遺伝性疾患の診断の過程では、さまざまな検査が行われます。各疾患に共通した検査から、その疾患に特有の検査まで、いろいろある中で、今回は、ミトコンドリア病の診断に特化した検査を実施している施設を見学させて頂いてきました。場所は、千葉県こども病院です。ここには、日本で唯一の「ミトコンドリア病の生化学解析施設」が設置されており、全国から診断の依頼とともに、多数の検体が送られてきます。解析施設を案内して頂いたのは、千葉県こども病院代謝科部長/遺伝診療センター長の、村山圭先生です。機器や検査データなど、普段なかなか知ることができない部分について、いろいろと詳しく教えて頂きました。
ミトコンドリア病の生化学解析施設は、特殊生化学検査室と言うのですね?
はい、病院の検査室の一つです。同時に臨床研究も行われる施設なので、臨床研究室、かつ、特殊生化学検査室ということになります。では、さっそく中に入ってみましょう。
いろいろな機器がありますね!それではミトコンドリア病で調べる主な生化学検査項目について、検査機器とともに教えてください
ミトコンドリア病の生化学検査は「呼吸鎖の酵素活性」と「酸素消費量」の2種類あります。
呼吸鎖の酵素活性
まずは、呼吸鎖の酵素活性を測定する検査を見ていきましょう。細胞の中に存在するミトコンドリアという小器官は、エネルギー源となる「ATP」を取り出す場ですが、ATPは、ミトコンドリアの中でも呼吸鎖複合体と呼ばれる、数多くの酵素が存在する部分で取り出されます。この機器では、呼吸鎖複合体I~IVの、それぞれに関わる酵素の活性を調べます。この装置は吸光度計と呼ばれるもので、3分間の酵素活性をリアルタイムに測定できます。
各検体についてまずは、呼吸鎖複合体とは関係なくミトコンドリアで働く、クエン酸合成酵素の活性を測定します。今回、3人分の検体を測定した結果をお見せしますね(下図)。下のまっすぐなグラフと右上がりのグラフが1対で1検体、合計3検体です。下のまっすぐなグラフ(3本)はベースライン、それに対して、クエン酸合成酵素が働いていれば、右上がりのグラフ(3本)になっていき、この傾きが、これから測定する呼吸鎖の酵素活性の参照値となります(ミトコンドリアマーカーという言い方もします)。グラフが右上がりになることについて、少し専門的に言うと、検体の溶液に入れてある基質という物質が、酵素により分解されると発色する仕組みになっており、酵素が働くほどその色が濃くなるため、縦軸に示される吸光度(Abs)が高くなってくる、そのため、グラフが右上がりになってくる、ということになります。
続いて、これは、呼吸鎖複合体Iの活性を、同じ3検体で測定した結果です(下図)。ここでは、NADHという物質が、酵素によってNAD+(酸化型)に変化する反応を見ています。酵素が働くほど、NADHはNAD+に変換されて減っていくため、NADHの吸光度を追っていくと、先ほどとは逆にグラフは右肩下がりになります。下のまっすぐなグラフと比べて、上のグラフがどれくらいの傾きで右肩下がりになっているのか、その差分を計算し、それをさらに、先ほどのクエン酸合成酵素の数値により補正して、呼吸鎖複合体Iの活性に問題があるかないかを判定します。
同様の原理で、呼吸鎖複合体II、III、IVの活性も測定し、どの呼吸鎖複合体に問題があるかを突き止めていきます。通常、同時に遺伝子解析も行っているので、問題のある部分がわかった場合に、速やかに遺伝子解析の結果と照合し、診断に向け解析を進めていきます。
酸素消費量
次に、酸素消費量の検査を見ていきましょう。ミトコンドリア病であっても、酵素活性に異常が見られない場合が、しばしばあります。その場合のために、呼吸鎖の酵素活性とともに、酸素消費量の検査も行います。この検査では、ミトコンドリアの障害を、鋭敏に判別することができます。
酸素消費量の検査は、「細胞外フラックスアナライザー」(Extracellular Flux Analyzer)という機器を用いて行います。タツノオトシゴのマークから、私たちは「シーホースマシン」と呼んでいます。1回の測定で、6人分の検体を調べることができます。
この機器では、検体である細胞に複数の試薬(阻害剤)を加えて、細胞の外から正しく酸素が消費されているかを調べます。試薬を加えるたびに、酸素消費量が変化し、描かれたグラフが下がったり上がったりするのですが、この下がり方や上がり方を見ていきます。次の画面左上のグラフ(OCR)で、太い青線は、酸素消費が正常に行われることがわかっている細胞です。これに対して、ミトコンドリア障害がある検体の細胞は、一番左の山(基礎呼吸)も低く、2つ目の山も低く出ています。
この機器では、酸素消費量を鋭敏に検査できるだけでなく、遺伝子解析で、ミトコンドリア病に関係あるかどうかはっきりしないような遺伝子の変化(VUS)が見つかった場合に、その人の細胞に正常な遺伝子を導入することで酸素消費量が正常化するかどうか調べる(その遺伝子変化がミトコンドリア病と関係あるかどうかを調べる)、などの解析も行うことができます。また、治療薬の候補があった場合に、ミトコンドリア病の患者さんの細胞にその薬を加えて、酸素消費量が正常化するか、つまり、治療効果があるかどうかを検討することもできます。
細胞培養
これらの生化学検査は、肝臓や筋肉、皮膚などの検体で行います。皮膚の検体を用いる場合には、細胞(線維芽細胞)を培養して、解析に十分足りる量まで増やしてから測定します。ある程度細胞が増えたら、生化学解析に用いるほか、凍結保存しておくことで、後々iPS細胞を作製しての解析などに用いることもできます。
なぜミトコンドリア病の生化学解析施設は国内で千葉県こども病院にしかないのですか?
