疾患の垣根を越えた当事者支援、ピーペック

遺伝性疾患プラス編集部

病気をきっかけに、日常生活におけるコミュニケーションで苦労された経験はありませんか?例えば、仕事と治療の両立。職場の理解を得ながら、働き続けることは決して簡単なことではありません。また、お子さんが病気をもっている場合、地域や学校とのやり取りで歯がゆい思いをされた経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

そんな中、「病気があっても大丈夫と言える社会」の実現を目指し、疾患に関わらずさまざまな当事者支援を行っているのが一般社団法人ピーペックです。今回お話を伺ったのは、一般社団法人ピーペック代表理事(CEO)の宿野部武志さん。宿野部さんご自身もまた、3歳の頃から慢性腎炎という病気と向き合っている一人です。18歳から血液透析を開始して以来、透析を受けながら大学進学・卒業を経て、大手電機メーカーへ就職。退職後は、ご自身の経験をいかし、当事者支援を中心に活動されています。

今回は、ピーペックの活動のお話や、病気をもつ方々の就労のあり方、今後の可能性についても詳しくお話を伺いました。

Ppecc Pro
一般社団法人ピーペック代表理事(CEO) 宿野部武志さん
団体名 一般社団法人ピーペック
対象疾患 難病(希少・難治性疾患)や、がん(希少がん含む)などの病気をもつ人たち
対象地域 全国
会員数 382名(2021年9月20日現在)
※ピーペックのウェブサイトコミュニティの「会員」を指す。
設立年 2019年
連絡先 公式ウェブサイトの「お問い合わせフォーム」から
サイトURL

https://ppecc.jp/

SNS

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主な活動内容

難病(希少・難治性疾患)や、がん(希少がん含む)などの病気をもつ人たちが、「病気があっても大丈夫と言える社会」にしていくことを目指し、活動中。

会員(無料)向けの掲示板・コミュニティPPeCCサロン(ピーペックサロン)の運営、さまざまなイベント・勉強会の開催、提言・啓発活動など幅広く活動している。

「お互いさま」の気持ちで、職場の仲間とコミュニケーション

活動を始められたきっかけについて、教えてください。

私や、理事の武田飛呂城、事務局の池崎悠などは、それぞれが病気をもつ人・患者会に対して生活・就労支援、エンパワーメント支援の活動をしてきました。

私自身、3歳の時に慢性腎炎と診断を受け、そこからずっと入退院を繰り返してきました。血液透析による治療も、18歳から受け始めています。当事者だけでなく、医療者や企業、全ての立場の人が幸せになることが必要だという想いで活動を行ってきた中で、腎臓病に限らず、さまざまな疾患をもつ方々との出会いがありました。その中で感じたのは、「疾患が異なっても、共通する悩みや課題がある」ということです。それは、治療と仕事を両立する難しさだったり、制度上の問題だったり、さまざまです。また、疾患を問わず、患者会には会員数の減少や運営側の負担など、さまざまな課題があることも知りました。

そういった問題意識を共有し、疾患を横断したサポートの必要性を感じて立ち上がったのが、ピーペックです。「病気があっても大丈夫と言える社会」の実現に向けて、活動を続けています。

「治療と仕事の両立」がありましたが、宿野部さんご自身も、会社員として働かれた経験をお持ちですよね。

そうですね。私は、血液透析の治療を受けていたため、障害者雇用枠で大手電機メーカーに就職し、人事の仕事を行っていました。

血液透析を受けるために、週3回、必ず通院しなければいけないんですね。当時だと、1回の血液透析には4時間必要でした。そのため、平日に通院する場合は17時には仕事を終わらせて病院へ向かう必要があり、仕事と治療の両立は決して簡単なことではありませんでした。ちょうど一人暮らしを始めたタイミングとも重なり、仕事を始めたばかりの頃は、慣れるまで苦労した記憶があります。

その中で、一緒に働く職場の方々とのコミュニケーションは、自分なりに工夫していました。例えば、自身の病気のことを理解してもらうために働きかける場合は、できるだけ飲み会のようなフランクな場を選んで伝える、といったことです。

その他に気をつけていたこととしては、職場の方々に「病気だからできない」と感じさせないことです。通院のために早退しないといけない日は、限られた時間の中でも成果を上げられるよう、工夫して業務を進めていました。

なぜ、そこまで頑張ることができたのでしょうか?

