芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症

遺伝性疾患プラス編集部

芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症の臨床試験情報
英名 Aromatic L-amino acid decarboxylase deficiency
別名 AADC欠損症
世界の患者数 1,000人と推定(報告されている患者数は約100名)
海外臨床試験 海外で実施中の試験情報(詳細は、ページ下部 関連記事「臨床試験情報」)
日本の患者数 約10人(令和3年度末現在特定医療費(指定難病)受給者証所持者数4人)
子どもに遺伝するか 遺伝する(常染色体劣性(潜性)遺伝形式)
発症年齢 新生児期から
性別 男女とも
主な症状 筋緊張低下、眼球回転発作、ジストニア、発達遅滞、自律神経症状、など
原因遺伝子 DDC遺伝子
治療 遺伝子治療、対症療法(薬物療法など)
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どのような病気?

芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症(AADC欠損症)は神経伝達物質であるドパミン(ドーパミン)とセロトニンの合成に関わる酵素であるAADCが働かず、神経伝達物質が欠乏することによって精神神経発達や運動発達が障害される遺伝性疾患です。

ドパミンは主に脳の線条体という部位で運動機能などの調節を行っており、ドパミンからは、自律神経の調節に関わるノルエピネフリンやエピネフリンが合成されます。ドパミン、ノルエピネフリン、エピネフリンの3つは、カテコラミン(カテコールアミン)と総称されます。

セロトニンは睡眠・食欲・体温などの体のリズムや感情などの調節に関わっています。睡眠ホルモンとも呼ばれるメラトニンは、セロトニンから合成されるものです。AADC欠損症では、こうした神経伝達物質が欠乏することにより、運動障害(ジストニア(自分で制御できない筋肉の収縮)、眼球回転発作(両目が上向きに白目をむいた状態となる発作)運動機能低下など)、精神発達の遅れ、自律神経機能の障害による各種症状(血圧、心拍数、体温制御などの症状)などが生じます。筋緊張低下も主な症状で、主に体幹に生じますが、しばしば手足にも見られます。

自律神経症状としては、眼瞼下垂、過剰発汗、鼻閉などがみられます。また、主に小児期または青年期に低血圧または起立性低血圧がみられることがあります。その他の神経学的症状として、てんかん発作、行動障害、易興奮性、自閉症的行動、不安症、睡眠障害などがあります。AADC欠損症に関する国際的なガイドラインには、主な症状として以下が示されています。

AADC欠損症で見られる症状

主要症状

筋緊張低下(主に体幹)、運動障害(眼球回転発作、ジストニア、運動機能低下)、発達遅滞、自律神経障害(眼瞼下垂、過剰発汗、鼻閉、低血圧、起立性低血圧)

他の神経学的症状

てんかん発作、行動障害、易興奮性、過剰な泣き、不安症、自閉症的行動、睡眠障害(不眠症、過剰睡眠)

その他の症状

消化器症状(下痢、便秘、胃食道逆流、摂食不良)、発育不良、低身長、低血糖

こうした症状は、1日の終わりや疲れているときに悪化する傾向があり、睡眠を取ると改善するとされています。

AADC欠損症の典型的な例では、生後1か月以内に発症が見られます。症状の重症度はさまざまで、寝たきりで話さない状態となる重症例もある一方で、目立った症状は筋緊張低下と眼瞼下垂で自力での歩行と会話が可能な軽症例も報告されています。

AADC欠損症はまれな病気で、これまでに報告されている患者数は世界でおよそ100例のみです。世界で1,000人ほどの患者さんがいると推定されており、日本の患者数は10人程度とされています。また、脳性まひとの区別がつきづらい場合もあり、正しい診断がなされていないことも多いと考えられています。

AADC欠損症は国の指定難病(指定難病323)及び小児慢性特定疾病となっています。

何の遺伝子が原因となるの?

AADC欠損症は、7番染色体の7p12.1-p12.3の位置にあるDDC遺伝子の変異が原因で発症すると考えられています。

DDC遺伝子は、脳や神経系で重要な働きをする酵素(タンパク質)であるADCCの設計図となる遺伝子です。ADCCは、神経伝達物質であるドパミンとセロトニンの生成に関わっています。ドパミンはチロシンというアミノ酸から、セロトニンはトリプトファンというアミノ酸から、それぞれ2段階のプロセスで生成されます。まず、1段階目の反応として、それぞれ別の酵素によりチロシンがL-ドパ(L-dopa)に、トリプトファンが5-ヒドロキシトリプトファンに変換されます。次に2段階目の反応として、AADCがL-ドパと5-ヒドロキシトリプトファンをそれぞれドパミンとセロトニンに変換します。

DDC遺伝子の変異により、正常なADDCが作られなくなると、神経細胞で十分な量のドパミンとセロトニンが作られず、AADC欠損症の種々の症状が発症すると考えられています。

88 Aadc欠損症

AADC欠損症は常染色体劣性(潜性)遺伝形式で遺伝します。両親がともにDDC遺伝子の片方に変異を持つ(保因者)場合、子どもは4分の1の確率でAADC欠損症を発症します。また、2分の1の確率で保因者となり、4分の1の確率でこの遺伝子の変異を持たずに生まれます。

Autosomal Recessive Inheritance

どのように診断されるの?

