遺伝性疾患の中には、視覚障害が生じる疾患があります。視覚障害の程度はさまざまで、例えば、網膜色素変性症など、数年~数十年かけてゆるやかに症状が進行するものもあります。「視覚障害に関わる生活の不自由さを相談したい」と思った場合、時間の限られた診療時間内では難しいことも。視覚障害がある当事者やそのご家族が、生活に関わる相談をできる場所が求められています。
そこで今回、相談できる場所の一つとしてご紹介するのが「ロービジョンケア・ハブ」です。2024年7月1日に、慶應義塾大学病院内3号館南棟3階に開設されました。慶應義塾大学医学部眼科学教室と公益財団法人日本盲導犬協会が共同研究「ロービジョンケアに対するカウンセリング効果の研究」を4月1日に開始。そのカウンセリングの場として開設されたのが背景ですが、その他、多くのロービジョンケアを必要とする視覚障害がある当事者やご家族向けに、さまざまな情報提供を行う場として機能しています。相談内容によって、お住まいの地域の支援機関・団体へつなぐお手伝いも。当事者やご家族のQOL(生活の質)向上を図ることを目的とする場所にもなっています。慶應義塾大学病院を受診している方に限らず、どなたでも利用できるとのこと。では実際に、視覚障害がある当事者やご家族からどのように利用されているのでしょうか。今回は、慶應義塾大学眼科学教室特任講師の篠島亜里先生に詳しくお話を伺いました。
就労・生活の工夫など、生活に関わるお悩みを相談できる場
ロービジョンケア・ハブは、視覚障害がある当事者・ご家族がどのように利用できる場所ですか?
ロービジョンケアを必要とする視覚障害がある方々へ福祉、教育、就労、生活の工夫などさまざまな分野の情報を提供すること、そして、地域の支援機関や団体へつなぐハブ拠点となることを目的とした場所です。ロービジョン(Low Vision)とは、何らかの原因により視覚に障害を受け「見えにくい」「まぶしい」「見える範囲が狭くて歩きにくい」など日常生活での不自由さをきたしている状態を指します。これらに対する医療的、教育的、職業的、社会的、福祉的、心理的等すべての支援をロービジョンケアといいます。
治療以外の主に「生活に関わるお悩み」について、何でも相談できる場としてお考えください。ロービジョンケア・ハブには、眼科の医師である自分の他、視能訓練士、歩行訓練士(視覚障害生活訓練等指導員)、視覚障害がある当事者、日本盲導犬協会職員など、さまざまな立場のスタッフがおります。皆さんがお持ちのお悩みの内容にあわせて、適した者がお話を伺いますので、安心してお越しください。
慶應義塾大学病院に通院していない方も利用できますか?
はい、基本的に視覚障害がある当事者やそのご家族であれば、どなたでもご利用いただけます。もちろん、当院を受診されている方であれば主治医の先生と連携しやすいといったこともありますが、「他の病院に通院しているんですが、SNSで見つけたので来ました!」という方も多くいらっしゃいますよ。診療の場ではないので、主治医の先生への確認なども必要ありません。
「ロービジョンケアに対するカウンセリング効果の研究」へご参加いただく場合も、カルテの開示など特別必要な準備はありません。当事者の方は、無料でカウンセリングを受けていただくことができます。慶應義塾大学病院までの交通費や保険診療範囲以外の費用は発生しません。研究の詳細は、コチラからご確認お願い致します。
カウンセリングでは、どのようなことを相談できますか?
「本や文字を読む工夫は?」「パソコンやスマホが見えにくい場合の工夫は?」「白杖の種類や申請方法は?使い方や歩行方法も知りたい」など、治療や疾患に関わること以外のことは何でもご相談いただけます。また、施設内では白杖、拡大読書機器(据え置き型・携帯型)、ルーペ、遮光眼鏡などもあるので、実際に使っていただけます。まずは、ロービジョンケア・ハブでお試しいただき、ご自身に合うものをご判断いただければと思います。お住まいの自治体によって何が支援対象になるのかが異なりますので、その部分も一緒にその場で調べさせていただきます。
また、一緒に活動している当事者のスタッフにはさまざまな程度の視覚障害があり、先天性の視覚障害と向き合ってきた方、後天性の視覚障害と向き合ってきた方、両方おります。ですから、「同じ視覚障害がある当事者だからこそ聞いてみたい」といった内容も安心して聞いていただけたらと考えます。例えば、先日「生きる楽しみは、どうやって見つけたら良いですか?」と相談に来られた方がいらっしゃいました。当事者スタッフの中には、網膜色素変性症の当事者で、症状の進行に伴い今ではほとんど全盲となった者がおります。とても明るく、先日も一人で北海道へ行った行動的な方です。当事者とお話しする中で、相談に来られた方は表情が明るくなられた様子でした。
就労に関わる相談は、別の研究としても参加できると聞きました。詳しく教えていただけますか?
