2015年に施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)に基づいて、難病医療費助成制度が開始しました。この医療費助成の対象となるのは、「指定難病」の対象疾病で、申請や更新を行うことで自己負担上限額が設定されます。難病法施行当初110疾病でしたが、その後多くの疾病が追加され、2022年1月現在、338疾病が指定難病となっています。特に、ここ数年で追加された疾病の中には、遺伝性の希少難病も多く含まれています。
こうした指定難病に関して、遺伝性疾患プラスにも、読者の皆さまからさまざまな質問などが寄せられてきています。そこで今回、厚生労働省健康局難病対策課(以下、難病対策課)の課長補佐で、医師・医学博士の江崎治朗先生に、これまでに寄せられた質問をはじめ、小児慢性特定疾病との違いや、指定難病の現状・展望など、詳しくお話を伺ってきました。
難病のうち、指定難病となるのはどのような疾患ですか?
難病法で定義される難病とは、「1.発病の機構が明らかでない」「2.治療方法が確立していない」「3.希少な疾病である」「4.長期の療養を必要とする」という4つの要件に当てはまる病気をいいます。これらの4つの要件を満たし、かつ「5.患者さんの数が日本において一定の人数に達していない」「6.客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が確立している」という2つの要件を満たすものとして厚生労働大臣が認めたものが「指定難病」であり、医療費助成の対象になります。
1.発病の機構が明らかでない
現時点で、病態(病気のメカニズム)が十分にわかっていないということです。原因遺伝子が判明しているものであっても、病態が十分にわかっていなければ当てはまります。一方、けがや薬の作用など、何らかの「外的」な要因で病気になるものは、基本的に当てはまりません。
2.治療方法が確立していない
ここにいう「治療方法」とは、「病気を根本的に治す治療」です。対症療法(熱を下げる、痛みを緩和させるなど)や症状の進行を遅らせる治療は含みません。
3.希少な疾病である
がんや生活習慣病などのように、多くの国民が罹患している病気ではないものを言います。例えばがんは、がん対策基本法という法律で、体系的な施策の対象になっています。そうした施策が樹立されていない、希少な病気が幅広く対象となります。
4.長期の療養を必要とする
発症してから治癒することなく、一生涯にわたって症状が続いたり、潜在したりする場合です。例えば、ある一定の期間のみ症状が現れて、その期間が終了したあとは症状がでない「急性疾患」は含まれません。また、症状が続いても、療養を要しない程度にとどまり、生活面で支障がない場合は該当しません。
5.患者さんの数が日本において一定の人数に達していない
一定の人数とは、日本の人口のおおむね1,000分の1(0.1%)相当と定められています。
6.客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が確立している
「客観的な診断基準が確立している」とは、臨床所見、血液検査、画像検査、遺伝子検査などで医師が診断することができ、学術学会などでその基準の合意が得られているという意味です。公平な医療費助成を行うという意味でも、その基準は客観的であることが大切です。
希少な遺伝性疾患について、原因遺伝子が判明することは、診断基準が確立されるために有意義ですか?
もちろん有意義ですが、必須ではありません。原因遺伝子がわからなくても、診断基準が確立できることは珍しくありません。
遺伝子の異常があったら、必ずその病気といえるのですか?
必ずその病気であるとは言えません。遺伝子は「人体の設計図」ですが、個人差もあります。その患者さんでみられた遺伝子変異が「病気の原因」なのか「個人差」なのかは、臨床遺伝学の知見のある医師が判断することが大切です。
指定難病や小児慢性特定疾病で、医療費助成があるのはなぜですか?
