「ゲノム編集」とは?遺伝子治療への応用の可能性は?

遺伝性疾患プラス編集部

「ゲノム編集」や「クリスパーキャス」といった言葉を聞いたことはありますか?2020年のノーベル化学賞を受賞したのは、ゲノム編集技術の基礎研究を行った、海外の科学者2人でした。そのため、「なんか聞いたことはある」という人もいるのではないかと思います。この、ゲノム編集は、将来的に、遺伝性疾患に対する遺伝子治療への応用が期待されている技術の1つです。ではいったい、どのような仕組みの技術で、どういった形で遺伝子治療への応用が考えられているのでしょうか?日本におけるゲノム編集研究の第一人者で、ゲノム編集技術を用いて医療や産業へさまざまな展開を繰り広げておられる、東京大学医科学研究所 システム疾患モデル研究センター ゲノム編集研究分野教授で、日本ゲノム編集学会副会長の真下知士先生に、詳しくお話を伺いました。

Dr Mashimo Main
東京大学医科学研究所 システム疾患モデル研究センター ゲノム編集研究分野教授 真下知士先生

ゲノム編集とは?

まず、ゲノム編集とは簡単に言うとどのような技術なのか教えてください

ゲノム編集の説明をするために必要な言葉を、まず説明しますね。ゲノムとは、その生物がもつ遺伝情報全てのことで、これはDNAという物質で構成されています。DNAは、「A、T、G、C」の4つの文字(この文字は「塩基」と呼ばれる物質です)が、いろいろな並び順で連なった構造をしており、ヒトの場合、ゲノムDNAは、約30億の塩基の文字列で構成されています。

ゲノムDNAの中には、「遺伝子」と呼ばれる、体で使われるタンパク質の設計図が含まれています。遺伝子は、長いものも、短いものも、いろいろありますが、ヒトでは、約30億の文字列の中に、約2万の遺伝子が存在しています。

基本的な言葉の説明はこれくらいにして、それではゲノム編集の説明に入りますね。ゲノム編集とは、DNAを切る技術を使って、遺伝子の狙った部分の文字列を、目的の文字列に書き換える技術をいいます。ノーベル賞を受賞したこともあり、ゲノム編集=「クリスパーキャスナイン(CRISPR-Cas9)」という風に思われがちなところもありますが、「ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)」「ターレン(TALEN)」といったゲノム編集技術もあります。いま注目されているCRISPR-Cas9は、ZFNやTALENよりも新しく開発されたゲノム編集技術で、もともとは微生物が持っている免疫システムでした。これをもとに、動物や植物など、いろいろな細胞に利用できるように改変され、ゲノム編集技術として確立されたんです。

CRISPR-Cas9は、よくDNAを切る「ハサミ」に例えられます。実は、DNAを切るハサミの役割を持つ酵素はたくさんあるのですが、CRISPR-Cas9のすごいところは、長いDNAの中で狙い撃ちした1か所「だけ」を切ることができるハサミだというところです。これが大きな特徴です。

ところで、DNAを切るだけでは、文字列を書き換えることができませんよね。実はCRISPR-Cas9が書き換えているのかというと、そうではないんですCRISPR-Cas9は、DNAを狙ったところで切るだけで、切った後に文字列が書き換わるのは、細胞の中で自然に起きているんです。つまり、ゲノム編集の技術が書き換えているのではなくて、書き換えは「DNAの修復機構」という、細胞自身の機能で起きているわけです。これも、この技術の大きな特徴です。

そういうわけで、CRISPR-Cas9は、ヒトの2万ある遺伝子のうち、たった1個の遺伝子の狙った部分だけを書き換えることができる、すごい技術なんです。

ゲノム編集技術は、なぜノーベル化学賞に選ばれたのですか?

