遺伝性血栓症

遺伝性疾患プラス編集部

遺伝性血栓症の臨床試験情報
英名 Hereditary thrombophilia
別名 特発性血栓症、含まれる個別疾患名:先天性プロテインC欠乏症、先天性プロテインS欠乏症、先天性アンチトロンビン欠乏症
日本の患者数 2,000人程度と推定(令和3年度末現在特定医療費(指定難病)受給者証所持者数205人)
国内臨床試験 実施中試験あり(詳細は、ぺージ下部 関連記事「臨床試験情報」)
子どもに遺伝するか 遺伝する(常染色体優性(顕性)遺伝形式)
発症年齢 血栓症の発症リスクは新生児期からある
性別 男女とも
主な症状 血栓症
原因遺伝子 PROC遺伝子、PROS1遺伝子SERPINC1遺伝子 など
治療 予防的抗凝固療法、血栓溶解療法、血栓除去術など
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どのような病気?

遺伝性血栓症は、生まれつきの遺伝子の異常により、正常に働く血液凝固制御因子が体内で欠乏して血栓ができやすい体質となり、治療を受けないでいると40歳以下の若年齢で重篤な血栓症を発症する病気の総称です。血液の中には、出血した時に血を固める働きを持つ「血液凝固因子」と、血液が過剰に固まらないために働く「血液凝固制御因子」があります。主な血液凝固制御因子は、プロテインC、プロテインS、アンチトロンビンの3つです。すなわち、この3つの遺伝子に異常がある疾患、先天性プロテインC欠乏症、先天性プロテインS欠乏症、先天性アンチトロンビン欠乏症が、主な遺伝性血栓症として挙げられます。小児の遺伝性血栓症として、欧米では先天性第V因子異常症(FV Leiden異常症)やプロトロンビンG20210A変異が多く見られますが、日本ではそのような傾向がありません。

118 遺伝性血栓症 血液凝固制御 230817

遺伝性血栓症では、生まれてすぐ(新生児期)から乳幼児期までの間に、しばしば重篤な頭蓋内病変(脳出血、脳梗塞、脳静脈洞血栓症(頭蓋内静脈・硬膜洞の血栓症)など)が起こることがあります。これらが起こると、頭痛、嘔吐、発熱、けいれんや四肢の麻痺、意識障害などの症状が見られます。その後さらに電撃性紫斑病(手足の末端やお尻、おなかの皮膚などに起こる出血性の壊死)や硝子体出血(目の中で起きた出血が目の奥の硝子体に入った状態)などが起こることがあります。電撃性紫斑病は命に関わり、硝子体出血は視力低下を引き起こし失明する恐れもあります。これらの重篤な症状は、プロテインC遺伝子変異のホモ接合体または複合ヘテロ接合体(この疾患の原因となる、異なる病的バリアントを父母からそれぞれ受け継いだ人)で、体内でプロテインCが著しく欠乏している場合に起こることが多いとされ、感染症がきっかけで発症することがあります。

小児期から成人期にかけては、プロテインC、プロテインS、アンチトロンビンの欠乏にともない、静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症など)の発症と再発が起こることがあります。深部静脈血栓症は、長時間足を動かさずに同じ姿勢でいると、足の深部にある静脈に血栓ができて、大腿から下腿に発赤、むくみ、腫れ、痛みなどが出現するものです。深部静脈血栓症が慢性化し、静脈弁の働きが損なわれる(静脈弁不全が生じる)と、血液が静脈から心臓にスムーズに戻らなくなり、下肢静脈瘤や静脈うっ滞性下腿潰瘍(慢性静脈不全症)を発症することがあります。慢性静脈不全症の症状は、下肢のむくみ、腫れ、痛み、熱感、しこり、湿疹、色素沈着、潰瘍など、さまざまです。肺血栓塞栓症の合併症である慢性血栓塞栓性肺高血圧症では、進行性の息切れ症状が起こります。また特に、急性肺血栓塞栓症は命に関わるものです。足にできた血栓の一部が血流に乗って肺に到達し、肺の血管を閉塞してしまう状態で、胸痛、呼吸困難、失神などが起こります。突然死の危険性もあります。車や飛行機などで長時間座っていた後に起こる「エコノミー症候群」と同じで、大変危険な状態です。これらの症状は、感染症、脱水、外傷、手術、長時間動かない、妊娠・出産、女性ホルモン剤(経口避妊薬など)の服用などがきっかけで発症することがあります。

