脊髄性筋萎縮症(SMA)当事者の「こころ」と「からだ」を考える

遺伝性疾患プラス編集部

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神戸学院大学総合リハビリテーション学部作業療法学科教授 西尾久英先生

脊髄性筋萎縮症(SMA)は、運動に重要な細胞の遺伝子の変化により、手足の筋力低下が生じる遺伝性疾患です。近年、治療薬が相次いで開発され、早期に治療を受けた患者さんでは、SMAでないお子さんと変わらない運動機能をもつ例も出てきています。今後は、SMAを持ちながら健康で、社会参加し、自立して生活を送る患者さんが増えてくることも期待されます。神戸学院大学総合リハビリテーション学部作業療法学科教授の西尾久英先生に、SMA当事者の「こころ」と「からだ」についてお話をうかがいました。

同じSMA当事者であっても、年齢や考え方で患者層は分かれる

SMA当事者はご自身の病気について、いつごろ理解されているのでしょうか?

乳幼児期にすでに発症している患者さん(SMA I型、II型)は、体が不自由であることを受容していることが多いように思います。幼い患者さんは、体のことがあまりよくわからなくて、無邪気にしていることが可能だということかも知れません。患者さんのご家族のほうが、悩みが深いかもしれません。

学童期以降に発症した患者さん、正確には、SMAを疑って受診した患者さんは、かなり深刻に悩んでおられたように思います。患者さんには体を動かしにくくなったという自覚があり、それが将来への不安をかきたてるからだと思います。

乳幼児期にすでに発症していた患者さんであっても、年齢がすすみ、小学校高学年、中学校になってくると、将来への不安もあるのだけれど、悩んでも仕方ないし、というような精神的な葛藤が始まるようです。

SMA当事者のご家族へ、こころの持ちようなど、何か先生がお伝えしていることはありますか?

SMAの赤ちゃん、特に生後1か月以内の赤ちゃんの保護者の方には、「早期に治療開始すれば、少し遅れるかもしれないけど、歩けるようになる可能性がある」といった話ができるのですが、発症後何年も時間が経過している患者さん、成人の患者さんやご家族に対しては、治療薬による大きな運動機能の改善は多く期待できないため同じことは言えません。運動機能の予後についてお話しする内容は、患者さんごとに異なります。

SMAは、やはり深刻な病気です。どのように説明しても、保護者の方々の葛藤は大きくなるばかりだろうなあと思ってしまいます。ですから、保護者の心のケアの問題は、非常に難しいと思います。

私の場合、「この親御さんの悲しみをわかっていないのに、軽々しくしゃべってはいけない」との思いから「ただ、保護者の方々のお話をじっと聞かせていただいている」だけのことが多いです。しかし、このようにじっとお話を聞くだけのつもりでいても、やはり私の心が反応してしまって、それが態度に出ているかも知れない、とも思っています。

成人の患者さんの中には、「SMAとともに生きていく」「SMAであっても健康だ」と考えていらっしゃる方もおられます。私自身も、しばしば、このような患者さんから勇気をもらっています。

成人期の患者さんと、結婚・妊娠に関して話したこと

成人のSMA患者さんにとって、恋愛や結婚、妊娠などはどのようにとらえられているのでしょうか?

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長くSMAの診療に携わってきたのですが、最近まで、結婚、妊娠に関することで、SMA患者さんと話し合うことはありませんでした。

私自身が「SMAの患者さんにとって、結婚、妊娠は難しいだろうな」と考えていたので、そのことを話題にするのを避けていたところがあります。結婚、妊娠をわざわざ話題にして、SMA患者さんに悲しい思いをさせたくなかったからです。

最近、「エブリスディ」という薬剤の副作用(※)のことを説明しなければならなくなって、やっと、SMAの患者さんと、結婚、妊娠に関して話すことができました。若い男性患者さんに、「エブリスディ」の服用によって妊孕性が低下する可能性があること、妊娠を望むときは休薬が必要であることをお話ししたときのことです。

私は、内心、患者さんにとって、これは不愉快な話だったのではないかと心配していました。しかし、彼は、この話を喜んでくれていたのです。私は驚きました。彼にとって、私が「彼が将来結婚すること、子どもを作ること」を前提にして、薬の副作用を説明したことがうれしかったのです。

SMAの患者さんも、障害のない人と同じように結婚し、家族を持つことを望んでおられるのです。患者さんのお父さん、お母さんについても、やがて孫をもち、おじいちゃん、おばあちゃんになりたいものだと思っておられるかも知れません。私自身、常々、患者さんやご家族の気持ちを理解するように努めてきたつもりだったのですが、まだまだ、きちんと理解しているわけではなかったなあと反省した次第です。


※「エブリスディ」について、生殖能を有する男性患者さんに投与した場合の妊娠への影響として、医療者は次のように指導するよう、添付文書に書かれています。「パートナーが妊娠する可能性のある男性はパートナーの妊娠を希望する場合は休薬するよう指導してください。エブリスディ投与中およびエブリスディの最終投与後または休薬後の一定期間(少なくとも4カ月間)、適切な避妊を行うよう指導してください」

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西尾久英先生

西尾久英先生

神戸学院大学総合リハビリテーション学部作業療法学科教授。医学博士。1980年神戸大学医学部医学科卒業、1986年同大医学研究科内科系博士課程修了。同年から兵庫中央病院小児科、その後、神戸大学医学部小児科学教室助手、同大大学院医学系研究科環境医学分野助教授、同大医学研究科疫学分野教授などを経て、2018年より現職。日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医・指導医、日本小児神経学会専門医、日本小児科学会専門医。