まず、ご理解頂きたいのは、指定難病と小児慢性特定疾病とで、制度の目的が少し異なるということです。
指定難病は、難病法の要件にあるように「希少な疾病」です。希少な疾病の研究を個別の医療機関や研究機関に委ねていては、症例データの蓄積ができず、病気の原因を明らかにしたり、治療方法を開発したりすることはできません。このため医療費助成を行うことにより患者さんの協力を得て、症例のデータを蓄積し治療研究に役立てています。また、効果的な治療方法が確立されるまでの間は、患者さんは長期の療養により医療費の経済的な負担が大きくなるので、医療費助成にはこの点をサポートする福祉的な側面もあります。
一方、小児慢性特定疾病の根拠は「児童福祉法」です。指定難病と異なり、「希少性の要件」はなく、対象疾病も788疾病(指定難病は338疾病)と多くなっています。にもかかわらず、医療費助成があるのは、「子どもの健全育成」のために必要だからです。子どもは、幼稚園や小学校などに通うことで、友だちやきょうだいと一緒に遊び、コミュニティと関わりを持つことで人格を形成します。しかし、慢性疾患の子どもではこうした経験を得ることが難しいこともしばしばあります。また、家庭にとって医療費が大きな負担となる場合も多く、本人や家庭、きょうだいへのサポートも重要になります。もちろん、患児データを効率的に収集し治療研究を推進することについても、指定難病と同様に行なっています。
小児慢性特定疾病は、「指定難病の子ども版ではない」ということですね。
そうです。指定難病と小児慢性特定疾病とでは、症例データの収集など共通点も多くありますが、根拠法や本来的な趣旨が異なります。
先ほどお話ししたように、指定難病は338疾病であるのに対し、小児慢性特定疾病は788疾病です。このため小児慢性特定疾病のなかには20歳で医療費助成の対象外となる疾病もあります。患者さんのなかには、「20歳になったらこれまで受けていた医療費助成がなくなってしました。」と感じる方もいらっしゃると思いますが、「子どもの健全な発育のため」という小児慢性特定疾病の趣旨とともに、次の世代の小児慢性特定疾患児童が必要な給付を受けられるようご理解いただきたいと思います。
もちろん、小児慢性特定疾病でありかつ指定難病であるという疾病もあります。こうした疾病については、20歳まで小児慢性特定疾病の医療費助成が優先して適用されることとなっていますが、それ以降は指定難病として申請していただくこととなります。主治医の先生や自治体の窓口にご相談いただきたいと思います。
難病と小児慢性特定疾病の比較(2022年1月現在)
指定難病 | 小児慢性特定疾病 | |
---|---|---|
根拠法 | 難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法) | 児童福祉法 |
対象疾病の要件 | 下記の6要件を満たす疾病を厚生科学審議会の意見を聴いて厚生労働大臣が指定。 ①発病の機構が明らかでない ②治療方法が確立していない ③希少な疾病である ④長期の療養を必要とする ⑤患者数が本邦において一定の人数に達しない ⑥客観的な診断基準が確立している ※他の施策体系が樹立されていない疾病を対象とする | 下記の4要件を満たす疾病を厚生労働大臣が社会保障審議会の意見を聴いて指定。 ①慢性に経過する疾病であること ②生命を長期に脅かす疾病であること ③症状や治療が長期にわたって生活の質を低下させる疾病であること ④長期にわたって高額な医療費の負担が続く疾病であること |
対象疾病数 | 338疾病 | 788疾病 |
対象者 | 年齢制限無し | 18歳未満(ただし、引き続き治療が必要と認められる場合には、20歳未満まで。) |
自己負担 | 医療保険の自己負担分に対して法律に基づき公費助成(ただし、所得状況に応じて負担額の上限あり) | 医療保険の自己負担分に対して法律に基づき公費助成(ただし、所得状況に応じて負担額の上限あり)(難病医療費助成の自己負担額の2分の1) |
実施主体 | 都道府県、指定都市 | 都道府県、指定都市、中核市、児童相談所設置市 |
国庫負担率 | 負担割合:国2分の1、都道府県等2分の1 | 負担割合:国2分の1、都道府県等2分の1 |
予算 | 1,152億円(令和3年度予算) | 162億円(令和3年度予算) |
出典:厚生労働省の資料をもとに最新の情報を反映して作成
指定難病は「厚生科学審議会の意見を聴いて厚生労働大臣が指定する」とありますが、もう少しわかりやすく教えてください。
厚生労働省では、大学の医学部などの専門家に研究費を補助しています。これを「厚生労働科学研究」といい、通常、研究はその領域の複数の専門家で進められるため「研究班」と呼んでいます。難病領域では、厚生労働科学研究のなかの「難治性疾患政策研究事業」として、現在多くの研究班で、難病に関連した研究が進められています。
研究班が研究を進めるなかで、指定難病の6つの要件を満たすと思われる疾病があった場合は、厚生労働大臣の諮問機関である厚生科学審議会疾病対策部会のもとに設けられた「指定難病検討委員会」に諮(はか)られます。この委員会で、病気が指定難病の6要件を満たしているかの検討がなされ、満たすと判断された場合は指定難病に加わることとなります。満たさないとなった場合でも、引き続き研究が続けられることになります。研究が進捗することによって、のちに指定難病となることもあります。
小児慢性特定疾病については、同じく厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会児童部会のもとに設けられた「小児慢性特定疾患児への支援の在り方に関する専門委員会」で審議されます。資料などは厚生労働省のホームページからご覧いただけます。
自身や家族の遺伝性疾患について、指定難病の手続き(申請)をする際の指定医は、どのように探すことになりますか?
