どのような病気?
チロシン水酸化酵素欠損症は、乳児期からの進行性の脳症またはジストニア症状により、特に運動機能に関して多彩な症状が見られる非常にまれな遺伝性疾患です。
この病気では、症状の程度は重症から軽度まで幅広く、「進行性脳症」もしくは「ドーパ反応性ジストニア(DRD)」という、2つの異なる病型があることが特徴です。
進行性脳症は、より重症度が高く、生後3~6か月において、運動量がとても少ない(運動寡少)、腹筋や背筋などの胴体回りの筋肉(躯幹筋)の筋緊張低下、顔の筋肉の異常により表情が見られない(仮面様顔貌)などの症状から病気が発見されます。中枢神経の異常によって腱反射が亢進するなどの錐体路徴候のほか、眼瞼下垂、注視発作(上向きに眼球が回転運動する眼球運動の異常)、眼の瞳孔が収縮した状態(縮瞳・しゅくどう)などの眼の症状も見られます。また、知的障害のほか、嗜眠(しみん)とよばれる強い刺激があるまで目を覚まさない意識障害状態を定期的に伴う全身倦怠、わずかな刺激に対する過敏性(被刺激性)、発汗、流涎(りゅうぜん・よだれの増加)などの症状が現れ、時には命に関わることもありますが、これらの症状が見られず進行性の運動障害だけが主に現れる場合もあります。
ドーパ反応性ジストニアでは、乳児期から幼児期にかけてジストニア、筋肉のこわばりによって手足をスムーズに動かしにくくなる筋強剛(きんきょうごう)などが発症します。ジストニアは、最初は足に見られますが、その後全身に広がります。また、乳児期の早期に振戦が足から始まり、頭や舌、腕に広がることもあります。これらの運動症状は睡眠によって改善することもあります。また、ドーパ反応性ジストニアでは知的な発達は正常であることが多いとされます。
チロシン水酸化酵素欠損症で見られる症状 |
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良く見られる症状 錐体外路運動機能の異常、運動失調、バビンスキー反射(足の裏の刺激に反応して親指が上向きに曲がる)、動作緩慢、反射亢進、便秘、脳脊髄液のホモバニリン酸濃度低下、発話および言語発達の遅延、過剰な唾液分泌、摂食困難、局所性ジストニア、歩行失調、運動機能低下症、筋緊張低下、被刺激性、無気力、手足のジストニア、下肢の反射亢進、ミオクローヌス(間代性筋けいれん)、寝汗、パーキンソニズム(震え、硬直、動きの遅さ、歩行困難など)、凹足(おうそく)、姿勢時振戦(姿勢を保持しようとすることで引き起こされる振戦)、眼瞼下垂、筋強剛(筋固縮)、内反尖足(足の底が内側を向く) |
しばしば見られる症状 全身性ジストニア、軽度知的障害 |
非常にまれに見られる症状 全身性筋緊張低下、進行性脳症 |
この病気は大変まれで、世界の報告でも100人未満であるとされています。国内における正確な患者数や発症頻度は不明ですが、2009年度に行われた厚生労働省による全国調査ではこの病気の患者さんは報告されませんでした。
チロシン水酸化酵素欠損症は、小児慢性特定疾病の対象疾患となっています。
何の遺伝子が原因となるの?
チロシン水酸化酵素欠損症は、11番染色体上にある11p15.5と呼ばれる領域に存在する、TH(Tyrosine hydroxylase)遺伝子の変異によって引き起こされます。TH遺伝子は、神経伝達物質のドーパミンを合成するために必須となるチロシン水酸化酵素の設計図となる遺伝子です。ドーパミンは、脳が体の動きや感情的な行動を制御するのを助ける働きがあります。また、ドーパミンから作られるノルエピネフリン(ノルアドレナリン)、エピネフリン(アドレナリン)は自律神経系で働く事が知られています。
TH遺伝子が変異することによって、チロシン水酸化酵素の働きが低下し、ドーパミン、ノルエピネフリン、エピネフリンが作られず少なくなります。これらの物質は、正常な神経系の機能に必須であるため、運動障害や自律神経機能の問題など、この病気の症状が引き起こされると考えられます。一方で、この病気において、進行性脳症とドーパ反応性ジストニアの、異なる病型に分かれる原因についてはわかっていません。
チロシン水酸化酵素欠損症は、常染色体劣性(潜性)遺伝形式で遺伝します。この遺伝形式では、両親から受け継いだ両方にTH遺伝子の変異があることで発症します。両親はこの病気の保因者ではありますが、病気は発症しません。
どのように診断されるの?
チロシン水酸化酵素欠損症の病気の診断は、臨床所見、生化学的検査、遺伝学的検査をもとに行われます。
この病気の疑いとなる症状
症状に日内変動を認めない、生後3~6か月に運動寡少・躯幹筋緊張低下・仮面様顔貌で発症、腱反射亢進、錐体路徴候、注視発作、眼瞼下垂(交感神経作動点眼薬で改善)、縮瞳、間歇的に嗜眠を伴う全身倦怠、被刺激性、発汗、流涎
臨床所見で上記のような症状が確認され、他の病気が特定されていない場合に生化学的検査や遺伝学的診断が行われ、この病気であると診断されます。
生化学的検査では、髄液のホモバニリン酸(HVA)・3メトキン-4ヒドロキシフェニルグリコール(MHPG)の減少、フェニルアラニン・プテリジンおよびセロトニン代謝が正常なこと、血中プロラクチン値が著明に上昇することなどで診断されます。
遺伝的検査では、TH遺伝子解析により診断されます。
どのような治療が行われるの?
ドーパ反応性ジストニアの場合は、L-dopa(レボドパ製剤)が有効な場合があるとわかっています。この薬は生涯服用し続ける必要があり、数日間の飲み忘れで命に関わることがあるため、できる限り一人暮らしは避けたほうが良いとされています。
進行性脳症には現在のところ有効な治療法は見つかっていません。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本でチロシン水酸化酵素欠損症の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。
※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。
患者会について
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。