AADC欠損症とご家族、遺伝子治療の臨床試験参加とお子さんの今

遺伝性疾患プラス編集部

ちえこさん(女性/AADC欠損症の患者家族)

ちえこさん(女性/AADC欠損症の患者家族)

お子さんが生後10か月頃に診断を受ける。

4歳の頃に遺伝子治療の臨床研究に参加し、現在9歳。(写真はイメージ)

芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症(AADC欠損症)は、神経伝達物質ドパミン(ドーパミン)とセロトニンの合成に関わる酵素AADCが働かなくなることで生じる遺伝性疾患です。神経伝達物質の欠乏により、精神神経発達や運動発達が障害されます。その他、神経学的症状として、てんかん発作、自閉症的行動などもあり、症状は多岐にわたります。

現在、AADC欠損症の治療では、運動障害に対して薬による治療が行われます。軽症例の一部で症状が改善したという報告もありますが、典型的な例に対して期待できる効果はわずかとされています。また、リハビリテーションや理学療法を受けることも重要です。一方で、国内外の研究から、遺伝子治療が有効とされています。日本では2015年6月から、臨床試験としてAADC欠損症の遺伝子治療が実施されています(詳細は、AADC欠損症の解説記事へ)。現段階では、あくまでも臨床試験として実施されている遺伝子治療です。そのため、全てのAADC欠損症の当事者に対して治療の効果が得られるかどうかなど、詳細はまだ明らかにされていません。

今回お話をうかがったちえこさんは、お子さんが生後10か月頃にAADC欠損症の診断を受けました。その後、お子さんが4歳の頃に遺伝子治療の臨床試験に参加。現在、お子さんは9歳です。診断に至った経緯や臨床試験に関わるご経験、そして現在の生活についてお話をうかがいました。

発作のたびに救急外来へ走っていく日々。セカンドオピニオンを経て確定診断

AADC欠損症の診断を受ける前、どのような症状が現れていましたか?

出産時に産声をあげなかったため、総合病院へ救急搬送されて、さまざまな検査を受けました。結果は「異常なし」と説明を受け、そのまま新生児集中治療室(NICU)に1週間ほど入院。退院後も、経過を診てもらうために定期的に通院していました。

そして、生後3か月を過ぎた頃から、運動障害のジストニアや眼球回転発作(両目が上向きに白目をむいた状態となる発作)が現れ始めました。初めて見た時は、「うんちを頑張っているのかな?」と思ったことを覚えています。そこから、全身が硬直することや、寄り目になったり黒目が回転したりといったことが頻繁に生じるようになりました。

そこから、どのように診断に至ったのでしょうか?

夜中、息子に発作が起こるたびに救急外来へ走っていく日々が始まりました。発作は夜に起こることが多く、発作中、息子の呼吸がとても苦しそうに見え、不安になったからです。ただ、病院へ到着すると、息子の発作はおさまっていることが多かったので、朝になってまた改めて小児科を受診することを繰り返していました。そこで、発作中の息子の様子を撮影し、その動画を医師に確認してもらったんです。その動画を確認した医師は、最初てんかんを疑いました。しかし、検査の結果、脳波に異常は見られず、「てんかんの発作ではないようだ」とのことでした。

それからも息子の発作の原因がわからない日々は続き、セカンドオピニオンを受けることを決意します。主治医に相談したところ、病院を紹介してくださり、セカンドオピニオンを受けることになりました。幸運にも、主治医とセカンドオピニオンで診てくださった医師が、お二人ともAADC欠損症をご存知でした。そこから、お二人とも「もしかして、AADC欠損症かもしれない」と考えられたそうです。髄液の検査を受けた結果、生後10か月頃にAADC欠損症と診断を受けました。

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生後10か月頃にAADC欠損症と診断を受けた(写真はイメージ)

他のAADC欠損症の方々に比べると、割と早くに確定診断がついたのではないかと感じています。他のご家族のお話をうかがっていると、10歳まで診断がつかなかった方もいらっしゃったので。AADC欠損症と確定診断がつくまでに、時間を要する方が多い印象ですね。

診断を受けた時、どのようなお気持ちでしたか?