「生物学の革命」と言われるほどの、画期的な技術だからです。いま、新型コロナウイルス検査としてニュースでもよく耳にするようになった「PCR」も、以前ノーベル化学賞を取った技術です。PCRは遺伝子を増やす技術、そして2020年に選ばれたゲノム編集は遺伝子を書き換える技術、ということで、「PCRに次ぐ大発見」とも言われています。

遺伝子の文字列を変更する手段として、「遺伝子組み換え技術」と呼ばれるものもあり、これは、実は50年くらい前から行われてきたんです。ですが、遺伝子組み換え技術を用いてゲノムの狙った1か所の文字列を書き換えようとした場合、書き換えたい文字周辺の何千文字、ときには何万文字にわたって、完全に一致した文字列を人工的に用意する必要があったんです。この、とても長い文字列を用意したうえで、ものすごくたくさんの数の細胞を用意して、そのうちの1つの細胞だけようやく狙った文字列のゲノムを書き換えることができる、といった具合に、目的の細胞が得られる確率がとっても低かったんです。

それが、CRISPR-Cas9が登場したことで、書き換えたい文字周辺と完全に一致した文字列がたった20文字あれば、その部分を正確に狙って切り、そして文字列の書き換えが出来るようになりました。そのため、遺伝子を書き換える効率は、遺伝子組換え技術に比べて何千倍も上がったんです。それこそ、細胞が何万個かあるうちのたった1個の細胞で遺伝子がやっと書き換えられるくらいだったものが、数十%とか非常に高い確率で、正確に書き換えられるようになったわけです。

こうして遺伝子を書き換える効率が飛躍的に上がったことで、ゲノム編集の応用の幅がものすごく広がりました。応用範囲が広いので、医療はもちろん、病気のモデル動物を作るなど、医学的な研究にも非常によく利用されています。また、産業や農業にも応用されています。技術の利用者も、研究者だけでなく、企業の人など、大勢います。医療への応用については、もう海外で治験が始まっている段階ですが、幅広く産業にも応用できる技術ということで、今回はノーベル医学・生理学賞ではなく、ノーベル化学賞に選ばれたようですね。

ゲノム編集技術は、医療の分野においてどのような応用が考えられていますか?

まず挙げられるのは、遺伝性疾患を根本的に、遺伝子から治すための遺伝子治療法への応用です。遺伝子治療は、大きく2つの方法に分けられます。1つは、体外で遺伝子を書き換えた細胞を体内に戻す「ex vivo(エックスビボ)」、もう1つは、体内で直接遺伝子を書き換える「in vivo(インビボ)」です。

ex vivo遺伝子治療の場合は、患者さんの体内から病気になった細胞を取り出して、ゲノム編集を使って遺伝子を治し、正常な状態になった細胞を患者さんに戻す、といった形でゲノム編集が応用されます。この治療法は、主に血液の病気が対象となっています。神経細胞など、なかなか体の外に取り出せない細胞の病気を治療するためには、CRISPR-Cas9を体の中に入れて、直接細胞まで届け、体内で遺伝子を治す、という方法の開発が進んでいます。これがin vivo遺伝子治療へのゲノム編集の応用です。

いま、血液がんを対象とした「CAR-T療法(T細胞療法)」という治療法が、日本でも保険適用となり、行われています。これは、患者さんから取り出した免疫細胞(T細胞)の遺伝子を書き換えて、がんを攻撃できるT細胞にして体内に戻すという治療法です。この治療法は、今のやり方だと、とても時間がかかるうえに高額なのですが、ゲノム編集を用いれば、遺伝子を書き換える効率がとても良いので、時間もコストも大きく低下することが期待できます。さらに、血液がんに限らず他のさまざまながん種に対する細胞や、がんへの攻撃力がより高い細胞、患者さん本人の細胞を取り出して作るのではなく誰にでも拒絶されずに使える「ユニバーサル細胞」など、さまざまなCAR-T療法の改良に向け、ゲノム編集を用いた開発研究が、盛んに進められています。