就労に関するご相談は、慶應義塾大学と国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による共同研究を行っています。この研究の対象は、18~60歳までの現在就労していない方です。障害者手帳の有無は問いません。なお、全盲の方も対象です。就労につながる情報提供を大学病院で行うことで、就労につながるかの有効性を検証することを目的としています。そのため、就労の研究に参加される場合は、眼科の受診が必要となります。研究の詳細は、コチラからご確認お願い致します。
視覚障害の程度は人それぞれ異なり、必要とする支援もさまざまです。そのため、コミュニケーションが上手くいかず会社からの理解が得られないなどして、苦労されるケースを伺います。その他、「働きたいと思っているけど、まだ具体的な方向性は定まっていない」という方も気軽にお越しいただけたらうれしいですね。私たちは、さまざまな支援先とつながっています。そのため、皆さんが必要とする内容にあわせて、必要な支援施設におつなぎします。「ハブ」である私たちをどんどん利用していただいて、ご自身が必要する支援とつながっていただけたらと考えています。
さまざまな立場のスタッフに相談できる/実際に行動できる場所
篠島先生が考える、ロービジョンケア・ハブの特徴をお伺いできますか?
大きく2つあります。1つ目は、さまざまな立場のスタッフがいることです。ですから、ご自身が相談しやすい方を見つけやすいのではないかと考えます。例えば、主治医の先生と患者さん、その他の人間関係においても「合う」「合わない」はあると思います。その点、ロービジョンケア・ハブには医師だけでなく、歩行訓練士、視能訓練士、視覚障害がある当事者など、さまざまな立場のスタッフがおりますので、安心してご利用いただけるのではないでしょうか。
2つ目は、実際に行動できることです。私たちは、実際に行動したからこそわかる情報をお届けしています。例えば、白杖の使い方です。知識として頭で理解している情報と、実際にご自身で白杖を使って得る情報は大きく異なると思います。一方で、実際に行動するとなると「ハードルが高い」と感じられる方もいらっしゃるでしょう。しかし、私たちがその場で一緒にサポートしますので、安心してご利用いただけます。例えば、「就職活動をしたいけど、何から始めたらいいのか…」と困っている方に対しては、お話を聞いて、その場で必要な情報を整理し、支援施設におつなぎするなど、自然と就職活動できる環境をご用意させていただきます。
ロービジョンケア・ハブは、皆さんが最初の一歩を踏み出すお手伝いをする場所です。その一歩をきっかけに、新しい発見をしていただいたらうれしいですね。その結果として、当事者やご家族が快適に過ごせる時間を一緒につくっていけたらと考えています。
どこかあきらめている様子の当事者も「前向きな気持ちになった」
実際にカウンセリングを受けた当事者・ご家族からはどのような声が寄せられていますか?
