神経筋疾患などの症状から、食べ物を口の中でかみ、飲み込む一連の動作をうまくできない摂食嚥下(せっしょくえんげ)障害。無理して食べると誤嚥(ごえん)を起こすことがあり、肺炎や窒息などの原因にもなることもあります。そのため、患者さんが食べやすい食物の形態にする対応(例:とろみをつける、ミキサーでペースト状や液体状にする)をとり、食事をとることが必要になります。
今回ご紹介するのは、このような食事支援が必要なお子さんとご家族のためのコミュニティ「スナック都ろ美」。ご自身もまた、摂食嚥下障害を持つお子さんと向き合っている加藤さくらさん(以下、さくらママ)と永峰玲子さん(以下、れいこママ)が始めた活動です。現在は、一般社団法人mogmog engine(もぐもぐ エンジン)として運営を行っています。当事者支援のコミュニティ活動はもちろん、株式会社オリィ研究所が運営する『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』の食のバリアフリー監修を行ったり、企業の製品開発に関わったりするなど、摂食嚥下障害に関わるさまざまな活動を行っています。今回は、さくらママとれいこママに活動についてお話を伺いました。
みんながふらっと気軽に立ち寄れる、悩み事などを気軽に吐き出す場をつくりたい
活動を始めたきっかけについて、教えてください。
きっかけは、2019年8月に東京都の特別支援学校で開催された『特別支援学校の特別おもしろ祭』というイベントでした。このイベントで、嚥下機能の有無に関わらずみんなで一緒においしく食べられるインクルーシブフードを「おもしろい食」として発信することを決めました。とろみつき飲料や、ミキサーにかけた食事など、さまざまなインクルーシブフードを皆さんに試して頂くことに加えて「何か工夫できることはないか?」と考えた時、ヒントを得たのが、スナックでした。気軽に立ち寄ることができ、実際にインクルーシブフードを食べてもらいながら、皆さんのお悩みや愚痴をママが聞く場としてスナック都ろ美が誕生したんです。
実際に活動してみると、私たちが想像していた以上にポジティブなコメントを頂きました。「またやって欲しい」「活動を続けてほしい」という声を頂き、スナック都ろ美の活動を本格的に始めました。当初は日本財団の助成金を受けて、NPO法人 D-SHiPS32の中のファミリーサポートという部門で始まり、2022年4月には一般社団法人mogmog engineを立ち上げて活動しています。
皆さんからの声を受けて、本格的な活動が始まったんですね。それだけ必要とされていたということでしょうか?
そうですね。お子さんの食に対して真剣に向き合っているお母さんたちは、とても多いです。でも、お子さんの摂食嚥下障害について気軽に相談できる場は、今の社会にほとんどありません。もちろん医療従事者へ相談することもできますが、通院の時などその機会は限られます。一方、食は毎日続くものなので、日々、さまざまな悩み事が積み重なっていくんですね。そういった背景もあり、日々、食への悩み事を気軽に相談できる場が必要とされていたのだと感じています。
お悩み相談といっても、私たちは眉間にしわを寄せて悩んでいるような場ではなく、気軽にみんなと話せる、明るい雰囲気で相談できるような場を大切にしています。例えば、会員の皆さんを「常連さん」、食事の支援に賛同・支援してくださる企業さんを「パトロン」といった呼び方をしています。…といっても、私たちは、実際のスナックを知らないので、全て「スナックだと、こんな感じかな?」と、イメージを膨らませながら活動しているんですよ(笑)。
日々の食のお悩み、みんなで気軽に話せる場
常連さんたちは、普段どのようにコミュニケーションを取っているんですか?
毎日のコミュニケーションは、基本的にLINEのオープンチャット機能を使って話しています。例えば、「〇〇って、とろみがつきにくいんだけど皆どうしてる? 」というお悩み相談の投稿があれば、皆が工夫しているさまざまな情報を投稿していきます。気になった時にすぐ相談できて、しかも投稿に気付いた人たちが順次回答してくれるので、皆さん、安心して使って頂いている様子です。
その他にも、LINEのオープンチャットでは「最近、〇〇っていう商品がおススメだよ」という最新情報の共有から、「今日はこんなお弁当を作りました!」といった日常の一コマの共有、ちょっとした愚痴まで、本当にさまざまな会話をしています。
まさに、気軽に参加できる雰囲気ですね。常連さんたちからは、どういった声が届いていますか?
