地震大国日本。大地震や土砂災害などのニュースを知るたびに、漠然とした不安を感じている人は少なからずいるのではないかと思います。また、日常的に特別なケアを必要とする方々をはじめ、読者の皆さんの中には、実際に災害に見舞われて、大変な苦労をされたという方もおられるのではないでしょうか。
そこで今回、遺伝性疾患プラスでは、難病と防災をテーマに、読者の皆さんに「もしものときの対応」についての質問を募集しました。こうして集まった質問について、厚生労働省健康局難病対策課の課長補佐で、医師・医学博士の江崎治朗先生に、お話をうかがってきました。江崎先生は、高知県庁で県内の難病患者さんの災害対策にも取り組んだ経験もあるとのことです。国や自治体での経験をもとに、難病患者さんが知っておくとよい情報についてお話しいただきましたので、一緒に確認していってみましょう。
難病と防災、国や自治体の対策
災害時の難病患者さんの優先避難など、国や自治体による現行制度があれば教えてください
災害時の優先避難などについて、難病患者に特化した制度はありませんが、国や自治体は、「災害対策基本法」に基づいて、住民の生命、身体および財産を災害から保護することとなっています。難病患者(とりわけ人工呼吸器、在宅酸素療法、人工透析を必要とする方)やその家族が、制度を理解し、平時から備えておくことはとても大切です。
災害対策基本法とはどんな法律ですか?また、難病患者さんはどのような位置づけになっていますか?
「災害対策基本法」は、防災に関し、総合的かつ計画的な行政の整備と推進を図る法律です。厚生労働省が担当する保健医療分野のみならず、国全体で取り組むべきことなどが定められており、内閣府が所管しています。「伊勢湾台風」(1959年)を教訓として、その2年後の昭和36年(1961年)に制定されました。
災害対策基本法では、まず「高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者」を「要配慮者」と定義しています。そして、要配慮者のうち、「災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合に自ら避難することが困難な者であって、その円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要する者」を「避難行動要支援者」と定義し、市町村はその把握に努め、その名簿を作成することとなっています。この名簿を「避難行動要支援者名簿」といいます。難病患者のうち、お住いの市町村で「避難行動要支援者」に該当する方は、この名簿に載ることとなります。
難病患者さんのなかには、避難に手助けを必要としない方から人工呼吸器の患者さんまで、いろいろな状態の方がいますね。災害時に特に支援が必要かどうかは、難病患者さんかどうかではなく、「自ら避難することが困難か」「円滑かつ迅速な避難のために特に支援が必要か」という視点から決まるのですね
その通りです。ただし、難病患者のなかには、人工呼吸器、在宅酸素療法、人工透析を必要とする方などが多いのも事実で、こうした方は特に災害に備えておく必要があります。
指定難病や小児慢性特定疾病の事務は、都道府県等が取り扱っています。こうした事務を担当しない市町村は、地域の指定難病・小児慢性特定疾病の方を把握することが難しいという課題がありました。そこで、厚生労働省難病対策課と内閣府防災担当が連名で、都道府県に対して指定難病・小児慢性特定疾病の患者さんの名簿を市町村と共有するよう求める事務連絡も発出しています。
避難行動要支援者名簿は公開されるのですか?
避難行動要支援者名簿情報の取り扱いは「平常時」と「災害時など」で異なります。
まず、名簿の情報は避難支援等の実施に必要な限度で用いられています。また、平常時には、本人の同意があれば、「避難支援等関係者」(消防や警察、民生委員、市町村社会福祉協議会、自主防災組織など)に提供され、災害の発生に備えています。
一方、災害が発生、または発生するおそれがある場合であって、本人の生命や身体を災害から保護するために特に必要があると認めるときは、市町村は「避難支援等関係者」に名簿の情報を提供することができます。このとき、本人の同意は必要ありません。少し複雑ですので、図にまとめてみます。
災害発生に備えて、普段から地元の消防や警察などに、避難行動要支援者であることを知ってもらうことも大切ですね。名簿にはどんなことが書かれているのですか?