「いろいろと知っていたつもりだったけど、〇〇は知らなかった!」という声が多く寄せられています。先日、四国から当事者とご家族がいらっしゃいました。当事者が生活で困っていることをお伺いし、ロービジョンケア・ハブにあるものを実際に使っていただいたんですね。
「こんなものもあったのか!」と、ご自身にあったものを見つけられて喜んでいた姿が印象的でした。これだけさまざまなものが揃っていて、かつ、実際に使える場所は、なかなかありません。しかも、病院内にあるのはロービジョンケア・ハブが初めてだと思います。ぜひ足を運んでいただき、ご自身に必要な情報を持ち帰っていただけたらうれしいですね。
カウンセリングに参加した方で、篠島先生が特に印象に残っている方のエピソードを教えてください。
視覚障害がある旦那さんを、奥さんが連れて来られたことがありました。奥さんは旦那さんに対して「白杖を使ってみてはどうか?」と思われていたのですが、旦那さんは「必要ない」と考えておられました。旦那さんの最初の印象は、ご自身の障がいに対してどこかあきらめているような様子でした。一方、奥さんは、物にぶつかったりする旦那さんの姿を見て心配しておられるものの、「何をどうしたらいいかわからない」と悩まれていました。
1回目、2回目とカウンセリングを重ねていくにつれ、旦那さんが「やっぱり、白杖を使ってみようかな」と前向きに考えてくださるようになったんです。そこで、白杖を実際に使って病院の廊下での歩行訓練をしたところ、ご本人も徐々に自信を取り戻された様子でした。その方は身体障害者手帳をお持ちではありませんでしたが※、「白杖があると1人でも安心して散歩できるだろう」というお考えのもと、白杖を使うことを選択。次の歩行訓練からは「日本盲導犬協会」におつなぎしました。奥さんは、旦那さんの変化を目の当たりにし、安心されたようです。
(※)身体障害者手帳を取得している場合、白杖などの補装具を助成金利用で購入できます。
当事者がご自身の障がいと向き合うことは、決して簡単なことではありません。今回ご紹介した旦那さんのように、障がいに対してどこかあきらめているような方もいらっしゃいます。そういった当事者の場合も、カウンセリングを通じて「前向きな気持ちになった」と言ってくださる方は多いです。カウンセリングの研究では、アンケートの回答をお願いしており、実際にカウンセリング後に当事者の満足度が上がっていることがわかっています。
今回ご紹介した「白杖」に関して補足させていただくと、使用することに抵抗を感じる当事者の方は決して珍しくありません。白杖を持つということは、ご自身に視覚障害があることを周りに示すことになります。社会には視覚障害がある方を狙う犯罪者もおり、「白杖を持つのが怖い」と思われている方がいるのも事実です。ですから、まずは不安な気持ちを話していただくだけでも大丈夫です。ロービジョンケア・ハブにはさまざまな種類の白杖を揃えていますので、気になる場合は、実際に使ってみていただければと思います。折りたたみ式、ローラー型・チップ型のものなど、また、長さも白杖によってさまざまです。ご自身で実際に手に取り使ったうえで、ご検討いただくのも良いでしょう。
ご家族だけで相談に来ることもできますか?
もちろん、大丈夫ですよ。例えば、先ほどご紹介したご夫婦は一緒にお越しいただきましたが、お話はそれぞれ別のお部屋で伺いました。ご家族には、ご家族のお悩みがあります。支援などを利用せずにご家族がつきっきりで当事者と向き合われているケースも伺います。同行援護という外出時の福祉サービスなどもありますが、中には利用したことがないというご家族もいらっしゃいます。ご家族にも休む時間は必要ですので、利用できる支援があればぜひ検討していただきたいですね。私たちは「ハブ」として、当事者・ご家族と必要な支援を、これからもおつなぎしていきます。
最初の一歩を踏み出す場所として、ぜひ利用してみて
遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。
予約なしで大丈夫ですので、興味を持っていただいた方は、お越しいただけたらうれしいですね。1回、2回とカウンセリングを重ねていくごとに、表情が見違えるほど変わっていく当事者もいらっしゃいます。解決策を見つけてお帰りになる当事者やご家族の姿を見ていると、私自身、胸が熱くなります。私たちは、困りごとを伺うだけでなく「解決すること」を大切にしています。ですから、ロービジョンケア・ハブにはさまざまなものを置いております。どれがご自身にあうかは、実際に手に取って使い、発見してほしいと思います。そして、「ハブ」としてさまざまなつながりを持つ中で、皆さんに必要な支援先をご紹介しています。最初の一歩を踏み出す場所として、ぜひ利用していただきたいですね。
体験して行動するところまでを大切にしているため、私たちは実際にお越しいただくスタイルをとっています。遠方にお住まいの方は無理のない範囲で、外に出るきっかけとしてもお使いいただけたらうれしいです。スタッフ一同、皆さんとお会いできることを楽しみに、お待ちしています。
大学病院といえば、「紹介状をもらって、事前に予約をして…」と、さまざまな準備を経て訪れる場所というイメージがあります。ロービジョンケア・ハブは慶應義塾大学病院の中にあるのですが、主治医の紹介状や事前予約などの準備は必要ありません。最寄り駅からもアクセスしやすく、「ちょっと時間があるから行ってみよう」という気軽な気持ちで相談に行ける場所だと感じました。
また、「ロービジョンケアに対するカウンセリング効果の研究」は始まったばかりです。今後、各関連学会での発表を予定しているとのことですので、研究結果にも期待が寄せられます。(遺伝性疾患プラス編集部)