先天性下垂体機能低下症

遺伝性疾患プラス編集部

先天性下垂体機能低下症の臨床試験情報
英名 Congenital hypopituitarism
別名 複合型下垂体機能低下症、複合型下垂体ホルモン欠損症(Combined pituitary hormone deficiency、CPHD)、含まれる疾患として、PROP1関連複合下垂体ホルモン欠損症(PROP1-Related Combined Pituitary Hormone Deficiency)など
発症頻度 8,000人に1人と推定
日本の患者数 不明
子どもに遺伝するか 多くは散発性で遺伝しないが、まれに遺伝することがある
発症年齢 乳児期~幼児期
性別 男女とも
主な症状 発達や成長の遅れなど、障害されるホルモンによって異なる
原因遺伝子 PROP1、HESX1、OTX2など10種類以上の遺伝子が知られるが多くは原因不明
治療 ホルモン治療など
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どのような病気?

下垂体機能低下症は、下垂体と呼ばれる脳の器官で生成されるホルモンが不足することにより、さまざまな症状が引き起こされる疾患です。この中で、「先天性下垂体機能低下症」は、このホルモン分泌に生まれつき不具合があるものを指します。一方、生まれた後で、腫瘍・外傷・血行障害・炎症・感染などを原因として発生する下垂体機能低下症は「後天性下垂体機能低下症」と呼ばれます。

また、下垂体機能低下症の中には、障害されるホルモンが1つだけの場合と、2つ以上の複数のホルモンが分泌低下している複合型下垂体機能低下症があります。この記事では主に、後者の複数のホルモンが分泌低下している複合型について取り扱います。

下垂体は、脳の中央辺りにある小さな器官で、いくつもの重要なホルモンの分泌に関わっています。下垂体は「前葉」と「後葉」という組織に分かれ、前葉は、成長ホルモン(GH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、黄体化ホルモン(LH)、卵胞刺激ホルモン(FSH)、プロラクチン(PRL)の6種類を、後葉はバソプレシン(抗利尿ホルモン、ADH)とオキシトシン(OT)を分泌します。

先天性下垂体機能低下症では、これらのホルモンが不足することにより、体のさまざまな部分に影響が見られます。また、この病気では、分泌低下するホルモンの種類や組み合わせによってさまざまな症状が見られます。特に前葉から分泌される4つのホルモンは副腎皮質、甲状腺、性腺などで、さらに多くの「末梢ホルモン」と呼ばれるホルモンの分泌を調節しています。そのため、4つのホルモンが障害されることで、結果的に副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモンなどの分泌に異常が生じ、幅広くさまざまな症状が現れます。

この病気において、赤ちゃんの時期に最初に気が付かれる兆候としては、発達や成長の遅れなどがあります。低身長は通常幼少期に認められます。また、甲状腺機能低下症が認められることもあります。甲状腺は、首の下部にある蝶の形をした臓器で、この臓器の機能が損なわれることで体重の増加や疲労などが引き起こされます。また、この病気では、思春期の遅れや欠如、不妊症、体の免疫力低下による感染症などが引き起こされる可能性があります。まれに、知的障害、首が短く固い、視覚情報を目から脳に伝える視神経の発達の異常なども見られます。

下表に、この疾患で障害が見られるホルモンの種類と症状を記載しました。

障害が見られるホルモンの種類による症状 (参照元:難病情報センター、小児慢性特定疾病情報センター)

障害が見られるホルモン

見られる症状

GH

小児:成長障害(低身長)など

成人:体脂肪増加、筋肉減少、骨粗鬆症、気力・体力の低下など

ACTH

疲れやすい、血圧が低い、食欲なく痩せる、血糖値・血中ナトリウム値低下(頭がぼんやりして意識が無くなることもある)などの副腎不全症状

TSH

寒がり、低体温、脱毛、皮膚の乾燥、脈が遅い、声が低い、ゆっくり話す、記憶力・集中力の低下などの甲状腺機能低下症状

LH/FSH

小児:思春期以後も二次性徴が出現しない

成人男性:性欲低下、ED、男性不妊など

成人女性:無月経、不妊など

PRL

女性:分娩後の乳汁分泌低下

男性:明らかな症状なし

ADH

口渇、多飲、多尿など中枢性尿崩症の症状

 

