どのような病気?
驚愕病は、びっくり病とも呼ばれ、予想していない大きな音、光、接触などに対して体が過剰な反応(驚愕反応)を起こすことにより、筋肉の硬直、激しいけいれん、震え、転倒などさまざまな問題が生じる遺伝性疾患です。
この病気は、生まれて間もない頃に筋肉のこわばり(筋硬直もしくは筋緊張の亢進)などから気が付かれることが多いですが、生まれる前の妊娠後期に発見される場合もあります。この病気の赤ちゃんは眠っている時以外はいつも筋肉が緊張状態です。外からの刺激は予想や制御ができないことから、この病気における驚愕反応は日常生活に大きな影響を及ぼす場合が多くなります。例えば、赤ちゃんは授乳や着替えという通常の活動も驚愕反応の発作が起こるきっかけとなり得ます。驚愕反応を示すと、短時間の間は体が硬直して動けなくなり、呼吸が停止する場合もあります。驚愕反応による呼吸停止や誤嚥(気道に飲食物や唾液が入る)は命に関わることもあります。この病気は乳幼児突然死症候群(SIDS)と呼ばれる、1歳未満の乳児における原因不明の死亡の原因の1つではないかとも考えられています。
驚愕反応や筋肉の硬直以外の症状として、眠り始める際に筋肉がけいれんする(入眠時ミオクローヌス)、睡眠中に腕や脚が勝手に動く、なども見られます。頭部屈折反射[鼻をやさしく叩かれる触覚刺激(Nose tapping)により頭を前に伸ばし手足や首の筋肉がけいれんする症状]や、まれではありますがてんかんの発作が見られる場合もあります。
この病気の症状は通常1歳ころまでに少なくなりますが、成長後も、刺激で驚きやすい、筋肉が硬直する、(それらのことから)転倒しやすい、入眠時ミオクローヌス、睡眠時の腕と脚の動きなどの症状が続く場合があります。年齢を重ねるごとに、混雑した場所や大きな音に対する耐性が低下して簡単に驚愕反応を引き起こすこともあり、転倒や怪我のリスクが高まる可能性があります。また、てんかん発作が生涯にわたって見られる場合もあります。
驚愕病で見られる症状 |
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高頻度に見られる症状 関節硬直、線維束性筋収縮(せんいそくせいきんしゅうしゅく、安静時に筋肉の線維がぴくぴくとけいれんする)、筋硬直、筋痙縮(きんけいしゅく、筋肉の緊張により動かしにくくなる状態)、筋緊張亢進、反射亢進、動作の異常、運動失調、ミオクローヌス、食道炎、胃食道逆流症、食道裂孔ヘルニア |
良く見られる症状 臍ヘルニア、歩行障害、睡眠障害 |
しばしば見られる症状 股関節脱臼、関節脱臼、てんかん発作、知的障害 |
驚愕病について、これまでに少なくとも世界で150人が報告されていますが、正確な患者数や発症頻度はわかっていません。
何の遺伝子が原因となるの?