「(悩みを相談しやすいので)心理的な負担が減った」「心に余裕ができたので、食に対して楽しく取り組めるようになった」「子どもの食べる量が少しずつ増えてきて、うれしい」など、さまざまな声が寄せられています。常連さんたちみんなのおかげで、こういったやりとりができていると感じています。
あとは、「自分たちの経験が誰かの役に立つこと」がモチベーションになるという声も頂きます。お子さんの病気や障がいと向き合う日々は、決して簡単なものではありません。でも、そういった経験を積み重ねてきたからこそ、同じ摂食嚥下障害のお子さんを持つご家族たちのお悩みの解決や、企業の商品開発につながる機会が得られるのかなと感じています。
その他の交流活動についても、教えてください。
コロナ禍になり、現在はオンライン中心に活動しています。日本全国、また、海外在住の方も活動に参加されていますよ。
スナック都ろ美の主な営業は、月2~3回くらいです。時間帯によってさまざまなものがあり、まずは昼のスナック都ろ美です。お子さんが学校に行っている時間帯なので、皆さんリラックスしてお茶を飲みながら参加されています。昼は企業の方をお呼びして、新商品の紹介を行う時もあります。企業側も「当事者の生の声を聞きたい」と考えられており、こういった場を提供させて頂いています。
続いては、夜のスナック都ろ美です。こちらは21~22時くらいの夜の時間帯で開催しています。皆さん、だいたいお家のことが一段落した時間帯なので、お酒を飲みながら、楽しく話していますね。昼の時間帯では少し話しづらいような、お子さんの「性」「排泄介助」に関わるような相談も、よく出ている印象です。先輩ご家族の経験や知恵を聞きながら、皆で楽しく話しています。
その他、「バーチャル大家族」という取り組みも行っています。これは、夕食時にそれぞれの食卓からオンラインでつながり、皆で一緒に食事をするイベントです。まるで大家族で食卓を囲んでいるような雰囲気になり、毎回盛り上がっています。皆さんのリアルな食事を共有するので、食に関するヒントも得られているみたいですね。普段は食事に2~3時間かかるようなお子さんでも、バーチャル大家族で皆と食べると楽しくて「早く食べ終わってくれた!」という場合もあるようです。
外食のハードルの高さ、当事者と社会の間にある溝を埋めたい
常連さんからは、特にどのようなお悩みが多く寄せられますか?
お悩みの8割は、外食先での困り事です。バリアフリーに対応していないお店が多いという現状があるからです。実際にお店に行っても、摂食嚥下障害のお子さんが食べられるようなメニューがない場合がほとんどなので、そこでの対処法について皆さん悩まれています。特に、常連さんのお子さんは、学齢期のお子さんがほとんどです。この年代のお子さんは、当たり前のようにお出かけして、外食して…という時期だと思いますが、私たちの場合は、なかなか同じようにはいきません。
外食時、お店のメニューで食べられるものがない場合は、注文した食事を食べさせるために加工するなどの対応が必要になります。例えば、ミキサーにかけるなど道具が必要な場合は、そういった道具を持っていかないといけませんし、さらに使い終わった後に道具を洗う必要があり…など、必要なことを挙げればきりがありません。また、周りの目が気になったり、お店の人から心無い言葉をかけられたりして、嫌な思いをしてお店を後にしたというお話も伺います。その他にも、きょうだい児がいるご家族で、外食時になかなかお店側の理解を得られず、きょうだい児とお父さんだけお店で、嚥下障害を持つお子さんとお母さんだけ家に帰って食事したケースなど、さまざまな声を伺っています。
外食したくてもできない、という状況なんですね。
そうですね。でも、これは決してお店側に原因があるという話ではありません。社会の中で、摂食嚥下障害に対する理解が進んでいないことが原因だと思います。お店側も、決して好きで断っているわけではありません。曖昧な対応を取って、万が一健康に関わる事態が生じた場合などを考え、どう対応するのか困っているのだと感じます。だからこそ、当事者以外の方々にも、摂食嚥下障害のことを知って頂き、インクルーシブフードの理解を広めることが必要だと感じています。
当事者と社会の間にある溝を埋めるために、私たちはこれからも活動を続けていきたいです。
実際に外食する場合は、どのような準備をされるのでしょうか?
れいこママの場合だと、写真※のような準備をして外食します(※以下の写真)。
こんな風に、外食時は必要なものが多いので、どんどん荷物は増えます。例えば、「もし、外食したいと思ったお店で食べられなかった時は、これを食べよう」「突然の災害で帰れなくなった時のために、備蓄品を持ち歩こう」など…とにかく必要な荷物は多くなります。むしろ、用意している段階で疲れ果ててしまう時もありますね(笑)。
このような状況なので、正直に言うと1回1回のお出かけがプレッシャーに感じることもあります。でも、もしインクルーシブフードに対する理解が少しでも社会で広まってくれたら、当事者のこういった負担も少しずつ減っていくのではないのでしょうか。具体的には、お店側にミキサーが常時置いてあって、使いたい時に貸してくれるなど、本当にちょっとしたことで良いんです。それだけで、当事者側の気持ちも少し楽になるのかなと思います。
歯科医師監修インクルーシブフードの商品開発も
インクルーシブフードの商品開発の活動は、どういったものが進んでいますか?