こうした医療応用への研究は、CRISPR-Cas9でも行われていますが、実は、CRISPR-Cas9は特許が取得されているため、日本で医療に応用する場合には、とてもお金がかかってしまうのです。そこで日本では、私たちが開発した「CRISPR-Cas3」という、原理的にはCRISPR-Cas9と同様のゲノム編集技術を、医療に応用する方向で、研究が進められています。国産のゲノム編集技術を使って、近い将来、患者さんたちにより低額で治療を提供していかれるように、頑張って研究を進めています。ちなみに、これらの、ゲノム編集を応用した「治療」は、今、まだ全て治験レベルで、これから製品化されていく段階です。

Dr Mashimo 1
「ゲノム編集は、まだ治験レベルではありますが、遺伝子治療への応用研究が始まっています」(真下先生)
治療のほかに、ゲノム編集を応用した検査法などはあるのでしょうか?

実は、米国では、「クリスパー検査」とか「クリスパー診断」などと呼ばれる、新型コロナウイルスの診断キットが既に販売されているんです。この検査は、遺伝子の書き換えを行うわけではないのですが、CRISPR-Casシステムの、DNAを「見つけて、切る」という特徴をうまく応用したものです。

新型コロナウイルスの検査は、PCR検査と抗原検査、抗体検査がありますよね。抗体検査は、2週間前くらいに感染したかどうかがわかりますが、「いま」感染しているかどうかはわかりません。「いま」を調べるのはPCR検査か抗原検査です。PCR検査は感度が良くて正確性が高いのですが、特殊な機械が必要なため、検査機関に送って調べてもらわなくてはならず、結果が出るまで最低でも1日はかかります。抗原検査は、インフルエンザの検査と同じように、その場で結果が出て簡単なのですが、PCR検査に比べて感度があまり良くありません。

クリスパー検査は、特殊な機械を用いずに試験紙で、PCR検査くらい感度良く、その場で30分~1時間待てば結果がわかるという、それぞれの検査のメリットを併せ持った検査なのです。さらに、クリスパー検査は、インフルエンザとの同時検査や、変異ウイルスの検査など、幅広く応用可能です。

私たちも、今、CRISPR-Cas3を用いた国産のクリスパー検査を開発中です。C4U(シーフォーユー)という、大阪大学発の会社から販売予定なのですが、3月には国内でキット販売を開始したいと考えています。さらに、夏のオリンピックまでには大量生産できる体制にしたいですね。このクリスパー検査、米国では、ウイルスを「見つけ出す」というイメージから、探偵の名前を取って「シャーロック」と呼ばれています。私たちが開発しているCRISPR-Cas3を用いたクリスパー検査は、「コナン法」と名付けました。日本発なので、日本の探偵は誰だ?ということで(笑)

遺伝性疾患の患者さんがゲノム編集によって期待できる一番大きなメリットは何でしょうか?

ゲノム編集の特徴から考えると、遺伝子から根本的に治せるので、「1回治療すればずっと効く」というところが、一番大きいと思います。補充療法や抗体療法で、定期的にずっと注射を受け続けなくてはならない遺伝性疾患の人は、大勢いますよね。これが、1回の治療で済んでしまえば、患者さんの生活の質(QOL)も大きく上がることになるでしょう。

ゲノム編集による医療をヒトが受けることになった場合、手術を受けることになりますか?

先ほど説明したような、遺伝子治療への応用であった場合、ex vivoの細胞療法なら、治った細胞を注射するという形になりますね。in vivoの場合も、神経細胞など目的の細胞まで届いてそこでゲノム編集を行うように仕組んだものを注射する方法での治験が進んでいます。今のところ、外科的手術はあまりなさそうで、そういう意味では体への直接的負担が少ない治療といえるかもしれませんね。

ゲノム編集による医療を受けた後で、体への負担やリスクなどはありますか?

