希少疾患・難病領域のさまざまな立場をつなぐ役割、ASrid

遺伝性疾患プラス編集部

毎年2月最終日は、世界希少・難治性疾患の日(Rare Disease Day:RDD)。「RDD、知っている!」という方も、多くいらっしゃるのではないでしょうか?今回ご紹介するのは、RDD日本開催事務局を担当されているNPO法人ASridです。

ASridは、希少・難治性疾患の患者さんやご家族、その他の関係者(ステイクホルダー)のつながりをつくり、かつ、どの関係者からも独立した中間機関。希少疾患患者さん専用の情報登録サイト「J-RARE」の運営や、患者さんや研究者などさまざまな立場の方が参加するワークショップ「ODOD」の開催など多くの活動を行われています。

今回、お話を伺ったのは、ASrid理事長の西村由希子さん。西村さんは、東京大学先端科学技術研究センターで技術移転・産学連携の研究を行われていたご経験から、希少・難治性疾患領域へ関わるようになったのだそうです。ASridの活動が始まった経緯や、RDDの運営、また、その他の活動についても詳しくお話を伺いました。

Asrid Pro
NPO法人ASrid理事長 西村由希子さん
団体名 NPO法人ASrid
対象疾患 希少・難治性疾患全般
対象地域 全国
設立年 2014年
連絡先

https://asrid.org/

サイトURL

https://asrid.org/

SNS Facebook
主な活動内容

「Advocacy Service for Rare and Intractable Diseases’ multi-stakeholders in Japan」を略して「ASrid」。希少・難治性疾患の患者・ご家族、その他の多くの関係者(ステイクホルダー)の横のつながりをつくり、どの関係者からも独立した中間機関として活動する。

世界希少・難治性疾患の日(Rare Disease Day:RDD)日本開催事務局も担当。

それぞれが対等な立場で話せる環境を。「中間機関」として活動開始

活動を始めたきっかけについて、教えてください。

2008年に、世界中の希少・難治性疾患関係者が集う国際会議International Conference on Rare Diseases and the Orphan Drugs(ICORD)に参加したことがきっかけでした。

私は、研究者として東京大学先端科学技術研究センターで知的財産の研究をしており、2004年にはNPO法人知的財産研究推進機構PRIP Tokyo(プリップ)に立ち上げ時から参画しました。その頃、薬事法(現・薬機法)という法律の改正があり、法律の改正によって希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)を取り巻く市場や状況がどのように変わっていくかに注目し、研究していました。ICORDに参加したのも、そのためです。

ICORDに参加した時、私はとても衝撃を受けました。そこでは、患者さん、研究者、企業、行政、などさまざまな立場の方々が対等な立場で、互いを尊重しながら、認め合いながら議論していたからです。これは、希少・難治性疾患領域に限らない話だと思いますが、日本の場合は、患者さん、医療従事者、研究者など、異なる立場の方々が十分に連携できているとは言えない状況だと思います。研究者の私自身、それまで患者さんやご家族とお会いしたことがありませんでした。

しかし、患者さんの数が少ない希少疾患の場合は特に、それぞれの立場の方が連携していかなければ、前に進むことが難しいと思うんですね。当時すでに、患者さん、研究者など、それぞれで一生懸命に活動されている方々がいらっしゃる状況でしたが、その活動が、別の立場の方に伝わっていないという状況があり、「すごく、もったいない」と感じたのです。

であれば、「日本でも、異なる立場の方々をつなぐプロジェクトを立ち上げよう」と考え、2014年にASridを設立しました。設立に当たっては、設立時からのコアメンバー、仲間たちが「この活動は、必要だ」と強く認識してくれたこと、また、タイミングが揃ったおかげで活動を始めることができました。彼らなくして、今のASridの活動はありません。

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ASrid RDD事務局メンバー(RDD Tokyoイベントにて)
「中間機関」とは、異なる立場の方々をつなぐ“架け橋”のような立ち位置になりますか?