私たちのグループが、こうした機器を揃え、検査できる体制を整えたから、というのが一番の理由です。また、この生化学検査は、経験・ノウハウも重要になってくるため、ここの施設に集約されてくる流れになっている、といったところもあります。最終的には、生化学検査の結果と、遺伝子解析の結果とを照合して、診断をつけていくことになります。
同施設での検査実績を教えてください
2020~2022年に、呼吸鎖の酵素活性測定を行ったのは905人分の検体、うち、ミトコンドリア病と診断されたのは140人でした。同じく酸素消費量の測定を行ったのは456人分の検体、うち、ミトコンドリア病と診断されたのは288人でした。
当施設での受入検体の内訳は、皮膚30%、血液28%、尿12%、肝臓19%、筋肉9%、心筋9%、腎臓1%、その他1%です。このうち、呼吸鎖の酵素活性の測定を行った検体は、皮膚、肝臓、筋肉、心筋、腎臓で、酸素消費量の測定を行った検体は、皮膚です。血液と尿は、生化学検査ではなく遺伝子検査に用いた検体です。尿は、血液を用いた測定では見逃されることもあるミトコンドリア遺伝子の変異も鋭敏に測定することができ、さらに痛みを伴わず得られる検体なので、とても重要なんですよ。
検査結果はどれくらいの期間で患者さんに知らされるのでしょうか?
基本的には1~2か月です。皮膚細胞の場合は、培養して十分量まで増やすのに、1~2か月かかります。並行して行っている遺伝子パネル検査は、およそ2か月かかるので、ちょうど同じようなタイミングで結果が出る感じです。
臓器移植の可能性が出てきた患者さんなどで、急いで調べる必要がある場合には、1~2週間で結果をお戻しする場合もあります。
最後に先生から、遺伝性疾患プラスの読者に一言メッセージをお願い致します
生化学検査では、酵素の活性を調べているわけですが、酵素は「生きているなあ」と、いつも感じています。実際、気温などによって生化学検査の結果は、日々微妙に変化しますし、何回も凍らせて溶かすなどすると、酵素は弱って働かなくなってしまいます。こんな風に、酵素はとてもデリケートなんです。
心臓移植が迫っているので急ぎ解析して欲しいと送られてきた検体が、ごま粒くらい小さい心臓の検体のこともあります。デリケートな解析を、ほんの少量の検体で急いで行うのは、大変緊張しますし、もちろん失敗するわけにもいきません。熟練した解析スタッフが、シミュレーションを繰り返し、一発で結果を出せるようにしっかり準備を整えて、解析に挑みます。そして、待っている患者さんに、確実に結果をお届けしています。
測定には機械を使っているわけですが、こんな風に私たちの検査チームは検体を生き物と考え、その向こうにおられる患者さんを常に想い・意識して、心を込めて検査しています。
普段なかなか見ることのできない検査の現場レポート、いかがでしたでしょうか。遺伝性疾患プラス読者の方から、「なかなか検査結果が届かない」という声が聞こえてくることもありますが、その裏には、たくさんの解析ステップがあり、解析スタッフたちは、正確な結果を一刻も早くお戻しするために、日々慎重に、そして、心を込めて検査を進めておられるということが、わかりました。これは、ミトコンドリア病の生化学解析に限らず、全ての検査に共通するのではないかと想像します。今回、このような貴重な体験をさせて頂きました村山先生、スタッフの皆さま、どうもありがとうございました!(遺伝性疾患プラス編集部)
村山 圭 先生
千葉県こども病院代謝科部長、同遺伝診療センター長。順天堂大学医学部・難病の診断と治療研究センター/小児科客員教授、および、千葉県がんセンター研究所主任医長を兼任。医学博士。1997年に秋田大学医学部を卒業後、千葉大学医学部小児科等を経て、2014年より現職。千葉県こども病院遺伝診療センターを立ち上げ、2018年4月より同センター長として、診療を行うとともに、遺伝相談を受けている。日本小児科学会専門医、臨床遺伝専門医、日本小児栄養消化器肝臓学会認定医。