企業さんとの商品開発の他、現在は、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯学専攻老化制御学講座摂食嚥下リハビリテーション学分野教授の戸原玄先生監修のインクルーシブフードの開発を進めています。嚥下障害のお子さんだけでなく、一般の方にもインクルーシブフードを気軽に楽しんで頂けるような取り組みとして、進めています。
当事者やご家族が日常生活を楽しめるようになることはもちろん、嚥下障害の有無に関わらず、みんなで同じものを「美味しい」と共有する喜びを増やしたいと考えています。例えば、ご家族で外食した時にメニューの中で「これ食べたい!」と言ったものがそのまま出てきて、そのまま食べられるような日常をつくりたいですね。皆と同じもの食べられるということも、食を楽しむモチベーションの一つなのかなと思うからです。
こういったインクルーシブフードの概念も、より多くの方々に知ってもらいたいですね。ゆくゆくは、コンビニスイーツなどの形で、皆さんに楽しんで頂けるような商品開発につなげていきたいです。
戸原玄先生監修のインクルーシブフード、楽しみですね!
年内には何かしらの形になる予定なので、また具体的なことが決まってきたらお知らせします。
その他、「アカデミックトロミ」という活動も行っています。戸原玄先生といったサポーターの先生方に、アカデミック(学問的)な情報をわかりやすく発信頂くセミナーなど、コンテンツへのご協力を頂いています。気になる方は、ぜひチェックしてみてください。
食を楽しむことは、生きるための原動力
今後の目標について、教えてください。
大きな目標は、「世界平和」です。インクルーシブフードの普及を通じて、日本だけでなく、海外にも視野を広げて活動していけたらと考えています。病気や障がいを理由に食への支援を必要とするお子さんたちは、日本だけでなく世界中にいます。そういったお子さんたちを、食を通じて笑顔にしたいというのが私たちの大きな夢ですね。
また、食への支援が必要なのは決してお子さんだけではありません。ほかにも高齢者、さまざまな病気の当事者など、摂食嚥下障害と向き合う方々がいます。だから、摂食嚥下障害のことを今は自分事として捉えることが難しい方も、「いつか」の時に備えて、少しでも何か興味を持ってもらえたらうれしいですね。そして、嚥下障害の「え」の字でも踏み入れることがあったら、いつでも私たちの活動に参加して頂けたらと思います。
遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。
活動を通じて思うことは、当事者やご家族が孤独を感じる状況を少しでも減らしたいということです。日々、自分やお子さんの病気や障がいと向き合っていると、「何で自分だけ、こうなってしまったんだろう…」と、孤独を感じる時もあるのではないでしょうか。だけど、実は同じような悩みを抱えている当事者は他にもいますし、決して一人ではないことを知って頂きたいです。もし落ち込むことがあっても、誰かとつながっていることで、落ち込みからの回復が少し早まるかもしれません。摂食嚥下障害のことであれば、ぜひスナック都ろ美を活用してみてくださいね。
もしかすると、真面目なお母さんほど「〇〇しなくちゃ」と考えて苦しんだり、上手くいかない時にご自身を責めたりすることもあるかもしれません。だからこそ、もし欲しい情報があったら気軽に「知ってる?」と聞いてほしいですし、皆さんとの何気ない会話の中で息抜きして欲しいなと思います。
食を楽しむことは、生きるための原動力=エンジンにつながると思います。一般社団法人mogmog engine(もぐもぐ エンジン)という名前も、そういった思いを込めてつけました。これからも、食事支援が必要な当事者やそのご家族と一緒に、食を楽しむ気持ちを忘れずに活動していきます。
さくらママとれいこママがいる場は、明るく、和やかで、今回も終始楽しくお話を伺うことができました。スナック都ろ美の活動が、多くの当事者・ご家族から支持されている理由が、その雰囲気からも伝わってきたように感じています。
スナック都ろ美には、お二人に加えて、さまざまな“コアママ”がいますし、多くの常連さんたちがいます。食事支援が必要な当事者・ご家族の方は、ふらっと気軽にスナック都ろ美に立ち寄ってみてはいかがでしょうか?(遺伝性疾患プラス編集部)