遺伝性血管性浮腫

遺伝性疾患プラス編集部

遺伝性血管性浮腫の臨床試験情報
英名 Hereditary angioedema
別名 HAE、(多くの場合)C1インヒビター欠損症
発症頻度 約5万人に1人と推定されている
国内臨床試験 実施中試験あり(詳細は、ぺージ下部 関連記事「臨床試験情報」)
子どもに遺伝するか 遺伝する(常染色体優性(顕性)遺伝)
発症年齢 10~20歳代が多いが、あらゆる年齢で発症しうる
性別 男女とも(III型のF12変異は女性に多い)
主な症状 顔や手足をはじめ、全身のいろいろな部分が繰り返し腫れる
原因遺伝子 I型とII型はSERPING1遺伝子、III型の一部はF12遺伝子、PLG遺伝子
治療 C1インヒビター補充療法、選択的ブラジキニンB2受容体ブロッカーによる治療、など
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どのような病気?

遺伝性血管性浮腫(HAE)は、顔(くちびる、まぶた、など)や手足をはじめ、全身のいろいろな部分が繰り返し腫れることを特徴とする、遺伝性疾患です。顔や手足のほか、胃腸や気道も一般的に腫れやすい部分です。胃腸が腫れると、激しい腹痛が起きたり、吐き気を感じ嘔吐をしたりします。のどが腫れると、飲み込みづらくなる、息苦しくなる、声が変化する、などが起こり、窒息して命に関わることもあります。

腫れは、多くの場合、きっかけなしに、「朝起きたらくちびるが腫れていた」などのように、突然起こります。軽い傷や歯科治療、肉体的・精神的ストレスがきっかけで起こることもあります。痛みやかゆみはなく、3人に1人程度に、かゆみを伴わない発疹(紅斑)が見られます。腫れの出方は左右対称ではなく、指で押して離したときに痕は残りません。腫れは大体24時間後に最大となり3、4日続きますが、長くても1週間で元に戻ります。

HAEには、I型、II型、III型の3種類があり、それらは原因遺伝子や、血中に「C1インヒビター」と呼ばれるタンパク質が存在している量によって区別されます。いずれも、兆候や症状は似ており、通常、小児期に発症して思春期に顕著になります。治療を受けないと、平均して1〜2週間ごとに腫れの発作を起こします。発作の頻度や期間は、人によってさまざまで、同じ家族でも異なります。

HAEは、約5万人に1人(1万~15万人に1人)の頻度で発症すると推定されています。I型が最も多くHAE全体の85%を占め、次いでII型が15%、III型は非常にまれです。I型とII型は、男女で発症しやすさに差はありません。III型は、F12変異(後述)による場合は、ほとんどが女性ですが、男性でも確認されています。

HAEは、「原発性免疫不全症候群」のひとつとして、国の指定難病対象疾病になっています(指定難病65)。原発性免疫不全症候群の中では、「先天性補体欠損症」に分類されています。また、HAEは、小児慢性特定疾病の対象にもなっています。

何の遺伝子が原因となるの?

HAEの原因遺伝子は、I型とII型では11番染色体の11q12.1という位置に存在する「SERPING1遺伝子」であるとわかっています。SERPING1遺伝子は、炎症を制御するために重要な「C1インヒビター」というタンパク質の設計図となる遺伝子です。C1インヒビターは、セリンプロテアーゼインヒビター(略称セルピン)と呼ばれる酵素の1つで、炎症を促進する「補体」というタンパク質の働きをブロックします。C1インヒビターは、炎症を制御する以外にも、「凝固・線溶系」や「キニン系」と呼ばれる、血管の維持に関わる一連の働きを制御するために重要な役割を担っています。

HAE I型を引き起こす変異は、血中のC1インヒビターが十分な量作られず、機能も落ちるような変異です。II型を引き起こす変異は、機能的に十分でないC1インヒビターが作られるような変異です。C1インヒビターは、「ブラジキニン」と呼ばれる物質(ペプチド)の産生を制御するタンパク質で、機能的なC1インヒビターが適切な量存在しないと、ブラジキニンが過剰に作られます。ブラジキニンは、血管壁の透過性を高めることによって炎症を促進し、体液を体組織に漏出させます。HAE I型とII型で起こる腫れの症状は、ブラジキニンが過剰となり、体組織に体液が過剰に蓄積するために現れたものです。

HAE III型のいくつかの症例では、5番染色体の5q35.3という位置に存在する「F12遺伝子」の変異が見つかっています。F12遺伝子は、「凝固第XII因子」というタンパク質の設計図となる遺伝子です。第XII因子は、血液凝固で重要な役割を果たすことに加えて、炎症においても重要な因子であり、ブラジキニンの産生に関与しています。F12遺伝子に特定の変異があると、通常より活性が強い第XII因子が作られるようになります。その結果、ブラジキニンが過剰に産生され、血管壁の透過性が高まり、体組織に体液が過剰に蓄積して、HAE III型の腫れの症状が現れます。F12遺伝子に変異のある日本人のHAE III型患者さんは、まだ報告されていません。

2018年に、九州大学を中心とした研究グループから、日本人の2家系に2人ずつ、計4人のHAE III型患者さんに共通して「PLG遺伝子」の変異が見つかったことが論文報告されました。PLG遺伝子は、6番染色体の6p26という位置に存在し、「プラスミノーゲン」という、血栓を溶かす仕組みに関わるタンパク質の設計図となる遺伝子です。患者さんは4人とも、プラスミノーゲンを構成するアミノ酸のうち、330番目のリジンがグルタミン酸に変化している(K330E)ことが、わかっています。