AADC欠損症は、【症状】【検査所見】【遺伝学的検査】および【鑑別すべき疾患】によって診断されます。診断のカテゴリーとして、Definite(確定)、Probable(可能性が高い)、Possible(可能性はある)の3区分があり、このうちDefiniteもしくはProbableと判定された場合にAADC欠損症と診断されます。

Definite:【症状】のうち1項目以上+【検査所見】のうち1項目以上を満たし、【鑑別すべき疾患】が除外され、【遺伝学的検査】を満たす

Probable:【症状】のうち1項目以上+【検査所見】のうち1項目以上を満たし、【鑑別すべき疾患】が除外される

Possible:【症状】のうち1項目以上+【検査所見】のうち1項目以上を満たす

 

【症状】

  1. 新生児期より哺乳障害、低体温、低血糖などの異常を認める
  2. 乳児期早期からの間欠的な眼球回転発作など眼球運動異常と四肢ジストニアにより発症する
  3. 認知機能発達遅滞が認められる

【検査所見】

AADC欠損症では、AADCが欠損することでセロトニンの原料(前駆物質)となる5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)やドパミンの原料となるL-ドパおよびL-ドパの代謝物である3-O-メチルドパ(3-OMD)は増加します。また、セロトニンが代謝されてできる5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)やドパミンが代謝されてできるホモバニリン酸(HVA)は減少します。これらを背景として以下の検査が行われます。

  1. L-DOPAおよび5HTPとその代謝産物である3-OMDの髄液中濃度が上昇し、HVA、5-HIAAは著減(正常下限以下)している(下表参照)
  2. 血漿のAADC活性は極めて低値

髄液中HVAと5-HIAAの正常範囲

年齢 HVA(nmol/L、ng/mL) 5-HIAA(nmol/L、ng/mL)
6か月未満 310~1100、59.3~210.3 150~800、27.5~146.5
6か月~1歳 295~932、56.4~178.2 114~336、20.9~61.5
2~4歳 211~871、40.3~16.5 105~299、19.2~54.8
5~10歳 144~801、27.3~153.1 88~178、16.1~32.6
11~16歳 133~551、25.4~105.3 74~163、13.6~29.9
>16歳 115~488、22.0~93.3 66~141、12.1~25.8

【鑑別すべき疾患】

BH4欠損症、瀬川病、若年性パーキンソン病、セピアプテリン還元酵素欠損症、GLUT1欠損症

【遺伝学的検査】

DDC遺伝子の解析を行い、両方のアレル(1対2個の両方の遺伝子)に変異が認められる

どのような治療が行われるの?

AADC欠損症の治療法として、これまでの国内外の研究から、遺伝子治療が有効とされています。日本では2015年6月から、自治医科大学および自治医科大学とちぎ子ども医療センターで、臨床試験としてAADC欠損症の遺伝子治療が実施されています。

AADC欠損症の遺伝子治療では、AAVベクター(治療用の遺伝子を運搬する運び屋)を用いて、正常なDDC遺伝子を脳の細胞内に送り込み、脳の適切な位置で正常なAADCが作られるようにします。その際、定位脳手術という、専用の注射針を用いた手術法で、脳の線条体という位置に治療用ベクターが注入されます。

AADC欠損症は、まだ日本に成人例の報告がありませんが、早期に診断を受けて、遺伝子治療を受けることで、予後の改善が期待されています。

その他、ドパミンアゴニスト、モノアミン酸化酵素(MAO)阻害剤、ビタミンB6製剤などの薬の内服による治療も行われています。ドパミンアゴニストはドパミンが結合するドパミン受容体に結合し、ドパミンと同じように信号を伝達することで欠乏しているドパミンの作用を補うものです。MAO阻害剤はドパミンやセロトニンを分解する酵素であるMAOの働きを阻害することで、欠乏しているドパミンとセロトニンの更なる減少を抑制するものです。また、ビタミンB6は残存するAADCの酵素としての活性を増加させる働きがあると考えられています。

その他の薬による治療として、ジストニア、眼球回転発作などの運動障害に対して抗コリン薬が用いられることがあります。抗コリン薬はドパミン作動性神経とコリン作動性神経のバランスを改善すると考えられています。

薬による治療は、典型例に対して期待できる効果はわずかとされていますが、軽症例の一部では症状が改善したという報告もあります。日常生活においては、薬の内服を中止すると数時間~数日で体が動きにくくなるジストニアの症状が出やすくなるので、薬を適切に服用することが重要です。

こうした治療とともに、拘縮の予防などのために積極的なリハビリテーションを受けることが重要です。また、筋力低下による呼吸障害の予防・改善のために理学療法を受けることも重要です。

どこで検査や治療が受けられるの?

日本でAADC欠損症の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。

※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。

患者会について

AADC欠損症を含む、小児神経伝達物質病の患者会で、ホームページを公開しているところは、以下です。

参考サイト

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