先天性下垂体機能低下症で見られる症状 (NIH 遺伝性疾患・希少疾患情報センター(GARD)より)

ほとんどで見られる症状

下垂体機能低下

良く見られる症状

低い鼻梁(びりょう、はなすじのこと)、正中口唇裂および口蓋裂、乳房の欠如または発育不全、二次性毛の異常、下垂体前葉無形成、下垂体前葉低形成、精巣低形成、プロラクチン値の異常、成長ホルモン欠乏症、低ゴナドトロピン性性腺機能低下症、骨粗鬆症、脊椎の骨粗鬆症、低血圧、倦怠感、無月経、不妊、成長遅延

しばしば見られる症状

下垂体性の低身長、頸椎の​​可動性(首の動き)の低下、骨の成熟の遅れ、便秘、二次性徴の欠如、思春期の遅れ

まれに見られる症状

指の形態異常、目の異常、透明中隔欠損、脳梁無形成、異所性下垂体前葉、異所性下垂体後葉、全前脳胞症(胎児期に前脳が正常に形成されないことで起こる先天異常)、視神経低形成、中隔視神経形成異常症、てんかん発作、重度の全般的発達遅延

先天性下垂体機能低下症(複合型下垂体機能低下症)の世界における発症頻度は約8,000人に1人と推定されています。国内においては、指定難病である下垂体前葉機能低下症(先天性、後天性両方含む)の令和4年度の医療受給者証保持数は1万9,693人と公表されていますが、先天性下垂体機能低下症の患者数は不明です。

先天性下垂体機能低下症は小児慢性特定疾病の対象疾病となっています。また、下垂体前葉機能低下症として国の指定難病対象疾病(指定難病78)に含まれる場合があります。

何の遺伝子が原因となるの?

先天性下垂体機能低下症で現在明らかになっているこの病気の原因遺伝子の多くは、他の遺伝子の活性を制御する転写因子と呼ばれるタンパク質の設計図となる遺伝子です。これらのタンパク質は、下垂体の発達や細胞分化に関わる遺伝子を制御しています。また、これらの転写因子は、下垂体以外の体の他の部分で働くものも含まれています。これらの遺伝子の変異により下垂体の異常を引き起こし、ホルモン産生が行われないことがこの病気の原因となる可能性があります。

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これまでに少なくとも10種類以上の遺伝子変異が先天性下垂体機能低下症の原因として報告されています(下表)。その中でも、PROP1遺伝子は、原因遺伝子がわかっている先天性下垂体機能低下症の中で多くの割合を占めており、全体のおよそ12~55%と推定されています。それ以外の遺伝子変異はそれぞれ少数の患者さんで確認されているのみです。

