どのような病気?
ヒアリン線維腫症症候群は、体組織のあちこちにガラスのように見える透明な物質(硝子状物質)が異常に蓄積し、皮膚の結節のほか関節、骨、内臓などさまざまな部分に症状が見られる遺伝性疾患です。ヒアリン(hyaline)は、「ガラス状の」「透明な」といった意味があります。
この病気の症状や重症度は患者さんによってさまざまですが、出生時もしくは生まれて数か月以内に発症する病型は、命に関わることもある全身の症状が見られ、軽症の場合には、小児期頃に発症し症状が現れる器官も比較的少ない傾向があります。以前は乳児期発症の疾患を「乳児全身性ヒアリン症」、小児期発症の疾患は「若年性ヒアリン線維腫症」と区別して呼ばれていましたが、現在はヒアリン線維腫症症候群として一つの疾患として扱われます。
ヒアリン線維腫症症候群の最も特徴的な症状は、皮膚の下にできるしこり(結節、けっせつ)の増殖で、8割以上の患者さんに見られます。これらのしこりは非がん性で、さまざまな場所にできる可能性がありますが、特に頭皮にできることが多いとされます。また、顔面や首には丘疹(きゅうしん)が、肛門周囲には肉芽状(にくげじょう、表面がでこぼこした状態)の腫瘤(しゅりゅう)が見られることがあります。丘疹や腫瘤は、結節と似ていますが、大きさによって呼び方が異なり、丘疹は直径1cm未満の小さなぶつぶつ、腫瘤は2cm以上の大きなしこりを意味します。
筋肉や内臓に結節が増殖すると、痛みだけでなく重篤な合併症の原因となります。特に腸内に結節が形成されると、タンパク質漏出性腸症と呼ばれる病態を引き起こし、重度の下痢、体重減少、全身の衰弱などが生じる場合があります。
また、骨が突出した部分(くるぶし、肘、指の第2関節など)の皮膚に色素沈着が見られる、歯肉の過増殖(歯肉肥大)、皮膚が厚くなるなどもよく見られます。さらに、鼻梁(びりょう、鼻筋のこと)の陥没、さまざまな耳の奇形(大きい、低い位置など)、粗い顔立ち(皮膚が厚く目、鼻、口、顎の境界がはっきりしない)などのような特徴的な顔立ちも見られることがあります。
乳児期から幼児期初期頃における受動運動時の激しい痛み(他の人が関節を動かした際に過度に泣く)も見られます。浮腫、リンパ管拡張症などさまざまな原因から発育不全が引き起こされることもあります。リンパ管拡張症とは、体内の余分な水分や老廃物などを回収するリンパ管が異常に広がる病態です。小腸でリンパ管拡張症が起こると、リンパ液中のタンパク質が腸管内に漏れ出します。
その他に、関節のこわばりや痛みも見られます。時間が経つにつれて関節の動きが悪くなり、拘縮(こうしゅく)と呼ばれる関節が固まった状態になることで、関節を動かすことが困難になります。成人期には、移動に車椅子が必要になる人もいます。骨の異常が見られる場合もあります。
ヒアリン線維腫症症候群では、重度の身体的障害が認められる場合もありますが、精神発達は正常であるとされます。
この病気の経過は症状の程度により大きく異なります。軽症の場合は成人期まで安定した経過をたどることが多い一方で、重症の場合は慢性的な下痢や繰り返す感染症、タンパク質漏出性腸症などの合併症により、小児期に命に関わる状況となることがあります。
ヒアリン線維腫症症候群で見られる症状(米NIH GARDより和訳) |
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高頻度に見られる症状 関節痛、粗い顔立ち、関節の屈曲拘縮、歯肉肥大、骨減少症、骨粗鬆症、皮下結節 |
良く見られる症状 下痢、発育不全、歯肉線維腫症、低い位置にある耳、細い顔、感染症を繰り返す、皮膚の肥厚 |
頻度が不明の症状 骨溶解、進行性屈曲拘縮 |
ヒアリン線維腫症症候群は非常にまれな疾患であり、正確な発症頻度や患者数はわかっていません。世界各地のさまざまな民族的背景を持つ家族で認められています。
何の遺伝子が原因となるの?
