専門医が解説!血友病A・血友病Bの最新治療/研究情報

遺伝性疾患プラス編集部

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血液凝固因子の活性が全くない、もしくは十分な活性が得られないために非常に血が止まりにくくなる遺伝性疾患「血友病」。不足する血液凝固因子が第VIII(8)因子の場合は「血友病A」、第IX(9)因子の場合は「血友病B」と呼ばれます。血友病は、X連鎖劣性(潜性)遺伝という遺伝形式をとることから、患者さんのほとんどは男性で、女性は保因者となります。保因者では、ほとんどの場合治療は必要ありませんが、月経(生理)、妊娠・出産時など出血リスクの高い時には注意が必要なこともあります。

ここ数年で血友病治療は劇的な進歩を遂げており、また、治療研究開発も進んでいます。そこで今回は、東京医科大学病院臨床検査医学科主任教授・診療科長の木内 英(きない えい)先生に、最新の血友病治療と研究情報をわかりやすく解説していただきました。

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東京医科大学病院臨床検査医学科主任教授・診療科長 木内英先生

血友病治療と課題

血友病A・血友病Bに対して、現在、日本ではどのような治療が行われていますか?

血友病に対する治療では、基本的に補充療法という治療が行われています。出血がある時だけでなく、けがの恐れがある行事の前に注射する予備的補充療法や、血友病性関節症になるのを予防するために、一定間隔で注射をする定期補充療法などが行われています。血友病Aでは第VIII因子製剤、血友病Bでは、第IX因子製剤を用いて、血液凝固因子を補充します。

最近では、血友病A・Bともに凝固因子の半減期(体内で代謝されて半分に減るまでの時間)を延長する半減期延長型製剤が登場し、多くの患者さんがこの薬による補充療法の治療を受けています。また、血友病Aでは、エミシズマブ(製品名:ヘムライブラ)という抗体医薬が登場しました。同剤は、第VIII因子と似た働きをするタンパク質で、第VIII因子の代わりとして働く効果がある薬です。同剤が登場した背景には、インヒビター(抗体)の問題があります。凝固因子製剤による治療を続ける中で、体が凝固因子を「異物」と認識してインヒビターが産生されると、凝固因子製剤の効果がなくなってしまうのです。同剤は、インヒビターの有無に関係なく長時間作用し、皮下注射により出血抑制効果が期待される治療薬として登場しました。

このような治療の進歩により、患者さんの凝固因子活性のベースラインを上げることにつながりました。そのため、以前と比べて患者さんの出血率が大幅に減っています。従来の製剤(標準型製剤)より便利なもの、より効果的なものへ治療がシフトしていっていると言えます。

保因者に対しては、どのような治療が行われていますか?

多くの場合、保因者に対する治療は必要ありません。基本的に、保因者の凝固因子活性は正常な場合が多いからです。血友病A・Bは、X連鎖劣性(潜性)遺伝という種類の遺伝形式をとります。通常、保因者の場合は、女性なのでX染色体が1対2本あり、そのうち1本が遺伝子変異のあるX染色体になります。もう1本の正常なX染色体が働くため、正常な凝固因子活性となるという仕組みです。

X Linked Recessive Inheritance

一方、一部の保因者の中には凝固因子活性が低く出血症状を呈する方がいらっしゃいます。いわゆる女性血友病と呼ばれ、ひどい場合は男性の血友病患者さんと同じような症状が現れます。

多くの保因者では因子活性が40%以上であり、概ね治療は必要ありません。ただし因子活性が40%前後あるのに過多月経(生理)や鼻出血などがみられる方もおり、トラネキサム酸がよく効くことが多いです。さらに因子活性が著しく低下している場合には、血友病の患者さんと同じように補充療法が検討される場合もあります。

血友病治療について、現在の課題点を教えてください

さまざまな課題があるのですが、今回は大きく3点お話しします。1つ目は、治療選択に関わる患者さんのお悩みが増えたことです。治療開発が一気に進み、従来の製剤から半減期延長型製剤へ、また、血友病Aでは抗体医薬が登場しました。血友病A・Bともに遺伝子治療の研究開発が進んでいます。治療の選択肢が増えたので、自分にどの治療が合っているのか悩むケースが増えています。さまざまな治療薬を行ったり来たりする患者さん、「わからないから、とりあえず今のままでいい」とおっしゃる患者さん、新薬をどんどんどん使いたいと考える患者さんなど、悩みはさまざまです。