その他、まだ原因遺伝子が見つかっていないHAEも、HAE III型に分類されます。HAEのうち原因遺伝子がわかっているものは、いずれも常染色体優性(顕性)遺伝形式で親から子へ遺伝します。親から遺伝するのではなく、子どもに新たな変異が起こり発症する例もあります(このような発症パターンは、孤発例といいます)。

Autosomal Dominant Inheritance

HAEの病型分類

病型 割合 原因遺伝子 遺伝形式 特徴
I型 85% SERPING1 常染色体優性(顕性)遺伝 C1インヒビターの量と機能が低下
II型 15% SERPING1 常染色体優性(顕性)遺伝 C1インヒビターの機能が低下(量は正常または上昇)
III型 極めてまれ F12、PLG、その他 F12、PLGは常染色体優性(顕性)遺伝 F12は日本での報告はまだなく、第XII因子の活性が上昇。ほとんどが女性に発症。PLGは、日本人2家系で見つかっており、いずれもK330E変異。

どのように診断されるの?

HAEを疑う症候をもとに、C1インヒビター活性を測定し、正常値の50%以下であれば、家族歴を問わず、HAEと診断されます。III型は極めてまれですが、典型的な臨床像を呈し、家族性に認められれば、C1インヒビター活性が低値でなくても、HAEと診断されます。

HAEを疑う症候(出典:遺伝性血管性浮腫(HAE)のガイドライン 改訂2014年版)

皮下浮腫、粘膜下浮腫(かゆみを伴わない、あらゆる部位)
消化器症状(腹痛、吐き気、嘔吐、下痢)
喉頭浮腫(3歳以下ではまれ、喉頭浮腫を生じたにもかかわらず適切に治療をされない場合の致死率は30%)
発作は精神的ストレス、外傷や抜歯、過労などの肉体的ストレス、妊娠、生理、薬物などで誘発される
発作は通常24時間でピークとなり72時間でおさまるが、それ以上続くこともある
発症は10~20歳代が多いが、あらゆる年齢で発症しうる

C1インヒビター活性のほか、補体の仲間である「C4」の値も診断の参考とされます。C4の値は、ほとんど全員で発作時に低値(基準値以下)となります。非発作時でも98%の症例で基準値以下となることが知られており、C4の値は有効な目安とされています。

I型とII型の区別をつける場合には、C1インヒビターの量を調べる検査が行われ、量が少なければI型、正常値ならII型となります。また、家族歴がない場合には、後天性血管性浮腫(Acquired angioedema: AAE)との鑑別診断が行われます。補体の仲間である「C1q」を調べて、低値であれば後天性とされていますが、遺伝性でもC1qが低値を示す場合があるため、確定診断には、遺伝子検査が必要となります。AAEの他に、薬剤性血管性浮腫、アレルギー性血管性浮腫などとの鑑別も行われます。

どのような治療が行われるの?

治療は、発作が起きたときの治療と、発作を予防する治療の2通りがあります。

発作時の治療

腫れの発作が起きたら、早期に治療薬を使うことが、重症化を防ぐポイントとなります。

2018年に、HAEの急性発作を効果・効能として、新薬「イカチバント」(製品名:フィラジル)が国内で販売開始されました。この薬は、選択的ブラジキニンB2受容体ブロッカーというもので、HAE発作の原因であるブラジキニンの作用を直接的に阻害する唯一の治療薬です。発作が起こったその場での自己注射が可能で、早期治療を実現できる薬として注目されています。

日本補体学会作成の、「遺伝性血管性浮腫(HAE)のガイドライン 改訂2014年版」では、発作時には基本的にC1インヒビター製剤(乾燥濃縮人C1インアクチベーター製剤、製品名:ベリナートP)の投与(C1インヒビター補充療法)が望ましいとされています。発作の期間が長い場合や、喉頭浮腫がたびたび起こっている場合には、トラネキサム酸(製品名:トランサミンなど)やダナゾール(製品名:ボンゾールなど)などが使用される場合もあります。

小児や妊婦に対するC1インヒビター補充療法の安全性は、日本では確立されていないため、小児や妊婦への発作時のC1インヒビター製剤の投与は、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合に行われます。

また、2021年1月に、「血漿カリクレイン阻害剤」という種類の、ブラジキニン産生酵素を特異的に阻害する経口薬「ベロトラルスタット塩酸塩」(製品名:オラデオカプセル)が、HAEの急性発作の発症抑制を適応症として日本国内で製造販売承認を取得しました。

予防的治療

簡単な歯科治療など、侵襲性が弱く小さなストレスの際には、C1インヒビター補充療法の準備をしておけば予防的治療の必要はありません。侵襲性が強い歯科治療や外科治療など、大きなストレスが予想される際には、手術1時間前にC1インヒビター補充療法を行って発作を予防したうえで、2度目のC1インヒビター補充療法の準備もされます。

1か月に1回以上、5日以上の発作期間がある場合や、喉頭浮腫の既往歴がある場合には、トラネキサム酸やダナゾール服用による長期予防も検討されます。

どこで検査や治療が受けられるの?

患者会について

HAEの患者会で、ホームページを公開しているところは、以下です。

参考サイト

参考文献

Yakushiji H. et al., A missense mutation of the plasminogen gene in hereditary angioedema with normal C1 inhibitor in Japan. Allergy : European Journal of Allergy and Clinical Immunology. 2018 Nov; 73(11): 2244-2247.

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