驚愕病の主な原因遺伝子として、5番染色体の5q33.1と呼ばれる領域に存在するGLRA1遺伝子、4番染色体の4q32.1領域に存在するGLRB遺伝子、11番染色体の11p15.1領域にあるSLC6A5遺伝子の3つの遺伝子が報告されています(下表参照)。
原因遺伝子(染色体位置) | 遺伝形式 | 作られるタンパク質 |
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GLRA1(5q33.1) | グリシン受容体αサブユニット | |
GLRB(4q32.1) | 常染色体劣性(潜性)遺伝 | グリシン受容体βサブユニット |
SLC6A5(11p15.1) | 常染色体優性(顕性)遺伝 または常染色体劣性(潜性)遺伝 | グリシントランスポーター2 |
これらの遺伝子は、神経細胞においてグリシンと呼ばれる物質に応答して情報を伝達する機能に関わるタンパク質の設計図となります。
グリシンはアミノ酸としてタンパク質の構成要素になりますが、神経系に信号を伝達する「神経伝達物質」としても働きます。この病気に関わる遺伝子の変異は、脊髄やそれにつながっている脳幹と呼ばれる部分の神経細胞で、グリシンの信号伝達に異常を生じさせます。その結果、筋肉の異常な動きや、過剰な驚愕反応、その他のこの病気の症状につながると考えられます。
これらの中でも、GLRA1遺伝子の変異は、驚愕病の中で多くの原因を占めるとされます。GLRA1遺伝子は、グリシン受容体と呼ばれる、細胞膜でグリシンの情報を受け取る複合体タンパク質の一部であるαサブユニットの設計図となります。グリシン受容体は、抑制性受容体とも呼ばれ、情報を受け取ることでその神経細胞が他の神経細胞へ信号伝達することを阻害します。GLRA1遺伝子の変異により、受容体はグリシンに適切に応答できず、脊髄と脳幹のシグナル伝達を調節する能力が低下し異常な細胞シグナル伝達の増加が引き起こされます。
その他にも、10番染色体の10q23.31領域にあるATAD1遺伝子、14番染色体の14q23.3-q24.1領域のGPHN遺伝子、X染色体のXq11.1領域のARHGEF9遺伝子が驚愕病やこの病気によく似た症状を示す原因遺伝子となることが報告されています。
驚愕病は、常染色体優性(顕性)遺伝形式または常染色体劣性(潜性)遺伝形式のいずれかの形式で遺伝します(原因遺伝子ごとに取りうる遺伝形式が異なります)。常染色体優性(顕性)遺伝形式では、親の病気が受け継がれる確率は50%です。
常染色体劣性(潜性)遺伝形式の場合は、保因者であり病気を発症していない両親それぞれから原因遺伝子の変異を受け継ぐことで発症します。
まれに、家族には病歴がなく新しく発生した変異が原因でこの病気を発症する(孤発例)場合もあります。
どのように診断されるの?
国内において驚愕病の診断基準はまだはっきり確立されていません。
この病気の診断は、臨床的な症状、遺伝学的検査、電気生理学検査などから行われます。この病気の驚愕反応や筋硬直といった症状は、他の遺伝性疾患などの先天性の病気や、感染症などの後天的な要因でも似た症状が見られることがあり、鑑別診断を行い、他の病気ではないことをはっきりさせることも診断において重要となります。
島根大学医学部小児科のwebサイト、驚愕病の診断基準(案)に対するパブリックコメントのお願いページに掲載されている「驚愕病の診断基準(案)」では、この病気の診断基準は以下のように記載されています。
<驚愕病の診断基準(案)>
Definite(確定)およびProbable(疑い)を驚愕病と診断する。
I.主症状
1)驚愕反応
2)驚愕反応の直後に起こる一時的な筋硬直
3)新生児期から幼児期にみられる軽度から中等度の持続性全身性の筋硬直
II.副症状
1)新生児期の無呼吸発作
2)腹部ヘルニア(鼠径ヘルニア、臍ヘルニア)
3)股関節開排制限
4)てんかん
5)学習障害、発達遅滞
III.Nose tapping test陽性
IV.遺伝学的検査
以下の遺伝子変異のいずれかを認める。
1)GLRA1
2)GLRB
3)SLC6A5
<診断のカテゴリー>
Definite:Iの主症状のうち1項目以上を認め、かつIVの遺伝学的検査のうちいずれか1項目を満たす場合。
Probable:Iの主症状の項目すべてを認め、かつIIの副症状のうち1項目以上を認め、かつNose tapping test陽性の場合。
どのような治療が行われるの?
驚愕病は、根本的な治療法は確立されていません。そのため、それぞれの症状に対する対症療法が行われます。クロナゼパム(抗てんかん薬)が驚愕反応や筋硬直の改善に有効な場合があるとされています。
どこで検査や治療が受けられるの?
患者会について
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。
参考サイト
- MedlinePlus
- Genetic and Rare Diseases Information Center
- Online Mendelian Inheritance in Man(R) (OMIM(R))
- NORD
- orphanet
- GeneReviews
- 島根大学医学部小児科、驚愕病の診断基準(案)に対するパブリックコメントのお願い