2つ目は、血友病Aのお子さんの多くが皮下注射型の抗体医薬を使用するようになり、この結果、静脈注射を覚える機会のないまま成長する子どもが増えています。静脈注射の凝固因子製剤を嫌がるお子さんが多いのですが、大きな出血のときはできるだけ早く凝固因子製剤を打つ必要がありますし、いつでも病院に近い場所にいるとは限りません。主治医は静脈注射も覚えて欲しいと話しても、なかなか練習してくれないことが多いと聞きます。

3つ目は、患者さんのニーズの多様化です。昔は、「20歳まで生きることができない」とも言われていたような血友病が、今では普通の生活を送れるようになりました。その結果、「もっと活動的に動きたい」「部活で活躍したい」「スポーツを楽しみたい」と思う方も増えています。高齢化とともに筋力が落ち、以前の治療では出血を予防できなくなる人や、注射が上手にできなくなる方もいます。腎臓が悪くなって透析を受けるようになった方、認知機能が落ちてきた方、ご両親の介護をなさる方など新たな悩みも増えています。今後はこうした新しいニーズに対して、どのように患者さんの健康を守るのか検討していく必要があるでしょう。

遺伝子治療など、研究開発の現状

遺伝子治療の開発状況を教えてください

米国のFDAが承認した血友病B遺伝子治療薬「HEMGENIX(ヘムジェニックス)」、血友病A遺伝子治療薬「ROCTAVIAN(ロクタビアン)」に対して、関心を持たれている方も多いかと思います。米国では、HEMGENIXの対象は、「第IX因子の予防的投与を受けている」「現在もしくは過去に命に関わる出血を経験した」「重篤な自然出血を繰り返している」のいずれかに該当する、成人血友病B患者さんです。ROCTAVIANの対象は、重症の血友病Aの成人患者さんのうち、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの血清型5型(AAV5)に対する抗体が、同じくFDAに承認されたコンパニオン診断で検出されなかった患者さんです。特に、血友病Bの遺伝子治療に関しては複数の製剤の臨床試験で良好な成績が収められており、日本での導入も近いと期待されていますが、非常に高額なのでどのような患者さんが対象になるのか、など注意深く見守る必要があります。

遺伝子治療などの開発中の治療については、医療従事者から正しい情報を収集しましょう。開発中の治療では、内容の理解が難しい場合も多いですし、遺伝子治療は非常に多くの技術から成り立っており、製造方法やベクターの種類・量、効果、副作用、ステロイド投与期間などが薬によって異なるからです。医療従事者側が研究をキャッチしてきちんと理解し、リアルタイムで患者さんへ情報をお伝えしていくことが理想だと考えます。

その他の治療研究は、いかがでしょうか?

今後近々日本でも登場する予定の治療薬では、血友病Aを対象に開発中の「efanesoctocog alfa(エフアネソクトコグ アルファ)、BIVV001」(※)があります。週1回の補充療法により、従来の製材より長期間出血抑制効果が持続することが期待されている凝固因子製剤です。日本では、2022年9月に血友病Aの治療薬として厚生労働省に承認申請されています。皮下注射が可能な抗体医薬についても、今後はより効果を高めた製剤の開発が進んでいます。こういった新薬の開発情報について、今後も速やかに患者さんたちへお届けしていきます。

※同剤は、2023年11月22に国内で販売開始となりました。(編集部追記、2023.11.30)

最後に先生から、血友病の当事者とご家族へ一言メッセージをお願いします

凝固因子製剤と定期補充療法の普及によって、血友病患者さんとご家族の生活は一変しました。ここ数年は、さらに便利で効果の期待される薬が出て、血友病患者さんは健常の方に近い活動ができるようになっています。とはいえ、必ずしも思い描いたようなことばかりではなく、うまくいかないことや迷うことも出てくると思います。そんな時は、どうぞ一人で考えずに、諦めずに、ためらわずに主治医に相談してください。私たちは、いつでもお待ちしております。皆様の毎日の生活が素晴らしいものになりますように、願っています。


ここ数年で、さらに使いやすく効果の期待される治療薬が登場した血友病。このような治療の進歩により、患者さんの生活の質が向上した一方で、さまざまな課題が生じていることもわかりました。また、海外では遺伝子治療も承認され始めており、今後日本での導入も期待されます。木内先生のお話にもあったように、開発中の治療については特に、医療従事者から正しい情報を収集しましょう。(遺伝性疾患プラス編集部)

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木内 英先生

木内 英先生

東京医科大学病院臨床検査医学科主任教授・診療科長。慶應義塾大学医学部を卒業。専門は、血友病、出血性疾患、血栓性疾患、HIV感染症、日本小児科学会認定小児科専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医。