どのような病気?
進行性白質脳症は、進行性に大脳白質が障害を受ける疾患の総称で、複数の異なる疾患が含まれています。進行性とは、一定年齢まで正常に発達するものの、その後に症状が出て、徐々にその症状が進んでいくことを言います。ここでは、厚生労働科学研究難治性疾患政策研究事業の「進行性大脳白質障害の疾患概念の確立と鑑別診断法の開発」で、研究の対象疾患となっている「皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症:Megalencephalic leukoencephalopathy with subcortical cysts(MLC)」「白質消失病:Childhood ataxia with central hypomyelination/vanishing white matter(CACH/VWM)」「脳幹および脊髄の障害と乳酸上昇を伴う白質脳症:Leukoencephalopathy with brain stem and spinal cord involvement and lactate elevation(LBSL)」の3疾患、および難病情報センターに記載の「卵巣機能障害を伴う進行性白質脳症:Leukoencephalopathy, progressive, with ovarian failure(LKENP)」を中心に解説します。
進行性白質脳症は、乳児期以降に徐々に運動機能の障害から発症する場合が多くあります。一方で、成年期まで無症状の場合もあり、発症年齢は幅広くなっています。含まれる全ての疾患において、ゆっくりと進行する場合もあれば、頭部外傷や感染症による高熱などをきっかけとして階段状(急に悪化してしばらく安定し、再び悪化するようなパターン)に進行する場合もあります。階段状の進行は、特にMLCとCACH/VWMで多く見られます。進行して現れた症状は、今のところ改善できないため、症状が進むにつれ自立した日常生活は困難になっていきます。
主に認められる症状は、運動障害、小脳失調、てんかん、知的障害、末梢神経障害などです(これらの症状は、必ずしも全てが全員に起こるわけではありません)。MLCでは乳幼児期から大頭症と運動発達遅滞が見られる場合が多くあります。LKENPでは、女性の場合、卵巣機能障害(月経機能障害)が見られます。
MLCで見られる症状 |
---|
乳幼児期での発症、運動失調、びまん性海綿状白質脳症、軽度の知的障害、大頭症、運動発達遅延、てんかん発作、痙性(不随意の筋肉のこわばり、収縮、けいれん) ※MLCは、兆候や症状、遺伝的原因によって3つの病型に区別されます。 |
CACH/VWMで見られる症状 |
---|
79%~30%で見られる症状 15歳未満での若年発症、大頭症 |
29~5%で見られる症状 失明 |
割合は示されていないが見られる症状 髄鞘形成不全、頭部の成長停止、中枢神経系の脱髄、血清プロゲステロン値の低下、妄想、発達遅滞、構音障害(はっきりと話せない)、情緒不安定、発熱、歩行障害、筋緊張の低下、神経膠症、無気力、白質脳症、記憶障害、視神経萎縮、性格の変化、早期閉経、原発性無月経、二次性無月経、原発性性腺機能不全、てんかん発作、痙性 |
LBSLで見られる症状 |
---|
99%~80%で見られる症状 脊髄後柱の異常 |
79%~30%で見られる症状 バビンスキー徴候(病的な反射)、不器用、進行性の歩行障害、遠位筋力低下、構音障害、髄鞘形成不全白質ジストロフィー、進行性小脳性運動失調、進行性の痙性、振戦 |
29~5%で見られる症状 認知機能障害、反射神経の低下、遠位感覚障害、足の振動感覚の低下、視覚空間的な認知障害、髄液中の乳酸値上昇、血清乳酸値上昇、足の筋肉のこわばり、運動発達遅延、末梢軸索神経障害 |
1~4%で見られる症状 発話の欠如、小脳萎縮、大脳萎縮、複視、関節拘縮、手足の筋萎縮、脳梁の形成不全、追視開始および維持障害、精神遅滞、筋緊張低下、眼振、視神経委縮、末梢神経疾患、眼瞼下垂、てんかん発作、遅い衝動性眼球運動、過活動膀胱、体幹運動失調 |
割合は示されていないが見られる症状 運動失調、反射亢進、白質脳症、筋力低下、骨格筋の萎縮、痙性、ゆっくりと症状が進行 |
LKENPで見られる症状 |
---|
通常は若年成人での発症だが一部は早期小児期に発症、眼振、単独ミトコンドリア呼吸鎖複合体IV欠乏(生検で)、発達遅滞、運動失調、振戦、痙縮、ジストニア、構音障害、神経変性、認知悪化、認知症、発語喪失、運動能喪失、失行症、白質脳症、深部白質変化、脳梁異常、脳室周囲白質軟化症、一部で小脳萎縮、行動異常、実行能障害、うつ、早期卵巣機能不全 |
海外の報告によると、数万人に1人が進行性白質脳症であると推定されています。日本人の中でどれくらいの人がこの病気なのかを調査した結果は今のところありませんが、進行性白質脳症とされるさまざまな疾患を全て含めると、年間で10~20人が新たに発症していると推測されています。なお、難病情報センターによると、日本にいる患者さんの数は100人未満と示されています。進行性白質脳症は、人種、生活習慣、性別とは無関係に発症すると考えられていますが、LKENPについては女性のみ報告されています。
進行性白質脳症は、国の指定難病対象疾患(指定難病308)です。
何の遺伝子が原因となるの?
