近年、目覚ましい医療の進展とともに、遺伝性疾患に対する新しい検査や治療法の開発も進み、実際の診療現場で使われるようになりました。選択肢が増え、また、価値観の多様化などにより、かえって患者さんが悩むこともあるようです。
そこで、遺伝性疾患の患者さんやその周囲の方が医療者とのコミュニケーションをよりスムーズに行うために大切な要素としてヘルスリテラシー・共同意思決定(Shared decision making;SDM)・遺伝カウンセリングをピックアップ。聖マリアンナ医科大学病院遺伝診療部 部長(教授)の右田先生と、血友病を専門にされている同大学病院小児科 主任医長(講師)の長江先生、看護師の吉川さんに解説していただきました。
第3回は、医療者と患者間コミュニケーションにおける遺伝カウンセリングについて掘り下げます。
最初に、遺伝カウンセリングの概要をご説明いただけますか?
右田先生 「遺伝カウンセリング」は、誤解されがちなことがあります。まず、多くの方は「遺伝性疾患だとわかった人がいく場所」とお考えになるかもしれません。実際は、遺伝性疾患の方はもちろん、そのご家族や遺伝性疾患ではないかと心配している方でも利用できます。つまり、遺伝性疾患のことが気になっている全ての方が対象です。
また、遺伝カウンセリングは心理カウンセリングと言葉が似ているので、遺伝に関するこころの問題の相談窓口のような印象をもつ方がいます。しかし、遺伝カウンセリングで主に行うことは、抱えている問題が遺伝性なのかどうか、遺伝子検査や治療・対応が必要か、治療が必要ならばどのように進めていくか――といった医学的な情報を提供し、話し合いながらご本人の決定やその状況への適応をサポートしていくことです。心理的な援助が必要であれば行うものの、メインではありません。疾患の遺伝的な要因がもたらす影響を理解し適応するサポートに向けたプロセスを指すと定義されています1)。
遺伝カウンセリングのメリットを教えてください
右田先生 遺伝カウンセリングでは、今起きている遺伝的な問題について、情報の整理と情報提供を担います。現在起こっている疾患について患者さんが解釈や評価をするために、これまでの情報の整理や解釈のお手伝いをし、さらに患者さんや周囲の方々にとって「遺伝的なことを教えてもらえる場所」であることもメリットといえます。学ぶことによってヘルスリテラシー(第1回参照)を高めることができますから、遺伝の情報を手に入れたときに良し悪しの判断ができるようになります。
遺伝カウンセリングのメリットを聞くと、勧められれば皆さんこぞって利用しそうですが?
右田先生 ありがとうございます。ただ残念ながら、そのようなことにはなっていません。たとえば私たちがまとめた調査では、ある検査で遺伝性のがんになりやすい体質が判明したがん患者さん17例のうち、遺伝外来(カウンセリング)を受けたのは7例と半数以下でした2)。利用されない理由は、患者さんが忙しく時間をつくれないこと、患者さんが遺伝カウンセリングを知らない/メリットを感じられないことが考えられています。また、特定の遺伝性疾患に対しては、遺伝学的検査を行った後に実施される遺伝カウンセリングだと保険が適応される場合がありますが、通常は自費負担となりますから、コストの問題もあります。
まず、病院の中に遺伝カウンセリングを専門に扱う診療部/科があることを知っていただきたいですね。
遺伝カウンセリングで受ける問い合わせには、どのような内容のものがありますか?
血友病など先天性で乳幼児期に発症する病気の場合では、保護者から「いつ、どのように病気のことを子に伝えたら良いか」という問いかけをよく受けます。難しい問題ですが、メリット/デメリットの一部を示すと以下のようになります。
子どもの頃から伝えるメリット | 子どもの頃に伝えることのデメリット |
|
|
SDMに近い考えと思いますが、幼少期からであっても患者さん本人が治療に積極的にかかわっていくことの重要性から、最近では、遺伝性疾患のことを少しずつ、年齢にあった形で伝えていくことが勧められています。
どのようなときに、遺伝カウンセリングを勧めますか?