“架け橋”という大それたものではなく、私たちは、あくまでも裏方のような立ち位置だと思っています。例えば、自分たちのことを「バッファー(緩衝材)」と表現をすることがあります。患者さん、研究者、医療従事者、などの方々を、私たちが液体のようにつなげるようなイメージですね。

そのため、私たちが関わらずとも、それぞれでつながる方々がいることは大歓迎ですし、もっと言えば、最終的に私たちはいてもいなくても良い存在だと思っています。何よりも大切なのは、患者さん、研究者、医療従事者といった立場の方々だと考えていますので。結果的に、希少・難治性疾患領域が健やかな形で前へ進んでいくことを祈って、活動をしています。

世界希少・難治性疾患の日(RDD)の10年、コロナ禍で見えた新たなステージ

2010年から、「世界希少・難治性疾患の日(Rare Disease Day:RDD)」のイベントを日本でも開催されるようになったきっかけについて、教えてください。

実は、RDDも、2008年に参加したICORDをきっかけに知りました。RDDは、より良い診断や治療による希少・難治性疾患の患者さんの生活の質の向上を目指して、2008年からスウェーデンで始まった活動です。私はRDDの活動に関心を持ち、日本に帰国してすぐに、国内でのイベント開催に向けて準備を始めました。そして、検討を重ね、協力者を募り、2010年から日本もRDDに参加。2月最終日をRDDとして、毎年イベントを開催しています。

開催時の日本事務局のスタッフとして、患者さんやその家族、研究者、会社員など、多様な立場の人々が参加しました。RDDを通じて、「希少・難治性疾患と無縁だった人々への啓発」とともに、それぞれの領域で活動している人々がつながって欲しいという想いで活動を続けています。

RDDは10年以上続く活動ですが、特に印象的だった年はありますか?

毎年、それぞれ印象的な出来事があります。ただ、最近ですと、ちょうどコロナ禍が始まった2020年のRDDは特に印象に残っています。

RDDは、毎年2月をイベント月間として全国各地でイベントを開催します。2020年は当初、過去最大の53か所でのイベント開催予定だったんですね。しかし、皆さんもご存知の通り、2020年2月と言えば、徐々に新型コロナウイルスの影響が表面化してきた頃でした。2月の中頃から、どんどんイベントが中止になり、2月29日に六本木の東京ミッドタウンで開催予定だった「RDD Tokyo」も、中止せざるを得ない状況となりました。

しかし、その後、「RDD Tokyo」は5月30日にオンラインで開催。当初、2月29日に行う予定だったプログラムと同じプログラムでのオンライン開催を決定したのは、5月30日の約2週間前で、直前だったんです。感染対策を徹底して、密にならないように工夫して…と、オンラインで同じプログラムで行うためには多くの準備が必要で、そこからは、本当にあっという間に当日を迎えました。

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RDD2021『患者・家族生の声セッション』登壇者とともに
当初の予定と同じプログラムでの実施を決定されたのは、本当に直前だったんですね。

そうですね。やはり、コロナ禍であろうとなかろうと、希少・難治性疾患という領域は存在し続けますし、そこに関わる研究者、患者さん、ご家族など多くの方に、RDDとしてメッセージをお届けしたい一心でした。

とはいえ、2020年5月は、緊急事態宣言などもあり、皆さんがさまざまな想いを抱えていた時期だったと思います。RDDのオンライン開催という決定について「皆さんがどう思われるか」「どこまで応援してくれる人がいるのか」など、少し心配な気持ちもありました。

ですから、2020年は、事務局として最初に開会の挨拶をさせて頂きました。もともと、事務局の私たちが前に出て話すことは、これまでほとんど無かったんですね。RDDは、私たちのものではなく、みんなでつくるイベントだという想いがありましたので。ですが、2020年だけは異例の対応として、開催への想いなどをお話しさせて頂きました。結果的に、いろんな方々から温かい言葉を頂き「これからもRDDは、絶対に続けていくんだ」と、改めて実感しました。

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RDD Tokyoオンラインイベントスタッフ一同
2020年、オンラインでRDDを開催されていかがでしたか?