指定難病の申請で必要な診断書(臨床調査個人票)は、都道府県知事等が指定する「難病指定医」などが記載します。まずは、主治医に相談しましょう。主治医は、その患者の病状やご家庭の事情などを把握していますので、総合的に判断して、最も適していると思われる地域の難病診療連携拠点病院や難病指定医を紹介します。また、主治医に相談しづらい場合は、病院の地域連携室に相談するのもよいでしょう。
とてもまれな病気でも、きちんと診断してもらえるのですか?
希少疾病であるがゆえに、診断までに時間がかかってしまうこともありますが、患者さんやご家族が手掛かりのない状態で自ら医師を探す必要はありません。各都道府県等には、「難病相談支援センター」が設置されています。お困りのことがあったら、まずはご相談ください。難病相談支援センターは、地域で生活する難病患者さんの日常生活における相談・支援、地域交流活動の促進などを行う拠点ですので、いろいろなサポートを受けることができます。
難病指定されている遺伝性疾患には、患者数が100人未満のものもあります。そういった病気で、より詳しい検査が必要になるなどした場合、難病診療連携拠点病院の先生からより専門の先生を紹介されることもあります。この場合も、主治医からこれまでの経過などをまとめてもらった「紹介状」をもって受診することが、正しい診断のために重要となることも多くあります。
指定難病の対象疾病追加は定期的に行われていますか?不定期ですか?これまでの追加頻度と追加数のおよその目安があれば教えてください。
新たな疾病の追加は、概ね1年に1回行われています。国内外で明らかにされた医学的知見を踏まえつつ、指定難病検討委員会において、指定難病として適切かが審議されます。検討対象となる疾病の数や、追加される疾病の数は、その年によって異なります。近年は遺伝学的検査の発展とともに発見された希少疾患が追加されることも多いです。
指定難病の拡充(2022年1月現在)
時期 | 委員会/助成開始 | 対象疾病数 |
---|---|---|
1973年4月17日 | (参考)難病法制定以前の特定疾患治療研究事業(医療費助成事業)の対象として助成開始 | 56 |
2014年7月~10月 | 第1回〜第5回指定難病検討委員会 | |
2015年1月1日 | 難病法の施行 第1次疾病追加分の医療費助成を開始 | 110 |
2014年10月~2015年4月 | 第6回~第12回指定難病検討委員会 | |
2015年7月1日 | 第2次疾病追加分の医療費助成を開始 | 306 |
2016年3月~12月 | 第13回~第18回指定難病検討委員会 | |
2017年4月1日 | 第3次疾病追加分の医療費助成を開始 | 330 |
2017年6月~12月 | 第19回~第24回指定難病検討委員会 | |
2018年4月1日 | 第4次疾病追加分の医療費助成を開始 | 331 |
2018年8月~2019年3月 | 第25回~第32回指定難病検討委員会 | |
2019年7月1日 | 第5次疾病追加分の医療費助成を開始 | 333 |
2021年11月1日 | 第6次疾病追加分の医療費助成を開始 | 338 |
希少な疾患の場合、患者会を立ち上げた方が、より難病指定されやすいですか?