「オフターゲット」と呼ばれる現象が、ゲノム編集を用いたin vivo遺伝子治療のリスクになるとして、現在、克服に向けて世界中で研究が進められています。オフターゲットとは、DNAの狙ったところではない場所を切ってゲノム編集してしまう、という現象を言います。

最初の方で、「ゲノム編集は、書き換えたい文字周辺と完全に一致した文字列がたった20文字あれば、ヒトの2万遺伝子の狙った1個だけ、ヒトゲノムの30億文字の狙った1か所だけ、書き換えられる」とお話ししました。

20文字が完全に一致する文字列は、確率的に、”4文字(A、T、G、C)の20乗”に1か所存在すると言えるのですが、その数字は、ヒトゲノム全体である30億を優に超えています。つまり、確率的には、ヒトゲノム中の狙った1か所のみが切れると言えます。しかしこれは、あくまでも確率的な話で、実際のヒトゲノムでは、20文字のうち1文字だけ違うとか、2文字だけ違うとか、そういう部分が無いとは言い切れず、そこを間違って切る可能性は、ゼロではありません。

DNAの、狙った以外の部分が切れた細胞は、がん化する可能性があります。その確率はとても低いのですが、一度でもがんができてしまうと、がん細胞はどんどん増殖します。ゲノム編集技術を医療に使うためには、安全性をとことん追求する必要があります。そのため、いま、世界中の研究者が、オフターゲットが起きないように、ゲノム編集技術の改良を行っています。現在、改良はかなり進んでおり、特に、ex vivo遺伝子治療に応用する場合には、体から取り出してゲノム編集をした細胞にオフターゲットが起きていないことを確認してから患者さんの体内に戻す、という手順になってきています。

あとは、ゲノム編集そのものの副作用ではないのですが、例えばゲノム編集を応用したCAR-T療法など、ex vivoで治療した細胞を体内に戻したときに、強い免疫反応(副反応)が起きることがあります。この例に限らず、ほとんど全ての治療にはリスクが伴います。新しい治療法の開発は、常に、治療の「リスクをベネフィットが上回っているか」というところを考えながら、進められていきます。そして患者さんは、リスクとベネフィットの関係を理解しながら、治療を受けていくことになります。

デザイナーベビーなど、倫理的な問題に対して、各国が規制を行っていますが、日本における規制について、先生はどのようにお考えでしょうか?

安全性を確保するために、規制は必ず必要と考えます。私も規制に関する委員会に呼ばれるなどしていますが、そこでみんなで、CRISPR-Casによるゲノム編集が、どう危ないのか、どう安全なのかを議論して、規制を作っていっています。ゲノム編集はとても新しい技術なので、これに関する規制は、まだ作られている途中です。規制は必要であるものの、基礎的な研究の段階で、あまり厳しく規制してしまうと、研究が進まなくなくなってしまうので、それぞれの段階において規制のレベルを定める必要があると思っています。

デザイナーベビーについては、あくまでも「受精卵」の遺伝子治療の話で、ここまでに話してきた他の遺伝子治療とは別の話ということを、まず理解してください。ex vivo遺伝子治療も、in vivo遺伝子治療も、体細胞を対象とした治療で、遺伝子を書き換えることにより本人の病気を治すものです。受精卵の遺伝子治療は、自分ではなく子どもを治す治療です。まだ考えることができない受精卵が治療を受けるわけで、一般的な遺伝子治療とは異なる、特殊な治療といえます。

受精卵で書き換えられた遺伝子は、全身で書き換わることになり、それが一生続きます。また、その子どもの代にも受け継がれます。そのため、安全性が確実に証明されてからでないと、開始されることはないでしょう。今はまだそこまでの安全性が確認されていないので、各国、ゲノム編集した受精卵を母親の体内に戻すことは禁止しています。一方、安全性を確実に証明するための研究は、進められています。受精卵の遺伝子治療は、デザイナーベビー、つまり、優れた子どもを作りたいということよりも、生まれてすぐに亡くなってしまうような非常に重い病気を治す目的で、研究開発が進められています。

遺伝性疾患患者さんがゲノム編集に関する疑問を抱いた場合、どこに問い合わせればよいでしょうか?

