遺伝性疾患とともに生きていく中で、ご自身のライフイベントどのように向き合い、行動したらいいか悩むことはないでしょうか。例えば、就職活動の時、パートナーとの結婚を考える時、「病気のことを、どのように伝えたらいい?」と不安に感じられた経験はありませんか?また、妊娠・出産を考える時も、「誰かに相談したい」と思われるかもしれません。
そこで今回は、「就職・結婚・出産」を経験された当事者・小澤綾子さんにお話を伺いました。小澤さんは筋ジストロフィーと診断を受けた20歳の頃、「あきらめないといけない」と思った3つのライフイベントがあります。それが、「就職・結婚・出産」でした。小澤さんは、一度はあきらめたライフイベントとどのように向き合っていったのでしょうか?後半の記事では、パートナーとの「結婚」に向けてご家族と向き合ったお話、「妊娠・出産」を経て、今まさに向き合われている「子育て」のお話なども伺いました。
※確定診断までの経緯、ライフイベントの「就職」をご紹介した前半の記事はコチラから。

パートナーの両親から「結婚を反対されるかも」と不安だった
結婚前、ご自身の病気について旦那さんとはどのようにお話しされていましたか?どのような場面で不安に思われていたか、お伺いしたいです。
私の場合は、「筋ジストロフィー」という病名は伝えていたものの、詳しい話を夫にしたことはありませんでした。ただ、少しずつ体が動きにくくなる病気であることは知ってはいただろうと想像しています。今は、インターネットで病名を検索して、簡単に情報が得られますので。一方で、夫は、病気などについてあまり気にしないタイプのようです。世間一般の方と比べると、少し珍しいタイプなのかもしれません。ですから、結婚の話が具体的になったときに私が一番心配だったのは、夫の両親がどのように病気を受け止めるかということでした。
そんな私の悩んでいる様子を知っていたからか、夫が自ら「両親には、病気のことを伝えておいたよ」と話を進めてくれました。ただ、実際に夫の両親に会うときは、すごく緊張しましたね。加えて、「もしかしたら、病気を理由に結婚を反対されるかもしれない…」とも思い、とても不安だったことを覚えています。でも、実際に夫の両親にお会いしたら不安は吹き飛びました。
旦那さんのご両親とは、病気についてどのようにお話しされたのでしょうか?
顔合わせをした時、夫の両親は私の病気の話に全く触れなかったんですね。ですから、折を見て、自分から病気の話に触れ、「(結婚する相手が)私で、申し訳ございません」と夫の母にお伝えしました。そうしたら、「いいのよ。あの子だって、できないことはたくさんあるから。できないことを支え合うのが夫婦なんだから、そんなことは気にしないでね」と声をかけてくださったんです。その言葉を聞いて本当に嬉しかったですし、とても安心しました。
私の場合はこのような状況でしたが、遺伝性疾患の話題はやっぱり触れにくい雰囲気があるのは事実だと思います。特に、パートナーや家族になる人に対しては、より一層伝えにくい話題なのではないでしょうか。
パートナーやご家族へ遺伝性疾患の話をする際、どのようなことを心掛けるのが大切だと思われますか?
伝える相手と、互いに納得できるまで話し合うことが大切なことの一つだと思います。触れにくい話題だと思うのですが、隠し続けるというのはきっと現実的ではないですよね。大切に思っている人に対して隠しごとがあるとき、つらい思いをするのはご自身だと思うからです。1回で全てをわかってもらうことは難しいかもしれないので、話し続けることが大切なのかなと考えます。これは、決して病気に限らないことだと思います。
遺伝性疾患と生きていく中で、当事者にはさまざまな困難があると思います。そのような中でも、パートナーやご家族が病気や障がいを理解してくれる状況は、当事者の心の支えになると思います。困難を自分ごととして一緒に考えてくれる仲間がいることは、私自身、心強いと感じています。ですので、ぜひ納得できるまで話し合っていただければと思います。
「妊娠・出産」の話を気軽に話せる主治医の先生
妊娠・出産を考えられるようになり、主治医の先生とはどのようなお話をされましたか?
私の場合は、主治医の先生が普段から妊娠や出産に関して気軽に話してくださるような先生なんです。自分自身が妊娠・出産をまだ考えていない頃から、「筋ジストロフィーの当事者で、妊娠・出産している人はいるよ」と教えてくださるような先生です。ですから、実際に妊娠・出産を考えるようになった時に、抵抗なく、主治医の先生へ具体的な相談をすることができました。私の場合は遺伝カウンセリングを利用しませんでしたが、それは、普段から主治医の先生と妊娠・出産に関して話ができていたのが大きかったのではないかなと思います。
私は、妊娠・出産に限らず、さまざまな当事者のエピソードを主治医の先生から聞く機会に恵まれていました。そのような医師が近くにいてくださったので、先生のお話を聞いて救われたことも大きかったと感じています。
主治医の先生からは、どういった当事者のエピソードを聞かれていましたか?
例えば、同じ筋ジストロフィーの当事者で「学校などで、講演活動をしてる人がいるんだよ」と先生に聞いたことがありました。その話を聞いて、とても嬉しかったことを今でも覚えています。医師から、病気や障がいがあっても、さまざまな生き方の選択肢があると教えていただけると心強いですよね。当事者の世界が広がるのではないかなと思います。
当事者にとって、同じ病気の方との接点は決して多くはありません。特に、筋ジストロフィーなど希少疾患であれば患者数が少なく、なおさらだと思います。病気によっては患者会があると思いますので、そういった場を利用して接点を持つことも一つの選択肢だと思います。ただ、患者会がない病気もありますし、やはり、当事者とつながるハードルは依然として高いと感じています。例えば、妊娠・出産を経験している当事者となると、やはり簡単ではないように思います。
希少疾患だからこそ、自ら情報を取りにいく姿勢も大切
特に希少疾患の場合は、医師側も妊娠・出産した当事者を診た経験がないことも多いと想像しています。その場合、当事者はどのように動くのが良いと考えますか?
