3次元オンライン診療システム「ホロメディスン」とは~近い将来、神経難病も家から受診可能に

遺伝性疾患プラス編集部

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医療施設へ出向かなくても、スマートフォンなどを用いてインターネット上で医師の診療が受けられる「オンライン診療」。新型コロナウイルスの流行下で注目度が高まっており、最近、ニュースなどでも、ときどき耳にするようになりました。そして、このオンライン診療がさらに進化した、3次元(3D)オンライン診療システム「ホロメディスン」が、順天堂大学の研究グループにより開発されました※1。まだ、実用化に向けての準備段階ですが、ホロメディスンが使われるようになれば、通常の2次元(2D)の画面より、オンラインで診療可能な範囲が大きく広がるといいます。この「ホロメディスン」について、開発の経緯や特徴、そして現状や課題、今後の展望などを、開発を主導しておられる、順天堂大学医学部神経学講座准教授の大山彦光先生に、詳しくお話を伺いました。

※1ホロメディスンの詳細は、この記事の最後の「関連リンク」にある順天堂大学のプレスリリースをご覧ください。

順天堂大学医学部神経学講座准教授 大山彦光先生

「ホロメディスン」とは

今回、開発された「ホロメディスン」とは、どんな特徴を持つオンライン診療システムですか?

その名の通り、ホログラムを使った3Dのテレメディスン(遠隔医療)システムです。このシステムが実用化されれば、実際に離れたところにいる患者さんも、まるで目の前にいるかのように診察できます。映画スターウォーズに出てくるホログラム電話をご存知ですか?あれが、カラーで、実物大になったようなイメージです。

近未来的ですね!開発の際に、特に力を入れたのはどのような部分ですか?

やはり、「3Dで見える」ということを実現させるところに力を入れました。神経疾患の診察では、細かい震えなど、前から見てもわかりにくいような症状を、横から確認することがしばしばあります。2Dのカメラだと、いくら横から覗いても、横からの様子を見ることはできないんですが、3Dホログラムだと、横から覗けばきちんと横からとして見えます。ですので、神経疾患を遠隔診療するうえで重要なポイントが、3Dにすることでクリアできるわけです。

いま、実用化に向けて準備を進めているとのことですが、現行のシステムではどのような課題がありますか?

1番の課題は、通信速度です。通信速度が低いと、目の前の画像が荒くなったり、動きがスムーズに見えなくなったりするようなことが、ときどき起こります。実証実験を行ったときの環境は、研究室内の高速ネットワークを利用した、隣り合った部屋での通信だったので、大きな支障はありませんでした。しかしこれを、実際に患者さんのご自宅と病院とでの通信として行うとなると、現在汎用されているネットワークでは通信が遅すぎて、実用に耐えられません。なにしろ3Dは、データが膨大なのです。一方で、ついに第5世代移動通信システム(5G)の商用化が始まりましたよね。これで、実用の目途が立ちました。今、患者さん宅の近隣施設等と病院とで、5G回線を介して、ホロメディスンによる遠隔診療の実証実験をしようと、計画を立てているところです。

ホロメディスンでの診療を受けるために、患者さん側で準備が必要な機器は何ですか? 

患者さん側で用意する必要があるのは、「ヘッドマウントディスプレイ」「コンピュータ」「キネクト」の3つです。キネクトというのは、3次元の動作をスキャンするためのカメラで、通常のビデオカメラに赤外線センサーが付いていることで、奥行きなどもスキャンできるというものです。キネクトで撮ったものを、ワイヤレスのヘッドマウントディスプレイに転送して、それをホログラムに再構成して、目の前にいるように見せる、という原理になっています。医師側だけでなく、患者さん側も、用意するのはこの3つです。

実証実験の時には、ヘッドマウントディスプレイとキネクトが、それぞれ、マイクロソフト社の「ホロレンズ」と「キネクトV2」だったのですが、今は「ホロレンズ2」と「アズールキネクト」という、新しいバージョンのものが出ています。現在、これらの最新デバイスに対応するために、ホロメディスンのシステムを改良中です。最新のデバイス+5Gで、実用に耐えうるようになると思っています。

また、ヘッドマウントディスプレイは、自分で被れない場合には、どうしてもどなたかの手を借りて被る必要があるのですが、もっと便利なデバイスを考案中です。だいぶ先になるとは思いますが、ゆくゆくは、眼鏡のように簡単に装着できるものや、スキャンするカメラに投影機も付けるなどして何もつけなくても可能なものにしていきたいと考えています。

上:ホロメディスンを使った3Dオンライン診療のイメージ、下左:ホロレンズとキネクトV2、下右;対面診療とホロメディスンを使った3Dオンライン診療との相関を示した図(順天堂大学 プレスリリースより)
実際にパーキンソン病の患者さんにご参加いただいて検証されたとのことですが…?