(1)氏名、(2)生年月日、(3)性別、(4)住所または居所、(5)電話番号その他の連絡先、(6)避難支援等を必要とする事由のほか、(7)避難支援等の実施に関し市町村長が必要と認める事項の7項目です。
避難行動要支援者名簿は、災害時の安否確認に役立ちますね。そのほか、どのように活用されますか?
名簿の情報を避難支援等関係者に提供することなどにより、本人とご家族、そして地域の力で「個別避難計画」の作成にも役立ちます。
個別避難計画とはどのようなものですか?
人によって、住んでいる場所によって、災害時に直面する困難、必要な支援は異なります。「個別避難計画」は、避難行動要支援者一人ひとりについて、「誰が支援するか」「どこの避難所に避難するか」「避難するときにどのような配慮が必要になるか」など、あらかじめ記載したものです。令和3年(2021年)の災害対策基本法の改正により、避難行動要支援者ごとに個別避難計画を作成することが市町村の努力義務とされました。
個別避難計画をつくるために、たとえば、車椅子をつかっている難病患者では、避難所までの避難を支援してくれる人の氏名、住所や電話番号、避難所の場所はもちろん、電柱や街路樹が倒れていたりすることで避難所までの道がふさがる可能性がある場合は、迂回ルートなども考えておくことも大切です。また、普段から服用している治療薬やそれを処方している医療機関名もまとめておくとよいでしょう。
個別避難計画は必ずつくらなければならないのですか?また、どのような手順でつくるのですか?
個別避難計画を作成することについても、本人の同意が必要です。計画作成にあたっては、まずご本人やご家族が、個別避難計画の意義を理解することが大切です。そのうえで地域の自主防災組織、民生委員などが一緒になって作っていくことが大切です。
計画の作成方法は、一通りではありません。たとえば、「自主防災組織が自宅を個別訪問する方法」では、普段の生活の状態が確認できるので、防災上必要な備えも発見できます。また、「自治会館などで、本人を含めた関係者が集まって話し合いながら計画を作成する方法」では、関係者間での課題の共有がしやすいというメリットがあるでしょう。「計画の様式を渡し、本人やご家族に作成できるところまで計画を作成してもらう方法」では、防災意識の向上にもつながります。個別の状況において、取り組みやすい方法を選ぶことが大切です。それぞれの自治体が、地域の特性を踏まえていろいろな取組みや工夫をしていますので、お住いの自治体のホームページを参照してみましょう。
難病患者さんが個別避難計画をつくるときに、参考となる指針(マニュアル)などはありますか?
難病の方については、その病気の特性に配慮した支援や計画をつくっておく必要があります。とりわけ人工呼吸器を装着されている方については、災害時の電源確保について、しっかりと準備しておかなければなりません。
2016年には「災害時難病患者個別支援計画を策定するための指針(改訂版)」が、2022年には「災害時難病患者個別避難計画を策定するための指針(追補版)」が発行されました。これらの指針は専門家の先生が厚生労働省の研究補助を受けて作成したものです。難病患者さんについての個別避難計画をどのように作っていけばよいかについて、医療的なことから電源などのことまで、さまざまな参考情報が記載されていますので、ぜひご覧ください。
大規模災害時は、難病患者さんのように普段からの治療が必要な方以外にも、火災や家屋の倒壊でけがを負うなどして医療が必要な方が多数生じます。大規模災害時の医療提供体制はどのようになるのでしょうか?
