病気や障がいを理由にパソコンやスマホを諦めないで、NPO法人ICT救助隊

遺伝性疾患プラス編集部

遺伝性疾患プラスの読者である遺伝性疾患の当事者・ご家族の中には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経・筋疾患の症状と日々向き合っておられる方々がいらっしゃいます。症状の進行に伴い体が思うように動かなくなると、「パソコンやスマートフォンを使えなくなるのではないか?」と思われるかもしれません。また、その結果、「周りの人とコミュニケーションをとりにくくなる?」「仕事や学業に支障が出るのでは?」と不安に感じることはないでしょうか。

そこで、今回ご紹介するのは、NPO法人ICT救助隊です。病気や障がいがある方向けに、これまで通りパソコンやスマートフォンを使えるように支援。当事者のコミュニケーションを円滑にする支援活動を行っています。当事者やご家族、医療従事者などへの情報提供を目的とした講習会「難病コミュニケーション支援講座」を全国で開催しています。また、機械生産を担う企業の連携や、啓発活動イベント「自分をプレゼン」の開催などの取り組みも。今回は、理事の今井啓二さんに活動について伺いました。

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NPO法人ICT救助隊ウェブサイトより

脳性まひがある当事者、ICT活用でチャレンジする姿を目の当たりに

今井さんが活動を始めたきっかけについて、教えてください。

きっかけは、地元の福祉会館から声をかけてもらったことでした。私の本業は、商店街のお茶屋でした。それまで、福祉に関わる仕事は全くしたことがありませんでした。そんな私になぜ声がかかったかというと、私がいわゆる“パソコンオタク”だからです。当時は1970年代で、パソコン普及率がまだ数パーセントくらいの時代。そんな中でもすでにパソコンを所持していたほど、私は根っからのパソコン好きでした。

最初は、「脳性まひがある方がワープロを買ったものの、うまく使えずに困っている」というお話でした。実際に当事者にお会いすると、何とかキーボードで文字は打てるようになったけど、Shiftキーを押しながら別のボタンを触る操作が難しくて…といった、具体的な状況が見えてきました。そこで、当事者と一緒にその人に合った方法を探していくうちに、ワープロで文章を思い通りに書けるようになりました。このことをきっかけに、当事者が新しいことにチャレンジしていく姿を目の当たりにした私は、初めて「障がいがあるから“かわいそう”では、決してない」と知りました。ワープロを使い、どんどん行動されていく当事者の姿に、大きな影響を受けたと振り返ります。

この方との出会いをきっかけに、福祉会館から定期的に相談していただくようになりました。さまざまな病気・障がいがある方たちのお話を聞く中で、「勉強会を開こう」ということになり、現在の活動につながっていきました。

ALSなどの難病、肢体不自由の当事者を中心にサポートされているのは、なぜですか?

最初は、視覚障害を持つような方々向けの支援も検討していました。ただ、その分野は他にも支援されている団体さんがいらっしゃる印象を受けたんですね。一方で、当時は、立つ・歩くといった動作が難しい肢体不自由がある方々への支援団体は見つけられませんでした。もちろん、作業療法士など医療従事者の方々は支援していらっしゃいますが、手がまわっていない印象を受けて…。当事者支援の手が足りていないのではないかと考えました。幸いにも、私はパソコンや機械を触るのが好きなので、自分にできることがあれば、支援が不足しているところに入っていこうと思いました。

当時から、看護師、作業療法士、理学療法士の方々にお願いして、医療従事者向けの支援勉強会に参加させていただいていました。障がいがある方々が触れる機械は、特殊なものが多いです。この分野でしか使われないような機械で、一般の方々は、恐らく、ほとんど触れることがないでしょう。加えて、ALSをはじめとする難病は患者数が少ないです。また、勉強会に参加する中で、医療従事者側も、機械に触れることや難病の当事者と会う機会が決して多くはないことを知りました。加えて、医療従事者の方々は、転勤などで働く場所が変わることが少なくありません。そのため、機械を通じた支援のノウハウが蓄積されないという課題があります。このように、当事者だけでなく、医療従事者側も困っている現状を知りました。やがて勉強会でつながった医療従事者にも活動にご協力いただけるようになり、ICT救助隊の活動が本格的に始まっていきました。

「難病コミュニケーション講座」や「自分をプレゼン」などの活動

現在の活動内容を教えてください。

当事者やご家族、医療従事者など当事者を支援する立場の方々への情報提供を目的とした講習会「難病コミュニケーション支援講座」を全国で行っています。また、訪問エリアは限られますが、「個別相談」にも対応しています。私が直接伺ったり、地方で活動している仲間につないだりして、お話を伺っています。支援を必要とされている当事者は、病気の種類、症状、重症度などさまざまです。そのため、個別対応が必要なケースも出てきますので、可能な限り、お伺いするようにしています。

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活動ご様子(ICT救助隊ご提供)

その他、機械の生産を担う企業への技術開発支援も行っています。具体的には、開発中の機械を実際に使っていただける当事者を企業側へご紹介することで、より使いやすい機械の開発につなげています。

さらに、病気や障がいがある当事者のことを広く知っていただくための啓発活動「自分をプレゼン」も行っています。

「難病コミュニケーション支援講座」について、詳しく教えてください。

「難病コミュニケーション支援講座」は、パソコンを生産する企業から機械などを支援いただき、長く続けている講座です。パソコンやスマホなど、使える機械が増えることで、当事者の皆さんの社会参加につながっていきます。ただ、この機械に触れる場がほとんどないのが現状です。急にご自身で機械を操作するとなると、ハードルが高いと感じられるのではないでしょうか。ですから、私たちが、昔も今も変わらず大切にしている考え方は「とにかく、機械に触ってみよう」です。それは、当事者やご家族、医療従事者、皆さん一緒です。