長江先生 私は血友病の専門医ですので、血友病のみであれば遺伝カウンセリング的なことも外来でカバーできます。一方、他の遺伝性疾患と重複している患者さんには右田先生の遺伝カウンセリングをお勧めしています。また、家族などにどう伝えたらいいか悩んでいる場合にも、遺伝カウンセリングで話を聞いてもらうようにお伝えします。患者さんがどこまで困っているか聴取して判断しています。
吉川さん 看護師から遺伝カウンセリングを勧める場面は多くはないと思います。ただ、遺伝性疾患を誰に、いつ、どのように伝えるかは大きな問題になります。たとえば、結婚するときです。結婚寸前になって遺伝性疾患があることを相手のご両親に伝えるべきかどうかは迷いが生じるもので、答えもありませんから、専門家に相談して情報を得ることを勧めます。時間が限られる診療の中で、遺伝の詳しい話までは行き届かないことが多いです。
子どもが遺伝性疾患だとわかると、ご家族や親類の中には「起源は誰か」と訝(いぶか)り、“犯人捜し”をする方が出てくることがあります。ただ、遺伝性疾患は突然変異で発症することもあります。“犯人捜し”ではなく、未来を向いて、今後の養育に目を向けていただきたいですね。
遺伝カウンセリングで気を付けていることはどのようなことですか?
右田先生 何よりもまず、患者さんが遺伝性疾患ということで困った状況にならないように心がけています。“転ばぬ先の杖”ですね。本来は、これが一番大切です。そのためにも、患者さんご本人が適切な時期に遺伝性疾患のことを知って、時間をかけて検討する機会を提供したいと思っています。私たちの遺伝診療部では初診に1時間をかけます。1度にすべてを検討できませんから、複数の機会を設けることも多いです。
ただ、そうも言っていられない場合もあります。たとえば、妊娠後に家族から遺伝性疾患の可能性を知らされ、遺伝カウンセリングに訪れるケースです。このような場合にも時間をかけ、話し合いを繰り返し、悩みごとに耳を傾けながらその状況を一緒に考えるようにしています。ただ、状況やご家族からの情報を整理することが困難な場合もありますし、複数回の機会を設けることも難しくなります。
また、遺伝カウンセリングでは認定遺伝カウンセラーが配置されています。遺伝学に加えて心理カウンセリングの基本的な考えや技法も学んでおり、患者さん・周囲の方々にとって心強い存在になっています。
患者さんにアドバイスしておきたいことはありますか?
吉川さん この記事を読まれた方は遺伝カウンセリングの概要を理解してくださると思いますが、とはいえ、遺伝カウンセリングと聞いてもまだ実感としてピンとこない方のほうが多いかもしれません。
遺伝カウンセリングを含め、「医療者にいろいろなことを相談しても良い」、「難しい問題なら専門家に相談するのも一手」と知っていただくことが大切です。インターネット上には間違った情報も多いので、迷われたら相談していただきたいと思います。
また、医療者に相談したとしても、次のステップではより専門の医療者につながっていくイメージは患者さんにないかもしれませんが、医療者では院内で申し送りをしながら、患者さんの困りごとに合った専門スタッフを紹介できる場合があります。やはり、まずは相談ですね。私たち医療者が、患者さんに相談することの大切さをお伝えすることも忘れてはいけません。
右田先生 患者さんからのご希望を伺いますが、患者さんの主観的な思いを全て叶えることとは違います。遺伝学的な要因から妥当で選択可能な選択肢がない場合もあります。時には医療者と話し合い、受容していくことが大切になるのかもしれません。
最後に、本記事をお読みの方々へメッセージをお願いします
右田先生 遺伝性疾患は「家族も同じ病気かもしれない、病気と付き合っていかなければならない」といったセンシティブな情報が絡んできます。日本では2023年に、ゲノム医療の推進に関する「良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律(ゲノム医療推進法)」が施行されました。遺伝的な情報を医療に活用するとともに、差別や偏見のない社会をめざすことがうたわれています。遺伝性疾患は多種多様であり、全ての人がなんらかの遺伝的な特性、つまり「個性」をもっています。遺伝情報を適切に活用するとともに、多様性を社会全体で理解し対応していく必要があると思います。
吉川さん 今の時代は患者さんが治療などの決定に参加できる時代ですし、実際に患者さんと接していると、意見を言えるようになってきたように感じます。
長江先生 今は医療者が参考にする診療ガイドラインが患者さんも読めるようになりました。一昔前では考えられないことです。このようなことが当たり前の時代が来たことを知って、時に医学的な知識・情報を入れていただき、必要に応じて医療者に相談していただきたいと思います。
【コラム】日本遺伝カウンセリング学会のウェブサイトにあるQ&Aでは、相談内容や受けられる場所などについて解説しています。 2024年11月14日参照 |
ファイザーの公式ホームページでは、各疾患の専門サイトやおくすりに関する情報をご紹介しています。また、インスタグラムやXでもさまざまな取り組みをご紹介しています。ぜひご覧ください。
1) Resta R, Biesecker BB, et al. A new definition of Genetic Counseling: National Society of Genetic Counselors' Task Force report. J Genet Couns. 2006;15(2):77-83.
2) 本吉愛ほか. 遺伝性腫瘍 22(2), 36, 2022
提供:ファイザー株式会社
2024年11月作成
GTX45O003A