進行性白質脳症は、一部の例外を除き、基本的に遺伝子の変化で起こると知られています。一方で、まだ原因遺伝子がわからない進行性白質脳症の患者さんもいます。原因遺伝子がわかっている、MLC、CACH/VWM、LBSL、LKENPは、MLC2Bを除き、全て常染色体劣性(潜性)遺伝形式で遺伝することがわかっています。またこの場合、ほとんどの原因遺伝子について、父親由来と母親由来の両方が同じように変異している、あるいは両方変異しているが変異の場所が異なる(責任遺伝子のホモ接合、あるいは複合ヘテロ接合)ことで発症すると知られています。
疾患名 | 原因遺伝子(染色体位置) | 作られるタンパク質 | 遺伝形式 |
---|---|---|---|
MLC MLC1 MLC2A MLC2B |
MLC1(22q13.33) HEPACAM(11q24.2) HEPACAM(11q24.2) |
MLC1 GlialCAM GlialCAM |
常染色体劣性(潜性) 常染色体劣性(潜性) 常染色体優性(顕性) |
CACH/VWM | EIF2B1(12q24.31)、EIF2B2(14q24.3)、EIF2B3(1p34.1)、EIF2B4(2p23.3)、EIF2B5(3q27.1) | eIF2B(これら5つの遺伝子から作られるタンパク質が合わさって構成される) | 常染色体劣性(潜性) |
LBSL | DARS2(1q25.1) | アスパルチルtRNAシンセターゼ | 常染色体劣性(潜性) |
LKENP | AARS2(6p21.1) | アラニルtRNAシンセターゼ | 常染色体劣性(潜性) |
MLC
MLC1型の原因として、21番染色体の22q13.33という位置に存在するMLC1遺伝子が見つかっています。MLC1遺伝子は、脳および脾臓、白血球などに見られるMLC1タンパク質の設計図となる遺伝子です。脳内でMLC1タンパク質は、アストログリア細胞と呼ばれる神経細胞に見られます。その機能はまだ完全にわかっていませんが、これまでの研究では、近隣の細胞同士の接合の強さなどに関係している可能性が考えられています。MLC1型は、常染色体劣性(潜性)遺伝形式で遺伝します。
MLC2A型、および2B型の原因遺伝子として、11番染色体の11q24.2という位置に存在するHEPACAM遺伝子が見つかっています。HEPACAM遺伝子は、脳のグリア細胞や肝臓で見られるGlialCAMタンパク質の設計図となる遺伝子です。GlialCAMタンパク質の機能はまだよくわかっていませんが、グリア細胞でGlialCAMタンパク質は、細胞同士の接合に関わっていると考えられています。同じ原因遺伝子ですが、MLC2A型は常染色体劣性(潜性)遺伝形式で、MLC2B型は常染色体優性(顕性)遺伝形式で遺伝します。
CACH/VWM
CACH/VWMの原因遺伝子として、EIF2B1、EIF2B2、EIF2B3、EIF2B4、EIF2B5遺伝子が見つかっています。それぞれの染色体位置は、EIF2B1(12q24.31)、EIF2B2(14q24.3)、EIF2B3(1p34.1)、EIF2B4(2p23.3)、EIF2B5(3q27.1)とバラバラですが、これらの5つの遺伝子からは、eIF2Bと呼ばれるタンパク質を構成する5つのパーツ(サブユニット)が作られます。eIF2Bは、eIF2という別のタンパク質と相互作用して、細胞内のタンパク質合成を全体的に調節している、極めて重要なタンパク質です。
5つの遺伝子のどれに変異が起きてもCACH/VWMを発症することがわかっていますが、CACH/VWMの65%で、EIF2B5遺伝子の変異が見られています。これらの変異でeIF2Bの機能が部分的に失われると、白質が特に影響を受け、この病気を発症するのではないかと研究者は考えています。
LBSL
LBSLの原因遺伝子として、1番染色体の1q25.1という位置に存在するDARS2遺伝子が見つかっています。この遺伝子は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアと呼ばれる小器官で働く酵素「アスパルチルtRNAシンセターゼ」の設計図となる遺伝子です。この酵素は、ミトコンドリアで重要なタンパク質が作られる過程で重要な働きをしています。この遺伝子の変異で、なぜLBSLが発症するのかは、まだ解明されていません。
LKENP
