小児患者さんが治療へ前向きに取り組むお手伝い―『ファシリティドッグ』とは?

遺伝性疾患プラス編集部

病院で活動するための専門的なトレーニングをつんだ、『ファシリティドッグ』と呼ばれる犬をご存知ですか?このファシリティドッグと、犬を扱う専門職『ハンドラー』の研修を修了した医療従事者が、入院中の小児患者さんとそのご家族を支える動物介在療法が『ファシリティドッグ・プログラム』です。

小児患者さんたちは、日々、身体的にも精神的にも負担がかかる検査や治療と向き合っています。また、そうしたお子さんたちを支えるご家族にとっても、その負担の大きさは計り知れません。そんな小児患者さんたちやご家族に寄り添いサポートし、治療に対して前向きに取り組むためのお手伝いをするのが、今回ご紹介するファシリティドッグとハンドラーです。今回は、ファシリティドッグ・ハンドラーとして国立成育医療研究センターで活躍中の権守礼美(ごんのかみあやみ)さん(小児看護専門看護師)にお話をお伺いしました。

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ハンドラーの権守礼美さんと、ファシリティドッグのマサ

国立成育医療研究センターのファシリティドッグ「マサ」

権守さんとペアを組んでいる「マサ」のプロフィールについて、教えてください。

マサは、ラブラドール・レトリーバーの男の子。誕生日は、2019年3月7日生まれで、オーストラリア出身です。

マサという名前は、国立成育医療研究センター固形腫瘍専門医長を務めておられた熊谷昌明(くまがい まさあき)先生の名前が由来です。熊谷先生は、ファシリティドッグの運営をする認定NPO法人シャイン・オン・キッズの設立者のお子さんの主治医だったこともあり、シャイン・オン・キッズ設立にも深く関わられました。先生は2012年に亡くなられましたが、マサを語るには欠かせない存在なんです。

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「マサ」という名前は、熊谷昌明先生の名前が由来

看護師を目指した原点に立ち返り、ファシリティドッグ・ハンドラーの道へ

権守さんが小児看護専門看護師を目指された理由について、教えてください。

もともと、「障がいを抱えながらも頑張っているお子さんとご家族に寄り添い続けたい」という思いが自分の中にあったことが大きかったと思います。看護師として働く前の学生時代から、障がいがあるお子さんの水泳ボランティアなども行っていました。そこから小児専門病院の看護師として働くようになりました。

看護師としての最初の配属は循環器科で、先天性心疾患のお子さんやご家族と多くかかわる機会がありました。看護師として経験を重ねるにつれて、お子さんの成長、ご家族の頑張りを傍で見守りながら仕事をすることにやりがいを感じるようになり、小児看護専門看護師を目指すことを決めたんです。

また、医療の進歩により、お子さんやご家族の抱える悩みも多様化しています。例えば、最近では、出生前診断などの発展により、生まれる前からお子さんの病気がわかることも多くなってきました。そのため、以前よりも治療できる機会が増えた一方で、診断を受けたことで苦しみを感じるご家族も増えていると感じています。看護師として、そういった部分のサポートできるようにと考えると、小児看護専門看護師への道が自然と見えてきました。

ファシリティドッグ・ハンドラーを目指されたのは、なぜですか?

病気や障がいを抱えながら頑張っている子どもたちに、楽しみや癒しの場を作りたいと思ったからです。これは、コロナ禍をきっかけに、自分が看護師を目指した原点に立ち返る機会があり、気付くことができました。

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「病気や障がいを抱えながら頑張っている子どもたちに、楽しみや癒しの場を作りたい」と、権守さん

もちろん、小児看護専門看護師としても、やりがいを持って仕事をしていました。ただ、改めて「看護師として、自分が目指したいこと」を見つめ直してみた時に、学生時代に障がいがあるお子さんの水泳ボランティアをやっていた時のことを思い出したんです。お子さんたちの持つ力を引き出すための場づくりをしたいと思い、思い浮かんだのが、ファシリティドッグ・ハンドラーという仕事でした。

そうだったんですね。ファシリティドッグ・ハンドラーという仕事は、どうやって知りましたか?

実は、初代ファシリティドッグ「ベイリー」とハンドラーの森田優子と一緒に働いていた経験があるんです。治療に対して消極的だったお子さんたちが「ベイリーがいるから、頑張れる」と言って、前向きに取り組む姿を目の当たりにしていました。そのため、当時から「素晴らしい仕事だな」と感じていたんです。

ファシリティドッグがいてくれることで、入院生活を送るお子さんに楽しみや安らぎの時間が生まれます。また、つらい治療や検査であっても、ファシリティドッグが一緒なら「頑張ろう」と思えるのだと思います。

こんな風にファシリティドッグ・ハンドラーのことを考えていた所に、たまたま募集がかかり、迷わず応募を決意しました。

マサの存在、子どもたちが治療と向き合う原動力に

現在、マサは、主にどのような場面で活躍されていますか?