このほか、遺伝性血栓症では、上腸間膜静脈血栓症などのまれな血栓症が起こることもあります。上腸間膜静脈血栓症の症状は、腹痛、むかつき、嘔吐、排便回数増加、血便などです。また、若年性脳梗塞などの動脈血栓症の発症や、不育症・習慣流産との関連が、示唆されています。通常、重篤な血栓症を発症しない限り、予後は良好とされています。

国内調査によると、遺伝性血栓症の患者さんは全国に2,000人程度と推定されています。また、新たな患者さんは、1年間に新生児~乳幼児で100人未満、成人で約500人見つかると推定されています。2004年の論文報告によると、日本人におけるヘテロ接合性プロテインC欠乏症の頻度は0.13~0.16%、ヘテロ接合性アンチトロンビン欠乏症の頻度は0.1~0.3%と推定されています。また、これも2004年の報告ですが、プロテインS欠乏症にはI型(タンパク質量、活性ともに低い)、II型(活性のみ低い)、III型(タンパク質量のみ低い)があるうち、日本人はII型の「PS-Tokushima(p.Lys196Glu;1.8%)の頻度が高く、欧米に比べプロテインS欠乏症が多いことが示されています。

遺伝性血栓症は、国の指定難病対象疾病(特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る)、指定難病327)、および、小児慢性特定疾病(先天性プロテインC欠乏症、先天性プロテインS欠乏症、先天性アンチトロンビン欠乏症)となっています。

何の遺伝子が原因となるの?

遺伝性血栓症の原因遺伝子として、2番染色体の2q14.3という位置に存在するPROC遺伝子、3番染色体の3q11.1という位置に存在するPROS1遺伝子、1番染色体の1q25.1という位置に存在するSERPINC1遺伝子が見つかっています。それぞれ、血液凝固を抑えるタンパク質(血液凝固制御因子)である、プロテインC、プロテインS、アンチトロンビンの設計図となる遺伝子で、これらの遺伝子に異常があり、体内で正常な血液凝固制御因子が十分な量作られなくなることが、遺伝性血栓症の原因と考えられています。

一方で、体内の血液凝固制御因子が同程度に欠乏している場合でも、人によって症状の程度は異なります。また、赤ちゃんのときと、大きくなってからでは、症状が異なります。それらの違いが生じる理由はまだ十分には解明されていません。

これら3つの遺伝子が原因となる遺伝性血栓症は、いずれも常染色体優性(顕性)遺伝形式で遺伝します。両親のどちらかがホモ接合体、もしくは複合ヘテロ接合体(2つ持つ遺伝子に、それぞれ異なる病的バリアントが存在する人)だった場合、子どもは100%ヘテロ接合体として、変異遺伝子がコードする血液凝固制御因子が生まれつき欠乏します。また、両親のどちらかが、ヘテロ接合体の遺伝性血栓症の場合、子どもは50%の確率でヘテロ接合体となり、親である患者さんと同程度に血液凝固制御因子が欠乏します。ただし、実際に症状が起こるかどうかや症状の程度については個人差があるため、この病気の浸透率はわかっていません。

Autosomal Dominant Inheritance

どのように診断されるの?

難病情報センターに記載の診断基準によると、下記A(症状)およびB(検査所見)がそれぞれ1項目以上当てはまり、C(鑑別疾患)が除外され、D(遺伝学的検査の結果)が当てはまる場合、特発性血栓症(遺伝性血栓症)と確定診断されます。また、AおよびBがそれぞれ1項目以上当てはまり、Cが除外され、E(遺伝性を示唆する所見)が2項目以上当てはまれば、この疾患の可能性が高いと診断されます。AおよびBがそれぞれ1項目以上当てはまり、Cが除外される人は、この疾患の可能性があると診断されます。

A. 症状

1.新生児・乳児期(0~1歳未満)の場合

胎児脳室拡大(水頭症)、新生児脳出血・梗塞、脳静脈洞血栓症、電撃性紫斑病、硝子体出血。しばしば皮膚の出血斑、血尿などがみられる。

2.小児期(1歳以上18歳未満)・成人(18歳以上)の場合

静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、脳静脈洞血栓症、上腸間膜静脈血栓症など)、動脈血栓症(脳梗塞など)。