一般的な疑問の場合、インターネット検索では、間違った情報を得てしまう可能性もあるので、日本ゲノム編集学会に問い合わせてください。私はこの学会の副会長をしていますが、実際に、一般の方からの問い合わせに対して、きちんとお返事しています。日本ゲノム編集学会には、倫理規制委員会もあり、ここで規制の在り方を検討したり、正しい情報を発信したりしています。規制に関しては、厚生労働省へ問い合わせても、回答して頂けると思います。ゲノム編集を用いた遺伝子治療に関しては、日本遺伝子細胞治療学会に問い合わされても良いかと思います。

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「ゲノム編集についての質問は、ぜひ日本ゲノム編集学会へお寄せください」(真下先生)

※日本ゲノム編集学会のサイトへは、この記事の最後にある「関連リンク」から飛べます。

遺伝子治療への応用の可能性

遺伝性疾患に対する、ゲノム編集を用いた遺伝子治療として、具体的にどのような治験が行われていますか?

CRISPR-Cas9によるゲノム編集を用いた治験は、米国や中国でたくさん行われています。そのほとんどが、がんや感染症に対するものです。遺伝性疾患については、米国国立衛生研究所(NIH)が公開している治験情報データベースを見ると、「サラセミア」や「鎌状赤血球症」など貧血を起こす血液の遺伝性疾患、知的障害や特徴的な顔立ちがある「歌舞伎症候群」、体内の臓器や組織にアミロイドと呼ばれる異常なタンパク質凝集体が沈着する「トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー」などを対象に、治験が実施されています。

日本では、先ほどもお話しした特許の問題で、CRISPR-Cas9を用いた治験はあまり進んでいない状況なのですが、国産の技術であるCRISPR-Cas3を用いての医療応用に向けて、準備が進んでいます。CRISPR-Cas3の準備が整えば、日本でも臨床試験を進めたいと考えています。

従来用いられている遺伝子治療技術とは、どういった点で異なるのでしょうか?

遺伝子治療は、2000年頃に盛んに行われたのですが、当時の方法で免疫不全の患者さんに治療を行ったところ、重大な副作用が起こり、それをきっかけに、下火になりました。今、「AAVベクター」という、安全な遺伝子の運び屋が開発されたことにより、遺伝子治療は復活してきています。AAVベクター遺伝子治療は、主に遺伝子を「補充する」治療に使われます。変異により働かなくなった遺伝子のかわりに、正常な遺伝子を補充してあげることで、機能を復活させるのです。

ところがこの方法では、変異により悪い働きをするようになった遺伝子を治すことは、できません。それができるのがゲノム編集で、そこが現在行われているAAVベクター遺伝子治療との大きな違いです。

また、AAVベクター遺伝子治療で補充された正常な遺伝子は、細胞のゲノムに組み込まれるわけではないので、細胞が入れ替わったり、AAVベクターが細胞から抜けたりすると、その働きはなくなります。ゲノム編集は、ゲノムそのものを書き換えるので、より根本的な遺伝子治療だと言えるでしょう。

ゲノム編集による遺伝子治療を実現させるうえで、課題となっていることは何ですか?また、その解決に向けて、どのような対策が行われていますか?