LKENPの原因遺伝子として、6番染色体の6p21.1という位置に存在する、AARS2遺伝子が見つかっています。この遺伝子も、ミトコンドリアで働く酵素の設計図となっている遺伝子で、その酵素は「アラニルtRNAシンセターゼ」と呼ばれます。この酵素は、ミトコンドリアで重要なタンパク質が作られる過程で重要な働きをしています。この遺伝子の変異で、なぜLKENPが発症するのかは、まだ解明されていません。
どのように診断されるの?
進行性白質脳症は、頭部MRI検査による大脳白質のT2W高信号や嚢胞化が特徴として挙げられますが、生化学的検査などの客観的な指標は今のところないため、確定診断をつけるためには遺伝子診断が行われることになります。
難病情報センターのページには、MLC、CACH/VWM、LKENPについて、それぞれの診断基準が記載されており、その内容は以下の通りです。いずれも、確定診断のためには遺伝子検査の結果が用いられています。
1)皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症(MLC)の診断基準
下記Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たし、Cが除外され、Dの1あるいは2を満たす場合に、MLCと確定診断されます。Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たし、Cが除外された場合、MLCであることがほぼ確実と診断されます。Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たした場合、MCLの疑いと診断されます。
A.症状
- 乳児期からの大頭症
- 運動失調あるいは痙性などの錐体路・錐体外路症状(緩徐に、あるいは感染症や頭部外傷などを契機に、階段状に進行する)
- 知的退行(乳児期早期の発達は正常範囲内であり、初期には知的障害はない)
- てんかん(症状の進行に伴いてんかん発作を生じることがある)
B.検査所見
MRI画像所見で、大脳白質にびまん性・左右対称性の「T2高信号」が認められ、主に側頭葉前部に皮質下嚢胞が認められる。皮質の所見は認められない。
C.鑑別診断される疾患
白質消失病、アレキサンダー病、副腎白質ジストロフィーなど、大脳白質障害を示す他の疾患
D.遺伝学的検査の結果
- MLC1のホモあるいは複合ヘテロ変異(父親由来と母親由来の両方が同じように変異している、あるいは両方変異しているが変異の場所が異なる)
- HEPACAMのホモあるいは複合ヘテロ変異ないしヘミ変異(父親由来と母親由来の両方が同じように変異している、あるいは両方変異しているが変異の場所が異なる、あるいはどちらかの遺伝子が存在しない
2)白質消失病(CACH/VWM)の診断基準
下記Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たし、Cが除外され、Dを満たす場合に、CACH/VWMと確定診断されます。Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たし、Cが除外された場合、CACH/VWMであることがほぼ確実と診断されます。Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たした場合、CACH/VWMの疑いと診断されます。
A.症状
- 運動失調あるいは痙性などの錐体路・錐体外路症状(緩徐に、あるいは感染症や頭部外傷などを契機に階段状に進行し、時に昏睡を生じる)
- 知的退行(乳児期早期の発達は正常範囲内であり、初期には知的障害はない)
- てんかん(症状の進行に伴いてんかん発作を生じることがある)
B.検査所見
MRI画像所見で、病初期には大脳深部白質にびまん性・左右対称性の「T2高信号」が認められるが、症状の進行とともに白質信号強度は脳室と区別不能となり、それに伴い大脳が全体的に萎縮を示す。
C.鑑別診断される疾患
皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症、アレキサンダー病、副腎白質ジストロフィーなど大脳白質障害を示す他の疾患
D.遺伝学的検査の結果
EIF2B1~5のいずれかのホモあるいは複合ヘテロ変異(父親由来と母親由来の両方が同じように変異している、あるいは両方変異しているが変異の場所が異なる)
3)卵巣機能障害を伴う進行性白質脳症LKENPの診断基準