ショックな気持ちがあった一方で、確定診断がついたことは良かったと感じました。病気の情報は、事前にインターネットで調べていたんです。確定診断がつく前から、AADC欠損症の可能性を医師からうかがっていたためです。病気のことを調べれば調べるほど、息子に当てはまることが多いと感じるようになり、「もしかしたら、AADC欠損症かもしれない。でも、そうであって欲しくない」という気持ちでいました。インターネットで見た情報では「生涯、寝たきりの病気」「治らない病気」という内容が印象に残っていたからです。

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息子さん

また、当時は、AADC欠損症についてわからないことばかりで、どうしていいかわからないという状況だったと思います。医師でさえ、AADC欠損症を知らない方が多い印象だったので。知りたいことは基本的に主治医に聞いたり、AADC欠損症のご家族もいらっしゃる小児神経伝達物質病家族会(※AADC欠損症など、さまざまな小児神経伝達物質病の当事者・ご家族の会)に参加することで、情報を得ていきました。

その他、診断を受けた際に、海外で遺伝子治療の研究が進んでいることも説明を受けていました。そのため、「早く、日本でも治療が受けられるようになってほしい」と願いました。

期待される効果・考えられるリスクを理解した上で、遺伝子治療の臨床試験へ参加

その後、どのようにして遺伝子治療の臨床試験へ参加されたのですか?

日本でも、AADC欠損症の遺伝子治療の臨床試験が始まりました。その時、息子は2歳だったため、臨床試験に参加できる年齢の4歳になるまで待って、参加したんです。

主治医からは、まだ臨床試験段階の治療であることも含め、わかりやすく説明していただきました。臨床試験段階の治療ということに、全く心配がなかったと言うと噓になります。ただ、何もしなければ、息子の今の状況が変わらないことも理解していました。だから、「何もせずにいるより、少しでも症状の改善が期待できるのであれば…」という思いで、臨床試験への参加を決意したんです。主治医にも、診断がついた頃からそのようにコミュニケーションを取っており、少しずつ臨床試験への参加の準備を進めていきました。

遺伝子治療に関する情報は、どのように調べましたか?

わからないことは、基本的に主治医に聞いて正しい情報を集めていました。主治医の説明はわかりやすかったですし、イラストつきの資料もいただいていたので、それをもとに情報を得ていました。また、遺伝子治療を受けることで期待される効果や、逆に、考えられるリスクについても丁寧に教えていただきました。日頃から「わからないことがあれば、何でも聞いてくださいね」と主治医も言ってくださっていたので、わからないことで心配に思うことはあまりなかったです。

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「基本的に主治医に聞いて正しい情報を集めていました」と、ちえこさん(写真はイメージ)

あと、小児神経伝達物質病家族会でも、同じように臨床試験に参加されているご家族がいたので、情報を共有していました。当時は、AADC欠損症と診断を受けている患者さんは日本に3人しかいないと聞いていましたので、病気のことや臨床試験に関わる情報を共有できる環境は本当にありがたかったです。その他、SNSを通じて、海外ですでに遺伝子治療を受けられていた当事者ご家族の情報も追っていました。自分の息子に同じような治療効果が現れるかはわからないと理解しつつ、治療後の経過や、症状の変化などを見ていましたね。

その他、自分でも関連情報は調べてはいましたが、専門用語が多く、一人だけで完全に理解することは難しいという印象でした。ですので、主治医や家族会の皆さんとのつながりがあって本当に良かったと感じています。

「泣き顔」から「笑顔」のイメージへ、お子さんの変化を実感

臨床試験へ参加後、現在、どのような治療を受けられていますか?

定期的なリハビリと、服薬による治療を受けています。息子はリハビリが好きみたいで、楽しそうにやっています。昔は、リハビリ時に子ども向けの音楽を聞かせるなどしても、大泣きして何もできない状態でした。寝ている時以外は、抱っこをしていないと大泣きしていたような状態だったんです。でも、臨床試験へ参加後は、少しずつ気持ちが落ち着いたようで泣くことが減り、リハビリに取り組めるようになりました。ずりばい、座位、立つ練習をするなど、変化が現れてきてうれしいです。先生からも「力強くなっているね」「〇〇もできるようになったね」と、声をかけていただいています。

現在のお子さんの症状はいかがですか?