大規模災害のときは、災害対策基本法に基づいて、都道府県知事を本部長とする「災害対策本部」が設置され、その下に都道府県の衛生部長などをトップとする「都道府県保健医療調整本部」が立ち上がります。都道府県保健医療調整本部では、あらかじめ都道府県で策定した「医療救護計画」などに基づいて、厚生労働省や自衛隊、各保健所などと必要な調整をします。たとえば、国や他の都道府県にDMAT(災害派遣医療チーム)の派遣要請や都道府県をこえた広域搬送の調整をします。
しかし「都道府県保健医療調整本部」のみでは、都道府県内の入院・搬送の調整を行うことはできませんので、通常は地域の保健所単位で「支部」や「現地調整本部」などがおかれ、圏域内の市町村災害対策本部や災害拠点病院、救急医療機関、医療救護所との調整がなされます。実際の医療機関との調整は、地域の救急医療の専門家などが「災害医療コーディネーター」などとしてアドバイスすることも多いです。
また、医療機関独自で、大規模災害時に院内の各部門がどのような役割を担うのか、かかりつけの患者さんをどのように支援するのか、BCP(事業継続計画)を策定していることもめずらしくありません。
難病の避難行動要支援者は、災害時、どのように必要な医療につながるのでしょうか?
大規模災害時、医療提供体制は制限されます。災害の規模によっては、平常時と同じような難病の医療を受けられないことにも、ご理解いただかなければなりません。そして、その地域の災害時の医療提供体制の全体像を理解したうえで、個別避難計画を考えることが大切です。
次の図は、人工呼吸器を使用している方について、緊急時の連絡先をまとめた一例です。各関係者と打ち合わせたうえで、「誰が安否確認をするのか」「かかりつけ医療機関や人工呼吸器の業者の緊急連絡先」などをまとめておくとよいでしょう。こうしてしっかりと備えていても、かかりつけの医療機関が被災し、医療の提供が困難になっていることも想定されます。その場合は、その医療機関や前述の保健医療調整支部、本部の仕組みで、受入可能な医療機関の調整がなされることとなります。
医療のこと以外にも、難病患者さんが前もって準備しておくことはありますか?
先ほどご紹介した「災害時難病患者個別避難計画を策定するための指針(追補版)」には、自宅避難以外の場合に備えてあらかじめ準備しておくべきことが、下記の内容で表にまとめられています。個別避難計画を作成する際の参考にしてください。
災害に対して準備すること
一般住民と共通する準備 |
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自宅の安全確保
安否確認、情報収集・発信の準備
必要物品の準備(緊急持ち出し用を含む)
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難病患者に特有な準備 |
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大規模災害時はどのように情報をキャッチしたらよいのでしょうか?
災害が起き、停電でテレビなどが見られなくなると、心配になりますよね。個別避難計画をつくること以外にも、平常時から、情報収集と連絡手段の確保に備えておくことが大切です。
多くの自治体では、住民を対象とした「一斉メールサービス」や「防災アプリ」などを提供しており、無料で使うことができます。私が赴任していた高知県では「高知県防災アプリ」があり、リアルタイムで台風や雨量、津波到達の状況などを知ることができました。平常時からこうした情報収集のツールを持っておくとよいでしょう。
また、大規模災害時の電話は、安否確認のための通話等が増加し、被災地で通話がつながりにくい状況になることも想定されます。こうした場合に備えて、「災害用伝言ダイヤル(171)」「災害用伝言板(web171)」も有用です。体験利用日も設定されていますので、ご家族などで試してみることをおすすめします。
個人のSNSなどから得られる情報もありますが、正確でないこともありますので注意しなければなりません。私は、職場と自宅に「携帯用ラジオ」を常備しています。
読者からの質問に江崎先生がお答え!
人工呼吸器を使用しているため、停電が一番不安です。非常用の電源は高価で購入できません。国や自治体に言えば事前に貸与して頂けるのでしょうか?あるいは、電力の優先確保などして頂けるのでしょうか?
