脊髄性筋萎縮症(SMA)は、運動神経の遺伝子の変化が原因で、手足の筋力低下が起こる進行性の遺伝性疾患です。しかし、手足の筋力低下があっても、リハビリテーションによって運動機能を維持・改善することが可能になります。関節の曲げ伸ばしがうまくできなくなる「関節拘縮」も予防できます。そこで、神戸学院大学総合リハビリテーション学部作業療法学科教授の西尾久英先生に、就学を見据えたリハビリテーションについてお話をうかがいました。
残存筋力、拘縮具合は患者さんそれぞれ、リハビリテーションもそれぞれ
SMA当事者のリハビリテーションに関して特徴的なことはありますか?
まず、リハビリテーションは、1人ひとりの患者さんの状態、必要としていることに合わせて行うことが大前提です。SMAの患者さんは、同じ病型、同じ年齢であっても、体形も、筋肉の力も、関節の可動域も1人ひとりで異なります。ですから、その人にピッタリのリハビリテーションの方法を探す必要があるのです。この辺りのことは、アスリートのトレーニングとよく似ていますね。
アスリートがトレーニングをするとき、やはり自分の体にピッタリの方法を探されます。トレーナーの人たちも、アスリートの能力をもっと高めたいと思うので、その人にふさわしいメニューを作ろうとされます。リハビリテーションも同じように考えるのです。理学療法士や作業療法士の先生方は、目の前にいる患者さんの機能を維持・改善するために、あるいは関節拘縮が進むのを予防するために、この患者さんにピッタリのメニューを作ろうとされます。
もう少し具体的なお話をします。SMAII型で、お座りができる患者さん同士であっても、前腕(肘から手まで)あるいは指先の関節拘縮の具合はそれぞれです。私たちは、スプーンを使う場合は、指の関節をうまく使ってスプーンを保持し、前腕を内側/外側にまわし、腕を上下に動かせるから、食べ物をうまくすくって食べることができます。SMAII型の患者さんで、普通の人と同じようにスプーンを使える患者さんがいる一方、この一連の動きができない患者さんもいます。
この場合、前腕をまわすという動きができない患者さんもいますし、手関節、指関節の拘縮が進み、変形した状態で手がかたまってしまい、スプーンが持てない患者さんもいます。さらには、腕を曲げることはできるけれども、腕を上げることはできない患者さんもいます。腕を上げられなくても、首や上半身を動かして、口をスプーンの方に持っていくことができる患者さんもいますし、それもできない患者さんもいます。
このような患者さんのリハビリテーションは、理学療法士の先生が担当することもあれば、作業療法士の先生が担当することもあります。理学療法士や作業療法士の先生方は、患者さん一人ひとりについて、動く体の部分を生かし、どのようにしたらうまく食べることができるか、あるいはしっかりとした字を書くことができるか、などを考えながらリハビリテーションのメニューを作成し、それを実行します。
さらに、理学療法士や作業療法士の先生方は、患者さんのお父さん、お母さんのことも考えます。お父さん、お母さんのご協力を得て、在宅でもできるようなメニューでなければならないからです。
ご質問は、「SMA当事者のリハビリテーションに関して特徴的なことはありますか?」ということでしたね。SMAのリハビリテーションは、理学療法士や作業療法士の先生方が患者さんの身体上の問題点、あるいはそのご家族の状況を理解して、メニューを組み立てるというところから始まるのだと思います。
学校と言えば、友達、勉強、トイレ
就学を見据えた場合、どのようなことに注意するのが良いと先生は思われますか?
就学を見据えて考えなければならないのは、まず、お子さんが友達とうまくやっていけるかどうか、次に、うまく勉強ができるか、そして、トイレの介助をどのようにお願いしたらよいのか、という3点にまとめられるかと思います。そして、中でも、一番難しいのがトイレの問題だと思っています。
友達と遊ぶためには「電動車いす」
学校での移動に欠かせない車いすについて、準備しておくことはありますか?