大変なことが多かったですが、RDDとして新たなステージに入ったという意味で、結果的に良かったと感じています。もちろん、リアルイベントの良さはあります。ただ、全国どこにいてもつながることができるオンラインイベントは、皆さんが希少・難治性疾患をより自分ごととして感じてもらえる、良いきっかけになったのではないでしょうか。

今後、新型コロナウイルスの感染状況がどうなっていくかは、わかりません。ただ、きっと以前と完全に同じ生活には戻らないだろう、と思います。ですので、リアルやオンラインを組み合わせるなどして臨機応変に対応しながら、これからも皆さんとともにRDDを続けていきます。

新規治療開発につながる「J-RARE」、自身の疾患を知るツールとしても

希少疾患を対象とした患者情報登録サイト「J-RARE」について、教えてください。

J-RARE(ジェイレア)は、患者さんの情報を本人の同意の下で収集・蓄積するプラットフォームです。集めた情報は、希少疾患の実態調査や原因究明、新薬開発、福祉の充実などに役立てられるなど、最終的に患者さんに還元されることを目的に専門家へ提供しています。一つでも多くの希少疾患が治療可能になることや、患者さんが暮らしやすい社会を実現することを目指したサービスです。

「J-RARE」への登録は、どの疾患でも可能ですか?

2021年7月現在、主に以下の8つを対象としています。

  • 遠位型ミオパチー
  • アイザックス症候群
  • マルファン症候群
  • 再発性多発軟骨炎
  • シルバー・ラッセル症候群
  • ミトコンドリア病
  • 2型コラーゲン異常症関連疾患
  • 血管腫・血管奇形

基本的に、患者会や研究班から依頼を頂いた疾患について、追加を決定しています。追加のご希望を頂き、詳細なお話をお伺いしておりますので、ご興味を持って頂いた方は、まずご連絡頂ければと思います。

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「J-RARE」公式ウェブサイトより
患者さんが「J-RARE」に登録するメリットとして、どのようなことがありますか?

患者さんが登録した情報が、新しい治療の研究開発につながる可能性があることはもちろん、ご自身の症状の振り返りツールとしてもご活用頂けます。例えば、日々の食事、体調、服薬状況などを記録することができますし、また、診断がつくまでの経緯や入院歴・症状などを時系列に記録しておくこともできます。ご自身の疾患に関わる情報を、全てこのシステムで一括して管理することができるんです。

加えて、ご自身の疾患を客観的に知り、課題を解決するツールとしてもご活用頂けます。一般的なデータベースですと、「データを登録する人」と「データを使用する人」が別々の場合が多いと思うんですね。例えば、患者さんたちがご自身の疾患に関わるデータを登録して、そのデータをもとに研究が進むことを期待して待つ…というイメージです。

一方、「J-RARE」の場合は、患者さんが登録したデータについては、患者さん側がしかるべき手続きを踏めば、患者さんたちの欲しいデータを自分たちで活用して、疾患の客観的なデータを得ることができるんです。もちろん、専門的な解析などは私たちが担当しますので、ご安心ください。

患者さんたちが、自分たちの登録したデータを活用することができるんですね。

そうなんです。例えば、ある疾患では、患者さん側が主導で「就労状況」についての調査データをまとめました。もちろん、患者会などで、ある程度、就労状況について調査することは可能だと思います。ただ、仮に、ある患者さんが「病気を理由にA社を退職した」という経験をお持ちだとして、「顔見知りの人に、詳細は伝えづらいな…」ということも、あるかと思います。その点、「J-RARE」は、私たちが間に入っているので、匿名情報の1つとして皆さんにお届けすることができるのです。こんな風に、同じ疾患の患者さんたちがどのような背景で、就労されているかを知ることで、会社側との関わり方についてヒントが見えてくるかもしれません。

中間機関の私たちだから、疾患の情報を集約、データ化、解析して、客観的な情報をお届けすることが可能です。このように、疾患に関わる客観的な情報を得ることができるのは、患者さんにとって一つのメリットとなるのではないでしょうか。

患者と創薬研究者の出会いの場をテーマとしたワークショップODOD

「ODOD(Open Discussion for Orphan drug Discovery)」とは、どんなワークショップですか?

