視細胞の障害によって不可逆的な視力低下を引き起こす
理化学研究所を中心とした研究グループは、EYS関連網膜変性疾患の患者さん由来iPS細胞から網膜のオルガノイド(培養された人工の臓器)を作製し、その解析によって光刺激による視細胞の細胞死が病態に重要な役割を果たしていることを発見したと報告しました。
遺伝性網膜変性疾患(IRD)は、視細胞の障害によって徐々に脱落する進行性の疾患群で、不可逆的な視力低下を引き起こします。IRDの原因としてこれまでに280以上の遺伝子が報告されていますが、その中で「EYS(Eyes shut homolog)」遺伝子は、日本を含むさまざまな国で最も頻度の高い原因遺伝子として知られています。
しかし、EYS遺伝子変異によるIRDの病態は十分に解明されていませんでした。その理由として、一般に遺伝子変異による病態の解析は、同じ遺伝子に変異を持つ動物モデルなどを用いて行われますが、動物モデルとしてよく用いられるマウス、ラットなどにおいてこのEYSはもともと喪失しているために、哺乳類での研究モデルが作製できないといったことがありました。EYSの研究ではゼブラフィッシュと呼ばれる魚類の一種がモデルとして使用されることもありましたが、ヒトとは遠縁な種であるため、ヒト由来のサンプルを用いた研究が望ましいと考えられていました。
光による障害から視細胞を保護する分子を輸送する能力が低下
近年ヒトiPS細胞から作製した3次元の網膜オルガノイドを利用して他のIRD原因遺伝子の分子病態が調べられる研究が行われています。研究グループは、EYS関連網膜変性疾患の患者さんと、健康な人から作製したiPS細胞を使用して、生体に近い構造を持つ3次元網膜オルガノイドを作製しました。どちらのiPS細胞から作製したオルガノイドも、表層部分に視細胞層、視細胞の内部に内節、結合線毛、外節と呼ばれる微細構造が形成され、患者さん由来のオルガノイドと健康な人由来のオルガノイドに構造上の差は認められませんでした。
そこでEYSタンパク質の発現を調べてみたところ、2種類のオルガノイドでEYSタンパク質の発現量に差はなかったものの、細胞内で局在(タンパク質が存在する場所)が異なっていました。健康な人由来オルガノイドの視細胞では、結合線毛や外節領域と呼ばれる部分にEYSの局在が見られたのに対し、患者さん由来オルガノイドの視細胞ではこれらの領域での局在は低下しており、細胞内の別の場所(細胞質)に異常な局在をしていることがわかりました。
研究グループは、結合線毛が、外節と呼ばれる構造で働くタンパク質を外節まで運ぶために重要な構造であるため、EYSは特定のタンパク質を内節から外節へ輸送するのに関与しているのではないかと考え、その候補としてGRK7という分子に着目しました。GRK7は光への順応や光障害からの保護に関与していることが知られています。
詳細な解析を行った結果、「EYSとGRK7は複合体を形成すること」「患者由来オルガノイドでは、GRK7の外節への輸送量が低下していること」が明らかになりました。また、患者さん由来の網膜オルガノイドに白色のLED光源で光暴露を行ったところ、活性酸素が産生され、視細胞の細胞死が誘導されることがわかりました。さらに、同じ照度では青色の光が患者さん由来のオルガノイドで最も光誘導性の視細胞死を引き起こしやすいこともわかりました。
これらの結果から、光誘導性の細胞傷害がEYS関連網膜変性疾患の病態において重要である可能性が示唆されました。
研究グループは、この研究で得られた知見から、EYS関連網膜変性疾患において、特定の波長光への暴露を減らすなどの新たな治療法開発につながる可能性が期待できる、と述べています。(遺伝性疾患プラス編集部)