ヒアリン線維腫症症候群は、4番染色体の4q21.21領域に存在する、ANTXR2遺伝子が原因となり発症することがわかっています。
この遺伝子は、細胞の表面に存在するANTXR2タンパク質の設計図となります。ANTXR2タンパク質は、細胞外マトリックスと呼ばれる構造体の成分と結合します。細胞外マトリックスは、4型コラーゲンやラミニンなどのタンパク質からなり、皮膚、骨、軟骨、腱、靭帯などの結合組織を支える役割を果たしています。
ANTXR2遺伝子の変異により、作られた異常なANTXR2タンパク質が、細胞外マトリックス成分と正常に相互作用できなくなった結果、細胞外マトリックスの形成が阻害され、ヒアリン物質がさまざまな組織に蓄積するのではないかと考えられています。あるいは、過剰になった細胞外マトリックスタンパク質を分解する仕組みが阻害されることで、組織に蓄積する可能性も示唆されています。
しかし、ANTXR2タンパク質の機能や、ヒアリン線維腫症症候群が引き起こされる仕組みについてはまだはっきりとわかっていません。また、この病気の重症度が患者さんごとに異なる原因についても研究が進められています。
ヒアリン線維腫症症候群は、常染色体劣性(潜性)遺伝形式で遺伝します。この遺伝形式は、両親から受け継いだ遺伝子の両方に変異が生じることにより発症することを意味しています。両親は、変異のある遺伝子と変異のない遺伝子を1つずつ持つ保因者で、通常はこの病気を発症していません。保因者である両親から生まれる子どもがヒアリン線維腫症症候群である確率は25%(4人に1人)です。
どのように診断されるの?
ヒアリン線維腫症症候群の国内における診断基準はまだ確立されていません。米国のワシントン大学を中心としたスタッフが運営している遺伝性疾患情報サイト「GeneReviews」によると、以下の所見によりヒアリン線維腫症症候群が疑われます。
【臨床所見】
骨突出部の皮膚の色素沈着、関節の拘縮(進行性)、発育不全、歯肉肥厚、皮膚結節、特徴的な顔立ちなど
【臨床検査所見】
血液中のアルブミン濃度の低下、貧血や血小板増多症、免疫グロブリンのレベルの低下など
【組織病理学的所見】
・皮膚生検:顕微鏡検査で真皮にヒアリン物質の存在を確認(疾患の初期段階では明らかでない場合がある)
・電子顕微鏡検査:拡大した小胞体とゴルジ体を持つ、微細な線維状物質で満たされた細胞を観察
・腸生検:顕著な胃腸症状がある場合、絨毛萎縮、浮腫、リンパ管拡張症、ヒアリン化が見られる
最終的な診断は、これらの所見により疑われた場合に、遺伝学的検査によってANTXR2遺伝子の病原性変異が確認されることで行われます。
どのような治療が行われるの?
現在、ヒアリン線維腫症症候群に対する根本的な治療法は確立されていません。治療は症状に応じた対症療法が中心となります。GeneReviewsには、主な症状とその治療法について以下のように記載されています。
発育不全が見られる場合には、早期に経鼻胃管や胃ろうチューブ、または経腸栄養が検討されます。吸収不良やリンパ管拡張症の可能性を考慮し、個々の患者さんに合わせた栄養管理が行われます。
下痢や浮腫を伴うタンパク質漏出性腸症に対しては、水分補給やアルブミン輸液による治療が行われます。ただし、有効な長期的治療法はなく、腸管リンパ管拡張症に対する食事療法の有効性はわかっていません。
関節の拘縮には、理学療法による評価と治療が行われます。関節の受動運動時に痛みがある場合は、理学療法を慎重に実施する必要があり、場合によっては痛みのために治療が困難なこともあります。
痛みの管理には非ステロイド系抗炎症薬や鎮痛薬の使用が検討されます。動作時に痛みが悪化する場合には、優しく動かすことが重要です。関節の固定により痛みを軽減できる場合があります。痛みの専門医による相談や、重症例では緩和ケアでの相談も選択肢となります。
皮膚結節、歯肉肥厚、口腔内の病変、肛門周囲の腫瘤に対しては外科的切除が可能です。ただし、切除後に病変が再発することがあります。麻酔に関しては、気管内挿管が困難な場合があり、麻酔科医の注意が必要です。
皮膚結節は、皮膚科的治療や形成外科的治療も選択肢となります。鼠径部、肛門周囲、首の部位は肥厚性瘢痕や皮膚病変を起こしやすい傾向があります。
感染症の治療は、原因菌や感染部位に応じて行います。液性免疫や細胞性免疫の検査が行われる場合があります。
また、患者さんとご家族に対する心理的サポートや相談体制の整備も重要とされています。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本でヒアリン線維腫症症候群の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。
※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。
患者会について
ヒアリン線維腫症症候群の患者会で、ホームページを公開しているところは、以下です。