私だけで続けることには限界があるので、現在は多くの方々の協力を得て活動しています。機械やシステムは、日々アップデートしていきます。そのため、最新情報をお伝えできるように私たちも日々情報を追いかけています。私の年齢的な部分もあり、若い人たちにどんどん活動に参加していただけるのは本当に助かっています。

ALSをはじめとした神経難病の患者さんたちを支援する団体さんとも、連携しています。当事者の方に対しては、アナログな透明文字盤を用いてコミュニケーション方法を確保した上で、一緒に機械に触っていきます。また、僅かな動きで文字を打てる意思伝達装置という機械も用意しています。こちらも企業側のご協力があり、継続して用意できています。ですので、皆さん安心してご参加いただけたらと思います。

全国各地で講座を開催し続けることは、決して簡単なことではないと思います。継続できているポイントは何でしょうか?

企業からの協力に加えて、その地域で活動を続けてもらえる仲間づくりを心がけています。例えば、地方にお住まいの方々に「勉強会をやりたい」と声をかけていただいた場合、地方にお住まいの方々に主催をお願いします。なぜかというと、今後もその方々がお住まいの地域で活動するきっかけにして欲しいからです。もちろん、私たちが主催として開催することは可能です。しかしその場合、多くは単発のイベントで終わります。そうではなく、地域の自治体の方やさまざまな方々とつながりを持つきっかけとして私たちの活動を使っていただきたいと思っています。

地域によっては、私たちがいつでも伺えるわけではありません。ですから、その地域の要となってくれる仲間をつくり、応援することで、この活動は本当の意味で継続できると考えています。

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活動ご様子(ICT救助隊ご提供)
「自分をプレゼン」の今後の開催予定を教えてください。

2024年の今後の開催は、10月6日(日)に栃木県宇都宮市のライトキューブ宇都宮202会議室(JR宇都宮駅東口直結)と12月14日(土)に東京都港区の明治学院大学白金キャンパス2302教室で開催します。

体はうまく動かすことができないALSや難病の当事者が、スイッチ一つで実際にパソコンやスマートフォンを自由に使っている姿を知っていただきたいです。中には、会社を経営している方、ご自身で本を書いて出版している方、その他にもさまざまな活動を通じて社会参加されている方もいます。ぜひ、当事者のリアルなプレゼンを聞いていただけたらうれしいですね。

「自分もできた!」当事者の声、複数機械貸し出しで自分に合うものを 

活動に参加した当事者から寄せられる声で、特に印象に残っているものを教えてください。

一番うれしいのは、関わっている当事者の方の「うまくできるようになりました!」という声です。病気や症状の種類によって、必要な支援は変わってきます。今、複数の機械の貸し出しを始めており、実際に当事者の方に試していただいたうえでご自身に合うものを見つけていただくようにしています。貸し出し自体は無料で、送料のみ負担をお願いしています。6週間ほど使っていただくと「ぴったりのものが見つかって、自分もできました!」と言っていただけることが多いですね。そういう報告をいただくと「活動を続けてきて、本当に良かった」と、心から思います。

ご家族や医療従事者の声についても教えてください。

機械を貸し出しながら、ずっと関わってきた当事者の方で「よし!この機械でうまくいきそうだ」と思っていた矢先に、急に連絡が途絶えるケースがあります。心配していると、「亡くなりました」とご家族からご連絡をいただくことも。ご家族からは、「亡くなる前、最後に本人とコミュニケーションがとれて良かったです」というお言葉をいただきました。とても悲しく、やるせない思いでいっぱいですが、ご本人が最後まで頑張られていた姿が、目に浮かぶようでした。

医療従事者の方々からは「どこから手をつけていいか全然わからなかったけど、患者さんに良いものが提供できました!」という声をいただいています。皆さん一人ひとりの声が私自身の励みになり、活動を続ける力につながっています。一方、国や自治体の制度に対して歯がゆい思いをすることがあります。上手くいかないこともありますが、まずは目の前にいらっしゃる方々と向き合い、私たちができることを考えていきたいですね。

操作方法を知るだけでコミュニケーションは可能、諦めないで

遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。

ある日突然、病気や障がいを持つことで、きっと「こんなはずじゃなかったのに…」と思われる方は多いと思います。だけど、私は「決して、諦めないで」とお伝えしたいです。病気を理由に、大変なことは多くなると思います。でも、きっと次につながるきっかけがあると思います。病気や障がいに限らず、困難に立ち向かう時、周りには、あなたを助けてくれる人がきっといることを忘れないでください。その困難をご自身だけで抱えるのではなく、私たちを含め、外とのつながりの中で一緒に向き合っていけたらと思います。

繰り返しになりますが、「病気や障がいがあると、パソコンやスマートフォンは使えない」ことは決してありません。ちょっとした操作方法を知るだけで、これまで通りに使い続けることができます。周りの方々と、コミュニケーションをとることができます。だから、決して諦めないでください。


最後に、「活動を続ける原動力って何ですか?」と伺うと、「皆さん、本当にすぐにできるようになるんですよ。その姿を見るのが、うれしくて。既製品でうまくいかないときは、秋葉原へ部品を買いに行って、自分でつくっちゃうほどです(笑)」と、今井さん。機械を駆使してできることが増え、新しいことにチャレンジする当事者の姿を見守ってきた今井さんだからこそ、この活動は続いているのだと感じました。10年以上にわたり、当事者への支援活動を続けてきたNPO法人ICT救助隊。その活動はこれからも、今井さんや全国にいらっしゃる仲間たちによって続いていきます。(遺伝性疾患プラス編集部)

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今井啓二さん

今井啓二さん

NPO法人ICT救助隊理事

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