※小児期では、脳出血・梗塞で発症する割合が多い。

※成人女性では、習慣流産を来す場合もある。

  • よく発生する症状は、年齢によって違いがあります。
  • これらの症状は、長時間動かない、外傷、手術、感染症、脱水、妊娠・出産、女性ホルモン剤服用などが誘因となって発症することがあります。
  • CT・MRI・超音波等の画像検査で確認された無症候性のものも症状に含みます。

B.検査所見

1.血漿中のプロテインC活性が成人の基準値の下限値未満

2.血漿中のプロテインS活性が成人の基準値の下限値未満

3.血漿中のアンチトロンビン活性が成人の基準値の下限値未満

1~3は、それぞれの測定法での基準値に準拠します。18歳未満の場合には、成人の下限値に対する年齢別の下限値割合(下記、Ichiyama, M et al. Pediatr Res. 2016, 79:81-6.)が参照されます。

  • プロテインC/プロテインS:生後0~89日は60%、生後90日~3歳未満は85%、3歳~7歳未満は85%、7歳~18歳未満は100%
  • アンチトロンビン:生後0~89日は65%、生後90日~3歳未満は65%、3歳~7歳未満は85%、7歳~18歳未満は100%

C.鑑別診断

プロテインC、プロテインS、アンチトロンビン欠乏症以外の遺伝性血栓性素因に伴う血栓傾向および血小板の異常(骨髄増殖性腫瘍など)、血管障害、血流障害、抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍など。

新生児期~小児期では、さらに以下の疾患を鑑別します。

新生児期:仮死、呼吸窮迫症候群、母体糖尿病、壊死性腸炎、新生児抗リン脂質抗体症候群など。

乳児期・小児期:川崎病、心不全、糖尿病、鎌状貧血、サラセミアなど。

D.遺伝学的検査

SERPINC1遺伝子、PROC遺伝子、PROS1遺伝子のいずれかに病的バリアントが同定されること。

E.遺伝性を示唆する所見

1.若年性(40歳以下)発症である

2.再発を繰り返す(特に適切な抗凝固療法や補充療法中の再発)

3.まれな部位(脳静脈洞、上腸間膜静脈など)での血栓症を発症する

4.発端者(その家系で最初にこの疾患と診断された人)と同様の症状を示す人が家系内に1人以上存在する

どのような治療が行われるの?

一般的に、抗凝固剤を用いた抗凝固療法が行われます。ワルファリン、ヘパリンなどの他、出血性副作用の少ない新しい抗凝固薬も開発され、使用されてきています。手術を受ける場合や妊娠・出産に際しては予防的抗凝固療法が推奨されています。

アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症の人が血栓症を発症した時には、それぞれアンチトロンビン製剤や活性化プロテインC濃縮製剤の静脈注射による補充療法が行われることがあります。特に、電撃性紫斑病は、活性化プロテインC製剤による治療が必要です。肺血栓塞栓症では、ウロキナーゼ、遺伝子組換え組織プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)などの薬で血栓を溶かす治療や、外科的な血栓除去術などが行われます。また、足にできた血栓が肺へ行かないように、足の付け根からフィルターを入れて留置する、下大静脈フィルター留置術が行われることがあります。

静脈血栓症は、複数の血栓性リスクが重なって発症します。遺伝的な要因(病的バリアント)もそのリスクの一つですが、その他の後天的な血栓性リスク(長期臥床、手術、妊娠、感染症、経口避妊薬内服、加齢、肥満、脱水など)が重なると、発症リスクが高まります。したがって、これらのリスクを避けることが予防につながります。例えば、飛行機、電車、自動車などで長時間移動するときには、こまめに水分補給をして脱水を避け、トイレに行くために歩行したり、足首を回したりすることを心がけると良いでしょう。外出時にトイレの回数を減らすために水分補給を控えるなどは、静脈血栓塞栓症発症のリスクになります。

どこで検査や治療が受けられるの?

日本で遺伝性血栓症の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。

※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。

患者会について

難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。

参考サイト

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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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