【血友病の患者さん・ご家族向け】ライフステージにあわせた、生活のお困りごと解決のヒント

遺伝性疾患プラス編集部

血液凝固因子の活性が全くない、もしくは十分な活性が得られないために非常に血が止まりにくくなる遺伝性疾患「血友病」。不足する血液凝固因子が第VIII(8)因子の場合は「血友病A」、第IX(9)因子の場合は「血友病B」と呼ばれます。

治療の進歩により、血友病は、命に関わるイベントが大幅に減りました。その影響もあり、幼少期から中高年期にかけて、各ライフステージで異なる生活のお困りごとが生じていると伺います。そこで今回は、東京医科大学病院臨床検査医学科主任教授・診療科長の木内 英(きない えい)先生に、患者さんのライフステージにあわせたお困りごとの解決のヒントについて、解説していただきました。

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東京医科大学病院臨床検査医学科主任教授・診療科長 木内英先生

乳幼児~小学生/中学~大学生/青年期/中高年期のライフステージで確認

乳幼児~小学生頃までの患者さんが日常生活で気を付けることと、その対処法を教えてください

ここでは、(1)定期補充療法(家庭輸注)の始め方(2)幼稚園や保育園・小学校との関わり方について、お話しします。

(1)定期補充療法(家庭輸注)の始め方

血友病の赤ちゃんの出血症状で多いのは、よちよち歩きを始めた頃に尻もちをついたらお尻があざになった、ひどく転んだわけでもないのに身体が青あざだらけになる、などです。3・4歳になると、高い所から飛び降りたり縄跳びをしたりして足首に出血する、友だち同士でおもちゃの取り合いをしていた拍子に肘を出血するなども見られます。

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(キャプション)縄跳びなどで足首の出血につながることも(写真はイメージ)

定期補充療法をいつ開始するかは悩ましい問題です。関節を守るためにはできるだけ早く始めたほうが良いですが、小さな赤ちゃんに頻繁に注射するのは容易ではありません。このため、「1回でも関節に出血したら」、血管の状態を見ながら少しずつ開始することが多いようです。

定期補充療法は、第VIII因子製剤なら週2~3回、第IX因子製剤なら週1~2回注射する必要があります。週に何度も病院に通うのは大変ですし、出血した時は自宅ですぐに製剤投与すると回復が早いので、親御さんが注射できると便利です(家庭輸注と言います)。小さなお子さんの静脈に、頻繁に長期間注射し続けるのは大変ですが、多くの親御さんが練習してきちんと習得されます。また、お子さんは痛い注射を嫌がって、親御さんの注射になかなか協力してくれないことも多いですが、注射をすると痛みがみるみる引いていくので、だんだん協力してくれるようになるようです。現在では凝固因子製剤以外の皮下注射の薬が登場して、出血予防がずいぶん簡単になりました。小さな赤ちゃんを持つ多くの親御さんがこちらを選択されています。

(2)幼稚園や保育園・小学校との関わり方

幼稚園や保育園・小学校への入園・入学では、保育園や小学校との関わり方で苦労される親御さんも少なくありません。例えば、「何かあったら責任が持てないから」という理由で入園・入学を断られたり、あらゆる運動を制限させられたり、体育を休ませられたりすることがあります。また、出血の初期症状は本人の「変な感じがする」などの自覚症状のみで、他人からわかりにくいことが多く、この結果、対応が遅れてひどい出血になることも珍しくありません。こうした失敗を経験した学校側は、過度に神経質になり、あらゆる運動を控えさせたり、体育のたびに確認したりと、極端な対応になってしまうケースも見かけます。しかしこの時期は、適切に補充療法を受けながら、さまざまな運動をさせて子どもの健全な発育を促すことが非常に大切です。学校側に血友病の特徴や出血症状の見分け方を医療者と一緒に理解してもらう、親御さんも体育や遠足などの前にはきちんと製剤を補充して学校側に伝えるなど、きめ細かいコミュニケーションをとりながら、学校側と理解を深めていけるといいですね。