本体の附属品として予備バッテリーが付いている場合もあり、主治医や機器の取扱業者に相談してみることをおすすめします。
また、避難生活が長期間におよぶと予備バッテリーのみでは対応できず、継続的に充電できる仕組みが必要になります。自治体によっては「医療用電源ステーション」が開設されるところもありますので、平常時からお住いの自治体に問い合わせておくとよいでしょう。
東京都板橋区では、地域の健康福祉センターにガスを用いて発電をするタイプの電源が確保されています。「災害時難病患者個別避難計画を策定するための指針(追補版)」には、このほか自治体での好事例がいくつか掲載されています。
自分用にカスタマイズされた100kg以上ある電動車いすを使っています。地面がひび割れたり瓦礫が落ちていたりした場合、移動できないのですがどのように避難所に行けばよいのでしょうか?
ご自宅と公道との距離、緊急車両が玄関まで到達できる状況かなどによって、具体的な対応は異なりますが、状況によっては担架を用いるなど、車いす以外の方法で避難所にアクセスする方法を検討しておくことが重要です。平常時から、自主防災組織や消防などと緊密に連携して、実際に想定している避難所にいく手順を確認することも大切です。お住いの市町村や地域の保健師などと相談して、平時から備えておきましょう。
避難所ではバリアフリーなエリアなど確保して頂けるのでしょうか?
避難所となった学校、公共施設などに、段差があるなどして高齢者や障害者などが出入りに支障をきたしたりするなどの課題がありました。近年はこうした施設のバリアフリー化も進んでおり、災害発生時もバリアフリーの避難所として活用されることが期待されていますが、全ての避難所がバリアフリー対応しているわけではありません。
また、要配慮者(高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者)を対象とした「福祉避難所」もあります。福祉避難所については、ケアハウスや特別養護老人ホームなどが指定されていることもあり、施設の性質上、バリアフリーであったり、福祉専門職が運営していたりというメリットもあります。しかし、災害の規模やニーズによっては開設されないこともありますし、受け入れ態勢も整えなければなりません。このため、あらかじめ「どの福祉避難所に避難するか」「バリアフリーかどうか」「必要なケアを受けることができるか」などを、個別避難計画をつくるなかで考えておくとともに、受け入れ先とも事前調整しておくとよいでしょう。
薬が手に入らなくなったら困ります。被災後に薬が手元にない場合、薬を入手できる方法はありますか?
薬には、毎日必ず飲まなくてはいけないものと、少しのあいだ飲まなくても状態が悪化しないものとがあります。まず、毎日飲んでいるいろいろな薬の中で、どれが必ず飲まなければならない薬かを主治医の先生に聞いておくことが重要です。重要な薬については、主治医の先生と相談し、一定の残薬が手元にあるようにしておくとよいでしょう。
日常的に受けている医療的ケアが途絶えると命に関わります。避難先でもこれまで通りケアを受けることができるのでしょうか?
災害時は、「命を守ることが第一」です。しっかりと個別避難計画を立てて、平常時からシミューレーションしておくことがとても大切です。一方で、命にかかわらないことは、必ずしも平常時と同じ水準のケアを受けられないことも想定されます。平常時では毎日清拭できたのが、3日に1回になるかも知れません。限られた医療資源のなかで、最大限の災害対応を行うためとご理解ください。
最後に先生から、防災に関して一言よろしくお願い致します
災害は、いつ起こるかわかりません。必要に応じて「個別避難計画」をつくりつつ、災害時、どのタイミングでどこへ避難するか、どの医療機関を受診するのかなど、しっかり備えておきましょう。
災害対策は、市町村や自主防災組織を中心に進められていて、平常時から「個別避難計画」を立てておくことがとても重要だということがわかりました。
江崎先生への取材は今回で2回目でしたが、とても気さくな先生で、資料を示しながら質問に対する回答を的確に、とてもわかりやすく説明してくださいました。江崎先生の言葉の端々からも、国民に寄り添った省庁であることが強く伺え、身近に感じられるようになりました。
災害に備え、出来ることから一つずつ準備をし、いざというときに慌てないように行動したいですね!(遺伝性疾患プラス編集部)