はい、100人のパーキンソン病患者さんにご参加いただいて検証を行いました。患者さんに、実際に動作(指や手を動かす、足をタップする、歩行するなど)をしてもらってスコアをつける、パーキンソン病の評価スケールがあります。これを、対面で通常通りに評価したのと、ホロメディスンを使って離れたところで評価したのと、それぞれ100人のスコアを比較しました。その結果、対面とホロメディスンとの間に相関がみられ、ホロメディスンは対面診療の代わりとして評価に用いることが可能であると示されました。

動作によるパーキンソン病の評価はホロメディスンで可能となったのですね!では、ホロメディスンで診療は完結できるのでしょうか?

パーキンソン病の診療では、実際に患者さんの体を触って筋肉の硬さを見たり、後ろにどの程度引っ張ったら倒れそうになるかを見たり、そういった検査も行います。これらは、今のところ、対面診療でないとできません。しかし、こうしたところは、ゆくゆくウェアラブルデバイスを組み合わせていくことでフォローしていく予定です。実際に患者さんに身に着けていただいているものから、データを転送することで、実際に触らなくてはいけないような診察の代わりになると考えています。

検証に参加されたパーキンソン病患者さんたちからは、どのような声が聞かれましたか?

先ほどお話しした100人の患者さんは、医師だけがデバイスを装着して評価をしたので、医師には患者さんが3Dで見えていますが患者さんに医師は見えていないという状況でした。別の研究として、10人の患者さんに実際にデバイスを装着してもらって検証したのですが、このときの患者さんからの声は、概ね好評でした。

一方で、ヘッドマウントディスプレイの装着で顔が一部隠れてしまい、医師の表情が見づらいという声がありました。もちろん医師としても、患者さんの表情がしっかり見えた方が良いので、ここは改良を検討中です。それから、通信の途切れ(ざらざら)がときどき入るところも、気になるという声がありました。どちらも、私たち開発者側も既に認識していた部分で、新デバイスや5Gの活用で改良できると考えています。

ホロメディスンが実用化されたら、通院時間だけでなく診療時間の短縮も見込めますか?

これは、Yes & No です。オンラインや3Dにしても、診察に必要な項目は減らないため、本質的な診療時間は減りません。ただ、パーキンソン病の患者さんは、呼ばれてから診察室に入って準備をし、また、診療が終わって診察室から出ていくまでの時間が多めに必要です。ホロメディスンで、例えば自宅でスイッチを入れたらすぐ診療を始められるようであれば、こうした時間は短縮されるでしょう。

実は、ホロメディスンは、単に3Dに見えるだけではなく、3Dの動作情報が全部スキャンされ、データとして蓄積されます。蓄積された、患者さんの動作やふるえのデータを、人工知能(AI)に学習させれば、その人の動きからAIがスコアを算出し、「これはパーキンソン病によるふるえの可能性が高いです」といったように、診療のサポートをすることも可能になってくるでしょう。将来、ホロメディスンに、こうしたサポート機能がついてくれば、診察がスムーズになり、診療時間の短縮につながる可能性はあります。

「本質的な診療時間はホロメディスンを使っても変わりませんが、診療をスムーズにするAIサポート機能などを考案中です」(大山先生)
パーキンソン病以外の神経疾患でも検証は進められているのでしょうか?

まだ始まっていませんが、今後、パーキンソン病に似た症状を示すパーキンソン症候群や、脳卒中で、パーキンソン病での検証と同じように、ホロメディスンと対面診療とを比較し、評価する検証を進める予定です。

「ホロメディスン」は今後の世の中にどう役立っていくのか

ホロメディスンは、今後どのような開発段階を経て、いつ頃実用化される予定でしょうか?

さきほど、AIによる診断補助機能のお話をしましたが、現在、AIによる解析の準備段階に入っており、間もなく研究が開始します。また、ホロレンズ2やアズールキネクトといった、最新デバイスへのシステムの対応も進んでいます。こうしたステップを踏んで、3年以内に、患者さんの近隣施設と病院とを5G回線でつなぎ、ホロメディスンを使った遠隔診療を実現させることを目標にしています。

3年後には始まるのですね!患者さん側で費用はどれくらいかかる想定でしょうか?