課題となっているのは、先ほど説明した、オフターゲットです。解決に向けて、できるだけオフターゲットのないゲノム編集システムへと改良が進められています。また、ゲノム編集を行いたい遺伝子のうち、どの20文字を選べばオフターゲットが極力起こりにくいのかを、人工知能を使って選ぶ試みも始まっています。それから、ゲノムを切らないゲノム編集というのも出てきています。これはDNA配列そのものではなく、DNAに起こる化学変化を編集するもので、エピゲノム編集と呼ばれているのですが、病気によってはそれで治せるものもあります。このように、オフターゲットは、克服に向けていろいろ対策が練られています。

こういった課題はいつ頃克服され、いつ頃実際の医療にゲノム編集が応用されるようになる見通しでしょうか?

これは、病気によりますね。今すぐに治療が必要な患者さんは、いつまでも待ってはいられません。ある程度の安全性が確認されたところで、命を守るために臨床試験を開始するしかない、そういう状況もあるかもしれません。一方で、治療開始がもう少し後でもよい場合は、より安全に改良されることが求められるでしょう。一般論にはできませんが、患者さんが今必要なものは、今すぐに届けなくてはいけません。治療を急ぐ必要がある病気のうち、準備が整ったものに対しては、治験が始まっており、それで治療効果が得られている患者さんも実際に出てきています。今は、そんな状況でしょうか。

最後に、ゲノム編集による遺伝子治療の実現を待っている遺伝性疾患の患者さんたちに、メッセージをお願いいたします

私たちはゲノム編集、とくにCRISPR-Cas3を日本で医療に応用すべく、日々研究に取り組んでいます。一日も早く多くの患者さんたちが、ゲノム編集を応用した遺伝子治療を受けられる状況にしたいという気持ちはとても大きいです。一方で、やはり安全性の確認は、とても重要です。それを両立しながら、できるだけ早くゲノム編集による遺伝子治療を届けたいと思っています。世界中の研究者がそういう思いで研究を進めています。だからぜひ、その日をお待ちください。

また、私たちは研究を頑張りますので、患者さんたちは、ぜひ声を発してください。声を出して、わからないことがあればどんどん聞いてください。研究者と患者さんと一体になって、新しい治療を作っていきましょう。

 


ゲノム編集とは、ヒトの2万ある遺伝子のうち、たった1個の遺伝子の狙った部分だけを書き換えることができるすごい技術で、現在の遺伝子治療法では難しい、「変異により悪い働きをするようになった遺伝子」を、生涯にわたり治せる可能性があるとわかりました。米国ではいくつかの遺伝性疾患に対して治験も始まっており、日本でも国産のゲノム編集技術を応用した遺伝子治療の準備が着々と進められているということもわかりました。

実は真下先生、今回、医療の話だけにとどまらず、将来の食糧難を救うために動いているゲノム編集を活用した施策や、その他産業への応用など、幅広くゲノム編集について教えてくださいました。どれもこれも画期的でおもしろい話ばかりで、さすがノーベル化学賞を受賞した技術だなと納得できました。つい、あれもこれも質問してしまい、取材が長丁場になってしまいましたが、「ちょうどこの後予定が入っていなかったから、大丈夫ですよ」と、快くお付き合いいただきました。始終絶やさぬ温かい笑顔と落ち着いた語りが印象的でした。(遺伝性疾患プラス編集部)

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真下知士先生 プロフィール

真下知士先生 プロフィール

東京大学医科学研究所システム疾患モデル研究センター ゲノム編集研究分野教授、兼、同研究実験動物研究施設先進動物ゲノム研究分野教授、兼、同研究所附属実験動物研究施設施設長、兼、同研究所附属奄美病害動物研究施設施設長。1994年に京都大学農学部畜産学専攻卒業。1997年に京都大学大学院人間・環境学研究科文化・地域環境学専攻修士課程修了、2000年に同博士課程を修了し、博士(人間・環境学)取得。その後、フランス・パスツール研究所免疫学講座博士研究員、京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設特定准教授、大阪大学大学院医学系研究科実験動物学教室准教授(附属共同研ゲノム編集センター長を兼任)等を経て、2019年より現職。日本ゲノム編集学会副会長。C4U株式会社取締役および科学技術顧問。