指定難病への指定と、患者団体の有無は関係ありません。指定難病検討委員会では、患者会の有無に関わらず、医学的な視点で指定難病の6つの要件に当てはまるかが審議されます。特に希少な疾病では、患者会がないこともあります。そうした疾病であっても、指定難病になっているものは多数あります。患者会を立ち上げていただくメリットは、患者同士の交流を通じ疾病への理解を深める点にあると思います。
新型コロナウイルス感染症の流行は、指定難病の対象疾病追加に影響していますか?
現在のところ影響はありません。指定難病検討委員会はオンラインで開催しており、予定通り検討が進められています。
自身や家族の希少遺伝性疾患について、新たに指定難病にすることなどを問い合わせる窓口はありますか?
新たに指定難病とする疾病は、研究班や関係学会が収集した情報をもとに、医学的な見地から指定難病検討委員会において検討します。このため、指定難病への登録を受け付けることに特化した窓口は設けていません。
ご自身の病気を指定難病に追加して欲しいと思われている方には、「医療費が負担である」「専門の先生がなかなか見つけられない」など、具体的に困っていることがある場合が多いです。「難病相談支援センター」では、広く難病の患者さんに開かれたセンターとなっており、相談がきっかけで高額療養費制度など他制度を活用できることがわかることも珍しくありません。ぜひご活用ください。
難病情報センターのホームページについて教えてください。
難病情報センターのホームページは、厚生労働省の補助事業として、公益財団法人難病医学研究財団が運営しています。難病患者さん、ご家族の皆様および難病治療に携わる医療関係者の皆様に参考となる情報をまとめています。また、ホームページの医学的内容は、関係する研究班にその正確性を確認していただいています。研究の進捗等があった場合は、可能な限り早急にアップデートするように努めていますが、海外の研究の進捗や疾患概念などについては、確認に時間を要することもあります。多くの方にご覧いただいていますので、ホームページの内容でお気付きの点がございましたら、公益財団法人難病医学研究財団にご連絡いただけるとありがたいです。
指定難病について、遺伝性疾患プラスの読者に「これだけは知っておいて欲しい」ということがあれば教えてください。
現在、厚生労働省では「全ゲノム解析等実行計画」を策定し、全ゲノム解析等の技術を難病領域で利活用できるよう準備を進めています。私たちの身体は37兆個の細胞からできていますが、そのなかの「核」といわれる部分には遺伝情報をのせた染色体があります。ゲノムとは、染色体に含まれるすべての遺伝情報であり、「人体の設計図」でもあります。
「遺伝性疾患」は、染色体や遺伝子の変異によって起こる病気のことですが、現在、その診断は医師が臨床症状から疑わしい遺伝性疾患を考え、その原因遺伝子に異常がないかを確かめる流れで行なっています。しかしながら、典型的な臨床症状をきたさないことも多く、とくに希少な遺伝性疾患については、経験豊富な医師であっても診断するのが難しいこともあります。
全ゲノム解析は、患者さんのゲノム全体を解析し、病気の原因となる遺伝子変異がないかを調べるものです。全ゲノム解析が、難病診療の現場で活用できるようになれば、診断のつかない難病患者さんの疾患の特定につながることが期待されます。「診断のためにいろいろな病院を転々とする」といったことが少なくなるだけでも、その意義は大きいと思います。現在は、難病領域での全ゲノム解析について、倫理的課題や全ゲノム解析の結果をどのような形で患者さんに返却するのがよいか研究を進めています。
私としては、こうした新しい技術や視点もとりいれつつ、希少疾患、遺伝性疾患の患者さんの医療、療養生活が向上するよう難病対策に取り組むことが大切だと思っています。
現在338疾病ある指定難病は、研究の結果を踏まえた検討会で6つの要件を満たすか検討された結果、満たすと認められた疾患であるとわかりました。難病指定されるかどうかは、医学的な根拠に基づいて決まっていくということもわかりました。また、小児慢性特定疾病と指定難病の違いも改めて知ることができました。今後、難病対策のさらなる拡充とともに、国の全ゲノム解析にも期待しています。遺伝性疾患プラスでは、これからも難病情報センターの情報を活用しつつ疾患解説情報を充実させ、読者の皆さんからの質問については、また難病対策課にお聞きしたいと思います!(遺伝性疾患プラス編集部)