一方で、先天性下垂体機能低下症の人の多くは報告のある遺伝子のいずれにも変異が見られず、原因不明です。

先天性下垂体機能低下症の原因遺伝子として報告のあるもの

遺伝子名

染色体領域

作られるタンパク質名

遺伝形式

PROP1

5q35​.3

PROP paired様ホメオボックスタンパク質1

常染色体劣性(潜性)遺伝

HESX1

3p14.3

HESXホメオボックスタンパク質1

常染色体優性(顕性)遺伝、常染色体劣性(潜性)遺伝

OTX2

14q22.3

Orthodenticleホメオボックスタンパク質2

常染色体優性(顕性)遺伝

PROKR2

20p12.3

prokineticin受容体タンパク質2

常染色体優性(顕性)遺伝

SOX2

3q26.33

SRY-Box転写因子2

常染色体優性(顕性)遺伝

GLI2

2q14.2

GLIファミリージンクフィンガータンパク質2

常染色体優性(顕性)遺伝

LHX3

9q34.3

LIMホメオボックスタンパク質3

常染色体劣性(潜性)遺伝

LHX4

1q25.2

LIMホメオボックスタンパク質4

常染色体優性(顕性)遺伝

POU1F1

3p11.2

下垂体特異的転写活性因子1

常染色体優性(顕性)遺伝、常染色体劣性(潜性)遺伝

FOXA2

20p11.21

フォークヘッドボックスA2

-

RNPC3

1p21.1

RNA結合領域含有タンパク質3

常染色体劣性(潜性)遺伝

ROBO1

3p12.3

ROUNDABOUTガイダンス受容体1

常染色体優性(顕性)遺伝

先天性下垂体機能低下症では、多くの場合、散発性で家族にはこの疾患の人が見られません。まれに、この疾患は遺伝することが明らかになっておりその場合は常染色体優性(顕性)遺伝形式または常染色体劣性(潜性)遺伝形式で遺伝します。

常染色体優性(顕性)遺伝形式では、両親のどちらかが先天性下垂体機能低下症だった場合、子どもは50%の確率で発症します。

Autosomal Dominant Inheritance

常染色体劣性(潜性)遺伝形式では、父母から受け継いだ両方の遺伝子に変異があることで発症します。両親はこの病気の保因者ではありますが、病気は発症しません。

Autosomal Recessive Inheritance

どのように診断されるの?

小児慢性特定疾病情報センターによれば、先天性下垂体機能低下症の診断は、

・低ゴナドトロピン性性腺機能低下症

・副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)単独欠損症

・甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌低下症

・成長ホルモン分泌不全性低身長症

・中枢性尿崩症

のいずれかの診断基準を満たすこと、とされています。

低ゴナドトロピン性性腺機能低下症の診断基準

主要な症状として、1)または2)を認めること、

1)二次性徴の欠如

2)思春期遅発症、および/または、二次性徴の進行不全

 思春期遅発症(思春期徴候の発来を、以下の年齢までに認めない)

  男子:15歳に至るまでに二次性徴の発来(外性器の発育:精巣容量の4ml以上への発育、陰茎の成長)を認めない

  女子:14歳に至るまでに二次性徴の発来(乳房腫大)を認めない

 思春期年齢における骨年齢進行の遅滞、骨端線閉鎖遅延

 思春期年齢における成長加速を認めない

また、検査所見として、「血中ゴナドトロピン値の基礎値・LHRH負荷に対する反応低値と、性ホルモン低値を同時に認める」を満たし、さらにカルマン症候群、体質性思春期遅発症ではないと除外した場合にこの病気と診断されます。

副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)単独欠損症の診断基準

主要な症状として、以下の1)~5)の中の1項目以上を認めること、

1)全身倦怠感、2)易疲労性、3)食欲不振、4)意識障害(低血糖や低ナトリウム血症による)、5)低血圧

また、検査所見として以下の1)~3)を満たすこと、

1)血中コルチゾールの低値、2)尿中遊離コルチゾール排泄量の低下、3)血中ACTHは高値ではない

さらに、「ACTH分泌刺激試験(CRH、インスリン負荷など)に対して、血中ACTHおよびコルチゾールは低反応ないし無反応を示す」を満たした場合にこの病気であることが確実と診断されます。

甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌低下症の診断基準

症状として、耐寒性低下、不活発、皮膚乾燥、脱毛、発育障害のうち1つ以上を満たすこと、

また、検査所見では、以下の1)~3)の全ての項目を満たすこと、

1)血中TSHは健常者の基準値と比して低値

 (ただし視床下部性ではイムノアッセイで正常ないしやや高値のことがある)

2)TSH分泌刺激試験(TRH test)で低ないし無反応

 (ただし視床下部性では遅延反応などがある)

3)甲状腺ホルモン検査(Free T4、Free T3、T3など)は健常者の基準値と比して低値

症状と検査所見の基準を満たした場合にこの病気であることが確実と診断されます。

成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断基準

以下の【主要な症状】の1)を満たし、さらに【検査所見】の2種類以上の分泌刺激試験で検査所見を満たすか、もしくは【主要な症状】の1)と3)、もしくは2)を満たし、さらに【検査所見】の1種類の分泌刺激試験で検査所見を満たした場合にこの病気であると診断されます。