中学~大学生頃までの患者さんが日常生活で気を付けることと、その対処法を教えてください

ここでは、(1)部活動の選択(2)反抗期との向き合い方について、お話しします。

(1)部活動の選択

部活動の選択をする際、「運動部に入部するか、しないか」で悩まれる患者さんやご家族が多くいらっしゃいます。血友病はほとんどが男の子なので、運動部を希望する方も多いです。運動部に入部すると決めた場合には、どのような運動がどの部位の出血を起こしやすいのか、どう予防するのか、出血したらどうするのか、など主治医とよく相談するようにしましょう。例えば、バスケットボールは足首、野球は肩や肘、サッカーは足首や膝、腸腰筋の出血が多いようです。どの程度練習するのかも大事です。お子さんが運動部を選択することで不安に思われるご家族も多くいらっしゃるかと思います。しかし、「血友病だから、〇〇は駄目」と制限するのは、関節を守ることができても精神的にはリスクを伴います。自分が血友病であることに納得できず、親御さんを恨んだり投げやりになったりして、自分を肯定できなくなるお子さんもいます。可能な限り、患者さんご本人の希望通りにして、本人が納得できる方法を、一緒に考えていただきたいですね。

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「バスケットボールでは足首の出血に気を付けましょう」と、木内先生(写真はイメージ)

現在、血友病Aの小さなお子さんでは、皮下注射で投与可能な抗体医薬を使っている患者さんが多くなりました(※詳細は、木内先生の専門家インタビュー記事をご覧ください)。この結果、静脈注射のやり方を覚える機会がないまま成長されている場合もあります。出血リスクが高い運動部で活動していこうと考えた時、静脈注射を用いた治療も必要になる場合が出てきます。こうした面も理解したうえで、部活動を選択していただくことが大切です。

(2)反抗期との向き合い方

この年代の男の子は、ちょうど反抗期です。また、製剤補充を親御さんではなく、お子さん自身が行う(自己輸注)ようになる時期でもあります。親御さんは、お子さんに健康な生活を送って欲しいと願っていらっしゃるので、注射をさぼらないでほしい、過度の運動は控えてほしい、などと注意する機会も多くなるでしょう。しかし、注意すればするほどお子さんがますます言うことを聞かない…といったケースも少なくありません。

この時期、親御さんは心配なことが多いと思いますが、時に、ぐっとこらえていただくことが効果的なケースもあります。いい加減な補充や過度な運動で、関節に出血して本人が痛い思いをすることもあるかもしれません。しかし、お子さん自身が「これをやると、痛い思いをする」と学び、自分で納得しながら注射をすることで、初めて適切な治療に結び付くことも多いです。親御さんにとってはつらい時期だと思いますが、根気強く、患者さんに付き合ってあげてほしいですね。

青年期の患者さんが日常生活で気を付けることと、その対処法を教えてください

ここでは、(1)就職してから気を付けること(2)パートナーとの向き合い方について、お話しします。

(1)就職してから気を付けること

学校を卒業して社会人として働き始めると、今までのような自由はなくなります。学生の頃は、「今日は足首が痛いから、学校を休もう」「今日は早めに帰って、家でゆっくりしよう」など、自由に決めることができました。しかし、社会人になると自由に休むことは難しくなります。出血を我慢して製剤投与が遅れてひどい状態になったり、数日安静にしたくても休めかったりすることもあります。休むことが重なると職場に居づらいと感じて、仕事を辞めてしまう方もいます。

最近の血友病治療の進歩により、今の若い患者さんで重度の関節症を持つ方は少なくなりましたので、仕事を始めてすぐに関節出血が増えることは少ないかもしれません。ですが、数年仕事を続けていると、出血する場合も出てきます。社会人では簡単に仕事を休むことは難しいので、①普段から製剤を定期的に補充するなど、出血予防をきちんとすること、②肉体的負荷が強い日は追加予防すること、③出血したらできるだけ早く製剤を投与すること(夜まで放置しない)、④出血したら補充を1回で止めず数日続けて再出血をしっかり予防すること、などの注意が必要です。

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「社会人になったら、出血しないように予防や治療をしっかり行うことが大切です」と、木内先生(写真はイメージ)