単純にデバイスをそろえるとなると、現在の価格ですとPCが約10万円、アズールキネクトが約4万円、そして、ヘッドマウントディスプレイが約40万円と、高額な費用がかかります。しかし実用化当初は、各家庭にそれぞれデバイスを用意してもらうという使い方よりも、地元の診療所などに用意していただくといった使い方を想定しています。例えば、神経疾患の疑いがある患者さんが、かかりつけ医である地元の診療所に来たときに、スイッチ1つで専門医もバーチャルで同席できるので、スムーズな診断につながる、といったイメージです。

今後、ホロメディスンにプラスしたい機能はありますか?

先ほどから少し話には出ていましたが、3Dで見えることに加え、ウェアラブルデバイスと連携して目で見えない部分もデータ送信で補い、さらにAI補助機能もプラスして、迅速で正確な診断につなげていきたいと考えています。パーキンソン病は、日内変動があり、具合が良い時と悪い時があるのですが、ほとんどの患者さんは、診察に合わせてベストコンディションで来院します。なぜなら、公共交通機関を使って病院へ来て、長時間待つというのは、患者さんにとって、全力で臨むイベントなのです。そのため、診察時に「普段はもっと悪いんです」とおっしゃる患者さんや、「調子が悪いから今日は来られません」という患者さんがおられたりもするのですが、ホロメディスンにウェアラブルデバイスを組み合わせれば、通院できなくても受診できますし、診察していないときの、普段のコンディションも把握できるようになります。

ホロメディスンは、神経難病以外に、どんな病気の診療に活用されるようになるでしょうか?

ホロメディスンは、「動き」を見ることが2Dよりも進化しているシステムなので、動きに関した疾患、神経疾患以外ですと例えば、整形外科領域の疾患や、ロコモティブシンドロームなど、そういった、動きに関わる病気全般に有用だと考えます。そのほか、医師と対面して相談することに意義がある、精神科領域の疾患にも有用だと考えています。やはり、実際にその場に居合わせているような雰囲気が作れる、というのは、大変有用な特徴です。触診する、聴診する、のは難しいですが、問診や視診に関しては、肌の色なども、きちんとわかりますし、ホロメディスンで可能です。

「ホロメディスンは動きに関わる病気全般の診療に有用と考えます」(大山先生)
最後に、先生から、未来のオンライン診療に期待を寄せる患者さんたちに、メッセージをお願いします。

未来はもう、未来ではなくて「今」です。ありとあらゆる技術がどんどん統合されて、加速度的に進歩しています。ですので、家にいながらにして、診察を予約した時間にスイッチを押したら、医師がポッと現れて、まるで、その場に来てくれたかのような状態で診察してもらうことが、割と近い将来に実現すると思います。オンライン診療は、これからの医療に絶対的に必要な技術だと思っていますが、一方で、実際に触れることはできないため、オンライン診療で全てが解決するわけではありません。オンラインと対面診療、それぞれの良いところをうまく利用することで、患者さんたちによりストレスなく受診していただけるようになればと思っています。そのために、私は医師という立場から、開発を積極的に進めていきます。


3Dオンライン診療システム「ホロメディスン」。離れた場所にいるのに、実物大カラーで立体的に、まるで目の前にいるような形で診療を受けることができる、そんなシステムが、3年後には実用化されている可能性があると知り、「もうすぐ」であることに驚きました。さらに、ウェアラブルデバイスやAIの組み合わせで、より正確かつスムーズに診療が受けられるように改良計画が進んでいると聞き、「まるで未来!」と思ったところで、先生から「未来はもう、未来ではなくて「今」です」というメッセージをいただき、医療とテクノロジーの目覚ましい進歩に感動を覚えました。

大山先生は、高校生の頃から、最先端技術、特に人工知能に大変興味を持たれていたのだとか。しかし、人工知能より先に、まず人間の脳をしっかり知ろうと考え、医学の道に進まれたそうです。そんな先生が今、医師という立場から、医療の現場に3D技術や人工知能を導入するため着々と準備を進められているところに、なにか「運命づけられた使命」のようなものを感じずにはいられませんでした。

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大山彦光先生

大山彦光先生

順天堂大学医学部神経学講座准教授。博士(医学)。2002年に埼玉医科大学を卒業後、順天堂大学で博士を取得。その後、米国フロリダ大学へ留学し(Movement Disorder Center フェロー)、帰国後の2011年7月~2014年3月に順天堂大学医学部神経学講座助教、1014年4月より現職。専門は、不随意運動疾患(パーキンソン病、振戦、ジストニア、トゥレット症候群)、脳深部刺激療法・iPS細胞移植療法、光遺伝学、三次元動作解析・遠隔医療。日本内科学会認定医、日本内科学会総合内科専門医、日本神経学会専門医・指導医、日本定位・機能神経外科学会・機能的定位脳手術技術認定医、Fellow of AAN。