【主要な症状】

1)成長障害があること

通常は、身体のつりあいはとれていて、身長は標準身長の-2.0SD以下、あるいは身長が正常範囲であっても、成長速度が2年以上にわたって標準値の-1.5SD以下であること

2)乳幼児で、低身長を認めない場合であっても、成長ホルモン分泌不全が原因と考えられる症候性低血糖がある場合

3)頭蓋内器質性疾患や他の下垂体ホルモン分泌不全があるとき

【検査所見】

成長ホルモン(GH)分泌刺激試験として、インスリン負荷、アルギニン負荷、L-DOPA負荷、クロニジン負荷、グルカゴン負荷、またはGHRP-2負荷試験を行い、下記の値が得られること

  • インスリン負荷、アルギニン負荷、L-DOPA負荷、クロニジン負荷、またはグルカゴン負荷試験において、原則として負荷前および負荷後120分間(グルカゴン負荷では180分間)にわたり、30分ごとに測定した血清(漿)中GH濃度の頂値が6ng/mL以下であること
  • GHRP-2負荷試験で、負荷前および負荷後60分にわたり、15分ごとに測定した血清(血漿)GH頂値が16ng/mL以下であること

中枢性尿崩症の診断基準

主要な症状として、以下の1)~3)のすべてを認めること、

1)口渇、2)多飲、3)多尿

また、検査所見として以下の1)~4)を認めた場合にこの病気であると診断されます。

1)尿量:1日3,000ml以上

2)尿浸透圧:300mOsm/kg以下

3)バゾプレシン分泌:血漿浸透圧(または血清ナトリウム濃度)に比較して相対的に低下する。5%高張食塩水負荷(0.05ml/kg/minで120分間点滴投与)時には、健常者の分泌範囲から逸脱し、血漿浸透圧(血清ナトリウム濃度)高値下においても分泌の低下を認める。

4)バゾプレシン負荷試験(水溶性ピトレシン5単位皮下注後30分ごとに2時間採尿)で尿量は減少し、尿浸透圧は300mOsm/kg以上に上昇する。

どのような治療が行われるの?

下垂体ホルモン欠乏が原因となっている症状に対し、それぞれのホルモンの補充療法が行われます。小児と成人は症状だけでなく治療法も異なるため、それぞれの状況に合わせて治療が行われます。以下は主に小児の治療法について記載しています。

成長ホルモン治療では、遺伝子組換えGH薬の皮下注射が行われます。毎日、もしくは週6回程度の注射が必要なため自宅での自己注射が認められています。治療の目標としては、短期的にはなるべく早く身長を正常化し、低身長に伴う心理社会的問題の解決を図ること、長期的には成人身長の正常化を目標とします。そのためには比較的早期から治療を開始することが望ましいとされます。GHの欠乏は小児では成長障害(低身長)を発症しますが、成人でも代謝異常が生じ、成人に対するGHの補充は、代謝の改善や生活の質の向上に有益であるため、自己注射による補充療法が行われています。

甲状腺ホルモン治療では、レボチロキシンナトリウムの投与が行われます。ACTH分泌不全を伴っている場合には、副腎皮質ホルモンの投与を先行させます。副腎皮質ホルモン治療では、ヒドロコルチゾンの投与が行われます。下垂体機能低下症では、現在のACTH分泌が正常でも、経年的にACTH分泌が低下する場合があります。性ホルモンの投与については、男児ではHCG-FSH療法、テストステロン補充療法。女児ではエストロジェン補充療法から開始し、カウフマン療法と呼ばれる治療が行われます。中枢性尿崩症の治療は、AVPの誘導体であるDDAVPの点鼻または口腔内崩壊錠による補充が治療の基本となります。

どこで検査や治療が受けられるの?

日本で先天性下垂体機能低下症の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。

※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。

患者会について

先天性下垂体機能低下症の患者会で、ホームページを公開しているところは、以下です。

参考サイト

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