私は、早い時期から、小学校にあがる以前から、電動車いすに慣れておくのが良いのではないかと思っています。電動車いすに慣れておくと、周囲の子どもたちと同じように移動でき、一緒に遊ぶことができます。小児患者さんにとって、同世代の子どもたちとのコミュニケーションは重要です。
私自身は、未就学のうちから、電動車いすを操作できるようになっておくことが理想と考えますが、一方で、現実には、自治体によっては未就学児の電動車いすの使用は、安全面の問題で認められていないところもあるようです。
勉強に必要な「筆記用具」
筆記用具の使い方のことで、考えておくことはありますか?
姿勢を維持したり、お座りしたり、歩いたりすることを粗大運動と言います。SMAの病型についてお話しするときは、この粗大運動に関する残存能力で分類されています。
先ほど、食事の際のスプーンのことをお話ししました。この時の前腕、手関節、指先の運動のことを微細運動と言います。学校では、勉強、給食のことを考えると、この微細運動の残存能力が非常に重要です。勉強では、筆記用具をうまく使えるかどうかが問われ、クレヨンやエンピツを使ってものを書いたり、楽器を演奏したりすることができるかどうかが大事でしょう。また、給食の場面では、スプーンやお箸、コップを持つことができるかどうかが大事でしょう。
すでに拘縮がある場合、患者さんが独特のクレヨンやエンピツの持ち方をしていても、私自身は「それは、やむをえないことだ」と考えています。独特のクレヨンやエンピツの持ち方でも良いから、患者さんが筆記用具になじんでいることが重要です。また、患者さんが素早く手を動かせないこと、あるいは筆圧が弱いことに配慮して、iPad等のタブレットの使用を認めている小学校もあります。
しかし、これらのことは、「拘縮予防あるいは改善を目指す必要はない」「前腕、手関節、指先のリハビリテーションをしなくても良い」というわけではありません。ここは、作業療法士の先生の出番です。作業療法士の先生から、手関節や指先のリハビリテーション、あるいは自助具についてアドバイスを得ることができます。
具体的なリハビリテーションや、その際に使用する道具の準備などについては、治療薬を開発している製薬企業や「SMA (脊髄性筋萎縮症)家族の会」のウェブサイト等にも情報があります。これらも大いに参考になさってください。
学校生活で大事な「トイレ」
SMA当事者の就学や通園に関して、ご家族が直面された大変だったことで、お話いただけることがあれば教えてください。
就学準備の1つは「学校のトイレ」対策です。何人ものお母さんからお聞きしたのは、どのお母さんも、お子さんの就学前に、教室(1階にあるかどうか)やトイレの場所等について、学校の先生とよく話し合われたそうです。どのお母さんも、トイレの介助等は、特別支援学級の先生たちはじめ、職員の人たちが良くしてくださったと感謝しておられました。
しかし、実は、トイレの問題は「就学前に解決されて良かった」「先生や職員の人たちが良くしてくださった」だけではすまない問題をはらんでいます。一つは、患者さん、患者さんのお父さん、お母さんが周囲に気兼ねをしながら何年も過ごさなければならないという点です。小学校は6年もありますし、実際のところは、いつも親切な人に出会うとは限りません。もう一つは、患者さんも、友達も、小学校高学年で思春期を迎えるという点です。前者は、非常に微妙な人間関係の問題に発展しますし、後者は、患者さんのプライバシー侵害の問題に連結します。このあたりのことは、成人した患者さんが話してくださいました。
就学前にはいろいろ準備することがあり、さまざまな解決策があるかと思います。しかし、就学後も悩みは続きます。学校の先生にも相談しにくい悩みも出てくるかと思います。そんな時は、患者会(「SMA家族の会」)で相談なさったり、当事者のご家族同士でのコミュニケーションの中から役に立つ情報を得たりしていただくのが良いかと思います。