下記Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たし、Cが除外され、Dを満たす場合に、LKENPと確定診断されます。Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たし、Cが除外された場合、LKENPであることがほぼ確実と診断されます。Aのうち1項目以上が当てはまり、Bを満たした場合、LKENPの疑いと診断されます。
A.症状
- 乳幼児期からの発達の遅れ
- 学童期からの学習障害、巧緻機能障害(箸を使ったりボタンをとめたりするのが難しい)
- 青年期以降からの抑うつ、行動障害、認知機能低下
- 運動失調あるいは痙性などの錐体路・錐体外路症状の進行
- 女性の場合、卵巣機能障害による二次性月経不全
B.検査所見
MRI画像所見:大脳白質に斑状に「T2高信号」が認められる。
C.鑑別診断される疾患
皮質下嚢胞をもつ大頭型白質脳症、白質消失病、アレキサンダー病、副腎白質ジストロフィーなど大脳白質障害を示す他の疾患
D.遺伝学的検査の結果
AARS2遺伝子のホモあるいは複合ヘテロ変異(父親由来と母親由来の両方が変異している、あるいは両方変異しているが変異の場所が異なる)
4)脳幹および脊髄の障害と乳酸上昇を伴う白質脳症(LBSL)の診断基準については、米国のワシントン大学を中心としたスタッフが運営している遺伝性疾患情報サイト「GeneReviews」の翻訳版「GeneReviews Japan」(事務局:信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センター)に記載があります。
それによると、MRI画像所見による、「大脳白質(非均一で斑状、あるいは、均一で融合性。相対的にみると直接的に皮質下白質は侵さない)」「脊髄の後索と外側皮質脊髄路(頚髄で十分に可視化される)」「延髄の錐体や内側毛帯」に異常信号(T1強調画像における異常低信号とT2強調画像における異常高信号が参考とされる)が主要診断基準とされます。また、同異常信号が「脳梁膨大部」「内包後脚」「上小脳脚」「下小脳脚」「三叉神経の実質内部」「三叉神経中脳路」「延髄の前脊髄小脳路」「小脳白質」に認められた場合、それらは支持診断基準となります。
こうした所見に加え、遺伝子検査でDARS2の両アレル性病原性バリアント(父親由来と母親由来の両方が同じように変異している)が確認された場合、LBSLと確定診断されます。
どのような治療が行われるの?
今のところ、進行性白質脳症を根本的に治すような治療法は見つかっていません。そのため、それぞれの症状(特に命に関わるような症状)に対する治療が中心となります。
例えば、てんかん発作が起こる人に対しては発作のタイプに応じた抗てんかん薬で治療が行われます。小脳症状としての振戦(手や頭など体の一部に起こるふるえ)が見られる人に対しても、薬による治療が行われます。
痙性(手足の突っ張りなど)によって引き起こされる関節拘縮を予防するためには、理学療法やボトックス療法(筋肉に薬を注射して部分的にまひさせる治療法)などが行われる場合があります。
嚥下障害や、それに伴う呼吸不全が起こるようになった場合には、気管切開による気道確保や、胃ろう造設による長期栄養管理などが行われ、生涯続けられます。
進行性白質脳症の症状は、頭部外傷や感染症によって階段状に進行することがあるため、日常生活では頭部外傷や感染症をできるだけ避けることが望ましいとされています。症状がある場合、定期的な受診により、診察や画像検査などで病状の把握が継続的に行われます。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本で進行性白質脳症の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。
※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。
患者会について
進行性白質脳症の患者会で、ホームページを公開しているところは、以下です。
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。
参考サイト
- 難病情報センター
- GeneReviews Japan
- UR-DBMS
- MedlinePlus
- Genetic and Rare Diseases Information Center
- Online Mendelian Inheritance in Man(R) (OMIM(R))