網膜色素変性症の治療法開発につながる分子「低分子抗体ナノボディ」を発見

遺伝性疾患プラス編集部

POINT

  1. 網膜色素変性症では、網膜の杆体細胞のロドプシンの変異により夜盲、視野狭窄などが引き起こされる
  2. 光存在下でのみロドプシンと結合するナノボディ抗体を発見、不明だった分子機構の一端も明らかに
  3. 発見したナノボディがロドプシンタンパク質の変異による構造異常を防ぐことも判明

網膜の暗い中で光を感じる細胞に異常が生じる疾患

名古屋工業大学を中心とした研究グループは、網膜色素変性症の治療法開発の促進につながる可能性のある、特殊な抗体を発見したと発表しました。

網膜色素変性症は、眼の奥の網膜に異常が起こることにより、夜盲、視野狭窄、視力低下などの症状が引き起こされる遺伝性疾患です。症状は進行性で、日本では4,000~8,000人に1人程度が発症すると推定されています。網膜色素変性症の治療法は、遺伝子治療、神経保護、細胞移植などの研究が世界中で行われ、RPE65遺伝子の変化でおこる網膜色素変性症に対する遺伝子治療薬「ルクスターナ」が2023年6月に日本でも承認されました。しかし、全ての病型に対する根本的な治療法はまだ確立されていません。

網膜色素変性症では、まず網膜の中の光受容細胞のうち、暗い中で光を感じる視力に関わる「杆体(かんたい)細胞」が障害されることで引き起こされることが多いとされています。杆体細胞に含まれる光受容機能を担っているのは「ロドプシン」と呼ばれるタンパク質で、この病気では、ロドプシンに関する150以上の遺伝子変異が確認されています。しかし、これらの変異により引き起こされる異常は、タンパク質の立体構造の変化や、ロドプシンの過剰な活性化など、変異の箇所によりさまざまであるため、遺伝子治療の開発が難しくなっていました。また、ロドプシンを治療標的にするために必要なロドプシンの光受容機能についての詳細な分子的メカニズムについても明らかになっていませんでした。

ロドプシンの立体構造が異常になるのを止める、ラマ由来の特殊な抗体

今回、研究グループは、光存在下でのみロドプシンと結合する4種類の「ナノボディ」と呼ばれるラクダ科のラマ由来の特殊な抗体(病原体などの異物を認識するために作られる分子)を発見しました。

ナノボディとロドプシンが結合した複合体についての詳細な解析を行ったところ、獲得したナノボディの一つがロドプシンの光活性化を阻害し、ロドプシンが光活性を持つ前の構造が安定化されていることがわかりました。そのことによって、これまでわかっていなかったロドプシンの活性化に至るまでの分子機構の一端が明らかになりました。

研究グループは、発見したナノボディがロドプシンタンパク質の立体構造の異常による症状も阻害するのではないかと考えました。そのため、ロドプシンタンパク質の立体構造の折り畳みの異常(ミスフォールディング)が原因で網膜色素変性症を引き起こすことが知られている、ロドプシンP23Hと呼ばれる変異体に対するナノボディの効果を調べました。ロドプシンP23H変異体はミスフォールディングのために作られた異常タンパク質が細胞膜まで正しく輸送されずに杆体細胞の性質が変化しこの病気を発症すると考えられていますが、ロドプシンP23H変異体と同時にナノボディを発現させた細胞では、ロドプシンP23H変異体が細胞膜に確認され、ナノボディはミスフォールディングを阻害することが明らかになりました。

研究グループは、ナノボディ低分子抗体を遺伝学的に、網膜色素変性症モデル動物マウスに導入する研究を開始しており、杆体細胞の細胞死抑制や視力改善について評価をしていく予定、と述べています。(遺伝性疾患プラス編集部)

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