大前提として、主治医の先生や医療従事者にお伺いすることが大切だと思います。同じ病気であっても、症状や必要な支援は、当事者一人ひとりで異なるからです。その上で、ご自身で積極的に情報をとりにいく姿勢も大切なのではないでしょうか。
例えば、私の場合は、同じ病気で出産を経験した方を探して、直接お話を聞きに行きました。実際に、病気がある中で妊娠・出産し、子育てをしていらっしゃる方がいることを知り、心強かったです。また、「妊娠・出産は、不可能ではない」と思えたことは、私にとって希望になりました。友だちや家族でも話しづらいことがあっても、同じ当事者だから話せることがあります。そういったつながりを持てたことが、本当にうれしかったですね。
小澤さんがご自身の妊娠・出産、子育ての経験を発信しているのは、「これから情報を探す当事者に向けて」という理由もあるのでしょうか?
そうですね。これから妊娠や出産を考える当事者が情報を求めた時に、一つでも多くの情報があったほうが良いだろうなと思い、発信しています。特に詳細に発信しているのはnoteですね。あくまでも、「自分の場合はこうだった」という情報になるので、全ての人が求めている情報かはわかりません。発信に対してはさまざまな反響があり、ポジティブな声もネガティブな声もたくさん寄せられています。

同じ病気で妊娠・出産を希望する当事者が情報を求めて連絡をくださり、中には、「そもそも、自分に妊娠や出産ができるのか不安です…」と連絡してくださった方もいました。そういった不安を抱えている方に、一つのケースとして、自分の経験を知っていただきたいと考えています。
子育ては「さまざまな人の手を借りる」、車いすママ友の会も立ち上げ
子育てについて、ご家族とはどのようなお話をしていますか?
病気や障がいの有無に関係なく、「子育ては親だけですべきもの、とは考えないようにしよう」と話しています。さまざまな人の手を借りて子育てしようと考え、東京から地元へと引っ越しをしたり、国や自治体の制度などを利用したりしています。
ただ、もっともっと、子育てをする人がさまざまな手を借りられるような仕組みが整って欲しいとも思います。病気や障がいがある当事者とは違った意味で、小さなお子さんを育てる期間、親御さんは社会から孤立しがちです。そのため、親御さんが孤立しない仕組み、場づくりが、これからも求められていくのではないかと感じています。
小澤さんが活動している「車いすママ友の会」も、親御さんが孤立しない場づくりの一つでしょうか?
そうです。立ち上げたきっかけは、私自身が孤独を感じることが多かったからです。自分の子育てが始まったときとコロナ禍が重なったこともあり、なかなか親同士のつながりをつくる機会がありませんでした。特に、車いすを利用しながら子育てをしている方々とつながりたいと考え、2023年から「車いすママ友の会」の活動を始めました。車いすを利用しているお母さんであれば、どなたでもご参加いただけます。
活動を通じて、全国の車いすを利用しているお母さんたちとつながることができました。普段は、メッセージをやり取りしたり、オンラインでお話しする会を開催したりしてコミュニケーションしています。情報交換や悩みの共有ができるようになったのは、とても良かったです。その他にも、ランチ会といったイベントを通じて直接お会いする機会も設けています。
病気や障がいを理由に、夢をあきらめなくても大丈夫
病気を理由に、ライフイベントとの向き合い方を迷っている当事者やご家族へメッセージをお願いします。
ご自身と同じような病気や障がいがある方が近くにいる環境は、なかなかありません。ですから、きっと「一人ぼっちだ」と感じるときがあると思います。でも、近くにいないだけで、全国を見渡せばきっと仲間がいるはずです。そして、自分の目指すロールモデルに近い生き方をしている方も、きっといるはずです。ですから、自分が必要としている情報を探し続けてほしいですし、そのために、ぜひ人とつながってほしいと思います。
最初は「実現が難しい」と思うことであっても、情報を見つけ、人とつながっていくことで、ご自身のライフイベントを充実させていくことは不可能ではない、と私は考えています。そのための手段は一人ひとり違うはずで、考え方や可能性もたくさんあるのではないでしょうか。ですから、もし一つの手段がダメだったとしても、別の手段を用いることで、ご自身の希望に近づいていくと思います。
最後に、皆さんには「病気や障がいを理由に、夢をあきらめなくても大丈夫」とお伝えしたいです。考え方や行動次第で、夢は叶えることができると私は考えています。だから、もし本当に叶えたい夢をお持ちであれば、あきらめないで欲しいです。病気があっても、障がいがあっても、ご自身の希望する人生を送っていただきたいです。
患者数が少ない希少疾患の場合、妊娠・出産を経験された当事者の話を聞くことは簡単なことではありません。医療従事者からの情報に加えて、「もっと知りたい」と思われた時は、ぜひ小澤さんの発信するnoteなどもご覧いただければと思います。ライフイベントとの向き合い方の正解は、当事者一人ひとり異なります。向き合い方の一つの選択肢として、小澤さんのご経験を知っていただければと思います。(遺伝性疾患プラス編集部)