以前の発作は呼吸が苦しそうに見えていましたが、現在の発作は、他の人からはわかりにくい程度の発作にとどまっています。また、発作中にはできなかった食事が、今ではできるようになりました。

昔の息子は、何かに例えるなら“操り人形”のようだったと感じます。体がふにゃふにゃしているようで、うまく体に力が入っていないような状態だったんです。でも、今では首が座るようになりましたし、少しずつ体が成長しているように感じます。こんな風に息子の成長を見られるようになったのは、本当に大きな変化です。

また、表情の変化もありました。以前は、息子=泣き顔というイメージでしたが、今は笑顔のイメージが強くなりました。息子が笑っている時間が増えたことは、本当にうれしく思います。

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「息子が笑っている時間が増えたことは、本当にうれしく思います」と、ちえこさん
さまざまな変化が現れている中、心配に思われていることはありますか?

息子の将来のことは、気になります。もともと患者数が少ない病気ですし、その中でも遺伝子治療を受けた方がどのように成長していくかはよくわかっていません。例えば、今、息子は寝返りをできるようになったのですが、将来、自分で歩くことはできるようになるのか?といった部分は気になります。いつか、他のお子さんたちと変わりなく、日常生活を送ってくれたら…と願っています。ただ、実際にどう成長していくのかはわかりません。

小児神経伝達物質病家族会など、多くのつながりを持てたことに感謝

小児神経伝達物質病家族会の活動に参加されるようになって、今どんなことを感じていますか?

数少ないAADC欠損症の当事者・ご家族とつながり、互いに情報を共有できる環境に、本当に感謝しています。例えば、最近ストローを使って飲み物を飲めるようになったお子さんがいたので、「どのような訓練をしたか」を教えてもらいました。その他にも、「ご飯を食べさせる時、どんな工夫をしていますか?」「子どもが泣きやまない時、どうしていますか?」といったことも、情報交換しています。こんな風に、皆さんとのつながりが大きな安心感につながっています。本当に、皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

最後に、遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。

きっと、病気や障がいへの理解が得られないと感じることもあると思います。そういう時は、「今こういう状況で、ちょっとつらいんだ」と自分から伝えてみることも大切かもしれません。そうすることで、相手に正しく「自分が必要としている助け」の内容を理解してもらえることが多いと感じています。

また、病気の有無に関係なく、さまざまな方々とつながりを持つことも大切だと感じています。自分の場合は、小児神経伝達物質病家族会でのつながりはもちろん、保育園で違う病気のお子さん・ご家族とのつながりがあって良かったと感じています。病気の種類に関わらず、当事者のご家族同士で共感しあう場は大切だと思います。つらいことは我慢せず外に出すなど、「頑張りすぎない工夫」が大切ではないでしょうか。

その他、少しの時間だけでも外に出かけてみる、家族や友だちに話を聞いてもらうといった息抜きを意識して行うことでしょうか。日々、お子さんの病気と向き合い続けることは、決して簡単なことではありません。きっと、つらい気持ちになることもあると思います。だからこそ、気持ちが落ち込んだ時に上手に気分転換をする方法をいくつか持っておくと良いかもしれませんね。


「臨床試験段階の治療ということに、全く心配がなかったと言うと噓になる」「少しでも症状の改善が期待できるのであれば…」など、当時の思いを教えてくださった、ちえこさん。情報が限られている中、主治医や当事者ご家族とのコミュニケーションを通じて、確実に正しい情報を得ていかれたお話が印象的でした。

また、普段からご夫婦での対話も大切にされているそうで、対話を通じて「背中を押してもらうことも多い」のだそうです。こういったご家族の関係性もまた、「頑張りすぎない工夫」につながっているのかもしれませんね。(遺伝性疾患プラス編集部)

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