遺伝診療部 部長(教授)の右田先生と、血友病を専門にされている同大学病院小児科 主任医長(講師)の長江先生、看護師の吉川さんに解説していただきました。
第2回は、治療方針の決定における医療者とのコミュニケーションに注目します。
第1回でも、患者さんと医療者のコミュニケーションが話題にあがりました。コミュニケーションをより良くするための考え方がありましたら、お聞かせください
長江先生 医療の世界では、2010年代頃から共同意思決定(Shared decision making;SDM)の研究が増えてきています1)。遺伝性疾患を含む、さまざまな病気に対する治療を決定する際に用いられる考え方です。SDMは患者さんと医療者(特に医師)が一緒になって治療計画を決めていくプロセスで、治療をより良い方向にもっていく、治療ゴールを達成するために重要な考え方だとされています。
一昔前は、治療を決定するにあたって医師の判断が強い傾向にありました。これをパターナリズム(父権主義)といいます。その後、患者さんの権限を強めたほうが良いとする考えが広まりました〔インフォームド(コンセント/モデル)と呼ばれることがあります〕。ただ、インフォームド・コンセントは判断を患者さんに一任する考え方で、患者さんの責任が重すぎて選びにくいことが懸念されました。パターナリズムとインフォームド・コンセントの間にあるのがSDMで、対等なパートナーに近い形で、話し合いながら治療を決定します。
医師は医学的なアドバイスを含めた治療選択肢を示し、患者さんはその情報をもとに医師と話し合い、お互いが納得いく治療を決める――というプロセスです。
SDMを行うことで、患者さんの治療に対する満足度・納得度が変わりますか?
吉川さん 医師が「病気に対しての、いくつかの治療法を説明します。この薬はこのように作用して…」と丁寧に説明する中で、治療は基本患者さんが選択します。自分で選択をしていますから、満足度・納得度が高まるように思います。
一方で、実際の診療では、治療を決めるのが難しく「先生はどう思われますか?」と質問し、先生の判断に従うことを望む方もいるでしょう。その場合、満足度や納得度は医師との信頼関係になるように思います。「先生を信じて治療してもらう」という関係性が大事だということです。看護師として患者さんと接していて、患者さんと医師との信頼構築がそこまでできていないと感じるときは信頼関係が構築できるようなサポートができたらと考えます。
お互いの信頼関係が大切ということですね
吉川さん そうですね。また、SDMのような話し合いは治療の決定だけで行われるわけではありません。看護師の立場では、血友病のような遺伝性疾患で、たとえば「祖父母へ(遺伝であることについて)どのように伝えるか」、「学校に病名を伝えるべきか」といったことを一緒に話し合い、決めていくことがあります。このようなときも、SDMの考え方に沿った話し合いを行っているように思います。
SDMのポイントや課題はどのような点だとお考えですか?
長江先生 医療者から、患者さんにいろいろなことを無理強いさせてはいけません。今、治療に関する情報量はあふれていますから、患者さんが情報を正しく手に入れるにはそれなりの負担・時間・労力を要します。情報や知識を得ることを無理強いさせることなく、時には医療者から情報をお教えして、患者さんとできるだけ同じ目線で治療選択を行うことが大切ではないでしょうか。
実際の話し合いでは、SDM自体を無理強いすることにも気をつけなければいけません。確かにSDMができれば理想的ですが、先ほど吉川さんもお話されたように「困っていないから現状のままでいい」、「文章を読んでもわからないから、先生が良いものを教えて」とおっしゃる患者さんもいます。それも意思表示のひとつと捉えることもできます。
医療の現状に立ち返ると、SDMを行う上での課題が浮かび上がります。それは、SDMを行うだけの長い診療時間が確保できないことです。SDMの考えに基づいた診療を行いたいという目標はありますが、SDMを真剣に行うのであれば環境整備も必要でしょう。
SDMの考え方を取り入れて信頼関係を構築し、意思決定をしていくことが重要だと思います。
やはり、お互いの信頼関係が礎(いしずえ)になりそうですね。遺伝性疾患における医療者とのコミュニケーションの取り方について、アドバイスをいただけますか?
右田先生 わからないことは、遠慮せずに医療者に聞いてみてください。どうしてもご家族と医療者の間では、お互いの理解や知識に差ができていることがあります。ご家族が心配していること、毎日の生活で困っていることについては、医療者は必ずしも気づいていない場合もありますし、病態や検査結果の背景や解釈について、医療者が充分に説明しきれていないかもしれません。遺伝性疾患の場合でも、SDMの実現のためには患者さんと医療者の知識量を近いレベルにすることが大切です。遺伝にまつわることの多くはご家族にとって内容が難しいと思われるかもしれませんが、私が所属する遺伝診療部では、できるだけ時間を確保して患者さん・周囲の方々の疑問に答えたり、情報をお伝えしたりすることを目指しています。
日常診療、特に外来などで質問をしたり、話し合う時間はなかなか取れないとお感じになることもあると思います。遺伝診療部のような、遺伝性疾患について詳しい診療をしているところがある、専門医療機関の多くに遺伝の専門家がいることを知っていただき、コミュニケーションの選択肢があることを知っていただければと思います。
遺伝性疾患の患者さんやご家族の方々が、治療を受ける診療科や遺伝診療部を受診する際に行っておくと良いことがあったら教えてください
吉川さん 患者さんと接していると「医師の前に行くと、言いたいことを忘れてしまう」と伺うことがありますね。また、「些細なことなんて、忙しい医師や医療者に聞いてはいけない」と思ってしまう患者さんもいます。多くの方も経験されたことがあるのではないでしょうか。
実際は、医師や看護師に何を聞いていただいても構わないと思います。ただ、時間は限られていますから、質問項目を書き留めておくと良いでしょう。医療者が即答できない質問もあると思いますが、書いておくことで患者さんは安心できますし、質問できただけでも「一歩踏み出した」という満足感を感じられるように思います。
右田先生 疾患と長く付き合う必要があると、日常生活や人生において優先順位が高い事柄を選択する必要が出てくると思います。外来の前や、医師などとお話をした後といったタイミングで、疑問に思っていることや、課題、そしてそれにどうしていきたいのか、都度まとめてみると良いでしょう。どんな要望があるのか、疑問や課題を明確にして、どのような選択を考えているのか、そのことを伝えると、医師をはじめとした医療者からアドバイスなどを得やすいと思います。
遺伝診療部で私たちが患者さんと行っていることとして、これから選択しようとしていること、生活のことであったり治療であったりいろいろあると思いますが、それらのメリット/デメリットを表にまとめる作業があります。たとえば、遺伝子検査を受けるメリット/デメリットを医療者と一緒に書き出していくと、ご自身の価値判断を客観的に整理できます。SDMは、選択に関わる必要があります。ご自身にとって何が大事なことか、そのことは重要性や優先度が高いか低いか、その都度考える方法のひとつだと思います。
長江先生 私たち医師は、時間の制約もあるので全ての治療でのメリット/デメリットを説明できないこともあります。診療にかけられる時間に違いはありますが、遺伝診療部で行っている作業は参考になります。また、患者さんが子どもの場合、子どもと大人(保護者)双方のお考えを伺いたいですね。それぞれのご要望を聞いたうえで、納得のいく治療につなげていくことも重要です。
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1) Lu C, Li X, Yang K. Trends in Shared Decision-Making Studies From 2009 to 2018: A Bibliometric Analysis. Front Public Health. 2019;7:384.
提供:ファイザー株式会社
2024年11月作成
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