職業選択は自由ですし、やりたい職業を選ぶべきです。とはいえ、その職業や環境に体がついていけるのか、肉体的にきついようであれば習慣や治療で工夫することはないか、などを主治医とよく相談できるといいですね。もちろん、就職して数年して調子が悪くなったら、その時に相談しても遅くありません。どうしても関節出血を繰り返してしまう場合は、「休みを取りやすい」「責任がない」仕事を選んでいく方もいますが、完全に仕事をあきらめなくても、予防方法や出血時治療の強化、装具の使用などで、出血の繰り返しから抜け出せることも多いので、主治医とよく相談しましょう。

(2)パートナーとの向き合い方

この時期は、パートナーと結婚を考えるようになる患者さんもいらっしゃいます。その際、血友病のことを、パートナーやそのご家族へどのようにお伝えするか悩まれる方も多いようです。

私も、「パートナーに血友病のことを説明してほしい」という相談をよくいただきます。多くの方は、「血友病なんて聞いたこともありません」「ネットで見ると医学的説明はなんだか難しい、SNS情報は信用できない」「血がだらだら出る病気?エイズになる?血友病の子どもが生まれたら大変?」などの偏った(誤った)情報で、不安を募らせています。血友病の具体的な症状と、現在の治療方法と薬剤の安全性、遺伝的な特徴、そして家族みんなで主治医とつながっていくこと、などを理解すると不安が解消していきます。また、医師に相談しにくいこともあるでしょうから、患者会などで血友病の患者さんやご家族とお話をしていただくことも良いと思います。正しく、具体的に理解していただくのが不安解消のカギです。

中高年期の患者さんが日常生活で気を付けることと、その対処法を教えてください

ここでは、(1)年齢に伴う体の変化(2)生活習慣における注意点について、お話しします。

(1)年齢に伴う体の変化

誰でも年齢を重ねるにつれて傷が治りにくくなります。血友病の患者さんも同じで、若い頃と違って出血がおさまるのに時間がかかったり、何度も出血を繰り返したりします。患者さんの体力や体調に応じて、予防のレベルや治療のあり方を変えていくことが必要です。

また、患者さんのライフスタイルの変化によっても状況は変わってきます。例えば、転職したり、部署が変わったりして、通勤方法や通勤時間、勤務の肉体的負荷が変わると出血が増えることが多いようです。プライベートでは、子どもが生まれると子育てで肉体的な負担が増えます。お子さんを抱っこしてあやすと肘を出血する、お子さんと外で一緒に遊ぶと足首を出血する、などが多いようです。肘が痛いから抱っこしないでいると、パートナーに負担が集中して機嫌が悪くなるという話も伺います。ご家族でのコミュニケーションをより丁寧に行っていくことが求められます。

人生を積み重ねていく過程では、これまでの治療では予防や治療がうまくいかない場合も考えられます。主治医と相談しながら、ライフスタイルの変化に応じて予防や治療を見直すことも必要です。

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「ライフスタイルの変化に応じて予防や治療を見直すことも必要です」と、木内先生(写真はイメージ)

(2)生活習慣における注意点

近年、一般の方と同じように、血友病の患者さんでも糖尿病、高血圧、脂質異常症などが増えています。血友病患者さんの平均寿命が延びている一方で、子どもの頃から運動を控える傾向にあることなど、さまざまな要因が考えられます。これらの生活習慣病は、脳梗塞や心筋梗塞などにつながる可能性があることはご存知だと思います。血友病は血が止まりにくい病気なので、以前はこうした病気は起こりにくいと考えられていましたが、最近は増えてきているようです。血友病の治療を受けるだけでなく、血圧や血糖・コレステロール値などを確認し、必要であれば生活習慣を改善していくことが大切です。


今回は、ライフステージにあわせて、血友病の患者さん・ご家族の生活におけるお困りごととその解決のヒントを解説していただきました。普段から、多くの患者さん・ご家族と向き合っていらっしゃる木内先生だからこそ、より具体的なアドバイスをしていただけたと感じています。症状を含めた状況は、患者さん一人ひとり異なりますので、不安なことはぜひ主治医の先生にご相談ください。(遺伝性疾患プラス編集部)

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木内 英先生

木内 英先生

東京医科大学病院臨床検査医学科主任教授・診療科長。慶應義塾大学医学部を卒業。専門は、血友病、出血性疾患、血栓性疾患、HIV感染症、日本小児科学会認定小児科専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医。