現在は、小児がん、心臓病など重い病気と闘う子どもたちを中心に、触れ合いの時間を設けています。具体的には、リハビリもかねて一緒に散歩したり、検査や処置の部屋まで一緒について行ったりするなど、さまざまなサポートを行います。

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さまざまなサポートを行うマサ

また、お子さんが苦手なものをマサがやってみせることで、応援するということもしています。例えば、治療に必要な薬を飲めないお子さんがいたら、マサが隣でサプリ(※マサが、日頃から飲んでいるもの)を目の前で飲んで見せて、薬を飲む応援をします。その他にも、入浴が苦手なお子さんがいたら、マサが家でお風呂に入っている様子を動画にして病院で見てもらったり、歯磨きが苦手なお子さんがいたら、マサの歯磨きする姿を見てもらったりします。お子さんたちは「マサがやるなら、一緒に頑張る」という気持ちになってくれるので、本当にマサの力は大きいなと思いますね。

マサとの関わりにより、小児患者さん・ご家族にはどのような変化がありましたか?

マサは7月に就任式を終えたばかりなのですが、早速、お子さんたちに良い影響を与えてくれています。

例えば、小児がんの治療中で、治療の副作用の影響もあり、立ったり、歩いたりということが、なかなかできなくなっていたお子さんがいたんですね。いろいろな職種の人がサポートに入っていたのですが、座ってばかりいました。それなのに、マサを見かけた途端「わんちゃんだ!」と喜んでくれて、それだけで、すっと、ベッドの上でつかまり立ちをしてくれたんです。それをきっかけにマサが介入し、そのお子さんは徐々に歩けるようになりました。マサとの触れ合いが良い刺激になったと感じた事例ですね。

また、ご家族からも「マサがいてくれたおかげで、頑張ることができました」と退院の時に言ってくださったこともありました。あるご家族は、お子さんが旅立つ前にマサも含めて家族写真を撮りました。病院のベッドの上だったのですが、お家にいる時のように、ご家族で川の字に寝そべって写真を撮影したんです。この写真撮影は、最後までご家族の心の支えになっていたようで、撮ったお写真を棺に入れてお子さんを送り出したと伺っています。改めて、マサの存在の大きさを実感した出来事でした。

マサがいてくれることで、さまざまな変化が現れているんですね。

そうですね。マサがいてくれることで、お子さんやそのご家族は、何とかその日の治療を頑張ることができたり、治療のつらさを少しでも忘れられる時間を持てたり、ということができているのだと思います。

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マサがいてくれることで、治療のつらさを少しでも忘れられる時間を持てる

「病院という環境の中で、お子さんとご家族が望み、思い描くような人生にいかに近づけられるか」。これは、私の看護師としての目標の1つでもあります。そして、マサと一緒に活動することで、少しずつこの目標に近づいていければと考えています。

マサは尊敬するパートナーであり、家族のような存在

権守さんにとって、マサはどのような存在ですか?

マサは、わが子のような存在であり、尊敬するパートナーでもあり、大切な存在です。

実は、マサと初めて会った時から、ビビっときていたんです(笑)。「あ、この子がパートナーになるかも」と。不思議な話なのですが、直感でわかったんですよね。

権守さんとマサは、運命的な出会いをされたんですね!

そうなんです。私は、看護師としては長く経験を積んでいますが、ファシリティドッグ・ハンドラーとしてはこれからだったので、その不安がマサに伝わっていたのかもしれませんね。最初から、マサは私のことを「大丈夫?」と心配そうに見てくれて、私に合わせながら、リードしてくれていました。

だから、マサと一緒に活動することが決まった時は、とてもうれしかったです。マサは大きな力を持った子なので、その力を存分に発揮できるようサポートし、これからもパートナーとして共に活動していきます。

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権守さんとマサの活動は、これからも続く

7月に就任式を終え、8月からフルタイム勤務に移行したばかりのマサ。今回は、まさに活動が始まったばかりのタイミングでしたが、権守さんは、快く取材にご協力くださいました。

取材を通じて、マサがいることでの小児患者さんたちの変化を具体的に知り、改めて、ファシリティドッグ・プログラムの可能性を感じています。

そして、このファシリティドッグ・プログラムを実施するためには、さまざまな費用が必要になります。その費用は、年間で約1000万円なのだとか。そんな中、国立成育医療研究センターでは、小児患者さんやそのご家族のために、今回、ファシリティドッグの導入を決めました。その運営は、皆さまからの寄付で成り立っているということも、最後に知って頂ければと思います。詳しい情報は、国立成育医療研究センターのページをご覧ください。(遺伝性疾患プラス編集部)

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