純粋に、人事の仕事がとても楽しかったからです。やりがいを持って、楽しく働いていました。また、これから、自分と同じように血液透析をしている方が入社してきた時のためにも、「まずは、自分が実績をつくりたい」という気持ちがあったことも、努力できた理由だと思います。

また、自分の中で「お互いさま」という気持ちを持つことを心がけていたことは、大きかったですね。私だけでなく、誰もが病気と生きていく可能性があります。自分自身はもちろん、親の介護や家族の病気…など、さまざまな可能性も含めると、決して他人ごとではないと思います。

だから、「お互いさま」の気持ちで、日頃から職場の仲間とコミュニケーションをとるように心がけていました。「自分が頼ることもあれば、自分が頼られることもある」そんな関係が理想なのではないかと思うのです。ただ、自分の信条は「無理せず甘えず」なので、甘えすぎないようには心がけていました。

病気と仕事の両立、在宅勤務を基本とした働き方を模索

「就労・社会進出支援」という部分では、まず、ピーペック内で完全オンラインでの業務を行われていると伺いました。

はい。ピーペックでは、疾患の異なるメンバー5名が、自宅または病院からオンラインで業務を行っています。まず、ピーペックの中で、病気をもつ人の就労を体現しているんです。

また、最近では、在宅医療事務アウトソーシングサービスを行う企業へメンバーが出向する取り組みも行っています。仕事内容は、主に、在宅勤務での医療事務業務です。このように、在宅勤務を基本に、病気をもつスタッフの働き方を考慮した就業規則の策定を行っています。

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ピーペックの中で病気を持つ人の就労を体現(写真はイメージ)

その他、病気をもたないスタッフとコミュニケーションを取りながら仕事する部分で、苦労される方もいらっしゃると思います。その場合の一つの例として、出向して働いているメンバーの場合、自身の“病気のトリセツ(取扱説明書)”を作成し、一緒に働くスタッフに共有することで理解を促しています。このような具体的な事例などを、勉強会でもご紹介していきます。

勉強会に参加することで、具体的な事例も学べそうですね。これまで、どういった勉強会を開催されてきましたか?

これまで開催してきた勉強会ですと、2019年に、「当事者と一緒に考える難病の就労・両立支援 当事者×支援者協働ワークショップ」を開催しました。2020年には就労支援に関心のある企業、または取り組み実績のある企業から講師を迎え、オンラインでのウェブセミナーを2回開催。病気をもつ人の就労支援・両立支援について、実例を交えながら紹介しました。11月13日には、第3回を開催しました。

※第1回:https://ppecc.jp/news/1004webinar/

 第2回:https://ppecc.jp/news/201212-webinar/

このように蓄積されたノウハウを生かし、今後は、当事者の就労支援にも積極的に取り組んでいきたいと考えています。

勉強会・講習会では、どのようなテーマを扱っていますか?

病気をもつ人の体験や想いを、医療者や企業の方々にお伝えし、病気をもつ人の視点を理解してもらう研修や、シンクタンクと協働して「当事者アドボカシー能力強化ワークショップ」を行ったこともあります。

また、当事者向けの就労に関する勉強会や、コロナ禍になってからは、患者会を対象としたオンラインツールの活用に関する勉強会も行っています。具体的には、Zoomの使い方からイベントでの利用方法まで、ご説明しています。

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コロナ禍前に会場で実施された、就労勉強会の様子

異なる疾患であっても、抱えている悩みには共通点が

ピーペックカフェはどのような活動ですか?

2~3か月に1度程度、現在はオンラインで開催している交流会です。毎回15名限定で募集していますが、満員の状態で開催しています。リピーターの方もいらっしゃいますし、毎回、初めての方もご参加いただいています。

疾患の話を問わず、気軽に話せる場です。イメージとしては、疾患に関わる深刻な話をする場というより、日常の他愛ない会話をする場ですね。ご自身のペットのお話や、恋愛・結婚の話で盛り上がることもあります。また、就労に関しては、職場の方々へ自身の病気を話すタイミングなど、それぞれの体験談を共有されていますので、他の方の働き方について知るきっかけになると思います。

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コロナ禍前に会場で実施された、ピーペックカフェ

会員に限らず、どなたでも参加可能ですので、興味をお持ちいただいた方は、ぜひご連絡いただければと思います。

ピーペックの活動に参加された方からは、どのような声が寄せられていますか?

「疾患の異なる参加者同士でも、抱えている悩みや課題には共通するものがあることを知りました」といったご感想をいただいています。

また、「そこにいるだけで、ほっとする」という声をいただくこともあり、どなたでも参加しやすい場なのだと感じます。時には、盛り上がりすぎて「時間が足りない!」というお声もいただきます。

誰かの不得意を、別の誰かの得意で補える職場づくりを

ピーペックの活動に関わってきた患者さんからは、どういったお悩みが多く寄せられていますか?

