「アンチセンス・オリゴヌクレオチド」でFUS-ALSマウスの病態を改善
米国国立衛生研究所(NIH)は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で変異している遺伝子の働きを、研究中の薬剤で抑えることに成功したと発表しました。この研究は、NIHの傘下機関である国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)の資金提供を受け、コロンビア大学ALS治療研究センター長のニール・シュナイダー博士を中心とした研究グループが行ったものです。
ALSは、脳や脊髄の運動ニューロンが変性する、命に関わる神経障害です。ALSの患者さんは急速に筋力が落ちていき、進行すると動いたり、飲み込んだり、呼吸したりするのが難しくなっていきます。ALSのほとんどの症例は散発性ですが、少なくとも10%は家族性であるか、さまざまな遺伝子の変異が原因であるとわかっています。原因遺伝子が複数ある中で、FUS遺伝子の変異は、FUS-ALSと呼ばれる重症型のALSを引き起こし、これには思春期・若年成人(AYA)世代に発症する希少な病型も含まれます。
今回の研究では、変異したFUS遺伝子から有害な変異型FUSタンパク質が作られるのを抑えるように設計された、「アンチセンス・オリゴヌクレオチド」と呼ばれる種類の核酸医薬を用いて、FUS-ALSモデルマウスの運動ニューロンの変性を遅らせることに成功しました。
FUS遺伝子に変異があるFUS-ALSモデルマウスは、正常なマウスと比較して、脳や脊髄に変異型FUSタンパク質やその他のALS関連タンパク質が多く存在しています。運動ニューロン中に変異型FUSタンパク質の量が多いマウスでは、FUS-ALSの患者さんと同様に、生後早期に急速に神経変性が始まります。
このマウスの脳室(脳の囲りの液体で満たされた部分)に薬剤を1回投与したところ、炎症と運動ニューロン変性が起こるのが6か月遅れました。また、脳と脊髄に存在する変異型FUSタンパク質の量は50~80%減少し、その他のALS関連タンパク質も除去されていました。
臨床研究として治療した患者さんで運動機能低下の速度が遅くなるのを確認
さらにその後、このモデルマウスと同様の変異を持つALSの患者さんに対し、この薬剤の臨床研究も実施されました。患者さんは10か月間、脊柱管に繰り返しこの薬の注射を受けました。結果として、この治療中、患者さんの運動機能低下の速度は遅くなり、医学的な副作用は認められませんでした。この患者さんは、治療を開始した時点(発症6か月以上経過後)で既に病状が著しく進行しており、また、若年発症のFUS-ALSに典型的に見られるように、その後も病状は急速に進行し、この病気の合併症で亡くなりました。
シュナイダー博士は、「今回の研究は、精密医療(プレシジョン・メディスン)、基礎研究から医療へ(ベンチ・トゥ・ベッドサイド)の取り組みの一例です。動物実験で薬の根拠を確立し、有効性試験を実施してから、ヒトに対する試験に移りました。これは、最終的に大規模な第3相臨床試験につながるために有用な、貴重なデータとなりました」と、述べています。(遺伝性疾患プラス編集部)