ODODは、患者と創薬研究者の出会いの場をテーマとしたワークショップです。研究者、患者さん、そのご家族といったさまざまなステークホルダーの方々が集まる場として、2008年から開催しています。私たちは、“ODOD(おでおで)”という愛称で呼んでいるんですよ。

ODODでは、創薬開発のアップデートについてASridメンバーから発表したり、研究者などの有識者、患者さんや家族が講演したり、その他、全員でディスカッションする場を設けています。完全招待制なので、安心してお話し頂ける場です。

また、大きな特徴として、研究者には事前にODODスタッフと講演の練習して頂いています。患者さんやご家族といった研究者以外の方にもわかりやすくお伝えできるように、研究者の方々には練習をお願いしているんです。また、研究内容だけでなく、研究への想いもご共有頂くようにしています。「なぜ、その研究をしようと思ったのか?」という想いの部分も、患者さん側に知って頂きたいからなんですね。逆に、普段「病気の大変さ」をお話しする機会が多い患者さん側は、日々の生活の楽しみなどを積極的にお話し頂くようにしています。

このように、それぞれの立場の「想い」を共有するという意味で、他にはあまりないワークショップだと思いますね。

2021年、「ODOD」開催のご予定はありますか?

残念ながら、現時点で開催の予定はありません。ODODは対面での場を大切にしているので、今までと同じような内容での開催は、このコロナ禍では難しいかと思います。

一方で、通常のODODではないですが、過去にODODにご参加いただいた方や関係者など、一部の方に限って集まり、ざっくばらんにお話できるようなイベントは、年内どこかで開催したいと考えています。

希少・難治性疾患の患者さん・ご家族へのCOVID-19の影響を調査

コロナ禍での取り組みについて、教えてください。

先日、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が希少・難治性疾患の患者・家族に与える影響に関する調査最終報告書」を発表しました。これは、2020年5月~2021年1月にかけて行ったアンケート調査です。

調査の結果、希少・難治性患者さんの90%が、COVID-19を自身の生命への高い脅威と認識していることがわかりました。特に、腎・泌尿器疾患、免疫疾患、循環器疾患の患者さんにとっては、「非常に脅威」であることが明らかになっています。また、全体の37%が治療の中断や延期を経験しており、循環器疾患、骨・関節疾患では、その割合が高いこともわかりました。治療・通院の機会があった人の約40%が、検査をキャンセルまたは延期したと答えています。

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COVID-19が希少・難治性疾患の患者・家族に与える影響に関する調査を実施

その他にも、患者さんが、ご自身の希少・難治性疾患にCOVID-19がどのように影響するかといった関連情報を得ることが非常に困難な状況であることもわかりました。

詳細な結果は、ASrid公式ウェブサイトで公開しています。今後、患者さん向けにわかりやすくまとめたリーフレットの作成などを予定していますので、そちらもご覧頂ければと思います。

最後に、希少・難治性疾患に関わる方々へのメッセージをお願いします。

私たちの活動は、希少・難治性疾患領域の患者やご家族、そしてステイクホルダー(関係者)とともに「のみ」存在します。

私たちのスローガンである「To patients, For patients, Beside patients(患者さんへ、患者さんのために、患者さんのそばに)」の精神のもと、これからも丁寧に活動を続けていきます。


今回の取材で特に印象に残ったのが、「私たちは、あくまでも裏方のような立ち位置です」という西村さんの言葉でした。「最終的に、私たちはいてもいなくても良い。何よりも大切なのは、患者さん、研究者、医療従事者といった立場の方々」という言葉に、ASridが「中間機関」という位置づけで活動されている想いが現れているように感じました。

希少・難治性疾患領域を前進させるため、これからもASridは、患者さんやご家族、研究者、医療従事者、企業など、さまざま立場の方々をつなぐための活動を続けていきます。(遺伝性疾患プラス編集部)

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