さまざまな疾患を持つ方々とお話する中で多く伺うのは、「仕事と病気の両立」の問題です。理由は大きく2つあります。

1つ目は、制度の問題です。例えば、障害者手帳をお持ちの方であれば、障害者雇用として企業が受け入れやすいという状況があります。ただ、全ての疾患の方が障害者手帳をお持ちではありません。障害者手帳をお持ちでない方々への就労支援の部分では、まだまだ課題が多いというのが現状です。

2つ目は、社会からの誤解や偏見の問題です。背景として、病気について正しく知られていないということがあります。社会からよく知られていない病気は、意外と多くあるんですね。そういった病気をもつ方が社会に出て働く時は、つまり、自身の病気のことを知られていない社会で働くということです。正しく知られていない分、誤解されたり、誤った偏見を受けたりすることもあるでしょう。そういったことで悩まれている方々のお話も、よく伺います。

職場の方々からどういった支援があれば、そのようなお悩みは緩和されるのでしょうか?

難しいですね。一つの選択肢として、その方の症状と、必要なサポートをあわせて知っていただくことは大切だと思います。

例えば、神経難病の〇〇という疾患を持つ方が職場にいらっしゃるとして、その疾患のメカニズムや内容などを急に理解するのは難しいと考えられます。一方、その人が「どういう場面で困るか?」を知ることは、できるのではないでしょうか。その方が筋肉に力が入りづらいような症状をお持ちであれば、重い物を持ち上げることや、指先の細やかな動きを求められる作業は難しいです。だから、そういう場面ではサポートが必要だね、とイメージできます。こんな風に、疾患の症状に対する必要なサポートを具体的に共有することができたら、ご自身だけでなく、周りの方々も動きやすくなるのではないでしょうか。

もっと言えば、病気をもつ・もたないに限らず、誰にでも得意・不得意なことがあります。そこは「お互いさま」の精神で、誰かの不得意を別の誰かの得意で補っていくことが理想なのだと思います。今後は、そういったことが可能な職場のデザインをしていくことが求められると考えています。

働き方を選べる社会へ、自分からチャンスをつかみにいこう

新型コロナウイルスの感染拡大は、患者さんの就労にどんな影響を与えていくのでしょうか?

今後、仮に新型コロナウイルスの感染拡大がおさまったとして、オンラインで働く環境がなくなることはないと考えます。現在、通勤を必要とせず、家にいても、病院にいても、誰もが仕事に参加できるという環境が整いつつあるのは、良いことだと感じます。今後、例えば、体調の良い日は通勤して、通院が必要な日は在宅で働くなど、働き方を選べる社会が当たり前になっていってほしいですね。そして、企業側にも、病気をもつ方々の仕事を生み出していただきたいと願っています。

また、病気をもつ方々には、この機会にぜひ、さまざまなツールを使いこなしていただけたらうれしいです。というのも、コロナ禍でZoomが一般的なツールになったように、今後もさまざまなツールが登場すると考えられます。SNSやYouTubeなどを用いて、無料で学ぶことも可能になってきたので、ぜひチャレンジしていただきたいですね。

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さまざまなツールを使いこなして、チャレンジしよう(写真はイメージ)

これからの時代、病気の有無に関わらず、誰にでも働くチャンスはあると思います。だから、ぜひ、皆さんには自分からそのチャンスをつかみにいってほしいです。

遺伝性疾患プラスの読者の方々へメッセージをお願いします。

私たちが開催しているピーペックカフェのように気軽に集まれる場が、さまざまな患者会でも行われるようになってきました。オンラインでの開催が増えたことで、体力的に不安があった方でも、距離に関係なく参加できる機会が増えています。

あなたは、決して一人ではありません。ぜひ、私たちピーペックをはじめとしたいろいろな活動、SNSやコミュニティなどを活用し、つながりをつくってください。


今回の取材を通じて感じたのは、「仕事と病気の両立」をめぐる課題が多く存在するということです。一方で、コロナ禍によって導入が進んだ在宅勤務という働き方は、今後、病気をもつ方々にとって、追い風となるのではないかという期待感も一層増しました。

また、ピーペックは、これまでに積み上げられてきた「病気をもつ人の働き方」のノウハウをいかし、今後は当事者の就労支援にも積極的に取り組んでいかれるそうです。今後、病気をもつ多くの方々にとって、新しい働き方の道しるべとなることも期待されます。

そして、印象的だったのは、宿野部さんの「お互いさま」という考え方です。「病気があっても大丈夫と言える社会」は、つまり、病気の有無に関わらず、全ての方々が生きやすい社会なのではないかと感じました。(遺伝性疾患プラス編集部)